1話「旅の始まり」
第1話 白銀の騎士団長と皇帝の命
ゼルダン帝国 王広間
豪奢な装飾が施された広間に、荘厳な空気が満ちている。
天井には歴代皇帝の肖像画が並び、玉座の後ろには帝国の紋章を象った巨大なタペストリーが掲げられていた。
その中心、皇帝の前に膝をつく一人の青年。
アシュレイ・フォン・ラグシュタイン──ゼルダン帝国騎士団長。
透き通る白銀の髪と、広大な海を思わせる碧い瞳を持ち、優れた剣の腕と統率力で若くして騎士団を束ねる存在だ。
その人望は厚く、紳士的な振る舞いと端整な容姿も相まって、男女問わず帝国の人々の憧れとなっていた。
だが、今の彼の表情には困惑が浮かんでいる。
「……は、皇帝陛下……今、なんと?」
彼の声には、信じがたいという色が滲んでいた。
玉座に腰を掛けた皇帝が、ゆっくりと重々しく口を開く。
「アシュレイよ、世に二度も言わせるな。西の国の五星剣──“ノア”からの予言が下ったのだ」
広間に静寂が訪れる。
五星剣──それは神の力を持って生まれた者たちのこと。世界に五人しか存在しないとされ、一人でも国を滅ぼすほどの力を有する伝説的な存在。
その中の一人であるノアが、予言を下したというのか。
皇帝は続ける。
「近い将来、世界を滅ぼす大災害がこのゼルダン帝国に訪れる、とな」
騎士団の長として、国家の軍事を預かる身のアシュレイには、無視できる話ではなかった。
「──大災害、ですか……?」
眉を寄せるアシュレイに、皇帝は深く頷く。
「そうだ。だからこそ、そなたには最大戦力を蓄え、大災害に備えてほしい」
その言葉に、アシュレイは思わず拳を握りしめた。
それはつまり、帝国の軍備を拡張し、いつでも戦争ができる体制を整えよ、という命令に他ならない。
だが、どこか腑に落ちない。
五星剣の予言は絶対とされるが、その詳細があまりにも曖昧すぎる。
「……承知いたしました」
しかし、騎士として皇帝の命に背くことはできない。
アシュレイは静かに頭を下げた。
その胸の奥に、微かな苛立ちを押し込めながら。
────
アシュレイの自室
「あんっのクソたぬきじじぃがっ!!!」
バンッ!!!
豪奢な木製の机が揺れるほどの勢いで拳が叩きつけられた。
アシュレイの部屋には、彼の荒ぶる怒声が響き渡る。
その様子を余裕の笑みで見つめながら、ワインを嗜んでいる男がいた。
レオン・フォルシア──アシュレイの幼馴染にして、幼い頃から共に剣を学んできた相棒。
深い蒼色の髪を持ち、軽薄そうな雰囲気を漂わせながらも、その実力はアシュレイに匹敵するほどの剣士だった。
「人々の憧れである白銀の騎士団長様の本性を皆が知ったら、多発ショックで大災害よりも前に国が滅ぶかもしれないね」
レオンはくつくつと笑いながらワインを一口飲む。
「……お前が来てなかったら、多分このまま俺がこの手で国を滅ぼしてたよ」
アシュレイは荒々しく椅子に座り込むと、額を押さえた。
「“最大戦力を蓄えよ”って、つまりは戦争準備しろってことだろ?……大災害ってのがどんなものかも分かってねぇのに、軍備拡張なんてできるかよ」
レオンは肩をすくめる。
「まあ、皇帝陛下としては五星剣の予言は絶対だからな。お前に命じるのが一番確実な策ってわけだ」
「それは分かってる。分かってるけど……!」
アシュレイは乱雑に髪をかき上げた。
予言の真偽はともかく、もし本当に世界を滅ぼす何かが起こるのなら、それは軍備を整えたところで対処できるものなのか?
考えれば考えるほど、頭が痛くなる。
「……ねえ、アシュレイ」
ふと、レオンが真剣な表情で彼を見た。
「“ノア”様の予言って、具体的に何を言ってたんだ?」
「それが……そこまでは聞かされてない。ただ、“ゼルダン帝国に訪れる”とだけ」
「……ふぅん?」
レオンはワイングラスを揺らしながら、何かを考えるように視線を落とした。
「なんだ、その顔」
「いや、ちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
レオンは少し迷うような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「最近、“六人目の五星剣が生まれた”って噂を聞いたことは?」
「──っ」
アシュレイは言葉を失った。
五星剣は、この世界に五人しか存在しない。
だが、それが六人になったとしたら──
「もしそれが本当なら、“大災害”ってのは自然災害なんかじゃないかもな」
レオンの言葉が、アシュレイの脳裏に鋭く突き刺さる。
「……六人目の五星剣が、災厄を招く存在だと?」
「さあな。でも、考えてみろよ。五星剣が五人しかいないのは、世界の均衡を保つためだったはずだ。そこに六人目が現れたら──」
「均衡が崩れる……か」
アシュレイは深く息を吐くと、目を閉じた。
皇帝の命令も、ノアの予言も、すべてが一つの点で繋がる気がする。
六人目の五星剣。
それが、大災害の鍵となるのかもしれない。
「……調べる必要があるな」
彼はゆっくりと立ち上がった。
レオンはにやりと笑う。
「お前のその顔……結局、じっとしてられないんだな」
「当たり前だろ」
黄金の瞳が、静かに輝く。
アシュレイは剣を手に取り、運命の渦へと足を踏み出した。