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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ
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第6話 検証の対価

 あまりにもあっけなさすぎる幕切れに、思わず声が漏れる。いつでもダッシュで逃げられるように傾けていた体をもとに戻し、じっとスライムを観察するがなにか罠が発動するようなことはなかった。

 ただぱしゃっと地面に広がったスライムの体が、波打つようにしながらゆっくりと動いている。


「核に戻ろうとしてるのか?」


 スライムのジェル部分が目指す先にあるのは、先ほど地面を転がっていった核だ。ちょっと気になって核を動かしてみると、スライムは違えることなく核のある方向へと進む向きを変える。

 ちょっと離れた木の後ろを歩き回り、核をどこに置いたのかわからないようにしても、スライムが核の場所を間違えることはなかった。


「うーん、目で確認しているわけじゃなさそうだな。となると匂いとかか? 特にそんなものは感じなかったが……いや、そもそも目や鼻がスライムのどこにあるんだって話か」


 もしかしてテレパシー的な繋がりで位置がわかるとか、という考えが頭の隅で浮かぶがそれを確かめるすべは現状思いつかない。

 俺の目では認識できない何かが核から出ている可能性だってあるのだ。アリの出しているフェロモンだって人間には見えないし感じないから、それと同じようなものを核が出しているという可能性はあるだろう。


「よし、とりあえず結論は保留だな。さて、となると次に試すのは……」


 そう言いながら手の中の核を俺は見つめる。完全な球体かと思ったが、ちょっと楕円形をした核の表面はつるつるとしており、まるで水晶玉のように滑らかだ。

 宝石というには少しくすんでいるが、海とかで子供が見付けたら宝物として持って帰るだろうという感じの石のように見える。


 俺はそれを地面にあった平らな石の上に乗せると、スライムの体が視界に入るように気をつけながら近くにあったこぶし大の石を拾ってその前に立つ。

 そしてその石を核めがけて振り下ろした。


 ガンッ、ガンッ、という音が周囲に響き、一撃目でヒビの入った核が追加の一撃で細かく砕けていく。

 核が砕けた瞬間スライムの体はピタリと動きを止め、まるで地面に溶けるかのようにその体積を減らしていき、ついには完全にいなくなってしまった。

 残ったのは粉々に砕けた核だけである。


「おー、倒したっぽいな」


 スライムの体も消えたし、核も砕けているからこれは倒したと考えていいだろう。核がさっきのスライムの体のようにうねうね動いて元通りになる可能性も捨てきれないが、今のところはそんな様子もないしな。


「しかし、なにも変わらないな」


 なにか変化でもあるかと自分の身体を見てみたが、いつもどおりの緑のスレンダーボディがあるだけで、特に変わった様子はない。

 スライムの体があった場所には何も残されていないし、まあ考えてみたらお金とかを落とすほうがちょっとおかしい……


「んっ? やべっ!」


 粉々に砕けた核が光を放ち始めたのを視界の端で捉えた俺は、跳びはねるようにしてその場から脱出する。

 そして爆発などが起こっても逃げられるように木の幹の後ろに隠れると、そこからわずかに顔を出して様子をうかがった。


 粉々の核は空中に光の粒子を飛ばしながら徐々に色を失っていき、完全にその身を灰色に変えるとまるで砂のように細かくなって地面に広がる。

 そして次の瞬間、その灰色の砂の上に突如として緑と白のなにか薄いカードのようなものが現れた。


「マジか」


 特に危険はなかったが、普通ならありえないその光景に思わず口を開けたまま固まってしまう。

 だってなにもない空間からいきなり正体不明なものが現れるんだぞ。明らかにおかしいだろ。

 空気中に目に見えないなにかの物質があって、さっきスライムの核から放たれた光がそれと結合して……いやいやいや、ちょっと無理があるだろ。


 とりあえずまだなにか起きるかもしれないと観察を続けていたが、特に何も変化はなかった。

 仕方がないので覚悟を決めて先ほど現れた正体不明な物体に近づいていくと、それは俺にとって非常に見覚えのあるものだった。

 手のひらサイズのカードに描かれていたのは、緑の背景の中でぽっかりと開いた白い出入口に駆け込む人のピクトグラム。つまり以前の俺の姿だ。


「なんだ、これ?」


 トランプのカードのような薄さのそれを拾い上げ、そのつるつるとした表面を撫でると、くるりとひっくり返して裏面を確認する。

 そこには先ほど俺が倒したスライムのイラストが描かれていた。


「倒した証明みたいなもんか? いや、まあ嬉しいといえば嬉しいんだが、役には……」


 そんなことをのんきに考えていた俺が馬鹿だった。

 これまで俺が1か所に留まらずにずっと歩き続けていたのがなぜか、実験することに夢中になって忘れていたんだからな。

 この森にいる奴らはなぜか俺に集まってくる。動かなければその距離は短くなるだけなんだ。


 視界の端に突撃してくる巨大なイノシシの姿を俺の目は捉えていた。

 気づくのが遅れたせいでその距離はもう10メートルもない。奴との間に障害物はなく、しかも向こうは既にトップスピードに乗っている。さすがに最高速度は俺のほうが速いといっても、今から逃げても間に合うかは微妙だった。


「うおおおっ!」


 叫び声をあげながら思いっきり横っ飛びしてなんとかイノシシの突進をかわす。着地なんて考える余裕もなくてゴロゴロ地面を転がることになったが、ここで避けられたのはデカい。

 あいつは基本直進しかできなくて方向転換するときにはスピードが落ちるから、その間に……


 そんなことを考えていた俺の耳に、目の前の茂みの奥からなにかが近づいてくる音が届く。地面に腕をついて頭をあげた俺の目に飛び込んできたのは、この森で出会った中で最もヤバそうな真っ赤な毛をした熊がこちらに向かって突進してくる姿だった。


「クソッ、今日は厄日だ!」


 むしろここに来てからついていた日なんてなかったような気もするが、さすがに今日ほどのことはなかった。

 鋭い牙をむき出しにしながら迫ってくる熊から逃れるため跳ね上がるように立ち上がる。しかし俺が走り出すよりも早く、まるでバネのように跳ねて加速した熊のあぎとが、的確に俺の首を狙っていた。

 その瞬間、俺は悟った。


 あっ、これは死んだわ、と。


 不思議なことにその考えがすとんと胸に落ちたことで、これまで抱いていた焦りや恐怖はさっぱりと消え去っていた。

 そして最後に残ったのはこんな状況になってしまった自分の運のなさに対する苦い笑いだった。


「非常口の先が死地とか、だめだろそりゃ」


 俺がいたのは、本当なら危険な場所から逃げるためのピクトグラムなのに、その非常口の先でさらに過酷な環境に追いやられるなんて誰が予想できるんだ。

 責任者がいるんなら出てこい、と言いたいところではあるが、既に熊の鋭い牙が眼前に迫った俺にそんな時間の余裕はない。


 痛くないといいなぁ、などとありえない望みを抱き、そっと目を閉じる。さすがに自分が食われる光景を目に焼き付けて死ぬのはゴメンだ。

 来たるべき衝撃を待つこと、1秒、2秒。

 3秒待ったところで、さすがにこれはおかしいと恐る恐る目を開ける。


「はっ?」


 聞き覚えのある間抜けな誰かの声が耳を通り抜けていくがそれを全く意に介せず、俺の全神経は眼前にある真っ白な扉に向けられていた。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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