『若返りの秘薬』と農民2
店の戸締りをして「CLOSE」の札を掛け、お隣のお花屋さんに一声掛けて冒険者ギルドを目指す。
冒険者ギルドまでは徒歩で20分ほどであるが、ジェイソンさんが周りを見渡し、落ち着かず挙動不審である為、衛士に声を掛けられる前に辻馬車を拾った。ジェイソンさんが恐縮してしまったので「後で経費で精算させてもらう」と言って納得してもらった。
冒険者ギルドは街の中流街の大きな広場に白い石造りの威風堂々な姿で聳えている。周りの他の建物は三階までの建設制限が掛かっているがこの建物は五階建てであり最上部の塔になった部分には物見の冒険者がいるのが下からも見える。
「さぁ、行きましょう」
建物を見て腰が引けているジェイソンさんを促し冒険者ギルドに入ってゆく。
さっき、五の鐘が鳴りまだ夕刻の混雑する時刻にはなっていない為、ギルド内は人気も少ない。
「メリッサさん、こんにちは。こちらへ」
私たちが入ってきたのを待ち構えていたギルドの三十中盤のかっちりした買取責任者のデヴィッドが挨拶もそこそこに階段へと私たちを誘う。
そのまま四階のこのギルド最上位の応接室に通されると既に中には二人の男と、一人の女性がいた。
四十位の着崩した格好を何とか客用に正した風の顎髭の男、ギルドマスターであるショーン。
二十歳くらいで普段着の筋骨隆々の体が服の下から浮き出ているさっぱり系で糸目の冒険者チャド。
二十歳前で薄めの金髪に童顔、身体つきも小柄で庇護欲を誘う風であるが、実は肉食の事務員の女性エリカ。
「ようこそ、いらっしゃいました。ジェイソンさん。私は王都冒険者ギルド、ギルド長ショーン・ギルバート。案内してきたのは買取責任者のデヴィッド、チャドの事はご存じですな」
「は、はい。ジェイソンと言いだす。よろしくお願いします。チャドさんお久ぶりだす」
「ジェイソンさん。お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
ギルド長が挨拶し椅子を勧めている間にエリカがお茶を出し、部屋を出て行く。その楚々とした仕草からは夜の酒場でハンティングしている姿を想像できない。
私も軽く挨拶をすまし席に着く。
ジェイソンさんの左右にチャドと私が、ジェイソンさんの正面にギルド長と隣にデヴィッドが座る。
「メリッサさんからの知らせで軽く事情は聞いていますが、詳しい話をお願いします」
それから私とジェイソンさんで経緯を説明したが、ジェイソンさんは先ほどうちで話した内容を再度、聞かれているが言っていることに矛盾はなく。信頼するチャドが隣にいるからか二度目という事でなのか、落ち着いて話せている。
話が終わったところでデヴィッドが部屋の隅を置いてあるクッションに載った『鑑定の水晶球』をトレイ毎、慎重に持ってきてジェイソンの出した『ガラス瓶』を鑑定に掛ける。こちらは水晶球越しに鑑定品を覗き込みながら魔力を掛けると使用者に向けて鑑定結果を表示するタイプである。
「間違いありません。『若返りの秘薬』です」
既に私に言われて分かっていたであろうが、ジェイソンさんは再度鑑定してもらって安心したようにため息をついて。
「あのぉ、トイレはどちらですが?」
呼ばれた男の事務員さんに案内されてジェイソンさんが席を外したところでギルド長が礼を言ってくる。
「メリッサ、今回はギルドを頼ってくれてありがとう。お前さんのところですぐ買い取ってしまっても良かったものを」
デヴィッドさんが入れなおしてくれた高級茶葉の紅茶を楽しみつつ受け答える。
「そうですね。それでも良かったのですが。この業界、買取依頼する時は合い見積もりは必須ですけど、デヴィッドさんはそこまで気づかれないと思いましたので余計な事かと思いましたが進言しました。それに追加の聴き取り調査や、面倒くさい売り先との交渉とかありますのでねぇ」
「面倒くさい売り先ね。まぁ、うちで買い取っても同じ売り先だろうが、魔法古物商の一店舗の店主がその売り先に伝手があるってのがな。まったく。良いだろう、追加調査、売り先との交渉、含めてうちが面倒見よう。メリッサには粗利の三割を出そう。調査費等の諸経費はこっちで持つ。それでいいか?」
私とデヴィッドを見やり二人とも頷く。
「チャドのところには聞き取り調査とジェイソンさんの護衛を頼みたい。その方が本人も安心するだろう」
「ああ、ジェイソンさんもカレンやダブスの顔は知っているし、今急ぎの仕事はないから構わないと思う。報酬は弾んでくれるのだろう」
だいたい話が付いたところで廊下からジェイソンさんが戻ってくる物音がする。
「ところで買取価格、幾ら提示するのです。談合はしませんよ。うちの提示価格より安くて、ジェイソンさんがうちに売るというのなら諸々、面倒ですがうちで買い取ります」
扉の外までジェイソンさんが来た気配がする。
小声でデヴィッドが聞いてくる。
「‥‥そちらはいくらで提示したのですか?」
「お答えできません」
ノックの後、ガチャッと扉が開いてジェイソンさんが入ってくる。
室内のシンと緊張した雰囲気に気圧されてジェイソンさんが入り口でひるむ。
「ああ、大丈夫ですよ。これから一番大事な買取価格の提示がありますから座って、お茶でも頂いて待ちましょう」
それからギルド長とデヴィッドが席を外し、チャドとジェイソンさんが他愛無い世間話をして15分ほどで二人が戻ってきた。
「買取価格は金貨3,301枚でどうでしょうか?」
デヴィッドが胃の方を押さえ、恨めしげな眼をこちらに向けながらジェイソンさんに告げた。3,301枚って、その端数の一枚に買取価格の決定の苦労が偲ばれる。笑ってはいけない。滅多に出る物ではないので相場など無いところから売値を想定して出した価格であろうがこちらの3,000枚の一割増プラス一枚というのが中々いい読みだと思う。私の中でのデヴィッドさんの株が上がった。
その後、無事に現地調査も終わり売買が成立したと聞いた。家族、村長、村の他の住民からその旅人がその時期、ジェイソンさんのお宅にお世話になったことなどを確認したようだ。私の助言通りジェイソンさんは金貨三枚と3,298枚の証文を受け取り、証文は冒険者ギルドに預かって貰ったそうだ。
貴重品預かりサービスは明日の命も知れない冒険者向けでいざという時には事前に登録した受取人に預けた物を届けてくれる。主に冒険者向けであるが今回のようなことがあるので一部、ギルド員以外も使用できることになっている。
こちらは売り先との交渉にはまだ時間が掛かるだろうからと概算一時金という事で金貨300枚を商業ギルドに預けてある旨の証文がうちには届いた。残金は当分先になるかもしれないが気長に待つことにする。
*一ヵ月後
「メリッサさん、駄目だす。もう、この秘密を抱えて、かみさんや子供たちの顔を見られんだす」
顔色の悪いジェイソンさんが店に入ってくるなり叫んだ。
紅茶とバタークッキーを出して一息つかせて話を聞いたところ、最初はあぶく銭を手に入れた噂が広がり、村の男どもに酒をたかられたが私の話しで事前に心の準備が出来ていたという事で、何とか多少奢ってやり過ごしたと。
娘の嫁入り道具も十分持たせて送り出せた。自分と奥様と子供たちに新しい服や小物をちょっと買って、普段の畑の手入れをする日常に戻ったはずだった。
これから大金の使い道を落ち着いてゆっくり考えようと、ところが落ち着いて日常の生活を送り出すと畑仕事の最中に、夜に仕事道具の手入れをしている最中に、家族と食事をしている最中に大金が頭に浮かぶ。終いには四六時中考えるようになってしまったと。
「なに、暗い顔してるんだい。嫁に出したらもう他の家族なんだよ」と娘がいなくなったのをしょげていると思った奥さんは元気にやさしく励ましてくれたと。
そんな奥さんに大金を手に入れたことを告げ、生じる苦労や人間関係の崩壊など、今自分が悩んでいる諸々を負わせて良いのか? この笑顔が失われてしまうのではないか? 私から聞いた家族崩壊、殺害事件などの未来が自分の家族に襲い掛かってくることが心をよぎってしまったと。
思い悩み憔悴したジェイソンさんは、どうすればいいか分からなくなり私を頼ってきてくれたという事だった。まぁ、チャドより私に相談しようと思ってくれたのは正解なのであろう。
ジェイソンさんの為人からこの様なことになる気はしていた。しかし一度自分で体験してもらわないとこればかりは口で伝えても解からなかったと思う。
温くなった紅茶を入れ替えてカップを差し出す。
「大変でしたね。さぁ、解決策を考えましょう。ジェイソンさん、今までお世話になった方はいらっしゃいますか?」
それから私とジェイソンさんはいろいろと話した。
今まで世話になった方、普段の生活で困っていること、子供たちのこれからに必要なことなどなど。
まず、ジェイソンさんが村のある子爵領の領主さまが借金をしてまで用水路の整備をしてくれたことに甚く感謝していること、今回王都へ来てみて王都近くの道は整備されているが王都から離れるとだんだん道が悪くなっていくこと、村では娘の嫁入り道具を揃える商店なども無いこと、村の教会が痛んでいて雨漏りすること、農村部だと教会で子供を学ばせることが資金的に難しいことなどなどを話した。
結果、ジェイソンさんの資産のうち、200枚は子爵家、68枚は子爵領地内のいくつもの教会への寄付としすぐに手配した。
3,000枚は王都と子爵家とを結ぶ地域を商圏とした新たな商会の設立資金とし、今後出る予定の商会の利益からは子爵家や各教会への寄付、街道整備の費用の為の各領地への寄付を行うことにした。
本人の希望から商会にジェイソンさんの籍は設けず、出資者としての名も告げない事となった。
商会の実務を行う人間には当てがあったので人選は一任してもらった。
残り30枚は金貨にして冒険者ギルドに預かって貰い、万が一の時は家族に渡されるよう手配した。これくらいなら何とか日々気にしないで済みそうとの事である。
関わってしまった都合上、監督する必要もあり実務には携わらないが私は顧問として商会に名前を載せることになった。
諸々手はずを整えてジェイソンさんは心持ち顔色良く、足元軽く家路についた。
後にジェイソンさんが村まで帰った道はきれいに整備され、王都へ小麦を運ぶ荷馬車と王都から小さい村々に回る行商人の通行が活発に行われ、子爵領の繁栄に寄与した。
その道はいつからか「小麦農家の街道」と呼ばれた。
次回は14日16:00頃に更新いたします。




