五ノ話 「束ノ間ノ”平穏”」
妖魔との戦いも終え、俺たちは普通の高校生としての日常へと戻っていく。
だけど俺たちは”依頼部”。束の間の平穏も1つの依頼で中止になる世界だ…。
「───え~ここは……って、篠原…また寝ているのか…」
授業中の教室に教師の呆れたような声が響いた。
俺は今、先日の仕事の疲れで机にてスリープモードの真っ最中である。
いや、もうね、眠いのよ。夜中に走り回って疲れてて、それでも遅くまで起きていたせいでもう限界だった。
俺はただ顔だけを机につけて、一瞬死体かなんかと間違われそうな体勢で惰眠を貪っていた。
…まあ、薄く霊力を周りに張ってるからだいたいの物体の動きはわかる。
…というより気を張って寝ているからレム睡眠に到達しねぇ。なんという悪循環だ。
「…篠原、起きろ」
教師の声もちゃんと聞こえている。つーか熟睡してる奴には呼んでも聞こえない気がする。
教師はそれからも諦めずにしつこく呼びかけてきたが、俺は今の悪循環をどうしようかで頭がいっぱいだった。
やがて教師の声が止む。…諦めてくれたか、そう思ったんだが…。
「…起きろ!」
そう叫んだ教師が”何か”を投げてきた! …大きさから察するに…チョークか。
そういやこの教師は今時でもチョークを投げることで校内じゃ有名だったな…。しかも無駄に命中率が高い。
飛んできたチョークは3つ…うち2つは軌道的に当たらないだろう。…最後の1つは当たるな…。
俺は最初の2つに対しては寝たまま無視した。案の定チョークは俺の横を通り過ぎていく。…掠ったぞオイ、ほとんど命中じゃねぇかよ。
そして最後の1つ…。
「…チィ!」
俺はすかさず顔を上げると、避けに定評がある某映画の主人公も顔負けの回避を披露する。
頬を掠るチョーク…あぶねぇ…。
「やらせはせんよ…!」
「チ…また外したか…」
今舌打ちしたなアイツ! 教師がそれでいいのか!
「当たらなければどうということはない。…おやすみ」
俺は言うだけ言って再び眠りに落ちたのだった…。
教師は今ので諦めたのか、もう何も言ってはこなかった…。
〈Another Side〉
「…あれ? 篠原は?」
放課後、私はいつものように依頼部の部室にやってきていた。
扉を開けると、いつもはいない久藤君がいて、かわりにいつもいる篠原がいなかった。
坂本さんと朝比奈さんはいつものように部室にいた。
「こんにちは、美里さん。…俊樹さんなら今日はまだ来てないですよ?」
「へぇ…珍しい…」
いつもは必ずといっていいほど部室にいるのに、今日はまだ来てないなんて。
「大方、先日の仕事の疲れで寝てるんでしょう」
疑問符を浮かべていた私に、久藤君が言った。
「…なるほど」
いつもあんな夜中遅くまで戦ってたら流石に疲れるわよね…。
「俊樹さんは特によく寝てますからね~…。もしかしたら今日は来ないかもしれないです」
「え? じゃあなんで皆は集まってるの?」
篠原がそんななのに、皆は疲れていないのだろうか?
「…まあ、僕たちは好きで集まってるようなところもありますし」
「皆休んじゃうとお客さんが来ても対応できませんしね」
私の疑問に、久藤君と坂本さんが言った。
「お客、ね…。でも滅多にこないんでしょ?」
そう言った私に、久藤君も坂本さんも苦笑していた。
実際、客は滅多に来てないらしい。…まあ非公式であまり大っぴらにできないというのもあるんだろうけど…。
「まあ、気長に待ちましょうか…」
私がそう言ったときだった。
ガラガラガラ…。
「…失礼しまーす…」
扉を開く音、そして控えめな声。
篠原ではない、私たちがそちらに視線を向けると、そこには大人しそうな女子生徒が立っていた…。
「…ねぇ、ホントにこんなところにいるの?」
いつもは私たち以外が開くことのない扉。それが見慣れない女子生徒によって開かれ、彼女はこの部活の噂を聞いてやってきた”客”だという。
この緊急事態に、女子生徒は坂本さんと朝比奈さんに任せ、私と久藤君は篠原を呼ぶことにした。
私はもう帰ってしまったんじゃないかと思ったが、篠原は基本的に校内にいることがほとんどらしい。
私たちが今いるのは中庭、…の奥まった場所のさらに奥。このあたりはちょっとした林のようになっていた。
久藤君はここにいると言ったけど…。本当にこんなところにいるんだろうか?
「絶対とは言えませんが…校内にいるとするなら大抵はここですね」
久藤君は先を歩きつつ言った。私はとりあえず久藤君について行く。
「…つきました。ここです」
少し歩くと、木々を抜け、ちょっとした広場のようなところに出た。
「うわぁ…」
周りを木に囲まれ、広場の真ん中にも大きな木がある。木々で日の光を覆っていた林を抜け、広場は日光に照らされている。ここはなんだかとても幻想的だった。
「こんなところがあったなんて…」
思わず、そんな言葉を呟いていた。
「…僕も知りませんでしたよ。俊樹君を探してて見つけたんです」
そう言いつつ、久藤君は広場の中央…大木に近づいていく。
「…ここです。俊樹君は大抵この木の上で寝てますよ」
「…は?」
一瞬、何を言ったのか理解できなかった。…この木の…上?
「…なんでまた…?」
私の不思議そうな表情に苦笑しながら、久藤君は
「このあたりは人もそんなに来ませんしね。木の上なら誰にも気付かれないですし、ある程度安心して寝られるんでしょう」
「…ふぅん…」
なんとなく言いたいことはわかったけど…やっぱりまだ半信半疑だ。
そんな私の心情を読み取ったのか、久藤君は
「…まあ、信じられないのも仕方ないですよね。僕も最初はそうでしたから…。では、いるかどうか確認してみましょうか?」
そう言うと、久藤君は大木に向き直り…
ドガァ!
思いっきり大木の幹を蹴った。
大木はその衝撃で揺れ、木の葉がガサガサと音を立て、うち数枚は地面に落ちてきた。
しばらくガサガサとした音が響く、しかし、それ以外に何の変化もない。
私はここにはいないと思い、そう言おうと思って口を開いた。…次の瞬間。
「ぬぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」
ものすごい叫び声。…というか悲鳴。それと同時に大木から明らかに木の葉とは違うものが落ちてきた…。
〈Another Side Out〉
基本的に俺はあんまり怒ったりしない。
でも例外ってモンがある。それは大きく分けて2つ。
トッポを粗末にされた時と…。
…熟睡してるのを邪魔されたときだよっ!!
授業が終わって放課後になってもまだ眠かった俺は部室には行かず、いつも秘密の場所として使っている中庭奥の林を抜けた先…ちょっとした広場になっている場所の中央にある大木の上で寝ていた。
ただでさえ人気がなく、それでいて大木の上という見つかりにくい場所のおかげで、俺はある程度は安心して眠れるのだった。ここはいわゆる俺の”隠れ家”である。
…で、そんな俺の”隠れ家”で俺が眠っていると…。
ドガァ!
大木にすごい衝撃が走って…ものすごく揺れた。
寝ていて油断していた俺がそんな異常事態に対応できるはずもなく…。
「ぬぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」
なんていうすごい叫び声を上げながら地面に落下。
咄嗟に受身をとったとはいえ、背中にものすごい衝撃が走る。
…すぐにでもこんな真似をした野郎を血祭りに上げてやろうかと思ったのだが…。
「おはようございます。俊樹君」
目の前で晃がいつもの笑顔で俺を見下ろしているのを見て、俺はなんとなく全てを理解した。
…あぁ…またコイツの仕業か…ってなぁ!
よく考えればそうだ。あの衝撃はどう考えても”木の上に誰かがいること”をわかった上でやってる。
そして俺がここにいることを知ってるのはコイツ…あとは奈々美と霞くらいだった。
「…晃君。言い訳は考えてるか?」
殺意で人が殺せたらどんなにいいだろうね?
そんな俺の殺気に気付いているはずの奴は笑顔を崩すことなく
「アハハハハ。冗談が過ぎますよ? 俊樹君」
そんなことを言い出した。
…はい、ぶっつーん。
「…テメェ。今ここで冗談かどうか証明してやらぁぁぁっ!!」
俺は思いっきり拳を振りかぶると、そのまま目の前の奴の顔面目掛けて拳を…───
「ちょっと篠原! 久藤君もふざけてないでちゃんと理由言わないと!」
振り下ろせなかった。俺を制止する声、そっちに視線を移すと、美里がいた。
そんな美里の言葉に、晃はやれやれと肩を竦めて
「まぁ、冗談はこのくらいにしておきましょうか」
「…冗談…だと…?」
冗談でこんなことされちゃたまったもんじゃない。
だが、そんな考えも美里の言葉で吹っ飛ぶこととなった。
「お客よ。依頼部にお客さんが来たの」
「まったく…そういうことは早く言えよ!」
事情を聞いた俺は晃と美里とともに部室に向かって走っていた。
正直まだ晃への恨み云々は消えちゃいないが貴重な客を待たせるわけにもいかない。
「…どうかしましたか? 僕の顔をジロジロ見て…?」
「…」
しゃあしゃあと…。
「…まあいい。さっさと行くぞ」
俺たちは部室へと向かった…。
ガラガラガラ…。
「奈々美…って…」
扉を開けると、大惨事だった。
別に比喩とかではない。まさに大惨事だったのだ。
お茶とトレイが派手にぶちまけられていた。その惨事は先日の比ではない。
理由、原因は言うまでもあるまい。奈々美である。
「うぅぅ…」
奈々美はほとんど泣いていた。…”接待係”だよな?
「ずいぶん派手に転んだな…。まったく…」
俺はため息をつくと、いつものように片づけを始める。依頼部ではもう日常茶飯事の光景だ。
だからみんなも何も言わずに手伝っている。こういうことには無駄にチームワークがいい。
「制服も濡れてんな…。とりあえず上だけ脱いで俺の制服着とけ」
俺は制服を脱いで奈々美に手渡す。
「すいません…俊樹さん…」
本気で落ち込んでやがるな…。…まったく…。
「…まあ、失敗は誰にでもある。とりあえず制服乾かさないとな」
俺はそう言って、隣の倉庫に続く扉の方へ奈々美を促した。
「ありがとうございます…」
奈々美はそのまま倉庫へと入っていった…。
「…で、何でここにきたんだっけ?」
えーと…。
「…あの…」
恐る恐るといった様子で聞こえた声。こんな声の持ち主はウチのメンバーにはいない。
…あ~、そうだったそうだった。
振り返ると、案の定そこには見慣れない女子生徒。学年バッジは2年を示していた。
「あ~…。待たせて悪かったな。ようこそ、”依頼部”へ」
俺は改めて、その生徒を歓迎したのだった。
しばらくは日常パートが続きます。
戦闘もない予定なので期待している人はご了承下さい。