『魔法収納袋』1
初投稿になります。
よろしくお願いいたします。
カランッと店の入り口のドアベルの音がした。
奥の作業場から店のカウンターに移動しお客さんに明るく声をかける。
「いらっしゃいませ。メリッサ・スー魔法古物店へようこそ」
窓から覗く春先の空は澄み切った青空で部屋の奥から出てくるとまぶしく感じ、陽光の帯を店内に注いでいる。
お客さんは三十代前半ほどのそれなりに身なりの良い男性だった。
「何かお探しですか? それともお売りいただける魔法の品をお持ちでしょうか?」
お客さんは店内を一通り見まわすとジャケットのポケットに両手を入れたままにカウンターに近づきポケットから『小袋』を出しカウンター上に置いた。
「こんにちは、エブダの街の商人でオーソンと申します。こちらの買取りをお願いできるでしょうか?」
「拝見させていただきます」
自分の腰ベルトに付けたこちらも『小袋』から『モノクル』を出しカウンターに置かれた『小袋』をまず観察する。
羊皮であろう何の変哲もない『小袋』であるがレンズを通してみるとうっすらと光って見えることから魔法の品である事は確認できた。そのまま、視線を上げオーソンさんも視界に入れる。
カウンター下から商品を置くトレイを用意しつつ胸元の『ブラックオニキスのカメオ』を自然に確認し『小袋』をトレイに移す。
「こちらへどうぞ」
来客中の案内板をカウンター上に設置し、店内からは衝立で直接見えない来客対応用のソファーセットにオーソンさんを案内し、テーブル中央にトレイを置く。
「少々お待ちください」
カウンター裏へ移動し、春先とはいえまだ寒い日もある時期でありストーブにかけてあるケトルから『ティーポット』とカップへお湯を移し温めておく、追加のお湯も『魔法瓶』に入れ、棚にいくつもある『保存缶』からお客さん用のちょっと良い茶葉をティーセットへ、数日前に焼いておいたジンジャークッキーをソーサーに二枚ずつ置き、六枚ほどはハンカチに包む。
建物の裏面にあるいくつかのアパートメントの共用の中庭に面した窓を開けると遊んでいる七、八歳ほど子供が二人ほどいる。彼らに二言三言告げ、ハンカチに包んだクッキーと銅貨2枚ほどをやると彼らはニカッと笑って両方ともポケットに突っ込み共用通路を抜けて裏道へと小走りに去っていった。彼らはちょっとした買い物や言付けをすることで小遣いを稼いでいる。
「お待たせしました」
サイドテーブルに置いたティートレイから二人分の紅茶を用意し自分もソファーに腰を掛ける。オーソンさんは落ち着かない様子でテーブル上の『小袋』を見つめている。一口、紅茶を口にしオーソンさんにも勧める。オーソンさんは最初右手でカップを持とうとしているが人差し指と中指に怪我をしている様で包帯を巻いている。それで左手でカップを持ち何とか飲みクッキーも口にしている。
「‥‥おいしいです。焼きたてでサクサクですね。噛むたびに爽やかで温まるジンジャーの香りが鼻を抜けて、あ、でも懐かしい他の匂いも‥‥」
「クローブとナツメグを少々入れています。」
「ああ、それで‥‥故郷の母親が子供の頃よく作ってくれましたのを思い出します」
オーソンさんはクッキーを食べきるとゆっくりとお代わりの紅茶を楽しんでくれているようだ。
「では、見させていただきます」
『小袋』を手に取り、表裏上下左右、近づけて遠くから観察する。もちろんまだ中には手を入れない。
「外見上に販売元、工房名、通し番号等の表記がないことと材質、形状から古カンタブリア朝初期にエデュワール地方もしくはクバンタル地方の小さい魔法工房で作られた『魔法収納袋』と思われます。この時期はまだのちの古カンタブリア朝後期の中央集権魔道工房体制になっていませんので中小の魔法工房がそれぞれ独自の規格、性能で魔法の品を作っていました。古カンタブリア朝後期以降であれば外見上それぞれの魔道工房の品と分かるよう各工房の文様を入れていることが多いです。例えばこの時期一番隆盛を誇っていたサバンベイル魔道工房では“天に上る竜”と“伸びるつる草”の文様がデザインされていました。どちらも当時の王朝の繁栄ぶりと魔法の品によって人々の暮らしがよくなり栄えていくという時代の様子を反映した素晴らしいデザインです。また、当時“竜”は恐ろしい存在であったと共に大魔導士マルンハルの“古代竜語”の解読によりコミュニケ‥‥‥」
「あのー、それでこれは買取りしてもらえるのですか」
オーソンさんが目を剥いてこちらを見ている。
「はい、すみません。ちょっと説明が長かったですね。まず、外見からの推測ですが『魔法収納袋』で多分間違いなく、性能的には容量は一メートル立法、百キログラム程度と思われます。時間停止機能も付いています」
「で、買取価格はいかほど?」
「まずは、こちらの鑑定書はございますか?」
「はい、鑑定書?」
オーソンさんはソファーから立ち上がって前のめりにこちらに顔を近づけてくる。
三年ほど前に布告が出ていまして、オーソンさんベリア地方の方ですよね。教会のお祈りの会のときに司祭様からお知らせがあったと思うのですが‥‥」
「教会、布告‥‥」
「三年前に魔法の品の売買に関して王国から布告が出ています。“魔法古物営業法”です」
“魔法古物営業法”を掻い摘んで説明し、カウンター背後の壁に掛けてある”魔法古物商“のプレートを指さす。
*
・鑑定書の確認義務:
魔法古物を売買する際は、鑑定書を確認する。
鑑定書のない魔法古物の取引を禁ずる。
*
「要は今、持っている全ての『マジックアイテム』は王国の魔法公安委員会に届け出て鑑定書を発行してもらわなければいけません。こちらの『魔法収納袋』の鑑定書が無いという事であれば売買自体が出来ませんので、まずは鑑定をしなければなりません」
オーソンさんはまじめに話に聞き入っている。
「ちゃんと真贋鑑定したというお墨付きの鑑定書が無いと色々問題になってしまいます。単価の安いものではないですし売買するのは貴族や裕福な商人、冒険者、裏社会の人間とかが多いですからトラブルになった時にも問題が大きくなりがちです。なので、魔法塔と魔法公安委員会が主導の元、商業組合、その他武器、防具、薬屋等各種ギルドで話し合い、しっかり管理しようとなった次第です。三年前の事件の時に古の『マジックアイテム』が関係したのではないかという噂を聞いたことありますか? その影響もあってか特に古い『魔法古物』の管理をしっかりやろうという事です。今、製作されて市場に出回っている『ポーション』や『スクロール』なんかは対象外ですけど」
オーソンさんが呆けた顔をしているので、言葉を切りオーソンさんの頭が整理されるのを待つ。サイドテーブルの上の『魔法瓶』から温かいままのお湯をポットの注ぎ二人分の紅茶を蒸らし入れなおす。ゆっくり時間を取ってからカップに注ぐ。
「それで通常なら今はまだ五年の猶予期間ですのでお持ちの魔法の品を魔法公安委員会に届け出て鑑定書を貰えば売買できます。ちなみに五年過ぎて登録してなかったのがばれたら罰則金が大変なことになります」
温かい紅茶を一口飲み、続きを話す。
「うちは売買商許可を得ていますし真贋鑑定、鑑定書登録申請の代行も行っております。というか公安魔法委員会も鑑定書発行まで行っていたら仕事回りませんので、普通に申請してもうちみたいなところで書類をまとめてから出直して来いと言われます」
オーソンさんがやっと何とか頭が整理できたのかソファーに座った。
「‥‥では、こちらで申請をお願いすれば売れるということですね」
カップをソーサーに戻しオーソンさんの目を見る。
「そうですね」
途中、暗かったオーソンさんの顔が少し明るくなった。
「新規登録を申請する場合、まずその魔法の品がご本人の持ち物かどうか確認しないといけません。これがご貴族様の物であれば資産目録や売買記録のある程度、客観的な資料があったりするですが、冒険者がダンジョンから取ってきた物とかになるとまず出所の確認からになります。まぁ中には盗品を裏のルートで流そうとしたりする輩もいて、それもあって布告が出たのもあるのです」
*
・取引相手の身元確認義務:
魔法古物を買い取る際は、冒険者ギルドの発行する身分証や、所属ギルドの身分証または公的機関・貴族家の発行する証明書等を確認する。
素性の確認できない者との魔法古物の取引を禁ずる。
*
「とりあえず王国内では全ての魔法の品は登録し許可のあるところでしか売買はできない。それを破れば厳罰が処されると」
オーソンさんが下を向いてしまった。
「あぁ、あと『魔法収納袋』の場合はまず今入っている中身をちゃんと確認しないといけません。現在何か入っていますか?」
オーソンさんは下を向いたまま首を振った。
「叔父から譲られた物なので‥‥中は分かりません‥‥」
「そうですかでは鑑定の前に全て出していただけますか」
オーソンさんはさらに下を向き。
「‥‥その叔父は、用心深い人だったようで‥‥」
「そうですか、罠でも掛かっていましたか」
オーソンさんの顔が上がって久しぶりに顔が見えた。驚いた顔が。
「『魔法収納袋』あるあるなのですよ。この時期の物は個別登録機能が無いので持ち主以外でも使うこともできるのですね。すると寝ている時や盗まれた時とかのことを考えて、例えばレッグホールドトラップいわゆるトラバサミを仕掛けておいたり。本来の持ち主は何を入れているかわかっているのでトラバサミは避けて入れてある任意の物を出し入れ出来ます。ところが持ち主意外だと何が入っているかなと探り探り手を入れてしまう。するとガシャンと」
オーソンさんの右手の指の包帯を見る。オーソンさんは左手で右手を擦っている。
「良かったですね。酷い物だと腕ごと全部とか、毒が塗ってあったりとかがありますから、指二本の怪我で済んだのは幸いでした。まぁ、まだあるかもしれない罠の解除から中身の確認までこちらで請け負うことはできます。」
通りに面した窓から子供たちの遊んでいる様子が見える。うち一人の子供が店内に向かって指を立ててくれている。ずいぶん早く帰ってきたので急いでくれたのだろう。良かった。時間稼ぎにしゃべりすぎてちょっと疲れてきていた。これで話を進められる。
「では、こちらの『魔法収納袋』がオーソンさんの持ち物である確認から入らせていただければと思います」
スルッとサイドテーブルのファイルから登録用の用紙と羽ペン、インク壺を移動させる。
「まず、お名前とご住所、ご職業‥‥」
「‥‥今回は止めておきます」
オーソンさんはテーブル上の『小袋』をひっつかみ立ち上がろうとした‥‥‥
約二時間後に続きを投稿いたします。