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3話「黒兎の正体」

 しばらく馬を走らせていると、道の先に数台の荷車が止まっているのが見えた。


 キャラバンだ。


 荷車のそばでは数人の商人たちが集まり、何やら困った様子で話し合っている。


 アシュレイは、ぼんやりとした表情を一瞬で切り替え、馬をゆっくりと進めながら声をかける。


 「如何なさいました?」


 ふくよかな体格の男性が、驚いたように顔を上げた。


 「貴方様は……っ」


 男の視線がアシュレイの服装に向かい、軽く目を見開く。彼が着ているのは、ゼルダン帝国の騎士団を象徴する白銀のマント。帝国の民なら誰もが知る、名誉ある騎士の証だ。


 「……ゼルダン帝国の騎士団の方、でしょうか?」


 「ええ、そうですが。何かお困りですか?」


 商人はホッとした表情を見せると、アシュレイに事情を説明し始めた。


 このキャラバンはゼルダン帝国とアルブス教国を行き来する商会の荷車らしい。普段はギルドに護衛を依頼しているのだが、今回雇った冒険者が急に依頼を放棄し、逃げてしまったというのだ。


 「このまま進むのは危険です。しかし、ここで足止めを食らっては商売にも支障が出る……それに、人も乗せているので、もし何かあれば商会の信用も地に落ちてしまいます……」


 そう言って、商人は不安げにキャラバンの荷車を振り返る。


 アシュレイも視線を向けると、荷車の中には数人の旅人らしき人影が見えた。女性や子供、老人の姿が目立つ。彼らは不安そうに荷車の奥で身を寄せ合っていた。


 (なるほど……)


 この時代、馬車を所有し自由に移動できるのは基本的に貴族や王族だけだ。

 一般の人々が遠方へ旅をする場合、金を払ってキャラバンの荷車に乗せてもらうのが一般的である。

 そして、この世界では魔物や盗賊が多いため、戦力を持たない人々はギルドを通じて冒険者を雇い、護衛として同行してもらうのが常だった。


 しかし──


 この道の先には、《混乱の森》と呼ばれる、魔力の密集した森が広がっている。


 森には霧が立ち込め、魔物だけでなく、密集した魔力が生み出した”人を惑わせる現象”がいくつも発生する。

 例えば、いつの間にか道がわからなくなったり、気づかぬうちに底なし沼に誘い込まれたり──


 知識と経験のある冒険者と共に行けば安全に通れるが、護衛なしで進むのは自殺行為に等しい。


 (こりゃあ、このままじゃ全滅だな)


 アシュレイは荷車の中を再度確認し、女性や子供、老人ばかりであることを確かめると、小さく息をついた。


 そして、馬を降りると軽く笑みを浮かべる。


 「行き先は同じですし、良ければ僕が護衛しますよ」


 「えっ……!」


 商人たちは驚きの表情を浮かべる。


 「そ、それは本当ですか!? しかし、騎士団の方がこのような依頼を引き受けてくださるなんて……!」


 アシュレイは肩をすくめる。


 「大したことじゃありませんよ。西の国に向かう予定でしたし、道中の安全確保は騎士として当然の務めです」


 本当は一人で気楽に行くつもりだったが──まあ、仕方ない。


 彼は再び馬にまたがり、キャラバンの先頭へと向かう。


 「では、出発しましょう。……途中、僕の指示には必ず従ってくださいね」


 「は、はいっ!」


 商人たちは口々に感謝の言葉を述べ、荷車の中の人々も安堵した表情を見せる。


 こうして、アシュレイはひょんなことからキャラバンの護衛として《混乱の森》を抜けることになったのだった。


 アシュレイは、キャラバンの隊列を見渡しながら考えていた。


 (……森はこのまま真っ直ぐ行けば見えてくるな)


 キャラバンは全部で三台。

 本来なら、護衛は最低でも二人、理想を言えば三人は必要な規模だ。


 (そもそも、三台の護衛を冒険者ひとりに任せようとしてたのか? そりゃ逃げるだろ)


 軽くため息をつく。


 まあ、よほど強力な魔物が現れない限り、アシュレイひとりで十分対処できる。

 《混乱の森》には過去に何度か入ったことがあり、地形や危険なポイントも熟知している。


 (問題はなさそうだが……)


 しかし、それよりも気になることがある。


 アシュレイは、何度も視線を向けてしまう”ある存在”に目をやった。


 ──一番前の荷車にいる、ひとりの子供。


 黒い兎の仮面。

 全身を覆う黒いローブ。

 そして、足元には大きな杖。


 (怪しい……怪しすぎる)


 特に目を引くのは、その杖の中央に埋め込まれた金色の魔石だった。

 魔石は魔力の媒介となる宝石で、品質の良いものは高価であるほど強力な魔力を蓄えることができる。


 それが、この子供の杖には堂々と使われていた。


 (魔法使い……だとしたら貴族の子供か?)


 この国では、魔法は早くても五歳から学ぶものとされている。

 そして、魔法は独学では危険なため、基本的には家庭教師か学校で教わるものだ。


 そのため、魔法を扱えるのは”学ぶ機会”を与えられた者──つまり、王族や貴族の子供がほとんど。


 もちろん、平民の中にも魔法を使える者はいる。

 中等部までは平民だけの学校もあるため、学ぶ環境さえあれば魔法の才能を開花させることも可能だ。

 しかし、貧困層に生まれた子供たちは、学校に通う余裕がなく、魔法を学ぶ機会を得られないことが多い。


 (この子が魔法使いなら貴族の可能性が高い……)


 だが、ここで疑問が浮かぶ。


 もしこの子が貴族なら、こんな危険な荷車に乗るはずがない。

 普通なら、護衛をつけた専用の馬車で移動するのが当たり前だ。


 (なのに、なんでこんな旅人混じりのキャラバンにいるんだ?)


 アシュレイは、再び黒兎の仮面の子供に視線を向けた。


 (……見た目からして気になりすぎる……っ!!)


 黒いローブの奥に隠された素性。

 この場にそぐわない杖と魔石。


 アシュレイの中に、説明のつかない違和感がじわじわと広がっていった。

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