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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ
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第8話 扉の先は?

「くそっ、扉を動かせたりは……だめか」


 ドアの両端を手で持ち、なんとか扉をどかすことができないか試してみるが扉は微動だにしない。

 ドアに顔面をぶつけて体をうつ伏せの状態で倒れたクマは、肩で支えるようにして扉を押しているし、イノシシの方は横向きに倒れた尻のすぐそばにドアがある。

 イノシシの方を開いたとしてもできる隙間は20センチあるかどうかってところか。


「さすがにトン単位ありそうなイノシシを動かすのは無理だよな。というかクマもなんだかんだ重そうなんだが」


 悩んでいる今も着実に音は近づいてきている。悩んでいる暇は……いや、待てよ。


「とりあえず引くのか押すのか確かめるのが先だな」


 クマをどけようと曲げた膝を戻し、イノシシの上によじ登ってその首とドアの隙間に手を伸ばしてドアノブをひねる。

 ドアの向こうはクマでつっかえているので、ここは引く一択だ。これでドアが引けたらイノシシの方をどうにかしないと中に入れないということになる。

 そうなったら、まあ向こうに回って隙間から覗くだけでもしておこう。


「さあて、どっちかなっと!」


 自分で背中を押すために声を出し、扉を思い切り引いてみる。

 カチャリという音とともにドアはあっさりとこちら側に開かれ、そしてイノシシの尻に当たって止まった。


「あー、マジか」


 そんな言葉とは裏腹に、どこかほっとした気持ちが胸の内に広がる。

 うん、入れないんだから仕方ない。別にこれは逃げじゃない。また変な場所に飛ばされるかもしれんという恐怖に怖気づいたわけではないのだ。

 この扉の先は未来の俺が確かめてくれるだろう。頑張れ、未来の俺。


「じゃあ中の様子だけでも……って何も見えないな」


 白い扉の隙間から覗いてみたのだが、まるで緑のカーテンで仕切られてしまっているかのように奥をうかがい知ることはできない。

 しかし本来なら見えるはずの向こう側のクマや周囲の森が見えないという時点で、この緑のカーテンの先がよくわからない場所であるのは確かだろう。


「とりあえずあっちからも見てみるか」


 一旦ドアを締めてイノシシの巨体を滑り降り、向こう側に回り込む。そして歩いてドアの前に立ちそのノブに手をかけたところで、俺は違和感に気づいた。


 そう。どかすべきクマがどこにもいないのだ!


 慌てて周囲に視線をやって確認するが、クマの痕跡はどこにもない。いや、そもそもクマがもし気絶していただけで逃げたのなら、至近距離にいた俺が気づかないはずがない。

 まるで溶けるようにしてクマは消えてしまったのだ。


「あー、どうなってんだよ本当に。スライムの時もなんか消えたし。物理法則仕事しろっての」


 この世界において休暇を謳歌していそうな物理法則くんに文句を言いつつ、周囲を見回して何かが残っていないかを改めて探す。

 スライムの時は討伐記念のカードがもらえたんだ。特に役には立ちそうにないが、持っていて損になるようなものでもないし、俺が知らないだけでとても希少な物の可能性もある。


 クマが倒れていたあたりを数度見返してみたが、そこには多少の唾液と倒れた草でできた緑の絨毯が広がっているだけで、何かが落ちている様子はなかった。

 もしかしたらあのカードが落ちるのは確率なのかもしれない。そう考えると俺の今回の戦いの意味は……あー、やめとこ。


「まあどかす手間が省けただけ儲けものって考えるしかないな」


 気持ちを切り替え、ドアノブをひねって向こう側に押そうとする。しかしカチャリという音はしたものの、ドアは一向に開こうとしなかった。

 いや、どういうことだよ。

 思いっきり押してみても、ドアは1ミリたりとも奥に進もうとはしない。イノシシの尻との隙間はあるはずなのになんでだ?


「片方からしか開けられないってか? どんだけ不親切なドア……ってこっちからも引くのかよ!」


 文句を言いつつ押すのを諦めて何気なく自分の方に引いてみると、ドアはこれまでの強硬さが嘘のようにあっさりとその扉を開いた。

 どうやら両方引くタイプの扉らしい。どういう構造の蝶番を使ってんだ?


「しかし、図らずも開いちまったな」


 全開になったドアの前には障害物などなにもない。

 先ほどドア先を確かめる使命を託したのは、案外近い未来の俺だったようだ。

 背後から迫るガサゴソという音は案外近くなっている。そこまで近づいてくるスピードは速くなさそうだが、これまでの経験上で言えばあと数分以内には遭遇することになるだろう。


「とりあえず顔だけ入れて中の様子を確かめて、やばそうならすぐに引き返して閉じる。これしかないな」


 さすがによくわからない空間にいきなり入るなんてことはしない方がいいだろう。それが愚策であることを俺はちゃんと学んだからな。

 顔を中に入れた瞬間、待ち構えていたなにかに首チョンパされる可能性がないとは言えないが、その時は運がとてつもなく悪かったと諦めるしかない。どうせその時には死んでいるから後悔なんてすることもないだろうし。


「ふぅ、いくぞ」


 息を吐いて気持ちを落ち着け、ドアの中を覗けないように仕切る緑のカーテンに頭を突っ込む。

 扉の中に入った俺の視界が捉えたのは、一面の緑の空間だった。そう、俺にとって非常に見覚えのあるそこは……


「非常口の看板の中?」


 何十年と過ごしたその場所を俺が見間違えるわけがない。

 つまりこの扉をくぐれば、ドラゴンにとうせんぼされたり、クマやイノシシに襲われることのない元の生活に戻ることができるのだ。

 安全で、何をするわけでもなく、何の変化もないそんな生活に……それでいいのか?


「いや、襲われるよりマシだろ。命あっての物種って言うし。こんなクマとか、ってクマがなんでここにいるんだよ!」


 首を横に振ってどこかうずく冒険心を振り払おうとした俺の視線の先に、先程消えたはずのクマが横たわっている光景が映る。

 いや、俺のホームに突然入り込んでんじゃねえよ。というか誰だよ入れたの。扉を開けて入ったのって頭が少しくらいだろ。どうやって20センチくらいの隙間からこんな巨体を引きづりこんだってんだ。


 ああ、俺の安全なホームが侵食されていく。というかクマがここにいる時点で元の生活に戻ることなんて無理じゃねえか。

 だってこの世界と俺のホームが扉で繋がっているってことだろ。いつ物騒な奴らが扉の奥からやってくるのかわからないなんて、安全とは程遠い。


「ああ、俺の安全地帯が汚されていく。はぁ」


 ため息を吐いて顔を戻し、扉の外へと出ると俺はすぐにイノシシの方へと向かった。クマが中に入っている以上、このままイノシシだけ残しておくのももったいないからだ。

 横倒しに倒れたイノシシの巨体を動かすのは大変な労力だし、俺一人の力ではとても無理そうだ。だが、クマが消えた状況を考えれば可能性はある。


 尻の付け根から垂れ下がったイノシシの細長い尻尾を掴み、俺はそれを開いた扉の緑のカーテンに近づけていく。

 そしてその尻尾の一部が緑のカーテンに触れたと思った瞬間、イノシシの体はまるで消えるようにしてなくなってしまった。

 きっと同じことが扉の向こうでクマの時にも起きていたんだろう。


「これどういう原理なんだ? 明らかに扉に入らないサイズだろ。木の枝とかを突っ込めばその木が丸ごと引っ張り込まれるのか? 地面との接着部分はどうなるんだ? うわー、ちょっと確かめてみたい」


 不可思議すぎる光景にうずうずと好奇心がうずいてくるが、さすがにこれ以上ここでのんびり検証しているわけにもいかないだろう。

 もう葉音ではなく足音が聞こえるほどの距離にまで何かが近づいてきているのだから。


「今日のところは帰るな。まあ戻ってこれたら戻ってくるよ。じゃあな、異世界」


 反対側に回った俺は扉の中に半身を突っ込み、捨て台詞を残してその扉を閉める。

 バタンと閉じられたその扉は暫くの間その場に残っていたが、突然地面からすうっと消えるようにしてなくなってしまった。


 その数秒後、茂みから姿を現したのは金髪のスレンダーな美女だった。歳の頃20代前半だと思われるその美女は、注意深く周辺を見回しながら先程まで扉があった辺りに近づき、地面に手を伸ばす。


「まだ温かい?」


 周辺にわずかに残る唾液に目をやり、自らの手の中で温度を失っていく倒れた草から手を離した美女が、首を傾げながら立ち上がる。

 ここは魔境。少しでも油断すれば熟練の戦士である彼女でも命の危機に陥る可能性のある危険な土地なのだ。


 美女はその特徴的な長い耳をピクピクと動かし、周囲の音を探りながら再び歩き始めた。彼女が長年追い求める宿敵を探し出すために。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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