レズ・レスバトル
最近の主人公には女装ノルマでもあるんかと聞かれたらハイと答えます。
放課後の校門前。アムとロミーは並んで歩き始めた。
まだ明るさの残る夕方の通学路を、二人の歩調が静かに揃う。
「今日の授業、妙な話だったね。」
ロミーがぽつりと呟く。
「あんな風に、神に頼んで人を殺すとか・・・本気で信じてるのかな?」
アムは肩をすくめる。
「噂の域を出ないだろ。けど、誰か一人でも本気で信じて願ってるなら、そういう神が現れてもおかしくないかもな。」
器用に動かして傷が無いか確認し、指先を見つめながら歩く。
「私はミティを引いてから配信を始めた、友人関係で一度裏切られちゃってね、警戒してた。」
「・・・配信業か・・・ん?・・・ああ。」
アムはロミーを見ずに答える。
「ノーヴァを引いたことはあった。二十年分は生活は保障されてるけど、それだけだな。」
ロミーは小さく息を吐いた。
「羨ましいよ。わたし、そういう現実的な恩恵はなかったから。だけど、配信で知り合った友達も、自分は神に選ばれたって信じてる。信じてるっていうか、もう、運命だって決めつけてる感じ。」
アムは少しだけ口元を緩めた。
「まあ、稀に聞く。一年に一度とかそんなものか。言わない事も多いだろうし、実際はもう少し多いんじゃないか?」
「私達は偶然被ったって感じね、嬉しい。」
ロミーは楽しそうに笑う。
「逆に、全部スカだって文句言う人もいるけど・・・それなりに引けないものなのでしょうね。」
「だな、引いた時点で十分すぎるさ。」
歩く道には春の柔らかい光が残っていた。校舎の屋根に陽が沈みかけている。雨の乾き切らない木造建築は照らされる。アムは小さく空を見上げ、紙幣数枚と小銭の入った財布で、道中の瓶コーラを買って開ける。
「どんな神を引いたって、こうして普通に生きてるだけで十分かもな・・・。」
ロミーはその横顔を見て、ふっと微笑んだ。
「アムが言うと、コーラも風情ある飲み物に思えるね。」
笑い合った後、ふたりはまた静かに歩き始めた。
ロミーの家は、畑の広がる田舎道に面した古い一軒家だった。
門の前には自転車が無造作に停められ、庭の隅には使い込まれた遊具が半分土に埋もれている。
アムはロミーに案内されて玄関をくぐる。中はどこか懐かしい、木と畳のにおいが漂っていた。
結局、ロミーの家に誘われて自分は家に入った。
「どうぞ。靴、そこに並べて」
ロミーがそう言う前から、アムは玄関脇の棚に靴を揃えていた。
家の中は、よく片付いているというよりも、生活感が積み重なっている印象だった。
壁に貼られた古いカレンダー、窓際の鉢植え、家族写真。どこもかしこも、田舎の“日常”が詰まっている。
ロミーは居間へ案内し、デスクトップの電源を付け、マイクのミュートをセットアップ中に外し、小さなカメラの向きを整える。
「今日、ちょっとだけ配信しようと思ってたんだ。アムも良かったらゆっくりしてて。」
「・・・忙しそうだな、帰りは邪魔しない様にするよ。」
ロミーの声は明るい。配信の準備も慣れた手つきで、コードをさばき、
椅子の高さを調整し、画角をチェックしている。
・・・少し調べたが、どうやらかなり前から・・・彼女の姉が起こしたチャンネルで、引退と同時にバトンタッチ、色恋営業をした影響で腐ったコメント欄になっている。見るに堪えない。
アムは部屋の隅に座り、静かに部屋の様子を観察していた。
田舎らしい仏壇もなく、スペース自体はあるが完全に本棚スペースとなっている。
邪魔するのも悪いと、撮影の準備を手伝い、気合いを入れて掃除をした。
配信が始まると、画面のチャット欄には常連のリスナーたちが続々と集まってきた。
「やっほー!」「今日もかわいいね。」「ロミーの部屋、落ち着く感じ。」
ロミーは画面越しに手を振り、にこやかに挨拶を返していく。ああよかった、割と平和なコメント欄だ。
しばらくは平和なやり取りが続いた。だが、数分もしないうちにコメントの空気が変わり始める。
『・・・あれ、なんか男の臭いしない?』
『右手が臭い・・・。』『ロミーの部屋、誰かいる?』『マイクが妙にくぐもってる。』
『今、一瞬映った?』『なんか空気変わった。』『視線感じる。』
ざわざわと、違和感が連鎖するように書き込まれていく。あとコメントが気色悪い。臭いってなんだ。掃除のし過ぎか。力入れた痕跡が光加減で見えたか、どう考えても過剰な妄想だろう。
ロミーは明らかに表情を曇らせた。
笑顔を作りながらも、手元のキーボードをそっと握りしめる。
アムはそんな様子を横目に、素早く部屋の隅に置かれたカーディガンとスカートに手を伸ばした。上半身以外も映る状態だ。
「・・・ごめんね、お邪魔してるよ。」
小声でロミーに告げると、ロミーも何も言わず頷き、さっと椅子を引いた。
アムはカーディガンを羽織り、髪を軽く整えて、
配信カメラの死角からそっと画面の端へ顔を出す。
ロミーがとっさにフォローを入れる。「今日遊びに来てる友達だよ!」
作り笑顔を貼り付けながら、アムをさりげなく紹介した。
チャット欄は混乱と好奇心で渦を巻く。
『友達?』『でも声低すぎじゃね?』『女?』『なんか・・・イケボ。』『右手の臭いの正体わかった』『顔は可愛いかも』『リア友女子登場!』『右手のことは突っ込むな!』
悪ノリと興味本位、そして露骨な下心が入り混じっていた。そういう関係じゃない。
アムは平然と混じり、息を整え話を切り替える。声は意識的に低く抑えられているが、不自然さはない初動、より高い声で期待に応える。
「・・・気分を害したかな?・・・そうでもない?・・・ならいいや。今日は私が家の鍵を忘れちゃったんだ。夜まで誰もいないからこっちに来たの。」
「(かなり高い、特有の傾向とか違和感も無い。昔からやってた・・・とかそんなレベルじゃないかしら・・・。)」
「可愛いでしょ?壁をつい友達が来るからって磨き過ぎちゃう困った友人がいたんだよ。」
寄られ詰められ、カメラにはアムの細身と背中、そしてその一回り大きくロミーの影だけが見える。
「(・・・呆気にとられるなってか?)」
「(完璧じゃない自分をサポート出来るのは君だけだよ。)」
最初は戸惑いと疑いに満ちていたコメントもやがて気持ち悪さを落とさず盛り上がり始めた。
妙な熱気と悪ノリのまま、配信は普段よりも長く、勢いよく続いていった。
とは言っても配信自体は慣れていないのか、会話の繋ぎが変に長い。言葉を頑張って濁そうとか、受けとしてのセンスを振るう。
『会話の感覚が長い。』『サン〇ャイン池崎?』
「誰がサ〇シャイン池崎だ。」
「(意外とそういうの通じるタイプなのね。)」
『ロミーちゃん全然話さんやん。』『やっぱコイツ男じゃね?』『ロミーが男説ある。』
「ロミーの彼女でーす・・・いぇい!」
『嫉妬なんだが?』『そこ代われロミー。』
部屋の隅に春の夕方の光が差し込む中、
アムは静かに息をつき、どこか遠くを見るような目をしていた。配信の盛り上がりは加速していった。コメント欄には新規の名前も増え、変な書き込みという訓練された輩の数が一気に減る。
一度カメラから外れ、ミュートボタンをそっと押した。
「・・・こうなるとは思わなかった、ごめん。」
気まずそうに視線を落とすロミーに、アムはただと短く答えた。
「気にするな。」
別に落ち込んでいる訳では無さそうだ。
「服は返してよ、入れ替えるの面倒くさくてそのままにしてたから。臭うでしょ?」
「いい匂いならするが・・・うん?」
「バカ、カメラオフにしてないけどどうする?」
「再開するか。」
ミュートを外すと、リスナーたちの熱量はさらに上がっていた。
『そういえば名前は?』
「あれ?言ってなかったね・・・。」
空気を切り替えるように、アムはカメラの前でロミーのカーディガンの袖を軽く直し、
わざとらしく髪に手をやった。
「友達のユリです。声が低いのは昔から・・・。」
落ち着いたトーンでそう告げると、
コメント欄には『低音女子!』『イケボ!』『ガチで可愛い。』『可愛い外見なのに声低くてギャップ感じる。』
「新規さん結構増えた?」
「最近Aiのトレンド判断でどんな人でも伸びる様にしてるの。ショート出て株主を誤魔化すまではいいけど、その後の伸びが乏しくてね。」
次々に肯定的な声が重なる。
「(ここまで層が変われば安心かな。)」
「(変態共が消え去って安心だ。)」
そんな風に安心し切っていたらロミーがすかさず「昔からの親友なんだよ!部活でもずっと一緒で・・・。」と話を盛る。ダメだ、ヤバい質問振られて何言えば良いか分からない奴が来る。
二人でピースサインを作ってみせる・・・
『二人ともかわいい!』『もっと映して!』『今度二人で歌って!』
「歌は著作権的にね・・・。」
といったリクエストが絶え間なく続いた。
「・・・君達は普段どういった配信活動を見ているんだい?ゲーム?毎日違うのか?」
先とは変わって顔をどんどん近付ける。疑った所で男っぽさ女っぽさを見る度に可愛いしか残らない。
「最近配信の移り変わりが凄いよな、テレビは不祥事多いし、個人の技術も良くなったしな。」
『だねー。』『すぐ入れ替えれるし、こっちの方が見やすい。』
「続きを見なくていいのかい?進展、終わっちゃうよ?」
「(魔性の女。)」
最初の違和感や不穏な空気は、
「“仲良し女子コラボ”」という形で上書きされていった。あと視聴者層が浄化されセンスある変態は新たな住処に旅立った。
アムは配信画面で淡々と求められた通りに振る舞い続ける。声はやや低いが、女の子らしいしぐさを無理なくこなしてみせ、それが不自然にならないことに、ロミーはどこか妙な違和感を覚えた。配信は予想外の盛り上がりを見せ、コメントの勢いも普段の倍近くに膨れ上がって・・・ロミーは嬉しさと不安が入り混じったような複雑な表情で、その流れに必死で乗り続けた。
「サーバー落ちた。」
「私も配信者としてはまだまだだから等級自体低くて質良いの借りれないんだわ。」
「この領収書・・・マジか。」
「元々十万だからかなり安くなった方よ。毎日配信の影響が重いけど、アルゴリズム的には一番良いのよね。」
「別プラットフォームは?」
「民度が悪過ぎて弾かれる。コメント外も結構ヤバいの多くて。」
配信終了をソフトに指示し、アーカイブを残すか確認する。
「・・・それはそっちの判断の方が良いわ。色んな意味で。」
「・・・そうだな。」
配信が終わり、アムは無言でウィッグを外した。ロミーのカーディガンも静かに畳み、元通りに戻す。畳み方は下手な癖に、脱ぎ方は整っている。
その手つきはやけに慣れていて、ロミーはどうしても目を離せなかった。
「ねえ、アム・・・。」
ロミーは少しだけ声を潜めて尋ねる。
「・・・どうして?」
アムは一度、動きを止めた。
「・・・別に。そういう状況が多かっただけ。」
ロミーはそれ以上深くは聞かなかった。
ただ、その“慣れ”の裏に何か事情が隠れているのだと、
胸の奥に重たいものが沈む感覚だけが残った。
アムは目を伏せてウィッグを袋にしまい、箱の奥に入れる。
「今日は助かった。ありがとな。」
そう言うと、少しだけぎこちない笑顔を見せた。
ロミーも「うん・・・。」とだけ返し、夕闇の静かな部屋に、ふたりの間だけ重たい沈黙が流れていた。
「でも女装趣味って評価最悪だからね?可愛いから許すけど!!可愛いから!!」
「やめろ!写真を撮るな!!」
ロミーの正気はもたなかった、冷静になるまで数時間かかり、彼に目を向ける事すら当分出来なかった。
ロミーは服ごとあげて解放した。染料パックは勘弁してやろう。
しかしを以前のあの感じからして、彼は親が居ない・・・孤児だ。
「・・・それも、虐待を受けていたタイプの。」
変な整い方だ、親の愛はあったが、歪んだ愛情なのだ。親が女の子を希望し気に食わなかったからと殴り蹴り、ヒステリックになってああなった。
普通彼の様な性格なら商店街を通ると思えない、自己肯定感が磨り減って人目を避ける。可愛さ抜きに細身で心配になる。だが、彼は愛情と被虐から憐憫や心配という視線の区別は出来ない。
「・・・逆にいっそ女装に振り切らせ、嘘で覆い隠し、人格を切り離すか。」
それも一つの手だ、言わば人格的自殺、心が無いと言われても仕方あるまい、彼に宿る価値はそれで失われないし、それだけの犠牲を払う価値はある。
「・・・。」
通知音が連続で響く。
「視聴者DMか、感想系は事務所経由になっているからな・・・うーん?」
そう思って内容を覗く・・・余計な話は殆ど無く、思考が回り切っていない。だが、一つだけ分かった。最も伝えたいのは・・・。
「神を引いたが何も起きない。」
という事らしい。
アムの元ネタはアから始まる有名な作家です。
だから女装させられるんだぞ。