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2話「俺とクソたぬき」

第2話 旅立ちの朝、白銀の誓い


「団長、本当に行かれてしまうのですか?」


「俺たちもお供できませんか!」


 朝日が差し込むゼルダン帝国騎士団本部の中庭。

 数十人の騎士たちが、アシュレイの周りを取り囲んでいた。


 昨日の夕方、彼が突然「長期休暇を取る」と告げたのだ。

 普段、どんな激務でも一切の不満を漏らさず、剣の鍛錬に励むアシュレイが自ら休暇を願い出るとは、騎士団の誰もが思っていなかった。


 「アシュレイ団長がいなくなったら、騎士団はどうなってしまうのですか!?」


 若い騎士の一人が、必死の表情で声を上げる。

 それを皮切りに、他の騎士たちも次々に訴えた。


 「団長なしで帝国を守れるのか、不安で仕方ありません……」


 「団長に何かあったら、俺たちは……!」


 そんな団員たちの声を受け、アシュレイは静かに微笑んだ。


 「……心配してくれて、ありがとう」


 彼の言葉に、場の空気が少し和らぐ。


 「今回は皇帝陛下直々の任務だから、長旅になるかもしれない。でも──」


 アシュレイはゆっくりと周囲を見渡し、一人ひとりの顔を見つめながら言葉を続ける。


 「お前たちには、俺がいない間もゼルダン帝国の民を守ってほしい」


 その言葉に、騎士たちは息をのむ。


 彼らが忠誠を誓った相手は、皇帝ではなく、この目の前にいる白銀の騎士団長だった。

 アシュレイはただ強いだけではない。誰よりも仲間を思い、誰よりも国を愛している。


 だからこそ、彼がいない帝国を守らなければならない。

 その意志を、騎士たちは彼の言葉から感じ取っていた。


 「俺が戻るまで、しっかり頼んだよ」


 そう言って、アシュレイは穏やかな笑みを浮かべた。


 それは、昨日まで皇帝の命令に憤っていた男とは思えないほど、爽やかで落ち着いた笑顔だった。


 騎士団の誰もが、その姿を見て誓った。

 ──アシュレイ団長が戻る日まで、国を守るのは自分たちの役目だ、と。


 「……ご武運を、団長!」


 「無事に帰ってきてください!」


 多くの声が、中庭に響き渡る。


 アシュレイはそれに軽く手を振ると、静かに馬へと歩み寄った。


 ──目指すは、西の国。


 アシュレイは、暫く馬を走らせてから少しづつ歩調を落としながら大きくため息をついた。


 「はぁー……なんで俺がこんな長旅をする羽目になるんだか」


 西の国へ向かう道中、人の気配がないことを確認すると、彼は気を抜いたように呟いた。


 「皇帝の無茶振りはいつものことだけど、今回はさすがに雑すぎるだろ。『とりあえず行ってこい』って、俺は便利屋じゃねえんだぞ」


 馬のたてがみを撫でながらぼやく。


 いや、皇帝の無茶振りは今に始まったことじゃない。


 思い返せば、ついこの前も──


 『騎士団を動かせば市民が不安になる。お前、一人で森の魔物を退治してこい』


 などという、正気を疑うような命令を受けたばかりだった。


 「……ったく、森に入ったら速攻で化け物クラスの魔物が出てきたし。せめて情報くらい正確に寄こせよ……」


 魔物退治と聞いて、せいぜい狼の群れ程度だろうと思っていたのが大間違いだった。

 いざ現地に行ってみれば、そこには村一つを余裕で滅ぼせそうな巨大な魔獣が鎮座していたのだ。


 ──いや、あれはもはやドラゴンだったんじゃないか?


 「『こっそり退治してこい』とか言われたけど、できるわけねぇだろ……俺の叫び声で逆に村人が驚いたわ」


 幸いなことに被害はなく、魔獣もどうにか討伐したが、帰還したアシュレイに皇帝が言った言葉が忘れられない。


 『さすがだなアシュレイ、やはりお前なら大丈夫だと思っていたぞ』


 「……いや、だったら最初から軍を動かせよ。俺の命は何だと思ってんだ、クソ狸皇帝め……」


 皇帝に対する愚痴を吐きながらも、アシュレイの頭の中はすでに今回の任務のことでいっぱいだった。


 ことの発端は、騎士団の副団長であり幼馴染でもあるレオン・フォルシアが持ち込んだ、ある噂だった。


 ──五星剣に、六人目がいるかもしれない。


 彼の口からその言葉を聞いたとき、アシュレイは一笑に付した。

 五星剣は、その名の通り五人しか存在しない。


 知恵の神、戦いの神、癒しの神、命の神、獣の神。

 それぞれの加護を受けた五人が世界に一人ずつ存在し、力の均衡を保っている。


 六人目など、いるはずがない。


 だが──もし本当に存在するなら?


 もしそれが、世界の均衡を崩し、大災害の引き金になっているとしたら?


 「……ノアなら、何か知ってるかもしれない」


 西の国に住む五星剣の一人、賢者ノア。

 知恵の神の申し子であり、世界の真理を見通し、未来視や千里眼の力を持つ存在。

 ノアの予言には「六人目」のことは含まれていなかったが、彼がその真相を知らないはずがない。


 「大災害が本当に起きるなら、原因を突き止めるしかない……もし六人目が存在するなら、そいつを見つければ解決するかもしれないしな」


 大災害が起きるのは確実とされている。

 ならば、その災害の正体を探り、できることを考えるのが騎士としての役目。


 「ったく、こんな話を聞かなきゃ、今ごろ団の皆と酒でも飲んでたのに」


 ぼやきつつも、アシュレイの目にはすでに決意の色が宿っていた。


 彼は手綱を握り直し、馬の速度を上げる。


 目指すは西の国。

 賢者ノアのもとへ、そして世界の均衡の真実を知るために。

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