侯爵家訪問
馬車は静かに揺れる。『ランプ』の青白い灯も揺れる。私は今日も家に帰れそうにない。
区画の大きな貴族街を馬車はゆっくりと進む、ものの20分も進むと侯爵家の館に着いた。
王国には現在、公爵家は存在しない為、王宮に一番近いところに四侯爵家の館は建っている。
300年前に大陸中央に鎮座し大陸全土を支配していた帝国が消滅したことにより、その周りに群がるように存在していた小国や公国、少数民族はそれぞれの国として独立した。
中央の支配が亡くなったことによる隣国との争いや調整で100年くらいは落ち着かない時代だったようだが、我々の王国もその時、公国から王国へ体制変更している。
ちなみに帝国の消滅というのはそのままの意味の消滅である。帝都もその他の街も人も何もかもが一晩で消滅しその跡地は大きく抉られ今ではいくつもの大小の湖となっており、その周辺は永らく不毛の大地だったという。現在は草木も生え広い平原や大森林が広がっているそうだ。
消滅の原因についてははっきり伝わっていないが、魔道アカデミーの魔法実験の失敗とか、天から神の怒りの火が降ってきたとか言われているが定かではない。
この帝国の消滅により、魔法の英知の集合であった魔法アカデミーも消滅、帝国全土から集めていた魔法使いもいなくなり魔法効果の永久化の技術は失われ、『マジックアイテム』も新たに作り出すことはできなくなった。
今の魔法使いたちは消費期限の短い『ポーション』や『スクロール』、簡単な魔法効果を付与した『生活魔法具』を作るのがやっとであり、古くからある『マジックアイテム』は『魔法古物』と云われ高値で売買されるようになった。
とまぁ、王国自体がもともと公国だったため、今も公爵位はなく四つの侯爵家が王宮を守るように館を配置させている。その一つ王宮の西側の館に馬車は吸い込まれていった。
侯爵家は四階建てほどの建物で大きな中央棟から左右に長く翼棟が伸びているが右の棟は足場が組まれ大きな修復作業の途中であることが伺える。
日も傾きはじめもうそろそろ七の鐘が鳴る頃であろう、大工たちが片づけをしている姿が目に入ってくる。
三年前の事件により王都全体に被害が出て復旧作業が始まろうとした時、大工人足が不足した。その時、国王より貴族家の修復よりその日雨風を凌ぐことができない平民の家の復旧を優先するように王命が下った。それにより多くの平民が優先的に生活の再建ができることになり国王の支持も上がり、混乱も少なくて済んだ。一部貴族からは不満の声も出たが、四侯爵家が積極的に国王を支持し自分の館の修復を後回しにしたため、他の貴族は黙るしかなかった。
そして3年経った今、街の復旧もある程度進み貴族家の修復にも取り掛かることが出来るようになってきた。全壊したような貴族家は別として、部分的な修復で済む貴族家は自分のところは後でいいので侯爵家から修復を始めてくれと意見を纏めた。
ちなみに王宮は魔法塔の活躍もあり被害は免れている。
侯爵家のアプローチに止まった馬車から侯爵閣下にエスコートされて降りると家令のフレンチが一人で出迎えてくれた。侍従も馬丁も庭師も見回しても誰一人発見できない。
「ようこそお越しくださいました。メリッサ様」
「お久しぶりです。フレンチ、お元気なようで何よりです」
家令のフレンチの挨拶を軽く受け、侯爵のエスコートで馬車の走り去る音を後ろに聞きつつ館に入ってゆく。後ろには侍従長と『御霊のランプ』のパトリックと神官が続く。
人払いされた館のエントランスで侯爵と侍従長、パトリックさん、神官と別れ、家令に伯爵家とは比べるでもなく豪華で整えられている館の中を客室に案内される。
客間は昼間であれば日当たりも良く暖かい部屋なのだろう、今は夕焼けが窓の外に沈みかけている。以前来た時にも使用した部屋だ。
部屋には侍女長と侍女、メイドが二人待機していた。
「いらっしゃいませ。メリッサ様」
侍女長の挨拶と共に全員が綺麗にそろって頭を下げる。私は冒険者風の恰好をしているのに上位の貴族のお客様に対する対応で一切ぶれない。こちらも貴族然と対応する。
「お久しぶりです。またお世話になります」
「こちらこそ。またお世話が出来うれしく思います。ご夕食までにご入浴とお着替えをさせていただきます」
「はい。その前にちょっと一人にしてもらえますか」
と隣室のトイレの方を見やる。
「では、準備が出来ましたらお声がけください」
と全員下がっていった。
書き物机に『魔法収納袋』から普段使いの便箋と『ガラスペン』を取り出し、店の隣の花屋さんに一筆したためる。一晩位帰れないのはまぁあることだが今日帰れないと二晩居ないことになる。余計な心配を掛ける事にもなるので仕事で今晩も帰れないが明日には帰る旨をしたため封筒に入れる。
夕焼けの深まる窓を開け『魔法収納袋』から30㎝ほどの『カラスの置物』を出し魔力を込めるとカラスの目が光り「カーッ」と鳴いた。
『レイブン・メッセンジャー』は簡単な命令を聞いてくれる『ゴーレム』である。戦闘等には向かないが手紙の輸送、偵察などに使え、簡単な文句なら発声させることも出来る。
頭を一撫でして封筒を咥えた『レイちゃん』を見送り、窓を閉め、侍女さんたちに声を掛けた。
伯爵家では出す隙がなかったが私の『魔法収納袋』には「貴族家でディナーを食べる時に失礼にならない服装一式」が入れてある。
お風呂に入れてもらいそれを着て、侍女やメイドさんに化粧や手直しをしてもらっていると、ノックの音が聞こえ侍女と外とのやり取りがあった後、侍女が私に伺いを立ててきたので了承する。
「メリッサ様、お久しぶりです」
10才ほどの小さい紳士は丁寧に礼をして入ってきた。
「お元気そうですね。カール様、挨拶もしっかりできるようになって見違えました」
「はい。今は授業も抜け出さずしっかり勉強しています」
「素晴らしい。もう手の中に虫を隠したりもしていないですか?」
頬を染め恥ずかしそうにしながらちょっと怒ったように声を上げる。
「そのことは言わないでください。もう10才なのですからそんなことはしません」
「ついこの前の事と記憶していますが‥‥」
「一月前、10才の誕生日を迎えました。もうそんな小さな子供ではありません」
「はい。ではその小さな紳士様はどのような御用件ですか?」
カールの相手をしていることによって準備している侍女やメイドの手が止まってしまっているのを横目で見てカールに問いかける。
「また、『魔法古物』のお話を聞かせてもらいたくて‥‥」
といったところで、私が化粧と髪結いの最中であることに気が付いたのであろうカールの語尾が尻つぼみになる。
「今日はお時間を取るのは難しいと思います。明日の午前中、よろしければお茶をいたしませんか? こちらの図書室に有った「古カンタブリア朝のマジックアイテム図鑑」をまた拝見したいですね」
カールは大きく頷いて「用意しておきます」と言って退室していった。
晩餐に参加する準備が済み、ダイニングルームに入る。
参加者は侯爵とパトリックさんと私だけで給仕は侍従長が行っている。まぁ、パトリックには雰囲気として飲み物だけ用意されている。侯爵夫人は今日は別のようだ。
「雷魚のムニエル」や「ゴールディホーンのステーキ」とか普段食べられないものが出てきたので美味しくいただく。
食事中は侯爵家の領地である北方山地の100年前と今の様子の違いや農作物の種類、鉱山産出物と質や量の話し、王都の変化などの会話を楽しむ。現当主と元当主の話しに耳を傾け、たまに相槌と軽い質問を入れる。
デザートの「完熟パパイヤとドラゴンフルーツのジェラート」も最高である。
食後にはスモーキングルームに移動してゆっくりすることになった。一応向かう前に私に大丈夫か聞いてきたので「問題ない」と答えておいた。通常は食後に男性だけで食後酒や煙草を嗜む部屋だが秘密の話をすることもあり、ダイニング等に比べてこじんまりとして防音をしっかりしていることが多い。あと、侯爵は愛煙家である。
各自、好きな飲み物を用意してもらい侍従長は部屋を出て行き、各々が重厚なソファーに腰を沈める。パトリックさんもサイドテーブルに『御霊のランプ』を置いてもらい本人はソファーに座る。食事中もワインやなんかは飲んでいたが味は分かるのだろうか? そこは興味がわく。
「メリッサ女史、伯父とは諸々話し合いをして当面、我が家に留まってもらおうという事になった。そう、大伯父みたいなものという事で私からは叔父と呼ぶことにした」
食事の段階で神官様の姿が見えなかったことで大体察してはいたので軽く頷き答える。
パトリックさんはゆっくりとグラスに入ったブランディーを回している。
「承知いたしました」
「ついてはその『ランプ』を購入させてもらいたいのだが」
「申し訳ありませんがこちらは古カンタブリア朝のレア物で非売品になります。仮に金額を付けるとなると金貨10,000枚以上になるかと」
侯爵は眉も動かさずに葉巻の煙を吹き出し返してくる。
「ふむ、ではどうすればいいかね。10,000枚支払っても構わないが」
「貸出しという事では、月に金貨100枚ほどでいかがでしょう?」
「なるほど。いいだろう。明日にでも契約書を作成しよう」
侯爵もブランディーに口を付け、天井を見て一息つく。
「さて、ではもう一件だ。君に残って貰った理由が別にもあることは察してもらっていると思う」
侯爵は私との間のテーブルにハンカチを置き広げると『指輪』が姿を現した。
次回は明日16:00頃、更新予定です。




