侯爵来訪
そして別館で昼食を済ませ身支度を整え、迎えの準備が整った本館に全員が戻った。
五の鐘の30分前には先触れが来て、伯爵家の空気が重くなる。
我々は応接室で待機である。人数を絞って対応することも考慮されたが、現状は害が無く元当主とは言え『死霊:レイス』のパトリックさんを現侯爵さまの前にそのまま出ていただくことも問題かという事で冒険者及び騎士の全員は立ち会うことになった。
そうなると後は公証人と助手のプライアー氏とエニーさんであるがどうするか侯爵に判断を任せるという事で参加である。
二階の応接室から見ていると騎馬が10騎と豪華な馬車が伯爵家の門扉を通り、五の鐘の鳴り始めるのと同時にアプローチに停車したようだ。
アーングリン伯爵と夫人が出迎えのあいさつをしてロイランス侯爵を応接室に案内してくる手筈になっている。
普段貴族と付き合いの少ない冒険者一同が緊張した面持ちかと思い見てみると、エルフのウェンディとノームのグレイサンドは人間の貴族の事をすごい金持ち位と思っている様で緊張した様子はあまりない。
神官のジョナサンは神殿の付き合いで貴族とも交流があると聞いている。
という事で緊張しているのはダブス、カレン、チャドの三人である。
そんなところに侯爵たちが入ってきた。
現ロイランス侯爵は四十歳くらいのきっちりとした口髭が性格を表していそうな鹿つめらしい御仁だった。
後ろには侍従長と思わしき男性と荷物を持った侍従を二人、神官が一人、騎士四名を連れている。
ジョナサンとその神官が目と目で会話している。
アーングリン伯爵が私たちを紹介し、バートレット卿と私は侯爵様と再会の喜びを伝えあう。
私は以前に商売で取引があり顔見知りである。
伯爵を含めた周りがちょっとざわついた。
一通り紹介が済んだところで伯爵は侯爵にソファーを勧め対面で座り、侯爵の後ろには神官と騎士たち、伯爵の後ろには私たちが立つ配置になる。ちょっと応接室が狭い。
「では、早速始めさせていただきます」
伯爵の合図とともに控えの間からマグレガーさんが布の被ったトレイを持ってきて、部屋の隅のサイドテーブルに置いた。
侯爵の後ろの神官と騎士たちに緊張が走る。
神官が近づきゆっくりと布を取り払い、姿を現した『御霊のランプ』には青白い灯が点されてゆらゆらと揺れている。
サイドテーブルとソファーの間には騎士が立ち、神官は『御霊のランプ』を凝視している。
「侯爵閣下、確かに霊の存在は感じますが、邪なものではございません」
神官が告げるとほどなく、ゆらっと大きく灯が揺れ青白い炎が人型を取って現れた。
昨日見た時より、姿形がはっきりとしている。
昨晩とかもジョナサンと御霊の収斂を行っていたようだ。
「私はパトリック・ロイランス、お前がカールとハーシャ嬢の子孫か?」
現ロイランス侯爵は青白い炎の元ロイランス侯爵を正面からしっかりと見据え返事をした。
「私はカールとハーシャ嬢から数え、六代下った直系です。ご先祖さま」
アーングリン伯爵と私たちに安堵の息が漏れる。現侯爵が元侯爵のパトリックを自分のご先祖と認めるかどうか確証が持てなかったからである。特に伯爵はこれで面倒ごとを侯爵家へ丸投げできるとでも思っているのであろう表情が明るくなっている。
侯爵が合図するとパトリックの横に伯爵家で用意してあったイーゼルに一枚の肖像画が掛けられる。そこには正装をしたパトリックが描かれており、それを認めたパトリックが同じポーズを取ると瓜二つである。というか本人の肖像画ですね。
「16代当主パトリック・ロイランス侯爵の肖像画になります。間違いなく貴方は私のご先祖様です」
パトリックは揺らめきながら頷き、伯爵は明るい声で侯爵に続きを促す。
「本当に良かった。して侯爵閣下今後の対応につきましては?」
「ご先祖様と遺骨、遺留品はこちらで引き受けさせて貰いたい」
「はい。もちろんでございます」
「また、今回の事に関して知っている者はこの部屋にいる者だけがであろうか?」
「はい。すべての関係者は今ここにおります」
「そうか、ではすまないが守秘義務契約を全員に結んでもらいたい」
侯爵は対面にいる我々全員をゆっくりと見まわす。誰からも異論が出ないことを確認すると侍従長が持っていたカバンからテーブル上に書類の束を出し、ペンやインク壺をセットしてゆく。
内容的には今回地下通路で見聞きしたこと、その存在について口外しないという『魔法契約書』になる。伯爵から始まって順番にサインと血判を行ってゆく。
全ての『魔法契約書』を侍従長が確認し鞄に収める。侍従二人が上質の羊皮製の小袋を伯爵とバートレット卿以外に配ってゆく。重さ的に硬貨10枚程度と思われるが果たして金貨か、白金貨か? 誰も断ることも出来ないので黙って受け取ってゆく。
「メリッサ女史とは今回使用している『ランプ』の料金の話しがある。この後、ご同行いただけるかな?」
「承りました」
「では、ご先祖様の遺骨と遺留品を納めさせていただこう」
「ご案内いたします」
マグレガーさんが『ランプ』を持ち伯爵を先頭に執務室へ侯爵閣下ご一行を案内してゆく
人口密度の減った部屋で皆が肩から力を抜く。
侍従から食堂で飲み物と軽食を用意してあるので移動するように促される。
食堂では伯爵夫人が皆を労ってくれて各々、喉を潤したり小腹を満たしたりとリラックスしている。
私以外の皆さんはこの後お暇することになっている為、そこここで別れの挨拶が始まっている。騎士様三名と話している冒険者女性二名、なにいい感じの雰囲気を出しているのですか? 何ですか朝のドレス効果ですか? 連絡先の交換ですか? いや私はそういうのは興味無いのでいいですが。
私もバートレット卿とプライアー氏とお疲れ様とお別れの挨拶をし、冒険者仲間とは可能なら今日の夕刻に合流する旨を告げておく。ただ、無理そうな気はしている。
それぞれの集団が帰路に就いた後、夫人にお茶に誘われ庭園のガセボで待ち時間を調整する。
「何があったかは聞きませんがご苦労様でした」
昨日からドタバタした伯爵家を切り盛りしたのは夫人であるが、疲れも見せずに黄金色の紅茶を揺らし優雅に飲んでいる。
「いえ、お仕事ですので、ところでこちらは今年のセイラオンのヌワラエリヤでしょうか?」
私の問いかけにカップの傾きを僅かに止めて夫人が答える。
「ええ、もう季節的には終わりに近いですが私、このお茶が好きなの」
「私も花の様な香りときれいな黄金色が気に入っております」
茶葉もこの時期の最高品質のものを出してくれて、一介の冒険者に随分と気を使ってもらった。まぁ、ドレスはご遠慮したかったが。
そこから二人で紅茶談義をしているとアプローチの方で出立準備が始まったようである。
しばらくして一人の侍従がガセボに現れ夫人に耳打ちした。
「残念ね。もっとゆっくりお話をしたかったけれど‥‥」
「伯爵夫人、この度はお心砕きありがとうございました」
「機会があればまた、あのお二人も連れて来てくださいね」
「はい‥‥‥」
夫人と連れ立ってアプローチに向かうと丁度、侯爵と伯爵が別れの挨拶をしているところであった。
「では、これで失礼しよう。伯爵、今回は急な話で迷惑を掛けた。改めてお礼をしたいと思う。近いうちに連絡させてもらう」
「いえいえ、多少なりともお力になれたなら望外の喜びでございます」
侯爵が侯爵家の家紋が入った豪奢な馬車のステップ横で手を出してエスコートしてくれるのでここはおとなしく手を出して乗車しておく。後から『御霊のランプ』を持った侍従長も乗車し馬車は伯爵家から侯爵家へ向けて走り出した。
「メリッサ女史、今回も世話を掛けるね。謝礼は弾むのでまた、息子の相手も頼めるかね」
「はい。それはもちろん」
馬車は静かに揺れる。『ランプ』の青白い灯も揺れる。私は今日も家に帰れそうにない。
次回は10/27 16:00頃、更新予定です。




