5話「アルブス教国」
盗賊たちの身柄は、伝令水晶を使って教国のギルドへと連絡を入れ、そこで引き渡すことになった。
それまでは仕方なく、三台の荷車に分けて彼らを乗せていくことに。
戦いの緊張感からも解放され、一行は再びアルブス教国を目指して進み始める。
──のだが。
「……」
荷車の最後尾、アシュレイは複雑な表情で目の前の子供を見つめていた。
本来なら彼も荷車に乗って楽をしたかったのだが、盗賊を乗せたことで定員オーバー。結果として、ユタと二人きりで荷車の外を馬で移動することになった。
ちょこんと馬の前に座り、黒兎の仮面をつけたまま黙り込んでいるユタ。
(……うーん、何なんだろうな、この子は)
魔法のことも気になったが、そもそも何者なのかも分からない。
このまま黙っていても仕方がないと、アシュレイは軽く手綱を持ち直しながら話しかけた。
「ねぇ、ユタは何しにアルブス教国へ?」
その瞬間、ユタの肩がびくりと跳ねる。
「……と、友達に……会いに……」
(友達?)
アルブス教国は、聖魔法に守られた信仰の厚い国。
聖魔法を使える者は神殿に集められ、国のために助力していると聞く。
(あの国の人々は少しめんどくさいんだよな……。信仰心が強すぎて、価値観が凝り固まってる人が多い)
そのアルブス教国で友人を作る旅人は珍しい。
(というか、そもそもどうやって出会ったんだ……?)
疑問を投げかけたはずなのに、新たな疑問が生まれ、ますますモヤモヤするアシュレイであった。
──気づけば、もうアルブス教国の門が見えていた。
馬を進めながら、アシュレイは軽く息をつく。
(あっという間に着いたな)
改めて視界に広がる国の姿を見て、アシュレイは心の中で「相変わらず綺麗な国だ」と思う。
アルブス教国。
この国は帝国とは異なり、王が治める国ではない。
最大の権力を持つのは大神官と呼ばれる存在であり、国民たちは彼を神の代弁者として崇めている。
また、この国には帝国騎士団に匹敵する戦力──聖騎士団が存在する。
聖魔法に特化した精鋭の集団であり、彼らの戦い方は洗練されていて無駄がない。
(帝国騎士団の力は「数」と「物量」。対して、聖騎士団は「精鋭」と「聖魔法」……どちらが強いかは場合によるが、正直、正面衝突は勘弁願いたいところだな)
アシュレイは商人たちに別れを告げると、一路、白い塔へと向かうことにした。
アルブス教国の中心にそびえ立つ巨大な白い塔──そこには、この国で最も偉大な魔法使いの一人、賢者ノアが住んでいる。
この塔に入ることを許されているのは、大神官と、毎年行われる大ミサで選ばれた子供だけだ。
塔の近くには、大神官が住む神殿と、聖騎士たちの訓練や詰め所となる聖騎士団本部が建っている。
(さて、まずはノアに会えるかどうか試してみるか)
そんなことを考えながら歩いていると、ふと隣を歩くユタの存在に気づく。
「……ところで、君は何でついてくるの?」
何気なく尋ねると、ユタは一瞬肩をビクつかせ、少し間を置いてから答えた。
「……え、その…たまたま、行く方向が…同じで」
(方向が同じ?)
少し気になったが、アシュレイは特に深く追及しなかった。
「そうか」
そんなやり取りをしながら進むと、やがて塔の近くに差し掛かった。
しかし、そこには大勢の人々が集まっており、中央には数人の神官が立っている。
「皆様、あと数日で神の使いを選定する大ミサが行われます───」
信徒たちが神官の言葉に耳を傾け、熱心に頷いている。
アルブス教国にとって、大ミサとは特別な儀式だ。
この国では、生まれつき聖魔法の才を持つ子供たちが定期的に選ばれ、神殿で育てられる。
その選定の場が、この大ミサである。
アシュレイは特に興味はなかったが、ユタの方を見ると、人混みの隙間から中央を覗こうとしていた。
(そんなに気になるのか?)
だが、ユタの背では人混みをかき分けてもよく見えないだろう。
「ほら、無理するなって」
そう言って、アシュレイはユタの体を軽々と抱え上げた。
「……っ!」
ユタの体が一瞬強張る。
けれど、しばらくすると少し戸惑いながらも、大人しくなった。
(最初に会ったときより、随分慣れたな)
最初の頃は警戒心が強く、少し話しかけるだけで逃げるような素振りを見せていたのに、今ではこうして抱えられても素直に収まっている。
「見えるか?」
小さく問いかけると、ユタはこくんと頷いた。
その仕草を見て、アシュレイは少し微笑む。
(まあ、せっかくここまで来たし、少し様子を見ていくか)
そう思いながら、アシュレイはユタを抱えたまま神官の話に耳を傾けることにした。