三ノ話 「決着。目撃ノ対価」
俺と異形は対峙し、やがて激突する。
それは数日ごしの戦いの決着がつく瞬間でもあった。
そして、それを見ていた彼女にも日常の転機が訪れる。
「…散々てこずらせてくれたが、これで終わりだぜ?」
俺は銃口を向けて、目の前の妖魔にそう言ってやった。
「あ…え…? 篠原…?」
彼女は今の状況が飲み込めず、混乱していた。
「悪い、質問は後にしてくれないか? とりあえずコイツ片付けないといけないんだわ」
俺は普段の調子でそう言ってやる。
「あ…う、うん…」
とりあえず彼女はそれで納得してくれたようだ。
俺はそんな彼女の前に立つ。
「とりあえず、死にたくなかったら俺から離れるなよ? じき晃も来るからそれまでの辛抱だ」
彼女は小さく頷いてくれた。
『グアァアアアァアアァアァ!』
あと少しのところを邪魔されたのがよっぽど悔しいのか、ヤツは大きな雄叫びを上げる。
「お~お~。食事の邪魔されたのがそんなに悔しかったのか。食い物の恨みは怖いからなぁ?」
俺は不敵に笑う。
「ほら、代わりだ!」
俺は引き金を引いた。
バァン! バァン! バァン!
『グェアアアァァァアァア!』
それは容易く避けられ、ヤツはこっちに向かって走ってきた。
「来たな…!」
俺もヤツに向かって走り出す。それと同時に右手に意識を集中する。
それはこの前の廃倉庫の時の再現のようだった。
「食らい…やがれっ!」
俺は右手を大きく振りかぶる。ヤツは前と同じように俺の懐に飛び込んできた。
そこで、ヤツの脳天めがけて右手を…───
『グェアァア!』
ヤツはそのタイミングで後ろに飛んでかわそうとした。
───俺は、そんなヤツに不敵に笑った。
…振り下ろすはずだった右手は振り下ろされなかった。いわゆるフェイントである。
「同じ手に2度も引っかかるかよ!」
ドガァ!
『グブェ!?』
後ろに飛んだ直後で隙だらけのヤツの顔面に、横から俺の蹴りが当たった。
そのままヤツは横に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
そこに俺はすかさず駆け寄り…。
「…”衝”!!」
右手の衝撃を、開放した。
響く爆音、そして煙。
それが晴れると、壁は無残に崩れ、その奥…教室にボロボロのヤツが立っていた。
「うわぁ~…まだ生きてんのかよ…。…いや、もう死んでるか」
俺はそんなヤツにげんなりする。
『グ…ガ…!』
だがヤツは背後の窓を突き破るとそのまま外へ逃げ出した。
「逃げたか…」
「俊樹君、お待たせしました。…おや美里さん。ご無事でなによりです」
ちょうどその時、晃がこちらにやって来た。
少し息を切らしているあたり、今回は割りと真面目に急いでいたらしい。
「妖魔は?」
「外に逃げたよ…。”衝”を至近距離で叩き込んでやったからもうだいぶ弱ってると思うぜ?」
「そうですか…」
とりあえず、俺は彼女に向き直った。
「怪我は?」
俺の言葉に彼女は一瞬考えてから
「ええ…大丈夫よ…ありがとう」
そう言った。
「いろいろ聞きたいことがあるだろうが、後にしてくれ。屋上には一人で行けるか?」
「屋上ね? …ええ。大丈夫」
彼女はそう言うと、立ち上がった。
「うし、晃、さっさと終わらせるぞ」
「はい」
彼女に見送られて、俺と晃も窓から外に飛び出した。
ヤツはグラウンドの中央に立っていた。
逃げられないことを悟って観念したのか、それとも罠か…。
「ま、じっとしててくれるんなら好都合だな」
「まったくですね。…僕も楽ができそうです」
お前は年中無休で楽してるじゃねーかよ。
「とりあえず…仕上げと行こうか…!」
俺と晃はその”力”を解放した。
〈Another Side〉
「あっ! 美里さん! ご無事で何よりです」
屋上に上がった私を、坂本さんが迎えてくれた。
「お怪我はありませんか…?」
「…ええ、足をちょっと捻ったくらいよ」
逃げるときに必死になっていたから自分でも気付かなかったが途中で足を捻ったらしく、少しだけ痛んだ。
私は特に気にする必要はないと思ったのだが、坂本さんは慌てたように
「大変じゃないですかっ! 見せてください!」
そう言って私の前でしゃがみこむと、私の足を軽く手で押さえた。
「っ…」
ズキリ、とした感覚が足に広がる。それを確認した坂本さんは
「じっとしててください…今治しますから…」
そう言って、目を閉じた。
同時に、彼女を包み込むように淡い黄色の光が現れる。
「え…?」
その光が彼女を通して私の足を包む。途端に私の足は温かい感覚に包まれた。
やがてしばらくすると、私の足から痛みは消えてなくなっていた。
「え…? 何したの…?」
「私の術で簡単な治療をしたんですよ。応急処置程度のものですけどね」
坂本さんは笑顔でそんなことを言った。…やっぱり坂本さんも篠原達の様な不思議な力があったんだ…。
「……始まりました」
私がそんなことを考えていると、不意に屋上からグラウンドを見下ろしていた朝比奈さんが呟いた。
「え…?」
私もグラウンドを見下ろしてみる。
「なっ…!?」
そこには、不思議な光景が広がっていた。
グラウンドを覆いつくすような紫と銀色の光。そのそれぞれの光の中心に篠原と久藤君がいた。
「なに…? あの光…」
「え…。九条さん、”霊力”が見えるんですか?」
私の呟きに、坂本さんは驚いたように言った。
「…”霊力”?」
「2人が今開放してる光ですよ。素質のある人にしか見えないらしいですけど…やっぱり九条さんは素質があるんですねっ」
そう言う坂本さんはなんだか嬉しそうだった。
改めてグラウンドを見下ろす。2人はついにあの異形に向かって駆け出したのだった…。
〈Another Side Out〉
「行くぞ!」
抑えこんでいた”霊力”を開放した俺たちはまっすぐ妖魔に向かって駆け出した。
『グェアアアァアアアァアアァ!!』
それを見たヤツも最後の力を振り絞ったのか、紅い光を纏って俺たちを迎え撃つ。
「…っ!」
俺はまっすぐ走った状態から即座にヤツを軸に横へ跳躍する。
そして銃口をヤツに向け、跳躍した状態から…
バァン! バァン! バァン! バァン!
弾丸を放つ。
『ガァアアァア!』
だが、それは今まで同様避けられる。弱っていてもその素早さは変わらないらしい。
むしろ今までより速くなっていた。
「くそっ…!」
最後の最後でてこずりそうだ…。
俺がそう思っていると、俺とは違ってまっすぐヤツに向かっていった晃がその刃の間合いに敵を捉えた。
「…ハッ…!」
柄に手をかけ、そこから放たれる居合い。その速度はもはや肉眼で捉えるのも困難なほどに鋭く研ぎ澄まされていた。
ガキィィィィィン!
『ガアアアアァアァァァアア!』
だが、その刃をヤツは容易く見切り、手に持った包丁で受け止める。
響く金属音。晃とヤツは刃を交えたまま動けなくなる。
「…食らえ!」
俺はそこへすかさず駆け寄ると、その手前で大きく上へ跳躍。ヤツの上で銃口を向け、弾丸を放った。
バァンバァンバァンバァンバァン!!
連続で響く銃声。それを聞いた晃はすぐに後方へ飛んで銃弾の落ちる範囲から離脱する。
『ガッ…グェアァアアァ!』
ヤツもすぐに離脱しようとするが、少し遅かった。俺はヤツが避けることも計算して弾を広範囲に撒いたのだ。
ヤツはギリギリ俺の攻撃範囲に入り、数発の弾丸がヤツの身体を貫いた。
「まだまだ!」
俺は地面に降り立つと、すかさずヤツに至近距離で銃口を向ける…”右手”で。
『グァアアァ!』
ヤツはさっきの跳躍による回避の直後で硬直しており、隙だらけだった。避けることを諦めたヤツは包丁の刃を立てて銃弾を受け止めようとする。
「いい判断だ。…だが、そんなモンで受け止められるかな?」
『!!??』
不敵に笑う俺にヤツが警戒したが、もう遅かった。
俺は引き金を引く、そして…
ズガァァァァァン!!
今までとは明らかに違う銃声の激しさ。そして今まで以上の威力を持った弾丸がヤツの包丁の刃に当たり、至近距離でそれを受けたヤツは大きく後方に吹っ飛ばされた。
俺の銃にはお札がいくつも貼られている。…俺の右手にも巻かれている。俺が術を詠唱も無しに使えるのはこの右手の札のおかげなのだが、他にもいろんな恩恵があった。
俺の銃は実弾は撃てない。今まで撃っていたのは自身の霊力を銃に貼られている札を通して弾丸に変換されたもの…いわゆる”霊弾”だ。
”霊力を弾丸に変換している”のだからその霊力が強力ならば当然弾丸の威力も上がる。
俺の右手の札が俺の霊力を強力なものにさせてくれていた。
だから俺は”右手で撃つと霊弾がパワーアップする”のである。
…まあ、威力と射程上がる代わりに連射できなくなるし一発一発の消費霊力が増すんだがな。
例えるなら長距離射撃型である。
そんな弾丸を至近距離で受けたヤツは当然ながら後方に吹っ飛ばされた。
そして…───
ドスゥッ!
『ガッ…!?』
ヤツが地面に降りることはなかった。
吹っ飛んだヤツの胸には、刀の切っ先。
俺が戦っていた間に移動した晃が吹っ飛んだヤツに先回りし、背中からヤツを刺し貫いたのだ。
『グ…ガァアアアァアアア!』
それでも尚、ヤツは必死に暴れて抵抗する。
「…ならば…!」
ズバァッ!
『アアアァアアアァアアアァアァァ!!??』
刺し貫いた状態から、晃は刃を振り上げた。貫かれた位置から肩までを切り裂かれたヤツの血が噴き出す。
だが、仮にも死後の存在。この程度で消滅しないのはわかってる。
だから俺はそんなヤツに駆け寄り、右手でヤツの顔面を掴んだ。
「…終わりだ」
俺は右手に練りこんだ霊力を───
「…”衝”!!」
…開放した。
〈Another Side〉
「…すごい…」
放たれた衝撃、その後には何も残ってはいなかった。
私は異形と戦っていた彼らを見て、思わずそう呟いていた。
「…気配が消えました。私たちも行きましょう」
朝比奈さんはそれだけ言って、屋上を後にした。
「ほら、美里さんも」
坂本さんが笑顔でそう言って促す。
「え…ええ」
私もそれに続いて、屋上を後にしたのだった…。
〈Another Side Out〉
「ふぅ…終わったな」
衝撃の後には一片の気配も存在しなくなっていた。
俺の放った”衝”は確実にヤツを仕留めたらしい。
今ここに、俺たちの戦いは終わったのだった。
「結構時間がたってしまいましたね…。教室の修理は急いだほうがいいでしょう」
そう、崩れた壁をそのままにもできないので、俺たちには”後始末”が残っている。
”修復”の術式ですぐなんだが…今はしんどい。
「少し休もう…。流石に疲れた」
俺がそう言って地面に座り込むと
「俊樹さん。晃さん。お疲れ様でしたっ!」
「…ご苦労様です」
「…」
屋上にいた3人もグラウンドにやって来た。
「お~…」
俺は右手を挙げてそれに答えた。晃はいつもの笑顔で小さく手を振っていた。
「ねぇ…篠原…」
しばらくして、九条が俺に話しかけてきた。
「あん? どうした?」
彼女はしばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように
「あなた…いいえ、あなた達は何者なの?」
「あ~…」
そういや彼女のこの後のことを伝えてなかったな。
「…俺たちの仕事は”依頼部”…。だけど実際はああいう奴らを相手にするのが本職なんだよ」
「そんな…」
やっぱりまだ信じられないらしい。だが、彼女は一部始終を見てしまった。
「九条」
「え…?」
俺は彼女に
「お前、今この瞬間から依頼部”雑用係”に決定」
…時間が一瞬止まった気がした。
そして
「なっ…ええええぇぇぇ!?」
まあ、そうなるよね。
「ここまで見られた以上仕方ないだろ…。普通なら術で記憶消すんだけどな」
「じゃあそれでいいじゃない!」
いいのかよ。
俺は観念して話すことにした。結界があって素質のない人間は入れないこと。そして九条が素質ありだということは、またいつか妖魔に狙われるということ…。
「また…あんなのに狙われるってこと!?」
彼女はその事実に恐怖しているようだった。だが事実な以上仕方がない。
「俺たちと一緒にいるのが一番安全だ。素質がある以上、鍛えればそれは”力”になる。戦えとは言わない。でも”生き残る術”くらいは身につけておいた方がいい」
俺はそこまで言って一呼吸置く。そして真剣な表情で
「でないと…いつか殺されるぞ?」
そう言った。そこまで言われて彼女が大きく眼を見開いた。
無理もない、あんな化け物に襲われる日々がまだあると言われ、このままだといつか殺されると言われれば誰だって怖いだろう。
俺は少し気を使って
「まぁ…無理にとは言わないさ。…明日までまっ───」
「…たわよ…」
「は?」
俺の言葉を遮って彼女が何か呟いた、聞き取れずに俺が聞き返すと、彼女はこちらを見て
「わかったわよ…やればいいんでしょ?」
そう言った。
「…言っておいて何だが、そんな簡単に結論出していいのか?」
そう言うと、彼女は少しだけ悩んだが、それでも
「このままだとあんな化け物に襲われて、いつか殺されるんでしょ? …なら、仕方ないじゃない」
そう言った。
その瞳には確かな意思があった。だから俺はそれ以上何も言わずに
「…わかった。そこまで言うなら歓迎しよう。よろしく頼む」
今ここに、新しい”依頼部”のメンバーが誕生したのだった…。
久しぶりの更新…。
春休みが終わって学校なので、これからも不定期更新になりそうです。
でも毎日がんばって書いてるので見捨てないで下さいね。