十一ノ話 「豹変ノ刃」
対峙する妖魔と俺たち。
予想通り俺たちは苦戦を強いられる。そんな中、ちょっとしたミスで負傷した俺を見た晃に”変化”が現れる…。
※今回もグロ注意です。
「いくぞ、お前ら!」
俺たちは一斉に妖魔へと向かっていく。
最初に射程に入ったのは術を使用する霞。
「…炎よ…!」
霞は一枚の霊札を妖魔へとかざす。すると目の前の空間に陣が現れ、そこからいくつもの火球が現れ、妖魔へと飛んでいった。
だが、妖魔は意に介さず、刃物を一薙ぎしただけで火球を消し去ってしまった。
なるほど…あの妖魔。スピードこそ前回の妖魔の足元にも及ばないが、全体的にはやはり前回より高位の妖魔らしい。
続いて射程に入った俺が霊銃を構え、引き金を引く。
バァン! バァン!
俺の放った霊弾を防ぐ為に、妖魔は刃物を振り回す。
狙い通りの展開に俺は笑みを浮かべ…。
「晃! 今だ!」
霊弾を弾くので精一杯の妖魔の懐に、すかさず晃が入り込み
「…ハッ!」
その刃を、解き放った。
ザシュッ!
『グ…』
翻る鮮血。と同時にごとり、と妖魔の右腕が切り落とされる。
晃はそのまま返す刃で左腕も切り落とそうとする、が
『ウおオオぉぉォぉぉォ!!』
と、叫び声をあげた妖魔が残った左腕を振り下ろして晃を掴もうとする。
それを間一髪で避け、一度距離を置く俺たち。
『おノれ…よくモおレノうデを!!』
妖魔は左腕で刃物を拾い上げると、ものすごい形相でこちらを睨んできた。
「右腕一本ごときで大げさな。今どき腕一本無くたって生きていけるわ。お前には”五体不満足”を読むことをオススメするね」
俺も読んだことないけどな!
妖魔は怒りで我を失っているのか、ものすごい叫び声を上げてこちらへ向かってきた。
「…よし、逃げんぞお前ら!」
これなら追ってくる。そう判断した俺は2人に退くように指示を出す。
『ニがすモのカアあああアアァァぁぁぁ!』
案の定、妖魔は追ってきた。…よし、このまま奈々美と美里のとこまで連れて行く…!
俺たちは追ってくる妖魔をうまく誘導していく。やがて、2人のいる場所までやってきた。
2人は俺たちの姿を確認すると後方の気配に意識を集中させる。
「美里さんは隠れててください!」
奈々美は美里にそう言って、弓を引く体制をとった。
すると、奈々美の手に光り輝く弓と矢が現れる。
「あれ…もしかして神術?」
美里が奈々美の弓を見て俺に問いかける。
「ああ…貴重な光属性の術式だ」
当たれば確かに妖魔には効果的なのだが…如何せんノーコンだからなぁ…。
一応外した時のために俺たちも構えておく。
俺たちを追ってきた妖魔は、どうやら怒りで目の前の奈々美の気配に気付けていないようだった。
そのまままっずぐこちらに突っ込んでくる。
そして…妖魔が俺たちの目の前に飛び出してきた…!
「今だ!」
俺が合図を送り、奈々美は目の前の妖魔に向かって、弓を引く右手を放した…!
ヒュン!
『ぬウウううゥぅぅ!!』
「なに!?」
緊張した雰囲気が功を奏したのか、奈々美の放った矢は珍しくまっすぐ妖魔に向かって飛んでいった、が。
妖魔は迫り来る矢を咄嗟の跳躍で回避したのだった。
結果、矢は妖魔の身体を少し掠り、その部分を傷つけただけで終わってしまった。
『まダなかマがいタのカ…』
「チッ…なまじ知能があるだけに怒らせても避けられちまうのか…」
流石に高位の妖魔。この程度の奇襲で終わってはくれそうにもない。
「仕方ない…一気にたたみかけるぞ!」
俺がみんなに呼びかけ、一斉に妖魔に向かっていく…。
「…当たって!」
奈々美が弓を引き、妖魔に向けて矢を放った!
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
けども。
「…ええい、やっぱお約束かい!!」
さっきのナイスショットはどこへやら、矢はやっぱりこっちに飛んでくる。
…アレ、まてよ? 敵に向けて飛ばしたらこっちに来るんだから、逆に俺に向けて矢を放てば敵に…。
「奈々美! 俺を狙え! 俺に向かって矢を放ってみろ!」
「え、えぇっ!?」
いきなりの俺の指示に戸惑う奈々美。そりゃそうだろう。周りの奴らもこの緊張状態にもかかわらず「コイツ、アホか…?」みたいな可哀想なものを見るような視線を向けてくる。…今は気にしないでおこう。
「いいから早く! 遠慮すんな!」
「は…はいっ!」
奈々美は戸惑いながらも俺に向けて弓を引き、矢を…放つ。
ヒュン!
…よし、コレで敵に…───
「あ、危ない!!」
「いかねえのかよおおおおおお!!??」
間一髪、見事なまでに”俺に”向かって飛んでくる矢をかわす。
「おかしいだろ!! なんで敵相手にゃノーコンなのに俺相手だと百発百中なんだよ!? モロ脳天直撃じゃねえか今の!!??」
「ご、ごめんなさぁ~い…」
ええい、やっぱり奈々美の矢は俺ホーミングが標準装備か…!!
そんなアホなやりとりをしているうちに、晃は刀の射程に敵を捉え…───
「…ハァッ!」
刃を解き放つ。
『おナジわザをニドモクうカ!!』
その居合いは刃物によって受け止められる。
と、そこに
『ヌ…?』
妖魔の頭上に陣が展開され、そこから妖魔に向かって落雷が降りそそいだ。
『ヌがあアあああアぁぁァぁぁ!!??』
「霞ナイス!」
そちらに視線を向けると、霞が霊札を掲げて術を詠唱していた。
ギリギリ落雷の範囲から離脱した晃は、一旦距離をとって様子を見ている。
「…よし、今なら…!」
俺は落雷を食らった直後で怯んでいる妖魔に駆け寄り、右手に霊力を集中させる。
「いくぜぇっ…!」
『さセルカアアああァああぁ!!』
妖魔は怯みながらも左手の刃物を振り下ろして迎撃してくる。
俺はその振り下ろされる刃物に右手をかざし…───
「”衝”!!」
衝を放った。
ドガアアァァァン!!
『グウううゥぅゥぅ!!』
その衝撃によって振り下ろされた刃物の刃は欠け、一気に押し戻される。
そのがら空きのボディに…
「そらよ…っと!!」
俺は回し蹴りをお見舞いして後方へ突き飛ばした。
そして後方には突きの体制で待ち構えていた晃。
「…食らえ!」
そして、その背中へ刃を突き立てようとした。
『グウぅ…っ!』
「なっ!?」
だが、妖魔は吹っ飛ばされてる状態から体制を90度反転。そのまま手で地面をつき、その反動で晃を飛び越して後方へ着地する。
「しま…っ!」
『きサマから、シネえェぇぇエぇ!!』
攻撃を外して無防備な晃に、妖魔の刃が迫る…!
「危ない!!」
咄嗟に、俺は飛び出していた。
即座に晃を突き飛ばし、自身が迫り来る刃と相対する。
「く…っそ…! …”結”!!」
俺は慌てながらも刃が迫る左側に防御の結界を展開する。
ギャガガガガガガガ!!
結界は何とか刃の進行を防いでくれた、が、咄嗟だった為にその結界は長くは耐えられず…。
パリーン!というガラスの割れるような音と共に砕け散ってしまった。
そして…。
ドス…!
「ぐ…は…っ」
俺は妖魔の刃を食らい、そのまま大きく横に吹っ飛ばされた。
〈Another Side〉
「俊樹さん!!!」
「部長!!!!」
「篠原!!」
周りから大きな悲鳴のような叫び声が上がる。
攻撃を外して無防備になってしまった僕は妖魔の振り下ろした刃物に成す術もなく、このまま殺られることを覚悟していた、のだが…───
…一瞬思考が追いつかなかったが、どうやら俊樹君が僕を庇ってくれたらしい。
でも、代わりに俊樹君が妖魔の刃物を受け、大きく吹っ飛ばされている。
そんな光景を見て、僕は───
「…ぁ…っ…はぁっ…!」
言い様の無い悲しみと、妖魔に対する怒りを抑えられずにいた。
これは、僕が未熟なせいだ。
僕がもう少しちゃんと対応できていれば、俊樹君はああならなかった。
僕次第でもっとうまくやれていた。
僕のせいだ
僕のせいだ…
僕のせいだ…!
償いを、
償いをしなくてはならない。
償い…
…そうだ、あの妖魔を”消してしまおう”。
ぼくひとりで、消してしまおう。
ぼくにはちからがある。
みんなこわすちからがある
イまはたダ、それニみをゆだねてシまオう。
───いつまで悩んでるつもりだ?
なやムひツよウハなイ
───お前には今やるべきことがあるだろう?
そノタメニ、スベてヲうケイレヨウ
───望め、そうすればお前の願いは叶う。
ノゾム…
…キエロ
キエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロキエロ!!!!
───…ボクハ、ソノチカラヲノゾンダ───
〈Another Side Out〉
「俊樹さん!!!」
「部長!!!!」
「篠原!!」
妖魔の攻撃を受けて大きく吹っ飛ばされた俺は、そのまま木に激突する。
「ぐ…!」
あぁ…痛ぇ…身体を捻って急所は外したとはいえ、傷はそう浅くはない。
左のわき腹を見る。制服は切り裂かれ、そこから流れた血で真っ赤に汚れてしまっていた。
「俊樹さん、大丈夫ですか!?」
「篠原、大丈夫!?」
美里と共に奈々美が今にも泣き出しそうな顔で駆け寄ってくる。
…ああ、そんな顔すんなっての。
「急所は外したよ…痛…。制服がダメになっちまった…」
俺は心配させないようにわざとおどけてみる。が、そんなに効果はなかったみたいで
「すぐ治しますから、ジッとしててください!」
奈々美は大急ぎで治療の術式を俺の傷にかけ始める。
…ホント、いつも助かるよ。
「それより、他のみんなは大丈夫か?」
言いつつ、俺は自分で周りの状況を確認する。
妖魔は遠くに吹っ飛ばされた俺をとりあえず攻撃対象から外したらしい。当然、俺の所にいる奈々美もだ。
…となると、今戦えるのは晃と霞だけか…。
霞は妖魔の斜め前、晃は妖魔の正面にいる。簡単な図にすると
晃
霞 俺、奈、美
妖
こんな感じ。
ふと、妖魔に視線を向ける…?
妖魔が、なにか警戒しているような、焦っているような雰囲気を見せている。
「どうしたんだ? アイツ…」
俺は、妖魔の視線を追って晃を見た、と…。
「…!!」
晃の様子が明らかにおかしかった。
俯いていて表情は伺えないが、どこかふらふらとしており、その霊力の色は灰色から黒に近くなっている。
まさかアイツ…!
「…ねぇ? 久藤君、様子が変じゃない? ふらふらしてるし、あの霊力の色…」
どうやら美里も異変に気付いたらしい。
「…マズイな…。”暴走”するかもしれない」
俺は小さく呟いた。
『今夜あたり運がよけりゃ見れるかもよ?』
なんて軽々しく口にした自分を今になって悔やむほどだ。
「…”暴走”?」
美里がその聞き慣れない単語に疑問符を浮かべる。
「ああ、晃は───」
『ウおォオォおおぉォぉおぉォ!!!』
説明する前に、妖魔は晃に向かって駆け出していた。
…どうやら、もう止められそうもないらしい。
俺は、せめてこれから始まるであろう惨劇が、少しでも穏やかでありますように、と…。
そう、願うことしかできなかった。
〈Another Side〉
『ウおォオォおおぉォぉおぉォ!!!』
妖魔が久藤君に向かって駆ける。
久藤君は迫り来る刃物をなんとか受け止めたが、様子は依然として変わってない。
久藤君と妖魔の刃が交差する中、朝比奈さんが術で援護しようとした時だった。
「!?」
突然、私の全身を悪寒が走った。
どう例えればいいのかわからない、ただ、まるで私の中の恐怖心を増幅しているような、そんな嫌な圧力。
私は突然襲ってきたその感覚にも戸惑ったが、何よりも驚いたのが…。
「久藤…君…?」
その圧力が、他でもない久藤君から発せられたものだったことだった。
「ねえ、篠原…。 あれ…久藤君なの…?」
どうして、私はそんなことを聞いたのだろう。ただ、今妖魔と刃を交えているのは”久藤君であって久藤君じゃない”。なぜか私はそう思った。
私の問いに、篠原は視線はそのままで
「…晃だよ。晃だけど…あれは”お前の知ってる晃じゃない”」
とだけ答えた。
『グあぁぁアァあぁぁア!!??』
突然上がる叫び声、見ると、久藤君があの妖魔の刃を押し返し、その腹部に横薙ぎの一閃で斬り付けたところだった。
『きサマ…いッタいナニものダ…!?』
妖魔も久藤君の突然の様子の変化に戸惑っているようだ。
『…何者か?』
その問いに、ようやく久藤君が口を開く。が、その声はどこか”久藤君とは思えない雰囲気があった”。
久藤君はゆっくりと顔を上げる。
『何者か、なんてテメーに答えてやる義理はねぇな』
───ようやく伺えたその表情は、いつもの久藤君からは想像もできないような、邪悪な笑みだった───
〈Another Side Out〉
晃はゆっくりと顔を上げ、いつものさわやか笑顔からは想像もできないような邪悪な笑みで目の前の妖魔を見据える。
…ああ、始まった、か…。
「ち…ちょっと、篠原、あれ…何よ…っ」
その雰囲気に圧倒されているのか、美里は若干震えながらも俺に問う。
「…何もクソもない。あれは晃だよ。間違いなく晃だ」
そう、あれは別に別人というわけでもない。ただ…
「でも! あれが久藤君だなんてとても…!」
だろうな、何も知らない人間からしてみれば今の晃と今までの晃は同一人物とは思えないだろう。
妖魔もその異質さに気圧され、なかなか踏み出せない。
『さて、久しぶりの目覚めなんだ。楽しませてくれよ? ククククク…』
そんな妖魔に晃は首をコキコキと鳴らしながらゆっくり歩み寄っていく。
『ク…きミのワルいヤツめ…。…いイダろウ…。キサまかラころシテやろウ!』
妖魔は気圧されながらも再び晃に飛び掛る。
『ハッ! 遅ぇんだよ!!!』
そんな妖魔に晃は刃を構え…。
───そのまま、一瞬で妖魔の背後に移動した。
『ヌ…!?』
妖魔は若干戸惑いながらも即座に背後の晃に向き直り、左手の刃物を構えようとして…できなかった。
『ホラ、大事な獲物を落としてるぞ?』
晃は地面を見る。そこには確かにさっきまで妖魔が持っていた刃物…と、それを握り締めた左腕が落ちていた。
『!!??』
妖魔はそこで気付く。さっき一瞬で背後に移動した時に左腕も切り落とされたのだと。
『な…ァ…』
武器も握れなくなり、まともに戦う手段を失った妖魔は目の前の異質な存在に恐怖し、じりじりと後退する。
『どうした? 逃げんのかよ? さっきの威勢はどうした? 殺してくれるんじゃなかったのかよ?』
晃は邪悪な笑みを崩すことなく、後退する妖魔に歩み寄っていく。
『ヤ…やメ…───!』
『その足も邪魔だな』
その冷たい一言で妖魔は両足を一刀の元に切断され、無残に地面に転がる。
『ガあァああァアアぁア!!??』
響く妖魔の悲鳴。晃はそんな妖魔の様子になお嬉しそうに笑い、そしてゆっくりと四肢を切り落とされた妖魔に近づく。
『やメ…ヤメろ! やメてクレ…!』
『…あ?』
ついに慈悲を請うようになった妖魔に、晃が怪訝そうな表情を浮かべる。
『まダ…マダおレはキえたくハなイ…! たのム…! たスけてクレ…! たスけテ…───!』
そんな哀れな妖魔の様子に、晃は可笑しそうに笑う。そして…
『じゃあお前聞くけどさぁ。…お前、今から踏み潰そうとする虫の命乞いを聞くのかよ…?』
『───!!』
その一言と共に、振り下ろされる刃。途端に上がる妖魔の悲鳴。
『ハハハハハハ!! いい声で鳴くじゃないか!! そら、もっと鳴けよ!!!』
そのまま何度も何度も振り下ろされる刃。その度に上がる妖魔の悲鳴。
だが、それもやがて無くなり、そこには無残に横たわる妖魔の肉塊と…
『ハハ…。アハハハハハハハハハ…。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』
狂ったように笑いながら刃を振り下ろし続ける晃の姿だけが残っていた…。
「終わった…か…」
そこにあるのはまさに”惨劇”だった。
奈々美と美里は見てられなくなったのか、必死に目を逸らしている。
「…奈々美、もういい。晃を止めないと…」
俺はゆっくりと立ち上がる。…まだ少し痛むが、仕方ない…。
そして向こうにいる霞に目で合図をする。霞は小さく頷いて答えてくれた。
霞がゆっくりと術式の詠唱に入る…。
と、同時に、俺は晃に向かって駆け出していた。
やがて、霞の術が発動し、今だ刃を振り下ろし続けている晃を霊力が拘束する。
『ぐ…またお前らか!!』
すぐに拘束を振りほどいて抵抗しようとする晃の額に、俺は即座に右手をかざし…。
「”解”!!」
術式を、発動した。
それからはいろいろと大変だった。
まずあの林の死体や血痕の後始末。今回の目標だった女子生徒の記憶の消去。
彼女はとりあえず警察に連絡して引き渡しておいたから後はあっちでやってくれるだろう。
そんなことをやっているうちに、空はすっかり白み始めていた。
その間、会話は無かった…。
「…ねえ。久藤君って…」
帰り道、俺が背負ってる晃を見ながら、美里が俺に問いかける。
晃はあれから気を失っていた、左手にはあの刀がしっかりと握り閉められている。
「…晃は、小さな霊能力組織が作った村の生まれなんだよ」
その村は人里離れた山奥にひっそりと存在していた。
霊能力組織といってもホントに小規模で、その村の人間が全員で力をあわせて周辺の妖魔と戦っていたって感じだ。
その村には、古くから伝わる妖刀があった。
その名を”死喰”。人はおろか、妖魔さえも喰らって強くなった凶悪な妖魔を封じ込めたこの刀を、この村の人間は常に厳重に封じてきた。
だが、ある日何者かによって封印が破られ、当時幼かった晃がそれを手にしてしまった。
まだまだ霊能力者として未熟だった晃はあっという間に妖魔に身体を乗っ取られ、その刃で両親を、友人を、村のみんなを殺してしまった。
…封印を破ったのは、間違いなく村のことに詳しい者。つまりは村の中に裏切り者がいたことになるが、今となっては真実を知る術は無い───。
「…じゃあ、あれは…」
「…そうだ、あれは晃の中の”負の感情”が妖魔の力で増幅され、生まれた”もう1人の晃”…別人格のようなものだよ」
血にまみれた過去の影響で、晃はああして負の感情が押さえ込めなくなると”暴走”するようになった。
…最近はなかったんだが…。
「篠原と久藤君って、どこで会ったの…?」
美里が俺に問いかける。
「…晃は依頼部に最後に入ったんだよ。日ノ輪の要請でその村に行ったんだけど、ホントにあれはなんとも言いようがなかった」
村があったとも思えないような廃墟。瓦礫と腐った臭い。散らばった赤、赤、赤…。
そこに佇む晃をはじめてみた時、恐怖しか感じなかった。
「最初は完全に妖魔に乗っ取られていたけど、俺が少しずつ説得して晃としての意識を呼び戻したんだよ。…日ノ輪には”殺せ”って言われてたんだけど…」
晃を見たとき、恐怖と同じくらいに、”可哀想だ”って思った。だからこそ死ぬ気で”晃”を呼び戻したんだっけ…。
「ただ、晃はああやって時々暴走するし、身近にこの刀がないと行動できなくなってる。妖魔はまだ晃の中にいるからな…」
今でも晃は妖魔を必死に理性で押さえ込んでいる。本来ならあんな風に笑顔を浮かべ続けるのも不可能だってのに…。
「晃がああやってサボるのは、もしかしたら突然暴走して俺たちを傷つけることが無いようにしてるからなのかもしれないな…」
こいつはホント話しててムカつくし、いつもサボるけど…。コイツだって大切な依頼部のメンバーだ。
「…私、そんな久藤君の葛藤も知らずに、”真面目そう”とか気楽なことを…」
美里が申し訳なさそうに目を伏せる。
「いや、そんなことはコイツは気にしないよ。ただ…」
俺は美里の目を見て
「そうやって自分のために悲しんでくれるのはコイツにとっては嬉しいことだと思うよ。…これからも、いつもどおりに接してやってくれ。…頼む」
そう言った。
───美里は、ゆっくりと、しかしはっきりと頷いてくれたのだった…。
とりあえず今日はこれで更新は終わりです。
少しずつですがこれからも更新していくのでよろしくお願いします。