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お嬢様初めての買い物

 劇場は貴族街の端にあったため、辻馬車には一旦平民街に向かう道を細かく指示する。大通りは舗装されているので揺れもさほど大きくない。

 おしゃれ『小袋』から掌に収まるほどの『水晶球』を取り出し、中を覗き込むと私たちが乗っている馬車を上空後方から見た映像が映し出される。

 向かいに座ったアリソン嬢とマイケルが息を呑んで『水晶球』を見守っている間に馬車はいくつかの角を曲がって平民街の中でも上等な部類の商店街にやってくる。


「こちらは魔法の『水晶球』でしょうか?」


「はい。思い描いた場所、今ですと自分の乗った馬車を上空から鳥のように見るイメージです。大丈夫なようですね。尾けられてはいないようです」


「もしかして辻馬車も一台目に乗らなかったのはそういう用心でしょうか?」


「お嬢様ですと基本的にご自分の家の馬車にしか乗ることはないと思いますが、街中の辻馬車をご利用になる時には注意が必要です。特に建物から出たばかりの時などは近くの裏路地に待機しておいて、出てきたタイミングであたかもたまたま通りがかった風に通りかかるなんて手口があります。不埒な輩が侯爵家のお嬢様を攫おうなどと考えていたら手の込んだことに二台目まで用意していることもあります。要らぬ騒動に巻き込まれないようご注意ください」


「勉強になります。それとお嬢様は止めていただけますか。今は貴族の娘ではないのですからアリソンと呼んでください。お友達とお買い物という設定と聞いています」


「分かりました。申し訳ありませんがどこで誰が聞いているか分かりませんので本名ではなくリズと呼ばせていただきます。私のことはミッシーとお呼びください」


 アリソン嬢ははにかんだ笑みで頷き、マイケルにも目を向ける。


「では、リズお嬢様と、私のことはミックと」


 初めてマイケルが口を開いた。


 馬車が止まって、念のためこれから入る店の周りも確認し『水晶球』は仕舞っておく。


「行きましょう。まずは服屋でお買い物です。リズ」


「ええ、分かりました。ミッシー」


 平民街でも上級なこの女性向けの服屋は店員教育もちゃんとしており、商品の品質も問題ないことを事前に確認している。


「いらっしゃいませ。お嬢様がた」


 行き届いた言葉と態度、それに見合う服装の女性店員が迎えてくれる。


 事前情報ではリズは店で買い物をしたことが無いと聞いているので、まずは私が話をし慣れてきたらリズに任せる予定でいる。


「こちらのリズに似合う物を見繕ってください。街中で着る用です」


 店員さんは入口の扉横に控えたミックとリズを見てどこぞの貴族様だという事が分かったのだろう。余計なことは言わずに案内をし始める。


「分かりました。街中用ですね。お見事な金髪ですので、今の季節ですとこちらの若葉色のワンピースなのはどうでしょうか」


 品質は高くとも上流の平民が着る感じの服なのでどれも侍女がいなくても一人で着られるものである。後で着方はレクチャーしよう。

 普段は屋敷に商人とお針子を呼んで自分の希望や流行りを聞いてオーダーメイドで作っているのだろう。次から次へ既成服を勧められるのは初めての事だろうが最初は緊張していたもののそのうち自分からいくつか服を持ってフィッティングルームへと入っていった。

 数日前に変装して来店してフィッティングルームに仕掛けが無いかは確認済みであるが、今一度リズが使う前に確認をした。


 そんなこんなで何着かと靴、付属品を購入することにし、お会計である。

 このころにはリズのテンションは上がりまくってお嬢様にあるまじきことに、ちょっと鼻息が荒い。

 まぁ、上流といっても平民街の店である銀貨七枚、銅貨五枚程度のお支払いである。

 お会計を自分でする認識のないリズに声を掛けお財布の小袋を出させる。


「え、わたくしが」


「そうです。自分で買い物をしたのですから、支払いも自分で」


 店員さんが温かい目で待ってくれているところにリズは一枚ずつ硬貨を確認しトレイに積んでゆく。


「はい。ちょうどお預かりいたします」


 初めてのお買い物を完了したリズは両手いっぱいの紙袋を自分で持つと言い張ったが、これからまだ行くところもあるので私の『小袋』に預かった。


 店員さんは平民街ではあまり見ない『小袋』に物をしまうところにびっくりしただろうが態度には出さなかった。教育が行き届いている。




 表通りに出て今度は平民街の中流の街区に向かう。大層な時間待たされたミックであるがさすが侯爵家の護衛、一切疲れた顔を見せずに付いてくる。女性の買い物に付き合う心の準備は出来ているのだろう。


「では続いて街の散策をしつつ、次の店に向かいます」


 大通りは広く取られ、道の中央の馬車専用路は中央の低い植え込みで二分されそれぞれ右側通行が厳守されている。石畳できっちりと敷設された道は片側だけで馬車三台がゆったり通れる幅がある。馬車専用路に徒歩で入っていいのは清掃と馬糞集めを生業にしている者だけである。

 中央の馬車専用路の脇にはプラタナスの街路樹が続く。その外側には広めの歩道が有り、一部は許可を得て露店やオープンカフェが広がっている。

 小さい交差点には中央に広場や噴水、大きい交差点には櫓が立っており、それを中心に交差点に入った馬車は反時計回りに回ってそれぞれの流出路に出て行く決まりになっている。


 道々、街区にある中規模の教会や衛士の詰め所、広場の櫓等目印になる建物やいざという時に助けを求める場所を案内にする。衛士詰め所では顔見知りの衛士に軽く挨拶もしてゆく。


「教会や櫓は貴族街からも見られると思いますので、いざという時の移動の目印に覚えてください。教会の塔の数や形、櫓は屋根の色や振ってある番号を、櫓は夜間には明かりがつきますので目印には困らないかと思います」


 リズは小袋から街の概略図を出し位置を確認している。現在地は把握できている様でミックにも説明してあげているが彼は大丈夫ですという様に頷いている。


 大通りの街路樹の下を木漏れ日を浴びながら街を散策する。いくつかの街区を抜け中通りに入り服飾関係の多い通りに入る。大通りを外れると馬車専用路は無くなるが右側通行はどの道でも共通である。馬車は中央を人は建物寄りを歩くのは変わらないがはっきりとした区分けは無くなるので注意して進むことになる。


「ではリズ、買い物の応用編になります」


「応用編ですか?」


 あらかじめ目を付けてある一軒の古着屋に入る。

 店員のい女性はカウンターのところで繕い物でもしているのだろう「いらっしゃい」と軽く声を掛けた後は再び手元に目線を落とした。店内には様々な古着が壁や天井から掛かっている。


「先ほどの店は平民が入るには上級の店です。こちらの方が平均的な店になります。まず平民は早々服を買いません。特に先ほどのような店で新品を買うことは少なく。古着を買うか、自分や家族が布から作るかになります。いざという時に平民に紛れ込むなら多少使い古された服をこちらで用意したほうがいいです。先ほどの新品の服と状況によって使い分けてください。サイズや丈は後で私の方で調整しておきますので多少、大き目で選んでください」


「オーダーメイドで服を頼むのもいいですが、先ほどの店でもそうでしたが、いろいろある中から選ぶのもいいものですね」


 店員が声を掛けて来ないことをいいことに私とリズは古着を手に取っては肩に当て、ああでもないこうでもないと始めた。どうやら古着に抵抗はなく、普段は着られない平民の服の物珍しさが勝っているようだ。


「豆知識ですが、このような古着屋は買い取りも行っています。誰かに付けられている時などはこちらで上着を売って、違う上着や帽子を買って裏口から出て行く事とかもできます。店主にいくばくか握らせれば喜んで通してくれますよ」


 ミックは店の入り口で再び、虚無の顔になっている。


 ある程度、選んだところで店員を呼び、ここで店員との値切りの交渉を一通りして納得の値段でリズにお会計をしてもらう。


 さらに靴屋、小物屋などの巡り、値引き交渉もリズに担当してもらう。




 一通り、買い物が終わったところでお茶と休憩をする。


 同席を固辞するマイケルに「水分補給と軽食を取ること」の重要性を説き、「あなたにも聞きたいことがある」と何とか同席させる。


 一街区が全て公園になっている区画のオープンカフェで運ばれた紅茶と菓子を摘まみつつリズが口を開いた。


「ミッシー、楽しいです。自分でするお買い物」


 お買い物で随分、心を開いてくれたようだ。


「それはよかったです。いざという時には街中で買い物や食事をすることもあるでしょうから事前に知っておくのは大事だと思います」


「‥‥そうですね。いざという時‥‥。それでお父様も今回、この場を設けてくださったのでしょうね」


 それまで楽しそうだったリズの顔に翳りが生まれる。


「‥‥」


「今まで貴族街を出てこちらに来ることはほぼ無かったのです。年の半分は領地ですし、教会の炊き出しやバザーのお手伝いはすることはあっても馬車で行って、終わったらそのまま帰っていましたから。途中、街中の景色もカーテンの隙間から覗くくらいで、こんな自分の足で歩いて、買い物してお茶ができるなんて‥‥」


「そうですね。他人の私が分かることではありませんが、お父上も様々な葛藤があり、今回のことが必要と判断されたのでしょう」


「ですので、しっかり学んで帰りたいと思います。改めてよろしくお願いします」


「はい、この後はお部屋に案内しますが、その前にミックさん。この辺りの土地勘はおありですか?」


「大丈夫です。私は元、平民街の出身です」


 だからこそ今回、いざという時にお嬢様が緊急退避した時の回収要員としてセーフルームの場所の確認に同伴しているのだろう。侯爵家の護衛という事は、今は貴族の籍にあるのだろうが人には色々ある。侯爵の信任が厚いことだけは確かである。


「いいでしょう。ではお部屋にご案内いたします」


次回は明日16:00頃、更新予定です。

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