八ノ話 「千里見通ス眼」
美里と霞。2人が未だに余所余所しいまま仕事に取り掛かる。
この依頼をきっかけに2人が打ち解けられればいいのに…。
そんなことを俺は考えていた。
そしてそんな考えをもう何度もしていることに気付いて俺は苦笑するのだった…。
今回の依頼は紛失した書類の捜索。
今回は時間がないこともあって、メンバーは俺、霞、美里の3人。
そんな俺たちは今、すっかりおなじみとなった屋上にいる。
「で…3人でどうやって見つけるの?」
怪訝そうな顔をして美里が尋ねる。
「言ったろ?今回は前の方法は使えない」
あれはそもそも”持ち主が特に思い入れのあったものに移った持ち主の霊力”を探知するものであって、なんの思い入れもない書類に霊力なんて移っているとは思えない。
というか移ってたらそれはそれであの生徒に対して変な視線を向けることになる。
「というわけで、だ」
俺は再びポン、と霞の頭に手を置いた。
今更ながら、霞はかなり小柄だ。背だけ見ると中学生くらいにしか見えない。ショートカットで大人しい性格からもそれを連想させる。
…まあ本人はそれを少なからず気にしているのだが、依頼部において霞が子ども扱いされているのは明白だった。
で、今回はそんな霞の能力の出番となる。
「結構疲れるとは思うが、頼めるか?」
「…(コクン)」
霞は頷き、スッ…と目を閉じた。
しばらくの沈黙、そして霞はゆっくりと目を開いた…。
〈Another Side〉
「あれ…」
この数日、依頼部で訓練を受けていた。そうしているうちに、私は自身の霊力、そして他人の霊力の変化を感じ取るまでにはなっていた。
まだ篠原達のような霊能力者の大きな霊力の動きしかわからないが…そんな私にもこの”動き”は確かに感じ取れた。
朝比奈さんの顔───目のあたりだろうか…?───を中心に霊力が激しく動いている…。
「お、どうやら自主練もちゃんとやってたみたいだな。感心感心。」
そんな私の様子を見て、篠原は満足そうに頷いていた。
「あの…これは?」
私はそんな篠原に聞いてみる。
「ああ、霞はもともと情報収集や索敵、探知能力が高いからそれが主な担当なんだよ。まあ術の援護もこなせるんだけどな」
「へぇ…」
確かに今まで探知系の仕事ではいつも朝比奈さんが真っ先に見つけていたっけ…。
「で、だ。その探知能力の高さこそが霞の能力なんだよ」
篠原は、静かに意識を集中している朝比奈さんに視線を向けて言った。
〈Another Side Out〉
霊力による探知、それは同じ霊力はもちろんのこと、極めればそれだけ探知できるものも範囲も増えていく。だが、術というものは当然ながら霊力を消費し、高位の術である”秘術”の類は人間の最大霊力でも発動が困難になる。
なら、そんな秘術をどうやって発動するのか、答えは簡単。霊具や霊札、あるいは自身に施した術式を用いて発動すればいい。
「そして、霞はそんな秘術を目に施してるんだよ。探知能力はその副産物」
「…その秘術って?」
美里に、俺は一呼吸置いて言った。
「…”千里眼”さ」
あらゆるものを見通し、探知する眼。千里見通す眼、”千里眼”。
霞はもともと探知能力の素質があり、その素質の開花、強化として千里眼の術式を施した。
術式を施すといっても方法はさまざまで、直接身体に刻み付けるものもあるし、霊力で間接的に施すものもある。
霞の場合は後者で、眼に俺が霊力で術式を施している。
素質があっただけに割りと簡単に適合したし、別に異常もなければ視力が落ちることもなかった。
今、霞が眼鏡をかけてるのはもとからである。
まあ、仮にも”秘術”。素質があるとはいえ、まだまだ未熟な霞が使いこなすには荷が重く、発動すると身体に無理な負担がかかってしまう。
…まあ、具体的には一気に疲労感が押し寄せるといった感じだ。
「…見つけました」
「…お」
そんなことを説明していると、不意に霞が声を上げた。
それと同時に術を解いた霞の身体が糸の切れた人形のようにぐらりと揺れ、崩れそうになる。
「おっ…と!」
俺は慌ててその小柄な身体を受け止めた。まったく…こんな小柄なのによく頑張る奴だ。
「…すい、ません…」
霞はやはり疲れているのか、息が荒く、ぐったりとしている。
「すまんな、無茶させて」
「…」
俺の言葉に霞は小さく、けれど確かに首を横に振った。
「やめてください…。らしくもない…」
「オイオイ…どういう意味だよ、ソレ」
まあ、そんなことが言えるなら大丈夫か。
俺たちはしばらく霞をそのまま休ませた後、霞の案内で屋上を後にしたのだった…。
「…ここです」
「うわぁ…」
「…」
ちなみに霞、美里、俺の反応である。
霞の案内で到着した場所、そこは”資料室”だった。
「おいおい…なんで書類の山なんだよ。”木を隠すなら森の中”ってか。隠してどうすんだよ、見つけないと大変なんだろ?ストライキすんぞコノヤロー」
あまりの面倒臭さにあらゆる愚痴が口から出てくる。
「ま…まぁまぁ。…で、朝比奈さん、細かい場所はわからないの?」
「…」
美里の問いに、霞はただ首を横に振った。…って、マジかよ…。
「ハァ…じゃあ頑張って探すか…」
ここに来て、奈々美と晃がいないことが悔やまれた…。
〈Another Side〉
「う~ん…」
探し始めて1時間。流石に一筋縄ではいかないらしい。
それに…せっかくなんだからこういう共同作業をきっかけに朝比奈さんと話せるようになりたかった。
「朝比奈さん、あった?」
「…」
朝比奈さんはやっぱり無言で首を横に振った。
うーん…やっぱり話せないなぁ…。
というか、やっぱり千里眼の影響なのか、朝比奈さんは疲れているようだった。
流石に危ないなぁ…私がそう思っていると…。
ガタン!
「あっ…!」
朝比奈さんが床に積んである資料の山に足を引っ掛け、そのまま山が朝比奈さんのほうに倒れそうになった!
「危ない!」
篠原じゃ間に合わない。そう思った私は、咄嗟に飛び出していた…───
〈Another Side Out〉
「おいおいおい、大丈夫か!?」
物音に慌てて振り返ると、倒れそうな資料の山を必死で押さえて止めている美里と、その後ろに霞。
「…っと。大丈夫か?」
それを見てすぐに状況を理解した俺は、慌てて美里の加勢に加わったのだった。
「大丈夫か?霞」
「…(コクン)」
霞は頷いたが、やっぱりしんどそうだ。
…今回3人で仕事をしたのは、”急ぎ”という理由もあったが、それ以上に霞と美里を仲良くさせようという意味もあったんだが…。さすがに無理させすぎたか…?
そんなことを思っていると…。
「大丈夫?怪我はない、朝比奈さん?」
そう言いながら心配そうに霞を見ている美里がいた。
…こうして見ると、やっぱり霞が年下に見えるな…。
美里の言葉に、霞はやっぱり無言かとも思ったが…。
「…大丈夫です。ありがとう、九条さん…」
「「あ…」」
見事に俺と美里の声が重なる。
…こうして素直にお礼が言えるなら、やっぱ時間の問題だな…。
俺はそんなことを思っていた…。
「なぁ?霞」
「…?」
俺はしばらくして霞に声をかけた。
「美里と少し打ち解けてきたじゃないか。話せそうか?」
そんなやりとりをするのも、もう3回目なんだと思うと少し笑えてくる。
実は依頼部に最初に加入したのは霞である。
霞は元々こんな内気な性格ゆえ、クラスでもずっと1人だった。
そんな霞を招きいれるのにも苦労したが、それ以上に苦労したのが後々加入した奈々美と晃との人間関係だ。
確かそのときにもこんな風に俺が霞のフォローをしてたっけ…。
「…」
俺の問いに、霞はしばらく黙っていたが、やがて口を開き
「…大丈夫です。危ないところを助けてもらいましたし、頑張ってみます」
そう、確かに言ってくれた。
…うん、これで後は書類が見つかれば…。
「あっ…あった!」
そう思った時、後ろで声が聞こえた。振り向くと、美里が何かを手に持ってこちらに見せていた。
「…どうやら、見つかったようだな…」
こうして、俺たちの”仕事”は大成功となったのだった…。
〈Another Side〉
「あの…」
部室へ帰る途中、珍しく朝比奈さんが声をかけてきた。
「え…どうしたの?」
私はそれに内心驚きつつも答える。
「…」
しかし、朝比奈さんはそれきり俯いてしまった。
疑問に思って篠原のほうに視線を向けるが、篠原も黙ってこちらの様子を伺っている。
「…?」
そんな沈黙がしばらく続き、やがて意を決したように朝比奈さんは口を開いた。
「その…さっきは、ありがとう。私…こんなだけど…別に美里さんのこと、嫌ってないから…」
それだけ言って、朝比奈さんは行ってしまった。
「あ…」
今気付いた、さっき初めて朝比奈さんに”美里”って…。
「だから言ったろ?霞は人見知りしてるだけだって」
朝比奈さんの行った方向を見つめていると、不意に篠原が話しかけてきた。
「俺も、奈々美も、晃だってみんな最初はああだったんだ。でも、本当はいい奴なんだよな」
それは素直に頷ける。篠原達の言うとおり、朝比奈さんは少し不器用なだけだった。
…この日から、私も朝比奈さんと自然と会話することができるようになっていたのだった。
とりあえず今日は2話更新です。
もう気付いているかもしれませんが、順番に依頼部メンバー1人1人を中心とした
話を書いています。
奈々美、そして今回が霞…。ということで次はいよいよ彼の出番です。