鉄槌と祈り
朝の教室は、昨日と同じようで、どこか違っていた。 席に着くと、クラスメイトが数人、スマートフォンを手に集まっている。 画面には「無心祈願こそ最強」と書かれた配信チャンネルのタイトルが踊っていた。
影響され易い子供達は、祈りを肯定するか否定するか、それ以前に「どう祈ったか」を努力として飾る。
「やっぱ、ひたすら祈るのが一番引けるって!」 「でもさ、バイトしながら祈ってたら二体引いたって人もいるよ?」
「えー、それ効率よすぎじゃん!」
否定は出来ない、否定は己にすら刺さり、苦しめられる。
誰かが真面目な顔で「本当は純粋な想いが大事なんだよ。」と主張する。
別の子が「でも、時間かけて生活に組み込まないと無駄じゃん。」と反論する。
教室の隅で、その言い争いを静かに聞いている自分がいた。 無心で祈る人、何かと並行して祈る人。 どちらも“信じている”はずなのに、まるで宗派が違うみたいに互いに譲らない。
黒板の前には、先生が遅れて入ってくる。
「お前ら、そろそろ石をしまえ。祈るのは授業終わってからにしろ。」
誰かが「先生、並行祈り派ですか?」と茶化す。 教室に笑い声が広がるが、その熱量は本物だった。
廊下でも、休み時間でも、SNSでも。
「無心が正解」「並行が効率」そんな議論が絶えず飛び交う。 自分なりの“祈り方”に自信を持ちたがっていた。
アムはどちらにも加わらず、ただ静かにその空気を見つめていた。自分は何も信じていないわけじゃない。だけど、どちらの主張にも、どうしても違和感が残った。
窓の外では、今日も太陽が淡々と昇っている。 “祈り”が、誰かの救いなのか、それとも新しい“対立”の火種なのか。 その答えは、誰も持っていないようだった。
ロミーの配信は、今夜も安定した視聴者数を集めていた。 カメラの前で彼女はストレッチをしながら、今日のメニューや日常の工夫を紹介する。
「祈るのも悪くないけど、まずは身体を動かさないと何も始まらないでしょ。」
そう言いながら、飾らない笑顔を見せる。
アーカイブのコメント欄には「ランニング配信見たい!」「神引きチャレンジは?」とリクエストが流れる。 ロミーはそれを横目に、あえて祈りの話題を深く掘り下げない。
「私はね、ちゃんと毎日トレーニングしてるから、確実性のある努力も大事、神頼みだけじゃダメだよ。」
否定をしなかったのは、彼女もだった。
それでも、ときどき質問が混じる。
「ランニング配信?自慢?」
ロミーは一瞬だけ間をおいて、「SNSに投稿しない運動なんて価値ある?」と返す。「確実な結果が残せないなら、やる意味減っちゃうし。」
・・・彼女は、割と強かだ。その言葉についつい笑ってしまう。
視聴者の中には「自分も無駄な努力したくない」「記録もバズもどっちも欲しい」と頷く声が多い。
ロミーは、ストイックに“毎日の積み重ね”をアピールしつつも、「どうせ努力するなら、得をしたい」一石二鳥を狙わなきゃ時代遅れ、そんな合理主義が、彼女の根っこに息づいている。
祈りを口にするのは簡単だ。 けれどロミーは、汗や工夫、配信の結果こそ価値があると信じていた。 それでも、「努力と効率が両立しない時代なのかも」と、どこかで割り切れないものも感じている。
画面の向こうで誰かが、「ランニングだけじゃなくて、配信で何か新しいことやらないの?」と投げかける。 ロミーは少しだけ笑いながら、「考えとくよ、皆の為に。」と画面に手を振った。
「オートチューンホラーゲームとかどうかな、ユリはオートチューンじゃなくてハーモニカでいこう。」
アイデアで勝利する事は無い、そう彼女は発想力で返す。焦らしが上手いというか、視聴者層の変遷を上手く扱えている。個人的に尊敬出来る理由が詰まっていた。
最近、教室の空気が微妙に変わってきた。「神引きした」という噂が立った子の周りには、自然と人が集まらなくなった。 昨日まで一緒に弁当を食べていた友達が、今日は別のグループと固まっている。 あからさまに避けるわけじゃない。 でも、視線が合わない。「また今度遊ぼうね」と言いながら、誰もその子の机に近寄らなくなる。
田舎の学校では、目立つ噂話はすぐに静かになる。 “神を引いた”と分かれば、周囲の態度は少しずつ冷たくなっていく。 表立って「バカ」だと責めるわけではない。 ただ、沈黙と距離で線が引かれていく。 本人もそれに気付き、だんだん自分から話しかけなくなっていく。
・・・神は何が存在するか分からない、妄想だけが肥大化し、追い詰める。
もし人を殺せる神がいるとしたら。
アムは、そういう微妙な空気を肌で感じていた。 自分の席の周りにも、最近は誰かが近くに座ることが減った。 廊下ですれ違う時、目をそらされたり、無言で足早に行き過ぎる子が増えた。 ・・・これに関しては、嫌悪では無い。ロミーの方は話題層が女子高生、彼女よりも年上の人が出来る妹を持った感じで楽しく見ている。一方でユリ、正確にはアム・・・輪郭とかは結構同じで、声は多少変えているがそこまで離れていない。兄弟じゃないかなでストップしてほしいものだ。嫌なあの感じじゃなくて、盛り上がるザワつきと過ぎた後の気が抜けたと思えば盛り上がっている・・・最初こそ嫌われたかと思ったが、質問を既に何度かされている。
「・・・ネットニュースにあるのか・・・。」
ロミーチャンネルのメンバー・ユリ、普段は男装して学校に通う?・・・とあるが、逆だ逆、何を以て信じていないのだ。
・・・実は、神を引くと文字通り目の色が変わる。少女は黒に、ロミーは赤、自分は黄・・・と、神の色に合わせた色が混じる。変化すると言うよりは加えられ、段々色が混じり合う。・・・神を引いた風にするカラーコンタクトや、逆に引いたことを誤魔化すコンタクトもあり、他にサングラスも売り上げが上がっている。
その結果、ユリとしても目は黄色。ウィッグも特定されたが・・・自分に姉妹なんていたのだろうか。
一方で、SNSやネットには派手な「神の奇跡」動画があふれ返っている。 どこまでが本当で、どこからが編集や演出なのか、誰も分からない。「ご利益自慢」がバズるたびに、現実の人間関係はますます冷たくなっていく。
現実のSNSでも妊婦は幸せだから邪魔していい・・・といった「子持ち様排除思想」というものがあるが、実はSNS以前からもこういう傾向はあった。というか定期的にこの思考が出て来た。だからキリスト教は流行ったとも言える、過激故に身を守る組織を作らなければいけなかった。嫉妬を正当な努力として活かせないならば、その嫉妬は只の害である。
・・・その結果、代理母の様に祈る事を契約に使う輩も増えた。なんというか、運を確実なものにする感じになった。その割にはロミーの様な合理性もない。
その影響か最近は努力主義や懐疑派も、じわじわと増えてきた。
「祈ってる暇があれば、手を動かした方がマシ」「奇跡に頼るなんて、逃げてる証拠」 そういう書き込みが少しずつ力を持ち始める。
田舎の学校では、声高に否定する者はいない。 けれど、静かな孤立と見えない線引きが、 今日もゆっくりと広がっていた。・・・対立の中に、徐々に巻き込まれていく。
アムは帰り道、人気のない道をゆっくり歩いていた。ランドセルを背負った小学生が、前を走り抜けていく。その姿を見ても、何も感じない自分に少しだけ驚いた。誰かに声をかけられることも、呼び止められることもない。学校を出てから家に着くまで、誰とも目が合わなかった。帰宅しても、家の中はひっそりと静まり返っている。
・・・全員が祈りに集中し、目をかける事もなく、やがて会話は消えていく。神の選ばぬ友は不要と。
部屋でぼんやり窓の外を眺めていると、ロミーからメッセージが届いた。
「今日の配信、手伝ってくれる?」
画面の中のロミーは、相変わらず明るくて頼もしく見える。アムは肯定の意を示す返事をした。手伝いはする。でも、心はどこか遠くにある。配信の準備をしているロミーの声も、どこか別世界のことのように響いた。
ロミーは配信の画面越しに、元気に話しかける。「最近ちょっとバタバタしてるけど、前より人も増えてきたし、やりがいあるよ!あと変態が減ったのはプラスね。」
そう言いながら、時折スマホを見て、どこか落ち着きがない。
ロミー自身も、周囲の変化や配信の方向性に悩み始めていた。 効率や合理性を追求し続けてきたけれど、 それだけでは満たされない何かがあることに、何気なく気付き始めている。
アムは、ロミーの変化を遠くから見ていた。 自分には、どちらの道も正しいと思えなかった。 ただ、誰にも話せない思いが胸に溜まっていく。
二人の距離は、会話の中でも、どこか少しずつ離れていった。夜が更けるほどに、アムの部屋は静まり返っていく。机の上には、誰にも見せられないノートが一冊、開いたままになっていた。
今日の出来事、教室の空気、家族の無関心、ロミーとの会話、一行ずつ書き残そうとするたび、言葉がすり減っていくのを感じる。アムは何度もペンを持ち上げ、そしてページを閉じる。
自分は「無心で祈る」ことも、「並行して何かをやる」ことも、どちらも心から信じていない気がした。祈りは誰かの救いになるかもしれない。だけど、自分の心に響いてくるものは何もなかった。
ただ黙って日常をこなし、同じ場所をぐるぐる歩いているような感覚だけが残る。
ロミーから、もう一度メッセージが届く。
「今、少し話せる?」
アムは画面を見つめていたが、なかなか返信できなかった。しばらくして、ああ、とだけ返す。通話が繋がると、ロミーの声はどこか張り詰めていた。
「最近、配信してても“本当にこれでいいのかな”って思うことが増えた。」
ロミーは正直にそう言った。
「頑張ってる人もいれば、ただ祈ってるだけで結果を出す人もいる。どっちも間違いじゃないのかもしれないけど・・・。私は、努力しないと怖い。でも、それだけだと置いていかれる気がするんだ。どっちの方が稼げると思う?」
・・・配信は、努力か運か、才能という要素を一旦除外した場合、ケースの少なさと見栄っ張りで知る事は少ない。その貪欲さが夢を叶えた理由であり、同時に落ちる原因も、対策を知らない事もその貪欲さ故に。
アムはしばらく黙って耳を傾けていた。
自分の中でも答えは出なかった。
ただ、ロミーの気持ちだけは少し分かるような気がした。
「他人事って感じするよな・・・。」
アムは小さな声でそう呟いた。電話の向こうで、ロミーは静かに息を吐いた。
「そういう時ってどうしたらいいのかな。誰にも分かってもらえない気がしてさ。」
アムは正直にそう答えた。
「どいつもこいつも同じなんじゃないかと思う。それぞれ違うけど、孤独なのはきっと一緒だ。」
ロミーは、しばらく無言だった。
その静けさの中に、ほんの少しだけ希望のようなものが混じっていた。
社会は今、三つの派閥に分かれていた。
“無心派”は純粋さを誇り、“効率派”は時間を徹底的に使い、“努力主義派”は信仰そのものを冷笑していた。どのやり方が正しいのか、誰も答えを持っていない。だからこそ、みんな焦りや孤独の中で足踏みをしている。祈るべきか、努めるべきかを。
窓の外では、遠くの街灯が夜道を照らしていた。アムもロミーも、それぞれ別の部屋で同じ月を見上げていた。
“自分なりの答え”はまだ見つからない。
でも、ほんの少しだけ、歩き出す勇気が生まれそうな気がしていた。次の日が、今よりも少しだけ違う一日になるかもしれない。そう思いながら、アムはゆっくり目を閉じた。ロミーもまた、静かにスマートフォンを握りしめていた。
それが、祈りと大して変わらないと知っていても。
芸術に手を伸ばす事は、とても危険な事だ。引き返せない程の魂を売り渡した上で、段々とその芸術の正体を知る。
・・・今の時代は、芸術なんて高尚な品は無く、ただ人的関係をどれだけ組み上げ信頼されるか、いずれ漫画家も小説家も、どこかに所属している場合血縁や関係性が必ず何かを通過する様になる。
評価の偽装を大手でさえ行い、質を落とす。SNSに対抗出来なかったのだ。どの立場にせよ、優秀な人間全てを欠いた中で進める訳はなく・・・。
それが良い事かどうかと問われたら、間違いなく最悪だ。この世で最も唾棄すべき出来事であろう。芸術品にあって良い筈が無い侮辱と限りなくどす黒い泥を塗っている。
・・・自分は、ある悩みに応じた。
「・・・どんな大義名分があったとしても、公開するのは許さないわ。」
決定的に噛み合わない、痛みが残る。
その思考は、許されるかどうかは・・・知ったことではない。
少なくとも言えるのは、有益ではないという事実だ。
アムは妹の一件がトラウマ過ぎて記憶が思い出せない様にロックしてます。