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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ
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第7話 命の重み

 縦2メートル、横1.5メートルほどだろうか。人が悠々と通れるであろう大きさの白い扉には、しっかりと人工的なドアノブもついている。

 明らかにこんな森の中に突然あるようなものじゃない。というか熊に殺られかけてたさっきまでなかったしな。


「あっ、そういや熊は?」


 視界から消えた熊がどうなったのか確かめるため、恐る恐る扉の側面から顔をのぞかせる。

 そこには首をあらぬ方向に曲げながら地面に倒れピクピクと震えている真っ赤な巨体があった。

 おそらく突然現れたこの扉に思いっきり突っ込んでしまったのだろう。180度回転して背中に向いてしまっている顔から舌をだらんと垂らした姿で赤い熊はその生命を失っていた。


「はぁ、なんとか命拾いしたな。しかしこの扉ってなん……」


 ぽんぽんと白い扉の縁を触りながら考えていた俺の耳に、勢いよく近づく足音が届く。その瞬間、俺は思い出した。

 俺を襲ってきたのは赤い熊だけじゃなかったことを。


 キュッと首を向けた先には、猛烈な勢いで俺に向かってくる巨大なイノシシの鋭い牙があった。

 逃げる余裕はほとんどない。さっきみたいに横っ飛びするか? いや、ここは……


「やっぱこっちだよな!」


 イノシシがぶつかってくる直前、白い扉の最上部に手を伸ばして俺は扉を越える。

 あいつは突進中はまっすぐ進むだけで、急に曲がったりするのは不得意だ。俺が横に逃げれば多少は軌道がずれるだろうが、奥に逃げればそのまま俺のいた場所を通って突っ込んでくる。

 つまり白い扉にぶつかるってことだ。

 あの勢いの熊を止められたんだからきっとイノシシも大丈夫なはず。最悪ぶつかればスピードが緩むだろうし、それで稼いだ時間で逃げればいい。


 扉を乗り越え熊を踏みつけて反対方向に走り始めた俺だったが、数歩進んだところで聞こえていたイノシシの足音が消えていることに気づいて振り返る。

 扉からはみ出たイノシシの巨体は完全に止まっており、俺の方に向かってくる様子はない。

 タイミング的にはもうイノシシが扉にぶつかっていてもいいはずだ。しかし特になにかがぶつかるような大きな音は聞こえなかったんだが……


「そういや、熊のときもなにも聞こえなかったよな」


 そんなことを思い出しつつそろりそろりと近づいていく。もしかして見慣れない扉という存在に急ブレーキして止まっているだけで、ぶつかっていない可能性もあるからな。


 先ほどと同じように扉の脇から顔をのぞかせ確認すると、イノシシは折れた自らの牙がその顔面に突き刺さっており、そこからだらだらと血を流していた。

 顔をのぞかせた俺に、血で赤く染まった3つの目がギロリと向けられる。


「やべっ!」


 まだ死んでないと瞬時に理解して身を翻そうとした俺の目の前で、一歩前に進もうとしたイノシシがその巨体をそのまま傾けていく。

 周囲にある若い木がメキメキっという音をたて、それらを巻き込みながらイノシシはそれ以上進むことなく地面に倒れ伏した。


 力なく首を横たえたイノシシが、苦しげな息を吐きながら俺を見つめる。

 その赤い瞳には俺に向ける敵愾心など既になく、自らの死を受け入れたことを示すように澄み切った夕焼けのような美しさに変わっていた。


 イノシシに向けて俺は足を踏み出す。それに対してイノシシはちらりと視線を向けてきたが動こうとはしなかった。

 かずかに緩んだ口元が、どこか笑みを浮かべているように見えるイノシシの眼前に立った俺は、その歴戦を思わせる至るところに傷跡の残る体を眺め、顔に突き刺さった立派な牙の端に手を添える。


「じゃあな。もし今度追いかけてくるときは、命がけじゃない遊びの方向で頼む」


 死後の世界なんてあるのかわかったもんじゃないが、俺がそっちに行ったときにまたこいつに追いかけ回されるのはゴメンだ。

 この森で初めて出会い、そして幾度も遭遇した縁あるこのイノシシがここで死んでしまうことを理解し、わずかに寂しい気持ちが心に浮かぶ。


 殺し、殺される。それだけの関係だったのにな。


 どこか感傷めいたそんな気持ちに蓋をし、俺はその顔に突き刺さった牙を押し込んだ。イノシシはビクリと体を震わせ、一度大きく目を開くとそのまぶたがゆっくりと閉じていく。

 荒い呼吸音がその音を徐々に小さくし、それが完全に止まったのを確認した俺は、思わず自分の手を見つめる。


「なんというか、生き物の命を奪うってのはこんな感じなんだな」


 生々しい手の感覚、眼の前で徐々に消えていく命の輝き。どこかほっとしたような、しかし言葉にできない嫌悪感が消えずに残る不思議な感情だ。

 しかし後悔はない。俺が生きるためには執拗に追いかけてくるイノシシを殺すしかなかった。それは確信しているから。


「まあその前にスライムとクマも殺してるしな」


 はぁー、と大きく息を吐いて胸のうちに溜まった感情を吐き出し、気持ちを切り替える。

 前にいた世界とは違い、ここは食うか食われるか、正に弱肉強食の世界のようだ。これからもこんなことは幾度も経験するはずだ。

 早く慣れないとな。


「さて、と。当面の危機は去ったが、問題はこれだよな」


 イノシシの死骸から目を離し、突然現れた扉を改めて眺める。


「うん、扉だな」


 あえて言葉に出してみたが、それでなにか変わるわけでもない。

 森にあるのが不自然すぎる明らかな人工物。しかも先程までなかったはずの場所に突然現れた異常性から考えても普通の存在なんてことはありえないだろう。


「目を閉じちまってたから、どうやって現れたかもわかんねえしな。あの時ってどんな感じだったっけ。確かスライムを倒して油断してたらイノシシに見つかって、逃げようとしたらクマも現れて、あっ、こりゃ死んだわって覚悟したらいきなり扉が現れたんだよな」


 普通に考えれば扉が突然現れることなんてないはずだ。いや、でもここは魔法とかが普通にある世界だ。

 生命の危機にひんしたことで、俺の隠された力が解放された可能性も、なくはないのか?

 指紋も何も無い自分の両手をじっと見つめ、俺は小さくうなずいて顔を上げる。


「よし」


 おもむろに右手を伸ばしてイメージする。自分自身で理解できていないものをどうすればいいかなんてわかるはずもないんだが、きっとイメージは大事なことだろう。

 あの時、俺はきっと自分自身を守る存在を求めていた。その状況を再現できれば……


 想像するのは、自らを守る最強の扉。あまねく攻撃にびくともせず、傷すらつかない白き扉。

 なぜか頭の中でドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第4楽章が流れ始める。バーバン、バーバンで始まるあれだ。

 アレグロ(速く)なっていくその曲とともにイメージを最大化し、最高潮に至ったところで俺は口を開く。


「出ろ!」


 結構な気合を込めて発したその言葉に合わせ、周囲の木々で羽を休めていた鳥たちが大空へと飛び立つ。

 そして俺の声は染み入るように森の奥へと静かに消えていった。


 だが、俺のイメージした扉がもう1つ現れることはなかった。


 思わず両手で顔面を覆い隠す。

 なんだろう、これ。ものすごく恥ずかしいんだが。いや、森の中だから誰に見られているわけでもないんだが、心にぐさっと刺さるものがあるな。


「よし。これで可能性を1つ潰すことができたな。まあ扉は2つは出せない、とかイメージがまだ不足しているとか、命の危機にひんしていないと発動しないなんて新たな可能性が出てきたわけだが」


 内心で浮かんできた、結局なにも変わってないんじゃ? という疑問に蓋をし、それをスルーしながら周囲に目を向ける。

 クマとイノシシの死骸は相変わらずそこにあるし、先ほど現れた白い扉が突然消えているようなこともない。


「となると、次はこの扉の先を確認するべきだよな。しかし扉かぁ」


 思わずため息を吐きながら、白い扉をじっと観察する。

 安易に扉の先に進んでしまったばっかりに、こんな変な世界に来てしまったのだ。さすがにここでむやみに扉の先に進めるほどバカでもないし、勇気があるわけでもない。


「とはいえ良い方に転がる可能性だって……んっ?」


 そのとき俺の耳に、ガサガサという葉っぱやなにかが擦れる音が届いた。継続的に聞こえるそれはまだ遠いが、こちらに近づいてきているような気がする。

 そりゃそうだ。大声を出したうえに一箇所に留まり続けていたら気づかれるに決まってるだろ。


「悩んでいる時間はあんまりないか」


 この扉を放置してそのまま逃げるというのも1つの選択肢ではあるのだが、出す方法がわからない以上、この機会を逃すのはもったいなさすぎる。

 それに根拠なんか全く無いんだが、これを逃すなって俺の直感が言ってるしな。


「よし、とりあえず開けてみてヤバそうだったらスルーするってことで」


 そう決断を下した俺は扉のドアノブに手をかけ、開こうとしたところで気づく。

 あっ、これ両側にイノシシとクマの死骸がつっかえてるから開かないじゃん。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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