三十一ノ話 「日差シノ下デ」
照りつける真夏の日差し。
その手には金属バット。…何ともありがちな組み合わせだ。
去年とは全く違う真夏の風景に、ついつい俺も浮かれてしまっているのかもしれなかった…。
ジリジリと焼けるような日差しの中、俺はゆっくりと、しかし確実に歩を進めていた。
その手には金属バット。その眼で向こうにいる相手───ピッチャーを見据え、対峙する。
「「…」」
交差する視線。それは長かったのか、それとも一瞬だったのかはわからない。
「…っ!」
シュッ!!
やがて繰り出される剛速球。なかなかに早い。流石は野球部だ。
…だが!
「ボールを相手のスタンドにシュゥゥゥゥゥゥッ!!」
ガキィィィィン!!
超エキサイティン!!
俺はバットを大きく振り、打たれた球はものすごい音と共にスタンドの向こう側へと消えていった。
ワァァァァァァァ!
どっと沸き起こる歓声。…と、黄色い声。
「うしっ!」
俺は声援を送る相手に答えながら、ホームを一周してベンチに戻る。
相手チームの連中は球が飛んでいった方向を見つめ、未だ呆然としていた。
…無理もない。今俺達が相手にしているのは運動神経のいい奴ばかりが揃った”優勝候補”なのだ。
え、点数? 今3回裏で13-0だが?
…言うまでも無く俺達の圧倒的なリードだった。
今になって気付いたのだが、ウチのクラスにはあまり運動神経のいい奴がいない。
球技大会のクラス対抗は男女別で、俺達男子はソフトボールだった。…まぁ定番だな。
トーナメントの並びはくじ引きだったのだが、俺達C組はいきなり優勝候補のE組とぶつかる事になり、クラスはもう諦めムード全開だった。
ところがどっこい俺はトッポのためにも6位を目指さなければならんのだ。
ちょうど6位が確定するまでは負けられん、と俺は脅威の運動能力を発揮。…まぁ、戦ってるときくらいの運動能力なんだが。
まぁ、そんな感じで”俺達なんぞ余裕だぜ(笑)”とでも言わんばかりだったE組の連中を圧倒してやったのだった。
だがまぁ、所詮ソフトボールは団体でやるスポーツだ。俺1人が頑張ったっていつか限界が来る…と、そう思っていたのだが、俺の意外な活躍にメンバーの士気は急上昇。
俺以外のメンバーの働きもあって、結局俺達は優勝候補のE組を完膚なきまでに叩き潰す事が出来てしまったのだった。
「篠原って、まさかここまで動ける奴だとは思わなかったよ!」
「いつも寝てばかりだったけど…篠原君カッコいい…」
「流石です俊樹君。相手チームとの裏取引は上手くいったようですね!」
「オイそこ! 誤解を招くような嘘をかますな! ていうかお前絶対晃だろ!? オイ!!」
…まぁ、なんだか俺の印象が大きく変動してる気もするんだが…少しくらいならいいだろ。
………。
……。
…。
「オラァァァァァァ!」
ガイィィィィン!!
ものすごい金属音と共に、ボールは遥か彼方へと飛んで行った。
「よっし、いい感じ!!」
ボールを打ち返した主───亮は、満足そうな表情を浮かべながらホームを一周している。
試合を終えた俺達C組は次の試合まで休憩。
特別することもなかった俺と晃は、他の競技を観戦していたのだった。
「さすが亮だな。あんだけ熱心になってただけのことはある」
「ですね。やはり次の相手はB組でしょうか?」
「…あー。そうか」
トーナメントの並びでは、このまま亮たちB組が勝てば、次は俺達C組とぶつかる事になる。
…まぁ、この様子だともう確定的だろうが。
でもなぁ…E組に勝ったから、もう次で負ければ6位なんだよなぁ…。
トッポのためとは言え、身内相手に手を抜くってのはなかなかに気が引ける。
「今年は疲れそうですね、俊樹君?」
「…サラッと”自分は働かない宣言”するなよ、お前…」
…まぁ、さっきもほとんど働いてなかったけどな…。
………。
……。
…。
「あ、篠原に久遠君。そっちの試合は終わったの?」
体育館の2階。ギャラリー部分には美里がいた。
俺達はグラウンドでの観戦を一通り終え、女子達の競技が行われている体育館へと移動していたのだった。
「おう。そっちも終わったのか?」
俺は手を上げて美里に答える。
体育館では女子達の競技であるバレーが行われている。
今は…奈々美のいるA組と霞のいるF組の試合か。
「坂本さん!」
A組の女子が叫ぶ。
ボールは奈々美の頭上から緩やかに落ちてきていた。
…あのぐらいなら落とす事はないだろう…とは思うのだが。
奈々美は慌て、ワタワタやっていて対応できそうにない。
ボスン!
「あうっ!」
…脳天直撃。
「ちょっと坂本さん。大丈夫!?」
「うぅ…痛いですぅ…」
…やっぱり奈々美は奈々美だった。
あまりにも予想通りな展開に、俺と美里は揃ってため息をつく。
「男子はソフトボールよね? 篠原達は…まぁ、勝ったんでしょうけど」
「もちろんだ!」
俺は親指を立てて答える。
6位を取るまでは負けられんよ。全てはトッポのためだ。
「亮たちは? 見たんでしょ?」
「ええ。あの様子だと勝利は確定でしょうね」
晃の言葉に俺も頷く。
美里はをれを聞くと満足そうに頷いた。
…やっぱり何だかんだで気にはしているらしい。
「そういや、お前のとこはどうなんだよ?」
今まで話に出てこなかった美里のクラスの様子を聞いてみる。
「勝ったわよ? 次は今やってる試合の勝った方となのよね…。いきなり友達とぶつかるのは複雑だわ…」
…なるほど。向こうもこっちと似たような状況らしい。
「私たちはやる以上、全力だけど。篠原はどうするの? 次負ければ6位だったんじゃないかしら」
「…まぁな」
…次の相手が相手だけになぁ…。
「…篠原。ひょっとして迷ってる?」
「俊樹君は何だかんだで熱い性格ですからね」
「へぇ。そうなんだ、ちょっと意外ね」
「おい。そっちで適当な事言いすぎだ」
悩む俺の横でヒソヒソと話をしている2人を制する。
…しかしまぁ。どうしたもんかなぁ…。
「悩むのもいいけれど。団体対抗の方も忘れないでよ?」
「…わかってるっての」
美里に指摘されて、気を取り直す。
…団体対抗かぁ。そういやそっちもあるんだっけか。
「悩みどころですよねぇ。好物を取るか、友情を取るか」
「…馬鹿にしてるだろ、お前」
「ええ、少し」
「この野郎」
…まぁ、こうなった以上、選択肢なんてあってないような物なんだけどさ。
………。
……。
…。
次の相手は案の定、亮たちB組に決定した。
俺達はグラウンドで整列する。…なぜか目の前に亮がいた。
「よっ! お互い頑張ろうぜ!」
「…お前なぁ。忘れたのか? 俺はトッポのために6位が目標だったんだぜ?」
一応、やる気満々の亮に釘をさしておく。
…が、亮はそれを聞いてもなんともなさそうに
「別に構わねぇよ。どっちにしろ手加減ナシだからな!」
そう言って、拳を突き出してきた。
…ハァ。ホント、こういうタイプは今まで依頼部にいなかったから新鮮だ。
やがて、試合開始と共に散らばる俺達。
「篠原」
「…あん?」
俺達は最初、守備だ。
俺は自分のポジションに移動しようとしたところ、不意に呼び止められた。
こいつは確か…ピッチャーやってた奴か。
「さっきの試合見て思ったんだが。ピッチャーは篠原がやるべきだと思うんだ」
「…はい?」
…まぁ確かに、この中じゃ運動能力はずば抜けて俺が高いのだろう。…ライトで悠々と笑みを浮かべている晃を除いて。
だからピッチャーを任されることも別におかしいことじゃあないのだが…。
…んな責任重大な役目を任されてもなぁ…。
ピッチャーが俺なら、わざと負けるのも簡単と言えば簡単だが…。
「…どうなっても知らんぞ?」
「ああ、頼む」
…ハァ。なんだか妙な展開になってきた。
………。
……。
…。
「アウト!」
審判の声が上がる。
現在2アウト。流石に全部フォアボールとかはあからさま過ぎるので適当に手を抜いていたのだが、案外周囲の奴らのフォローが上手く、相手を無得点に抑えていた。
「…ハァ」
こういう展開はどうも苦手だ。
さっさとヒットを打ってくれりゃいいものを…。
「…っと!」
ヒュッ!
俺は投球する。
キン!
「…お」
ボールは小気味のいい音を上げて打ちあがる。
結構高い。あれは取れないだろう。
「セーフ!」
審判の声。
初ヒットで相手チームは大いに盛り上がっていた。
…ふぅ。さて、次は───
俺が思考しながらバッターボックスに振り返ると───
「いけぇ、藤原! 2点先取だ!」
「おう、任せとけ!!」
バットを構える亮がいた。
…しまった、亮は4番だったのか。
「…」
「さあ、こい!」
やる気全開の亮は、強い視線でこちらを見据える。
…ハァ。やりにくい。
「…っ!」
ヒュン!
「…え」
俺は投球する…が、それは亮にとって予想外のものだった。
「ボール!」
思いっきり敬遠球。
ここは俺の気分的にも作戦的にもフォアボールのが賢明だ。
そう思った俺は、次々とボールを連発していく。
「俊樹! いくらなんでもそれはねーだろ!」
「ええい。敬遠とは卑怯な!」
亮も相手チームも流石に不満げだ。
…しかしなぁ、ここで打たれるのも困るんだよ。
俺は、最後の敬遠球を投球する。…が。
「…くそっ!」
ブゥン!
「な…」
「ストライク!」
審判の判定はストライク。
…当然だ。亮は敬遠球を強引に打とうとバットを振ったのだから。
「おいおいおい…」
「言ったろ。手加減ナシだ!」
再びバットを構える亮。
…あーもう! くそ!
…そこまでされて、俺の中の何かが、カチリと音を立てたような気がした。
「上等だ!」
ビュン!
俺は投球する。敬遠なんかじゃない。今までの手を抜いた球でもない。相手を負かす気全開の本気球だ。
「…お。そうこなくっちゃ、なぁ!!」
キン!
俺の変化に少し驚きながらも、亮は満足そうに頷き、バットを振る。
金属音と共に球は打ちあがる、が、それは大きく横に逸れてファールとなる。
「上等だこの野郎。こうなったら完膚なきまでに叩き潰してやるからな…!」
…うん。完全に火が点いていた。
こうなると止まらなくなるのは、自分でもよくわかっていた…のだが、もうどうしようもない。
「よっし。やってやるぞ!」
ブゥン!
一度バットを大きく振ると、亮は再び構える。
「…っ!!」
ビュン!
俺はそれを確認すると、再びど真ん中に投球する。
…が。
「よ…っしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ガイィィィィィィィン!!
フルスイングで打ち返された球は大きく弾き飛び、そして場外へと消えていった…。
「ホームラン!」
「よっしゃぁ!!」
大きくガッツポーズをする亮。…と、盛り上がる相手チーム。
…くそ、打たれちまったか。
だが、不思議と後悔はしていなかった。
「…こうなった以上。勝ちに行くしかないわなぁ…」
火が点いた自分に少し後悔しながらも、俺は腹を括った。
…何、トッポは亮のクラスから分けて貰うさ…。
………。
……。
…。
「ゲームセット!」
審判の声と共に試合が終了する。
結果は6-8。残念ながら俺達の負けだ。
同点まで追いつきもしたのだが、結局最初の亮のホームランが決め手となってしまっていた。
「いい勝負だったぜ!」
「…まぁ、悪くなかったよ」
俺と亮は握手をする。
「ここまできたら、負けんじゃねぇぞ?」
「当たり前だろ!」
親指を立てて亮は答える。
…うん。目標の6位は達成できたし、俺以外の連中も満足そうだし、結果オーライかな…。
クラス対抗は一段落したが、まだ団体対抗もある。
俺達が勝ちにいくのは、その時にしておくとしよう。
不思議と敗北感は湧いてこなかったし、十分納得のいく試合だったと俺は思っている。
「…今年は張り切りましたねぇ」
「お互い様だろ」
何やかんやで晃も俺と同じだと思う。
「次は団体だ。今度は優勝目指すぞ」
「…そうですね。このまま負けっぱなしというのも不本意ですし」
晃も珍しくやる気のようだった。
…とにもかくにも、俺達が”優勝”できるのは団体対抗までおあずけということらしい。
まぁ…それまでは亮たちの応援でもするとしようかな。
…こうして、俺達C組のクラス対抗競技は終了したのだった…。
もうすぐクリスマスやら年末ですね。
学校のゴタゴタも一段落終え、また余裕があるうちにストックを増やしておこうと思います。
感想等、お待ちしております。