第24話 目覚め
なんかどっと疲れた。本来なら癒しの空間のはずのお風呂でこんな目にあうなんてさすがに思わなかったぞ。
ゆっくりお風呂につかったこともあり、汚れが落ち、ほこほことした様子で顔を紅潮させた7の姿は小さな女の子にしか見えない。
この世界の下着は男女差があまりなく、短パンのようなパンツに薄手のシャツなのだが、ソフィアが選んだものなのでもちろん女物だ。
なんとなくこの姿で連れ出すのは抵抗感があるんだが、これ以外の着替えなんて持ってないしな。俺はそもそも何も着ていないし。
とりあえず気休め程度にタオルを肩にかけ外に連れ出すと、そこにミアとソフィアはそこにはいなかった。
「んっ、どこいったんだ?」
「どうしたの?」
「いや、ミアとソフィアがいなくてな。体調悪そうだったし病院か?」
ミアとソフィアの名前を出した瞬間、7の視線が鋭くなったがその頭をポンポンと叩いて気にするなと伝える。
うーん、すぐに7を放り出すわけにはいかないし、関係性を少しでも良くしたいところではあるんだがアイディアが浮かばない。
7に行われた刷り込みは、いわば呪いのようなものだ。
「時間をかけて解していくくらいしかないのかもな」
そう結論づけて問題を先送りし、7を引き連れて病院に向かう。
そういえば7はそのまま病院に入れるのか? さっきの風呂はミアたちと同じでゴブリンのカードを使わないと入れなかった。
普通に考えれば、病院にはそのまま入れるはずだが……
少しスピードを落として自動ドアに近づくと、その扉はいつも通りに開き俺たちを迎え入れる。7が見えない壁に阻まれることはなかった。
「病院はやっぱり特別なのかもな。んっ?」
そのまま先に進もうとすると、奥からカプセルがやってきて俺たちの前で止まった。
んっ、なんでこいつが……
「あの……」
聞き覚えのない声に顔を上げると、ぼろぼろの衣服を身にまとった女がそこに立っていた。
年のころは20代後半から30代といったところだろうか。両目の下の泣きぼくろが印象的な女だ。なんとなく見覚えがあるんだが、どこでだったか?
しばらく記憶を探った俺は、目の前で待機するカプセルを見て思い出す。
「おぉ、カプセルで治療していた人か。もう体は大丈夫なのか?」
「いえ、あの、おかげさまで」
どこかおどおどとしたその態度に、少し首をひねり、自分の姿がこの世界の人間にどう映るのかを思い出す。
「あっ、別に俺は危険じゃないからな。いや、自分で言っても説得力はないと思うが」
「そんなことは。あなた様が私たちを救ってくれたことは、なんとなく覚えていますので」
「そっか。それは良かった。それで他の5人も起きているのか?」
「いえ、皆はまだよくわからない容器に入ったままです」
うーん、やっぱり治療にかかる時間は個人で差があるんだな。
でもあのゾンビみたいな状態から、ここまで受け答えできるように回復したんだからこのカプセルはすごいな。
いったいどんな原理で、どんなふうに回復させたのか気になるが、あんまり探ろうとすると心の傷を広げかねないし、ここは我慢か。
「あれは治療するための装置だから安心してくれ。ここは病院なんだ」
「病院?」
「あれっ? 病院って知らないか。普通にミアたちから教えてもらったんだが。怪我とかをした人を治す場所って言えばわかるか?」
そう聞いた瞬間、女は眉根を寄せ、申し訳なさげな顔を俺に向ける。
「すみません。私たちに治療費を払うようなお金は……」
「金なんかいらないぞ。困っている人を助けるのは当たり前のことだろ」
「なんと慈悲深い。ありがとうございます。本当にありがとうございます」
その両目からぼろぼろと涙を流しながら、女は何度も頭を下げる。こちらが恐縮してしまいそうなほどだが、それが偽装などではなく心からのものだとわかってしまうから止めるのも難しい。
治療ができたのはあくまでカードで呼び出したこの病院のおかげであり、俺はときどき見回っていたくらいだからそんなに感謝しなくてもいいんだがな。
「ピクトは皆に優しいんだね」
「人を助けるのが俺の使命だからな。それにこの人を助けたのは俺だけじゃなくて、ミアやソフィアも手伝ってくれたんだぞ」
「あの2人が? 悪い人なのに?」
「俺が見てきた限りじゃ、あの2人が悪いことをしたことはないぞ。もしかしたら7のお父様が勘違いしたのかもしれないな。もしくはお父様が誰かに騙されている可能性もある」
「そっか。うーん、そんなこと考えてこともなかったや」
俺の言葉がどこか心に引っかかったのか、7は腕を組んで考え込んでしまった。
どんな結論が出るのかちょっと不安ではあるが、現状よりさらに悪くはないだろ。
とりあえず今は起きてきた女の対応をしたほうがいい。
「たしかソフィアたちが買ってきた服があったはずだ。カプセルの近くに置いてなかったか?」
「あったような気がします」
「んじゃ、とりあえず着替えてくるといい。これからの話はそれからだ。俺も2人を探してくるから」
「わかりました。本当に何から何までありがとうございます」
深々と頭をさげる女に別れを告げ、俺は考え事を続ける7を引き連れて2人を探すために病院内を歩き始めた。
しばらく院内をさまよい歩き、俺はいくつかの机とテーブルが並んだレストスペースに2人がいるのを見つける。
ほぼ同時に向こうも俺たちに気づいたようで、2人がこちらを振り向いた。
「よっ、体調は戻ったか?」
「う、うん。なんとかね」
ソフィアはそう返してきたものの、いつもの元気さはない。さっきよりは顔色は格段に良くなっているが、少し泣きそうな目で俺たちを見つめている。
いや、視線を考えると俺たちというよりは7か。
「そっちは問題なかったか?」
「問題といえば7に着せる服がなかったくらいだな」
さすがに本人の前で7について色々とわかったことを話すのもはばかられるため、手を軽く振って後でな、と暗に伝えて話を切る。
こくりとミアはうなずいていたから、俺の意図は伝わったはずだ。さっきまでミアから感じていた7に対する敵意みたいなのも薄らいでいる気がするし。
「7というのはもしかして……」
「こいつの名前だってさ。お父様とやらからそう呼ばれているらしい」
「そうか」
心なしかミアの声が沈んでいく。
まあその名づけだけで、7がどんな扱いをされてきたのか察せられるからな。
後でその話をしなきゃあいけないというのは気が重いが、もし7をしばらく預かるなら知っておいてもらったほうがいい。その方が余計な軋轢をうまないだろうしな。
俺たちがそんな風に話していると、俺の後ろにいた7が隣に並び、ソフィアたちを睨む。
「ピクトがあなたたちはいい人だって言った。でもお父様は悪い人だって言ってた。どっちが正しいのか僕にはわからない。だから見極めさせてもらう」
「なにを見極めるんだ?」
「あなたたちがピクトを騙しているのか、お父様が誰かに騙されたのかを」
「そっか。じゃあ満足いくまで見極めるといい。自分で考えるのは大事だからな」
「うんっ!」
ぐりぐりと俺が頭を撫でると、7は嬉しそうに笑っていた。
まだまだお父様は正しいと考える7の思考は変わっていない。でも、もしかしたら誰かにお父様が騙されたのかもしれないと考えてくれたことは大きな進歩だ。
「なんというか、父親みたいだな、ピクト」
「うーん、確かに子連れのピクトグラムもいるんだが、俺は違うしな。7も人じゃない俺が父親なんて嫌だろ」
「ううん。でもお父様がいるから、ピクトはピクトでいいよ」
にっこりと笑い返してくれる7を見ていると、今まで覚えたことのない感情が浮かんでくる。
これが父性ってやつなのだろうか。殺し屋でさえなければ……いや、まあそれが一番問題なんだがな。
あっ、そういえば問題で思い出したわ。
「そうそう、あのゴブリンに捕らわれていた女のうちの1人が目を覚ましたんだ。さっきそこで会ってさ。今後の話をしたいから、一緒に来てくれ」
「ソフィア、大丈夫そうか?」
「うん」
気遣いを見せるミアに、ソフィアは少し空元気にも感じる返事をして立ち上がった。
ちょっと心配ではあるが、この世界の人の今後に関することだ。常識を知る2人の判断は必須だからな。
もし体調が再び悪くなりそうだったら休ませればいいか。そう考え、俺は皆を引き連れて女がいるはずの病室に向かったのだった。
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