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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第2章 異世界の街へ

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第25話 適任

「ピクト様の治療のおかげで、自分でも驚くほどにショックを受けていないんです。でも自分に何が起きたのかは理解しています」


 その口調はとても落ち着いており、その言葉が真実であると告げている。

 たしかにショックは受けていない。だがその表情が晴れることはない。


「あの巨大なゴブリンに夫は殺されました。店を持つために私たちは行商をしていたので、故郷と呼べる場所はありません。あったとしても……」

「帰りづらい、か」

「はい。いつか気持ちに踏ん切りがつき、タチアナが望むようであれば元の世界で生きていくことも考えます。でもゴブリンに襲われた女がどんな目で見られるのか、私は知っています。私自身、そうでしたから」


 悲しそうな顔をしながらイリナは「勝手ですよね」と付け加えて笑う。痛々しいその笑顔に胸がきゅっと締め付けられる。

 この世界の知識のない俺には実際にどんな風に見られているのかはわからないが、ミアもソフィアも無言で地面を見つめていることから考えてその差別はひどいものなんだろう。


 まあ保護した当時の状態を考えれば、そしてそれが何で起こったのかを人々が知っていれば嫌悪感を抱く人はいるだろう。

 本人たちに罪はなくとも、人は自分とは違うものを排斥するものだからな。


「ずうずうしいお願いだとはわかっています。でも私に返せるものはなにもありません。誠心誠意お仕えしますので、私たちをここに置かせていただけないでしょうか?」


 イリナの顔はとても真剣で、そしてその言葉からは子を想う母の強さがあった。

 俺はそれをしっかりと受け止め、ソフィアとミアにちらりと視線を送る。2人は小さくうなずき返し、判断は俺に任せることを示してくれた。

 なら答えは1つだ。


「別にいいぞ。もともと保護するつもりだったしな」

「本当ですか!? ありがとうございます、本当にありがとうございます」

「あっ、でも神様呼びはやめてくれ」

「わかりました。ではピクト様、と」

「様づけもなぁ……まあいいや。じゃあとりあえずここでイリナには生活してもらうとして、なにかすることがあったほうがいいよな」


 イリナの様づけに苦笑いしながら、俺は腕を組んで考え始める。

 マイホームの中は安全だし、食べる物さえあれば寝る場所もお風呂もトイレもあるので生きるのに支障はない。

 だが仕えたいと言っている相手に、食っちゃ寝していればいいというのは、逆にプレッシャーになるだろう。何かしていたほうが気も紛れるだろうし。


「うーん、とりあえずタチアナたちがいつ目覚めてもいいように定期的に巡回して確認してもらうのと、もし目覚めたら状況を説明してやってくれ。あとなにかしたい仕事はあるか?」

「旅の間に裁縫して服などを作って売っていたので、布をいただければある程度のものは作れると思います。あとは料理などの家事でしょうか」

「了解。また街に行けたら布を買ってくるから、しばらくは……あっ、そうだ」


 暗殺者が来たくらいだしエミレットにはもう戻れない。布はしばらく後だなと考えた俺はふと気づく。

 イリナって7の教育係として最適なんじゃね、と。


 イリナは言うまでもなくこの世界の住人だ。そして行商をしていたということだから、多くの人と交流をし、多くの物を見てきたはずだ。

 病院を知らなかったことから言ってもその範囲は限られているんだろうが、これまでのやりとりから見て、その性質はおだやかで教育者に向いていると思う。

 若く見えるが1児の母だし、物事を教えるのにも慣れているだろ。


「7に常識を教えてもらってもいいか? こいつ、ちょっと育ちが特殊でな。いろいろと抜けているところがあるんだ」


 俺の後ろに隠れるように立っていた7の肩に手を置き、俺の前に移動させる。

 イリナに見つめられ、どうしたらいいのかと俺のほうを見上げてくる7に笑って返しながら、その背中をそっと押す。


「えっと、7です」

「イリナです。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 それだけ返すと、7はピュッと音が出そうな速さで俺の後ろに再び隠れてしまった。

 それはまんま人見知りの子供のようで、顔を見合わせた俺とイリナは笑みを浮かべる。


「どうした、7。恥ずかしいのか?」

「いや、えっと。女の人と話すことってほとんどなくて。お父様のところには男の人しかいなかったし……」

「んじゃ、まず女の人に慣れるところから始めるといい。じゃあイリナ、頼めるか」

「はい、わかりました」

「何かあったら教えてくれ。7を放置する気も、イリナに丸投げする気はないからな」


 どこか不安そうな色を見せる7の頭をぐしぐしと撫でてやると、やっと少し安心したのか7がイリナのそばに歩み寄っていった。

 少し腰をかがめてそんな7に話しかけるイリナの姿に、子供の扱いに慣れてるなと思いつつ、俺はミアとソフィアのほうを向く。


「こんな感じでどうだ?」

「いいんじゃない」

「そうだな。もしイリナたちを現実に戻すとしても離れた場所のほうがいいだろう。近くでは嫌な思い出が残る場所もあるだろうからな」

「たしかにな」


 この病院がどうやって記憶を操作したのかはわからないが、なにかしらのきっかけでフラッシュバックしてしまう可能性はある。

 だとしたら思い出の残るこの辺りではなく、どこか知らない場所で戻ってもらったほうがいいかもしれない。

 そのぶん慣れたり、生活の再建が大変になるかもしれないが、心の安寧のほうが大切だしな。


 とりあえず7についてはイリナの指導に期待しつつ経過を見ていく感じでいいだろう。

 となると残るは……


「で、これからどうする。エミレットに帰るのはまずいだろ」

「そう、だね。別の街に逃げたほうがいいと思う」

「幸いにも荷物はほとんどここにある。依頼していた装備も手に入ったんだ。危険を冒して街に戻る理由はない」


 いちおうと思って聞いてみたが、2人とも街に戻る気はなさそうだ。

 まあそうだよな。暗殺者が7だけって保証はないし、ドワーフのホルストが教えてくれた厄介ごとが待っている街にわざわざ戻るなんて馬鹿だ。


 森にしばらくとどまるつもりだったので少し多めに食料は買ったものの、次の街に着くまでもつのかということが心配と言えば心配だ。

 まあ水は無制限に出るし、肉も大量にあるのでなんとかなるだろうとは思うんだが。


「そういえば聞いてなかったがソフィアたちの目的地はどこなんだ?」

「最終的な目的地というわけではないんだが、北を目指して進んでいる最中だ。南は教会の勢力が強くてな」

「いちおう大陸最北部にあるライツ共和国にある迷宮都市に行こうかとは2人で話していたんだけど」

「へぇ、迷宮なんてあるのか。まあモンスターがいるんだし、迷宮くらいあってもおかしくない、のか?」


 迷宮が俺のイメージするものなのかどうかはわからないが、まあ魔法があったり、モンスターがいる世界だ。

 変な場所の1つや2つあったところで驚くようなことはない。いや、本当に驚かなくていいのかと思わないでもないが、俺の常識なんてあってないようなもんだしな。


「とりあえず北に向かえばいいってことだな」

「ああ」

「じゃあちょっと俺が外に出て北に向かってみるわ。2人は7の面倒を見てくれるイリナの様子を見ておいてくれ」

「ピクト1人で大丈夫?」

「俺1人のほうが確実に速いし、何かあっても対処しやすいだろうしな。わからないことや聞きたいことがあったら戻ってくるわ」


 そう2人に告げ、俺はイリヤとなにかを話している7の元に向かう。

 俺の接近に険しい顔で振り返った7だったが、俺の姿を認めるとその表情を緩める。


「どうだ?」

「イリナさん、すごいよ。色々なことを知っているんだ」


 きらきらと目を輝かせてそんなことを言ってくる7に笑みを返しながらイリナを見ると、恐縮したように顔を赤らめていた。


「いえ、あの普通のことを教えただけです」

「それが7にとって一番必要なものだからな。俺はちょっと外に出てくるから2人とも留守を頼んだ。7はソフィアたちとも仲良くしろよ。そしてないとは思うが、なにか危ないことがあったら7がイリヤたちを守ってくれ」

「うん、殺せばいいんだね」

「うーん、モンスターはともかく、人だったらなるべく殺さない方向で頼む。まあその時々で周囲の人にどうするべきか確認してくれればいい」

「んー、わかった」


 なんとなく殺さないことに納得がいっていないような返事だったが、まあわかったと答えたんだから7なりに殺さないようにはしてくれると思う。

 そもそもカードなしにこの場所にはこられないんだから、危険が起こることなんてありえないんだが。


「じゃ、またな」

「いってらっしゃいませ、ピクト様」

「ばいばい、ピクト」

「おう」


 2人に軽く手を上げて応え、ソフィアとミアに行ってくると視線で伝えて俺は白い出入り口に向かって進んだ。

 とりあえず日が暮れるまでは森に潜んでスライム狩りでもして、夜になったら北に向かうか。

 これから何かとマイホームを行き来することが多くなるだろうしな。そんなことを考えながら、俺はスライムを探すために、鹿のカードを取り出し発動させるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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