十五ノ話 「満開ノ桜」
迫り来るタイムリミット。
そんな中で俺は唯一無二の”桜”を見つけ出す。
それはとても不恰好で、他人には無価値なモノ。
けれど彼らにはとてもかけがえのない、唯一無二の”桜”だった。
カンカンカンカンカン…
トントントントン…
ギーコギーコギーコ…
部室に作業の音が響く。
放課後の部室、…といっても、もう日も落ちて、夜となったこの場所で、俺は一人木材相手に戦っていた。
…ちなみにこうやって学校に寝泊りしたのはこれが初めてではない。
むしろ仕事柄、俺はこっちで寝泊りすることのほうが多い。もはやこっちが俺の自室なくらい多い。
…学生の究極形態じゃないだろうか。
カンカンカンカンカン…
トントントントン…
ギーコギーコギーコ…
ていうか腕疲れてきた。
「…まあ、時間もあまり残ってないみたいだしねぇ…」
もう少し気合を入れるとしましょうか。
俺は再びトンカチを振り上げたのだった…。
…そういやなんか忘れてる気がするなぁ…。
「どこほっつき歩いてたんだ篠原アァァァァァァァァァ!!」
ドゴォ!!
「ぐはあっ!!??」
翌日。肉体労働で熟睡していた俺の目を覚ましたのは、そんな怒号と脳天への衝撃だった。
「散々連絡したのにまったく返ってこないし! アンタの指示がないから一体どれだけ待ったと思ってんのよ!?」
ブンブンブンブン!!
「ちょ…わかった! わかったから!! 悪かったよ! 俺だっていろいろやってt…ヤメ…ヤメテ。
マジでやめて!! 死ぬ!! 死ぬぅぅぅぅぅぅ!!!!」
声の主───美里に思いっきり襟を掴まれて揺さぶられている状態。
ていうか他の奴らも見てねぇで助けろよ!!
「まあ、僕らも待たされたわけですから」
「あの…私はどうすれば…」
「…傍観」
ダメだ…! ここには俺の味方はいねぇ…ッ!!
最早ここまで。俺は美里のされるがままに揺さぶられ続けたのだった…。
「…で? 私たちをほったらかしてどこ行ってたのよ?」
「…ぉぇ…」
どのくらい時間が経ったのか、美里から解放された俺はぐったりとしたまま今度は尋問されていたのだった。
…なんか俺の扱い酷くないか…?
「いや…まぁ。色々とな」
とりあえずまだ俺の考えについては内緒にしている。昨日のアレは隣の倉庫へ移動させた。
だが、そんな考えはこいつらにわかるはずもなく…
「色々ってアンタね…こっちは必死になって桜を探してるってのに───」
「ああ、それについてはもう大丈夫だ」
美里の言葉を遮って俺は告げる。俺のそんな突拍子のない発言に、一同は絶句して───
「ちょっと篠原! どういうことよソレ!?」
「桜、見つかったんですか!?」
「説明はしてくれるんでしょうね、俊樹君?」
「…」
まあ、こんな感じに各々の反応を見せてくれた。
「まあ待て待て。それについては後で話すから、とりあえずお前らは放課後に病院へ行っててくれるか」
そこまで説明して、チャイムが鳴った。
…さてと、俺はもう少しやる事があるな…。
〈Another Side〉
「ッ…ゴホッ…ゴホッ…!」
最近、こうして咳が出ることが多くなった。
自分の身体だから、なんとなくわかる。
…きっと、私はもう長くない。
窓の外を見る。季節はもうすぐ夏、きっと次の春を見ることはないだろう。
…桜、見たかったなぁ…。
コンコン
「姉さん、入るよ?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、聞きなれた妹の声。
私は辛い様子を隠すように努力して、開かれた扉の方へと視線を向けた。
するとそこには、妹と…
「みなさん?」
「どうしてみなさんがここに?」
病室に入ってきたのは、妹のほかに、以前やってきた依頼部という部活の方たちだった。
今、私たちは病院の中庭にいる。
妹やみなさんに少し強引に連れ出されたのだ。
「それが…私たちにもよくわからなくて…」
私が質問をした人───九条さんは、ばつが悪そうに答えた。
「俊樹さんがここで待ってるようにって頼んだんですよ」
その横で坂本さんが答える。
「篠原さんが…?」
そういえば篠原さんだけいなかった。彼はどこに行ったのだろう?
「おう。待たせたな、お前ら」
しばらくして、聞きなれた声がした。
そっちに目を向けると、そこには───
───篠原さんと、私のクラス…3年D組のみんなが立っていた。
〈Another Side Out〉
「おう。待たせたな、お前ら」
病院の中庭には、指示通り全員集まっていた。
俺は学校から3年D組のメンツをこうして”全員”引っ張り出してやってきたのだった。
なんてことはない。この姉妹のことを話せば全員飛んで来てくれた。
それほどまでに彼女はクラスの人気者だったのだ。
「みんな…なんで…」
驚いている彼女に、俺は言ってやる。
「アンタがそんだけ人気者だってだけだろ? アンタの名前を出して動かなかった奴はいなかったぞ?」
それを聞いた彼女は、とても驚いた顔をして、でもとても嬉しそうに笑うと
「みなさん…ありがとう…」
そうはっきりと口にした。
その瞳には、涙を浮かべて…───
「それで、篠原。桜は? …ていうか、何コレ?」
しばらくして、美里が訊ねてきた。
俺の背後には巨大な布のかかった物体が置いてある。
「ああ、それなんだけどな。見つけられなかったよ」
まあ季節が季節だし。
「は…はぁ? どうするのよ、それじゃあ」
怪訝そうな美里に、俺は頷くと
「まあ、代わりといっては何だが、コイツを用意した!」
そう言って、俺は背後にあった巨大な布を取り払った…
そこにあったのは…
「「わぁ…!」」
最初に声を上げたのは、彼女たち姉妹だった。
そこにあったのは、巨大な木造の看板だった。
ただの看板ではない。満開の桜の形。それに、所々にクラスメイトからのメッセージが書かれてある。
「…苦労したんだぞ。寄せ書きはみんなが書いたが、看板はほとんど徹夜だったからな」
「…篠原、もしかして”桜”って…」
俺は大きく頷く。
「本物の桜なんかより、ずっと価値があるんじゃねぇか?」
俺のその言葉に、美里も他の連中も頷いていた。
…さ、メインイベントだ。
俺はみんなの前に立つと声を上げた。
「はい、ただいまよりィ! 3年D組たった一人の卒業式を執り行う!!」
俺のそんな言葉を聞いて、この場にいた全員の視線が集まる。
「えっと…卒業式って…?」
「もちろんアンタの、だよ」
俺は、控えめに問いかけてきた彼女を指差す。
「そら、お前らも準備手伝え」
俺の言葉に依頼部の面々は頷き、準備に取り掛かるのだった…。
卒業式は何の問題もなく進行していく。
卒業するのはたった一人。学校の卒業式よりも少し早めの卒業だった。
証書も手作りならば、進行も見よう見まねで不恰好。
それでも、3年D組の面々は楽しそうだったし。涙を浮かべる生徒もいた。
「篠原さん」
卒業式も一通り終わり、姉妹が俺のところへやってきた。
「本当にありがとうございました。ここまでしていただいて…」
そう言って深々と頭を下げる彼女。その手には、一足早い卒業証書。
「どうだ? その辺のよりずっと綺麗な桜だろ?」
得意げに言う俺に、彼女は笑顔で頷いた。
「はい。本当に、こんなに綺麗な桜が見れるなんて…」
姉妹はそういうと、3年D組の想いが描かれた”満開の桜”をしばらくの間見つめていたのだった…。
彼女が亡くなったのはそれからしばらくしてのことだ。
予定よりずっと長く。そして最期にはとても幸せそうに、まるで眠っているかのように安らかに旅立った。
俺たちはそう聞かされた。
「…」
「どうしたんですか?」
季節は変わろうとしている。すっかり緑の葉をつけてしまった桜並木を見上げていると、不思議そうに奈々美が話しかけてきた。
「…いや。早く学校に行こうぜ、遅刻しちまう」
俺の言葉に、奈々美はまだ何か言いたそうだったが、やがて笑顔になると
「そうですね。行きましょうか」
そう言って歩き出した。
フワリ…
「…?」
「どうかしましたか?」
歩き出そうとしたところで、不意に足を止めて振り返った俺を、奈々美は不思議そうに見ていた。
「いや…何でもないよ」
そう言って、今度こそ歩き出す。
…今一瞬、桜の花びらと、彼女の姿が見えた気がした。
(夏…か…)
季節は春から夏へ。
じりじりと照りつける太陽が、夏の訪れを告げていた…───
お久しぶりです。
自分も今年で受験生と言うことでかなりペースが落ち込んでおります。
現在は時間を見つけつつストックの製作ですが、できる限り頑張っていきたいと思っています。