二十ノ話 「水面下ニ潜ム”陰”」
異質な夜から一夜明け。
俺たちの元には新しく”非日常”に足を踏み入れた者がいた。
少しずつ進んでいく日常。
その足元で確実に蠢く”陰”の存在があった…。
「…以上、報告終わり」
俺は昨日の件を一通り目の前の老人どもに報告していた。
この権力の上にふんぞり返って威張ることしか考えてなさそうな老いぼれどもこそ、俺の所属する”日ノ輪”の幹部達である。
…”威張ることしか考えてない”という辺りは最近の政治家を髣髴とさせるな…。
『ほう、我々が事前に調査した情報と食い違う点が多々あった。と?』
俺の前にいる半透明のジジイどもは俺の報告を聞き、それに対する対応を思案しているようだった。
半透明なのは”通信”の術式によるものだ。
幻術の一種なのだが…まあ細かい説明は省略しておく。
『…して、これら一連の事件の首謀者と思われる人物については?』
別の老人が問いかける。
「…残念だが、取り逃がしちまったよ」
俺のその言葉に、あちらさんは鼻で笑うと
『ハッ! 所詮は若造の集まり。大人しく我々に従っておれば初めから優秀な人材を寄越していたものを…』
ご覧の通り、俺はこいつらに忠誠心なんて欠片もないし、こいつらもそんな俺のことは気に入らないらしい。
「テメーらの寄越した人材なんざ扱いにくくて使う気が失せるわ。第一、今回の事はアンタらの調査不足もあるだろうに」
まったく、コレだから現場を見ない老いぼれは…。
俺の相変わらずの態度に、ジジイは
『フン…。それで? 今回新たに”潜在型”の能力者が発見されたそうだが…───』
「見つけたのは俺だ、アイツは俺が預かる。テメーらの駒にされてたまるか」
俺ははっきりとそう言ってやる。
このやりとり、既に奈々美、晃、霞、そして美里と、つまり依頼部に新参が入る度にやっている。
…こいつらのとこに引き渡せば、間違いなく駒にされちまう。
これまた相変わらずな俺の態度に、老人どもは苦々しくも
『…フン! せいぜいこれからも”日ノ輪”のために働くがいい!』
そんな叫び声と共に、”通信”の術式は切断された。
「…勘違いすんな。お前らの為でも、”日ノ輪”のためでもねぇよ」
俺は、何も無い空間に小さく呟いた…。
「報告終わったぞ~…っと…」
そう言って、俺は倉庫から部室に戻ってきた。
「あ、俊樹さん。ご苦労様です」
すぐ近くにいた奈々美が笑顔で答える。
「それで、アイツはどうなのよ?」
俺はひとまず今回の騒動のキーパーソンでもある人物からどうにかしようと思っていた。
あの時、廃ビルから消えていった人影…。美里からある程度の話は聞いたが、もう1人の当事者からも話を聞いておきたい。
「少しは落ち着いたのか?」
俺は心配そうに奈々美に問う。
「はい、美里さんがゆっくり話してくれたので、今は落ち着いたみたいです」
「そうか…」
それなら大丈夫だな。俺はそう判断すると、奈々美と共に部室の奥に移動する。
部室の奥には、晃に霞、美里と…藤原亮がいた。
昨日は何とか家に送り返して、今日部室に呼んでおいたのである。
「よう」
俺がそう声をかけると、彼ははっと顔を上げて
「お前は…」
「依頼部部長の篠原俊樹だ。他の奴らも自己紹介くらいは済ませたよな?」
俺の問いかけに、周りの面々は頷く。
「少しは自分の置かれてる状況が飲み込めたか?」
俺の問いに彼は俯き、やがて小さく頷く。
「正直、まだ半信半疑だけど…。あんな訳わかんねぇ事になって…信じるしかねぇよな」
なるほど、ホントに落ち着いている。
「おっけ。それなら…!」
俺は一息置くと、ビシィ! と彼を指差して
「お前、今から依頼部”雑用係2号”に決定!」
…空気が、固まった。
…。
……。
………。
「は、はあぁぁぁぁぁぁぁ!?」
お、動いた。
「ちょっと待てよ! そんないきなり…!」
「あーもーわかったわかった。わかったからちょっとこっち来い」
俺はそういうと、彼の肩に腕を回して部室の隅へ移動する。
そして、小声で
『考えても見ろ、正直オイシイ状況だと思わねぇのか?』
『な、何が?』
俺は少し笑うと
『ここにいる女性陣。共通点は何だよ?』
俺の問いに、彼は少し考えて、そして気付く。
『全員…”ミスコン最終選考出場者”…か?』
それに対し、俺は力強く頷き
『ご名答だ。ここにいればお前は彼女たち全員と仲良くなれるかもしれないぞ?』
『なん…だと…』
お、ぐらついてきたぐらついてきた。
そして俺は、最後の一押しとばかりに
『確かに危険な戦いも付き物だ。けどな、そういう戦いを乗り越えれば乗り越えるほど絆は強くなる。…美里だって、振り向いてくれるかもしれないぜ?』
『!!』
俺の言葉に、彼ははっとなって見つめてくる。
俺はそれに笑顔で頷き、親指をぐっと立てて答えてやった…。
「話は終わったぞ」
俺たちはみんなのところに戻ってくる。
みんなは心配そうに見つめてくるが、彼…亮は嬉々としており、異様に輝いた瞳で。
「オレ、篠原…いや、俊樹に一生ついていくことに決めましたぁっ!」
「なにしたのよアンタ!?」
…まあ、そう聞かれるよね。
俺はそっと美里の肩に手を置き
「何もしてないさ。…ただ、ここの素晴らしさを説いてやっただけだとも」
そう言ってやった。
「いや…明らかに変わりすぎでしょうが」
どいつもこいつも不審そうに俺を見つめていたのだった…。
「そっか、あまり収穫は無いな…」
その後、亮から聞いた話は美里から聞いたものとほとんど同じだった。
”黒いコートの男”、か…。
「すまん…」
有益な情報を話せなかったことを申し訳なく思ったのか、亮が俯く。
「そんな気にすんな。…こうなったら仕方ない、か…」
俺は頭を掻くと、すっと立ち上がる。
「…部長? 何かアテがあるのですか?」
霞は怪訝そうに問いかける。
「…あれだけのことができたんだ。多分小さな組織じゃない」
大きな組織が、術式で小さな組織を丸ごと影から操っていた…。そう考えるのが妥当か。
それだけのことができるんだ。かなりの規模の勢力のはず…。
「そして、そんだけ大きな組織なら”日ノ輪”にだって情報が行っている筈だ」
「先ほどの幹部たちから聞き出すのですか?」
そう言う晃に、俺は首を横に振る
俺を嫌っているアイツらが素直に教えてくれるわけはないし、そもそも知ってるならさっきの報告の時に
それらしい反応があった筈だ。
…現場のことは何も知らずに権力だけ磨いてる、か…。
「まあ、彼らじゃあ聞くだけ無駄でしょうね…。では、どうするので?」
あの幹部に反発してる奴は大勢いるが、それ以上にアイツらの考え方に洗脳されてる奴も大勢いる。
情報を管理している奴が”幹部派”なら、俺には教えてはくれないだろう。
「こういう情報を気軽に調べられるほど組織に影響力があって、尚且つ俺たちにその情報を流してくれる奴…。…そんな奴を一人だけ知ってる」
…正直気乗りしないけど。
「…凄いわね。そんな人と知り合いだったなんて」
美里が小さく呟く。
…状況が状況だ。頼らざるを得ないか…。
「…昨日の時点で調べてもらうようには頼んでる。とりあえず今日聞きに行ってみよう」
俺はそう言うと、トッポを噛み砕いて新しいものを咥えた。
…やれやれ。本当に気乗りしないなぁ…。
新キャラは次回に持ち越し…。
依頼部にも新しく亮が加わり。依頼部が賑やかになってきました。
そろそろ日常パートをはさみたい今日この頃…。