遺伝子のつぶやき
以前、PIXIVでのSF小説コンテスト
「朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが『おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました』と言う。」
に投稿した作品です。何も受賞しなかったため、著作権は保持されているはずなので、投稿先をこちらに移動しました。
超短編SF。10分程度で読めますw
朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
カウントダウンなんて、いまさら・・・
いつも通りに、近所のパン屋に行く。
いつも通りに、焼きたてのクロワッサンを買い、いつも通りのお姉さんの笑顔。
いつも通りに店先の自販機で缶コーヒーを買い、いつも通りの朝食、
そしていつも通りの時間に家を出る。
そう・・ いつもと同じ朝だ。
いつも通り混雑した電車に乗る。
いつも通り、無言でスマフォばかり見ている乗客。
残りあと1週間でも、みな普通に出勤するんだな。まぁ人のことは言えないが。
「おはようございます・・・」
席に着くなり、声を掛けられる。
「いよいよ、あと1週間だな。」
「ああ・・・」
おっと、露骨に興味なさそうな返事をしてしまった。
いくら付き合いが長いとはいえ、多少は話の相手をしないと失礼か。
「後始末の準備は進んでるか?」
「それを聞きたかったんだよ。」
「まぁ、ほおっておいても、すべて消えてなくなるんだろ?」
「そうかもしれんが・・・ 自分で始末したいものもあるしな・・」
「例えば?」
「嫁さんと一緒に集めたフィギュア・・とか・・」
このヲタク夫婦め。 てか、朝から何の自慢だよ。
「お前は独身だから、映像データの消去とか大変だろ?」
無視してやろうか。
「冗談だよ。 その・・プログラムとかはどうするんだ?」
「なんの?」
「お前が同人活動で作っていたゲームソフトだよ。大事なものだろ?」
ああ・・あれか。
こいつ、俺のゲームソフトなんて興味あったか?
「HDDごと物理破壊する。」
「物理破壊? ハンマーでたたき壊すのか?」
「いや、専用の破壊マシンがある。秋葉原へ行くと1回2000円で処理してくれる。」
「ほう・・そんなサービスがあるのか・・・」
ん?何か言いたげだな・・
「実は、聞きたいことがあるんだが・・・」
嫌な予感・・・。
「世界が終わった後も、モノを保存してくれるサービスがあるらしいんだが・・・」
ああ・・なんかSNSで流れていたな。
人間はすべて消えてしまうが、モノは保存する手段があり、世界が終わった後も残しておけるらしい。
うさんくさい話だ。 第一、持ち主が消えてしまうのに、モノだけ保存してなんの意味があるんだ。
「噂には聞いたことがあるが、ありえないだろ。」
「まぁ・・世界が終わるわけだしな・・・。 信憑性はゼロに等しいんだが・・。」
「だが、自分が大切にしているものを残しておけるという話は興味深い。
なんというか・・希望が持てる気がするんだ・・・」
希望・・ね。 ほとんど宗教の世界だな。
これから処刑される死刑囚のところに神父がやってきて、あの世がどうのこうのと説教をして励ますようなものか。
俺に言わせれば、ありもしない死後の世界を語って金を取るなんぞ、ただの詐欺としか思えないんだが。
「お前なら、なにか知ってるんじゃないかと思ってな・・・」
ん・・? こいつ本気なのか?
「プレミア付きのフィギュアでもあるのか?」
「いや・・そういうモノではないんだが・・・」
口ごもるということは、かなり本気ということか・・・
「気が向いたら調べてみるよ。」
「おお、頼む! 借りは必ず返す!」
返す・・ね・・・。
あと1週間で返すも何もできなくなるわけだが・・突っ込むのはやめておこう。
自分は消えてしまうのに、それでも残しておきたい・・・か・・・
あいつが何を考えているのかわからんが、ま、ダメもとで調べてみるか。
アヤシイ宣伝にのせられるようで、正直、気は進まないが・・まぁ長い付き合いだ。
残り1週間、とくにやることもないしな・・・。
「おはようございます。世界の終わりまであと二日となりました。」
いつも通りの朝。
いつも通りに・・・以下省略。
「おはようございます・・・」
今日は俺のほうから同僚に声をかけた。
「この間の話だが・・依頼方法がわかった。」
「ほ・・本当か!?」
こいつ、やはり本気だったらしい。
「URLを渡しておく。保存したいモノの詳細を記載して申し込むらしい。」
「お前が言っていた通り、人間自身はだめ。生き物もだめ。
データ、もしくは形状のある物体に限る。大きさは50メートル以下。」
「50メートルってなんか凄いな。」
「金は掛からないらしい。ただし、抽選がある。」
「ほう・・抽選・・か・・・」
「昨夜の時点では、当選率は800分の1」
「え? は・・800?」
「意外と申し込み多いみたいだ。明らかにアヤシイのに、物好きな奴らが・・・」
ん? 少し・・・いや、かなりかっがりした様子だ。
こいつがここまで本気となると、どうしても聞きたくなってくる。
「ちなみに、お前が保存したいモノってなんだ?」
「いや・・それは・・。ちょっと言いにくいな・・・」
「まぁ、無理にとはいわんよ。」
「すまん・・・調べてもらったのに・・・」
「いいさ。抽選に当たることを祈っているよ。」
「おはようございます。いよいよ、本日24時にて、世界が終わりとなります。」
いつも通りの朝・・とはさすがに行かなかった。
まず、いつものパン屋は全品無料の大サービス。
店のお姉さんが、客の一人一人に握手をしてくれる大サービス。
美人に手を握られて思わずにやり・・・
通勤電車では、なぜかみなが友人のようにいろいろしゃべっている。
妙に和気あいあいとした車内。
なんだ、お前ら会話できるのか。
「おはようございます・・・」
「おはよう、聞いてくれ! 当選したぞ!!」
ん?当選?? あ、あれか。
「まずはおめでとう。」
「おお、ありがとう。これで心飽きなくカウントダウンできる。」
「カウントダウン?」
「知らんのか? 今夜23時55分から、全世界一斉に最後のカウントダウンをするんだよ。」
ああ・・ニュースは見ているが・・・。
国連主催のカウントダウン・・ね。 地球規模のお祭り騒ぎか・・・。
ん・・? 全世界一斉と言っても時差があるだろう。
日時はどこに合わせるんだ? グリニッジ標準時かな?
「ところで、保存を依頼したモノなんだが・・」
「ああ・・」
「お前には言っておかないとな・・・。
実は・・・うちの子の遺伝子情報を預けたんだ。」
「お前、子供いたっけ?」
「いや、いないんだが・・・ 俺と嫁さんの遺伝子を解析してもらってな、 子供の遺伝子を推測してもらったんだ。」
「ほう・・・」
なるほど・・・ 自分が消えた後も残しておきたいモノ・・か・・・
意外とこいつも親ばかなのか・・
正直、得体のしれない組織にわが子の遺伝子情報を預けるのはどうかと思うが・・。
まぁ、俺たちは消えてしまうわけだし、哲学的に考えるなら、認識する者がいなくなれば、保存されたモノも消えることになる・・
なら関係ないか。
「最終日だ。久々に飲みに行こうぜ。俺がおごるよ!」
こいつ、今日はどこの店も無料サービスしてると知ってて言ってるのか?
まぁいい。好意は素直に受け取っておこう。
通訳「全世界のみなさん! いよいよ最後の時が来ました。
この瞬間をみなさんで祝いましょう!!」
この人が国連事務総長か。 ん? 国籍はどこだ? てか名前も知らないが。
そういえば、日本の国会が解散するとき、議員たちがなぜか万歳していたな。
解散するのにおめでたいとか謎だったが・・・
これと似たようなものか。
カウントダウンが始まり、刻々と世界の終わりが近づいてくる。
5!
4!
3!
2!
1!
ゼローーーーっ!
目の前が真っ暗になった。
何も見えない・・・
何も聞こえない・・・
と・・・。
「ただいまを持ちまして、本サービスは終了いたしました。
なお、およそ3か月後に、新たにパワーアップした仮想世界体験システムが稼働する予定です。
是非とも、皆様のご利用をお待ちしております。」
プチュンッ!
やれやれ、終わったか。
VRゴーグルを外し、鏡を見ながら髪型を整える。
仮想空間の中では深夜0時だったが、現実の時刻は朝の6時過ぎ。
少し早いが、家を出るか。
たぶんあいつも、そのまま登校してくるだろう。
「おはよう・・・」
「よう。終わっちまったな。」
「ああ、夏休み丸ごとプレイしてたからな。なんだか大学が懐かしいよ。」
「次のバージョンは3か月後だって? お前またやってみる?」
「いや・・ どうかな。
結局普通のサラリーマンにしかなれなかったしな。
妙に現実すぎて面白みがない。」
「将来、ゲーム制作会社起こすんだろ? お前なら現実でできるさ。」
「ああ、そのつもりでいる。」
ほぼ1か月、ぶっ通しで大学卒業から社会人生活を体験したせいか、
頭の感覚が、現実の学生に戻るのに1週間ほど掛かった。
仮想体験は、ある意味脳をだましていることになる。
その弊害も指摘されているようだし、あまり長く続けるのはまずい気もする。
あいつはしばらく海外へ行くと言っていたし、誘ってくるやつもいない。
当分は控えるようにしよう。
「おはようございます。10月7日、水曜日。時刻は7時15分です。」
「おはよう。」
「よう!」
なんだこいつ、日本に帰ってくるなり、朝から妙にニヤニヤしている。
それとも、あちらの生活で表情がおおげさになったか。
「今日の夕方、時間あるか?」
「ああ、バイトは明日だから、今日は空いてる。」
「んじゃ、俺のうちへこないか。見せたいものがある。」
「ああ・・いいよ。」
見せたいもの? 彼女でもできたか?
まぁ、仮想空間で嫁さんを見つけたぐらいだからな、
現実世界で彼女ができてもおかしくはない。
特に趣味はなさそうだし、彼女ができても時間的損失は問題ないのだろう。
「おじゃまします。」
「おう、入ってくれ!」
と・・いきなり目の前に、美女が出現。
こいつめ・・・いつのまに。
「俺の婚約者だ。」
こ・・婚約者! おいおい、まだ学生だろ。生活費は大丈夫なのか?
「それと・・・」
「ちゃんとあいさつしなさい。」
「こん・・にちは・・」
5歳程度の女の子!? え・・? まさか!!
「俺の娘だ。」
はぁ??? 冗談だろ。どうみても5歳ぐらいには見える。
5年前なら、俺たちはまだ中学生だったはず。
ありえん。婚約者の連れ子か? それとも養子!?
「あー、お前のおかげなんだ。説明しよう。入ってくれ。」
「例の、仮想世界体験サービスが終了する直前、娘の遺伝子を預けた話をしたよな?」
「ああ・・ おい、まさかこの子か?」
「クローンサービスに頼んで合成してもらった。」
「まてよ、お前の嫁さんは人口知能だったろ。遺伝子レベルからシミュレーションして作り上げたとはいえ、人工物だぞ?
その遺伝子とお前の遺伝子を使って、本当に人間を合成してしまったのか?」
「そうだ。仮想世界体験システムの中で、俺は彼女と出会い、愛し合った。
俺は本気で彼女を愛したんだ。二人の子供が欲しいと思うのは、俺にとっては当然だったんだよ・・・。」
気持ちはわからないでもないが、クローンサービスは、本来、病気治療のために自分の細胞を培養するか、不妊症の夫婦のためのサポート制度だ。
人工的につくられた遺伝子から人間を合成するなど、許されるのか?
「その子は・・人間として育てるのか?」
「もちろんだ。ちゃんと出生届も出してある。10歳までは通常の人間より成長が早いから、自宅で教育し、中学から行かせようと思っている。」
やれやれ・・・ こいつがここまで人工知能に惚れたとはな・・・
まぁ、聞いたことがない話でもないが、身近にいると、危機感に似たものを感じる。
いや、そう心配するものでもないか。
日本で同性愛婚が認められたのは、もう50年も前だ。
とうの昔に、生物学的に子孫を残せない結婚が認められてるのに、人工知能と家庭を持っても悪いということはない・・・という理屈も成り立つか・・
だが・・・
「その・・あなたはそれで良いのですか?
その子は、こいつと人工知能の遺伝子から生まれたわけで・・・その・・・あなたとしては・・・」
「問題ないさ。」
「私がこの子の母親ですもの・・・」
あたりまえのように微笑む美女・・
状況を把握するのに何秒掛かっただろう。
「か・・彼女もか!?」
「ああ、人工知能の遺伝子から合成してもらった。」
「短期間で年齢相応に成長させるのに、特別な技術が必要でね。
アメリカの企業に相談して、なんとか実現できたんだ。」
それでしばらく海外へ・・・
しかし・・・
きちんと状況を把握するには数日は掛かりそうだ。
「それと・・・借りを返したいと思ってな。」
と・・もう一人、美女が現れた。
「彼女の妹だ。」
妹? そう言われれば似ている・・・
て、おいっ!
「3人も合成したのか!」
「ああ、そんなに驚くことじゃない。
4年前の少子化対策法の改正で、クローン合成技術を利用し、遺伝子から家族を作ることは合法になった。妹も家族だからな。ちゃんと申請もしてある。」
なんとまぁ、合成技術だけで家族を作ってしまうとは。
ペットとなる小動物が合成されるのはもはや日常だし、
マンモスが合成されたのは・・20年ぐらい前だっけ?
確か上野動物園にも、その子孫が飼育されているはず。
それにしても、こいつそんなに金持ちだったか?
そのうち、それとなく資産とか聞いてみるか。
将来は俺の会社に出資を・・・
ん? 借りを返す?
「まぁ、妹を紹介したかったんだが・・・ よかったら付き合ってみないか?」
「よせよ、俺を巻き込まないでくれ。」
「そういうなよ、俺とお前の中じゃないか。」
「美人だろ?」
いや・・それは否定しないが・・ いや、しかし・・・。
いかん、おさえろ、おさえろ。
「付き合ってみろよ。まずは友達からでいいじゃないか。
俺だけ美女を連れているのも、お前に悪くてな。」
「大きなお世話だ。俺は自分のことだけで忙しいんだよ。」
「事業計画書作りか。まぁお前なら成功するさ。慌てる必要はない。
たまには美女を連れて息抜きしろよ。」
「いらんお世話だ。」
くそ・・、俺を見てにやにやするな。
「そろそろ帰る。お招きありがとう・・・よっ。」
「駅まで送ろう。」
まだ笑ってやがる・・。
一緒についてきたのはあいつではなく、妹だった。
妙にうれしそうだ。たしかに笑顔も可愛い・・・
いや、いかんいかん!
駅までの道筋に、ペットショップがあった。
思わず足が止まる。
自然繁殖の小動物は、もはや一般には出回っていない。
店にいるのは、遺伝子合成の個体ばかりだ。
それでも、見た目は本物と変わらない。
いや・・生物学的には本物か・・・
「私は・・・本物だと信じています・・・」
ウィンドウを覗き込んだまま、彼女が小さな声でつぶやく。
・・・答えに困った。
それを察して、聞こえないふりができるよう、小声でつぶやいてくれたのか・・・
もしそれができるなら、彼女は本物なのかもしれない。
- END -