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8話「変態紳士」

子鳥のさえずり。柔らかな陽の光。靡く爽やかな風。


「はぁ〜、最高の天気だね!アシュレイ!」


窓辺でツヤツヤの肌を輝かせながら、ユタは嬉しそうに外を眺めている。


しかし――


「……」


振り返ると、そこには目の周りに濃いクマを作り、疲れ果てたアシュレイの姿があった。


ユタが首を傾げながらアシュレイをじっと見つめる。


「……あれ?どうしたのアシュレイ、顔が暗いよ?」


屈託のない笑顔で尋ねるユタ。


その瞬間――


バンッ!!


アシュレイは手に持っていた歯ブラシをベッドに叩きつけた。


「朝までお前の話を頑張って聞いてたからだろ!!!!!」


「?」


「なんでお前はそんなに肌ツヤ良く元気なんだよ?!」


アシュレイの荒ぶる叫びをよそに、ユタは着替え支度を済ませる。


その姿をみてアシュレイは嫌味を言うようにボソッと呟く。

「いいよなぁ、子供は。どんなに夜更かししても元気で……」


アシュレイがぼやくと、ユタはふっと眉をひそめた。


「むむっ、失礼だな〜。これでも僕、君よりお兄さんなんだけど?」


「……は?」


部屋の空気が一瞬で固まる。


「……え? 今なんて?」


「だから、僕のほうがアシュレイより年上だよ?」


「……」


「……冗談?」


「じゃないよ?」


ユタは頬をぷくっと膨らませながら、ふんっとアシュレイに近寄る。


「色んな魔法を実験しすぎて、何故か15歳の時から成長が止まっちゃったけど……僕、今年で29歳だよ」


「……」


シーン───


アシュレイの脳内で、何かが崩れる音がした。


「……に、にじゅう……きゅう?」


「うん!今年で29歳!」


「俺の三つも上っ!?!?!?!?」


アシュレイはガクガクと後ずさり、そのまま壁に背中を預けると、頭をコツンと打ちつけながら小声でブツブツと呟き始めた。


「嘘だろ……俺が三つも年下……嘘だろ……」


「……アシュレイ?」


「子供だと思って世話してたのに……いやいや、どう見ても子供だろ!? えっ、じゃあ今までの敬語とかどうなるんだ? 俺がユタに敬語!? いやいや、それは違う、それは違うだろ……」


ブツブツブツブツ……


混乱しながら壁に頭を打ち付け続けるアシュレイを見て、ユタは楽しそうにクスクスと笑った。


「まあまあ、これからは敬ってくれてもいいんだよ? なんてったって、僕のほうが年上なんだからね!」


「ふざけんな!!!!!」


宿の朝は、今日も騒がしい。


「それで……今日はどうす……どうするんですか」


少し気まずそうに目を泳がせるアシュレイに、ユタはクスッと笑いながら答えた。


「ははっ、そんなに畏まらなくていいよ。前と同じ感じで」


「そ、そういうなら……」


アシュレイはホッとしたように息を吐き、いつもの調子を取り戻した。


そして気を取り直して本題へ


「大ミサのことだけど、話を聞く限り、白の塔に入るには下の大きな門を通る以外ないようだ。侵入するにも、交代で聖騎士が門番をしてるから、それは難しそう」


「ん〜、やっぱり方法はひとつしかないか……」


二人は顔を見合わせ、同時に声をそろえた。


ユタが今年の神の使いに選ばれて、堂々と中に入る!」


というわけで、作戦は決定した。


「身体の年齢は15歳から止まってるから、バレないはず」


ユタは自分の腕や頬をポンポンと触りながら確認する。


アシュレイも顎に手を当て、その様子をじっと見つめた。


「見た目は大丈夫だろう。後は……服だな」


「服?」


ユタは自分の黒いローブをつまんで、「これじゃダメ?」という顔をするが、アシュレイは即座に却下する。


「見ただろ、この国の人たち。全員が真っ白な装いをしてた。多分、選定ミサも服装指定してないのは、『言わなくてもわかるよな?』って意味だと思う」


「なるほど……」


ユタは納得したように頷く。


こうして二人は、神聖な服を取り扱っている店を探しに街へと繰り出した。


⸻そして現在。


「んまぁぁぁぁぁあ! お嬢様、とても可愛らしいですわぁぁぁあ! 洗練された真っ白な衣装がお似合いでぇ!! ねぇ? お父様!?」


圧力のあるマダムにより、ユタの着せ替え大会が繰り広げられていた。しかも女の子物。


(帝国で一番口が上手いと言われるレオンですら負けそうな勢いのあるマダム……こんな強敵は、北国の奴らと戦争をした時以来だ……!)


アシュレイは冷や汗をかきながら意を決して口を開いた。


「ま、マダム……申し訳ないが、その子は男だ……」


アシュレイが助け舟のつもりで放った言葉。

それに対してマダムの勢いが落ち着くかと思いきや…


「あっらぁぁあまぁ! お坊ちゃまでしたか!!」


マダムの目がギュピーンッと光る。


「またお洋服の幅が広がりますねぇぇぇえ!?!?」


ユタの腕をガシッと掴み、すぐさま新しい服を数着持ってきて試着室に押し込む。


(たすけてぇええええええええ!!!!!!)


ユタの魂の叫びも虚しく、試着室のカーテンは音もなく閉じられた。


その間にアシュレイは、少しだけマダムから離れようとそっと後ずさる。


「……あ、じゃあ良いのがあったら、それを買うので……」


静かに後ずさりした瞬間、


「お父様?お坊ちゃまのお洋服だけ買いに来た訳ではありませんよね???」


ゴゴゴゴゴゴゴ……


マダムの威圧感に、アシュレイの足がピタリと止まる。


(……こ、こえぇぇぇぇぇぇぇ!!!)


「……はい……僕の服も選んでください……」


アシュレイは今にも涙目になりながら、小さく頷いた。



暫くして


試着室から出てきた二人。


ユタは神官服のデザインを少しアレンジした、白地に金の線が入った神秘的な服。


アシュレイはユタの服と対になるデザインで、この国の貴族が着るような洗練された紳士服を購入することになった。


「ユタ……精算してくるから向こうで待ってて(あとは俺に任せて、お前は休んでろ)」


「お、お父さん、ありがとう(ごめんアシュレイ、君の犠牲は忘れないよ)」


ユタは涙ながらにアシュレイの背中を見送り、遠くにある椅子に向かって足を進めようと、振り返った瞬間──


ドンッ!


「わっ……!」


思わず誰かにぶつかり、体勢を崩す。


(あっ……これ、転ぶやつ……!)


地面に倒れ込むのを覚悟したその瞬間――


「っ……!」


ユタの身体がふわりと浮いた。


誰かに支えられている。


「大丈夫ですか……?」


低く落ち着いた声が耳に届く。


ユタは驚いて顔を上げた。


目が合った瞬間、相手の男性は何かに驚いたようにユタをじっと見つめていた。


そこにいたのは、黒髪の男性だった。


品のある紳士服を纏い、少し下がった眉尻に切れ長の目元、深い黒の瞳。


その存在はどこか異質で、まるで周囲の空気ごと変えてしまうような雰囲気を纏っていた。


(……誰?)


ユタは無意識に息を詰めた。


ハッとして、慌てて立ち上がる。


「あ……ごめんなさい……!」


「……」


男性はユタが自力で立ち上がるのを見届けると、静かに支えていた手を離した。


「あ、あの……ありがとうございます。もう大丈夫ですので……」


ユタはそそくさとその場を離れようとした。


しかし――


スッ


「……っ?」


ユタの手首が掴まれる。


「まだどこか怪我してるかもしれません。確認だけ失礼します」


男性は淡々と言い、そっとユタの腕をなぞるように触れた。


その瞬間――


男性の口角が、少しだけ上がった。


──ゾワッ


ユタの背中を、嫌な寒気が走った。


(何……この感じ……!?)


「っ、あのっ───」


「失礼、うちの子が何か粗相をしましたかな?」


――間に割って入ったのは、ちょうど会計を済ませたアシュレイだった。


バンッと手をユタの肩に乗せ、ぐいっと引き寄せる。


「っ……!」


その瞬間、男の瞳から光がすっと消えた。


先ほどまでの異様な雰囲気は跡形もなく消え、代わりに無機質な無表情がそこにあった。


「いえ、転ばれたので怪我がないかと確認していただけです」


男はそう言い残し、静かに立ち上がると、表情を変えずに会釈し、そのまま店を出て行った。


カランカラン……


扉のベルが鳴る。


ユタとアシュレイは、男の背中をじっと見送った。


そして――


「……」


「……」


「こっわ!?!? 何あれ!? 変態?!」


「僕めちゃくちゃ変な目で見られたし!? なんなら触られそうになったんだけど!? こんな年になって痴漢されたの!? 僕!!!」


「やだっ!この国怖すぎ!もう今日は早めに宿に戻ろう!」


一日にどっと疲れる体験をした二人は、慌てながら宿へと逃げ帰った。

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