第22話 地雷
おそらくこいつがミアの言っていた『岩星の射手』っていう暗殺者なんだろう。というかこんな格好をしている奴が他にいるはずがないし。
ギリースーツっていうんだっけ、こういうの。確かにこんな格好で草むらに紛れられたら遠くからの発見は困難だ。
こうやって見つかってしまうと間抜けなんだがな。
「うーん、気絶……したんだよな?」
暗殺者は倒れたまま全く動かない。攻撃しようと思えばすぐにできる状態だ。
俺を油断させてという線も考えてみたんだが、俺が本気で攻撃しようとしたらこの状態で避けるのは無理だろうし、そんな危険を暗殺者が冒すとは思えないんだよな。
「まあ気絶するのも暗殺者らしくはないか」
そんなことを呟きながら、俺はつんつんとギリースーツごしに暗殺者を突いてみる。
うーん、特に反応はないな。
「よし、とりあえず連れていくか。たしかミアの荷物にロープがあったはずだし。でも魔法ってどうやって防ぐんだろうな」
ミアたちが簡単な魔法を使うところを見たことはあるが、基本的に『我が指先に小さな炎を』なんていう中二病みたいな呪文を唱えていた。
普通に考えればその呪文を唱えるのを邪魔すればいいってことになると思うんだが、ミアもソフィアもそこまで魔法に関して詳しくなかったんだよな。
こうすれば使えるって実戦で学んで、基礎知識は全くないって感じで。
「よいしょっと。んっ? 案外軽いな」
ギリースーツの暗殺者を抱き上げ、とりあえず森に向かって走り始める。
さすがにこれだけの巨石が道端に転がっていたら、誰かしらが調査に来るだろうし、そいつらがいるときにかち合ってもまずいからな。
全速力で走ればそこまで森は遠くなく、20分ほどでたどり着いた俺は、適当に奥にしばらく進むと周囲を確認して非常口を呼び出して中に入った。
「捕まえてきたぞ。たぶんこいつだ」
「遅いから心配したよ、って、それなに?」
「たぶん暗殺者。こうやって草原に擬態してたんだ」
暗殺者を地面に転がし、出迎えてくれたソフィアにその状況を再現してみせる。
イメージがわかないのかソフィアは首をひねっていたが、そんな場合ではないと思ったのか、そばに置かれていたロープを俺に渡す。
「とりあえずピクトはそいつを縛っておいて。私はミアを呼んでくるから」
「了解」
風呂に向かって走っていくソフィアを見送り、受け取ったロープを持ちながら少し考える。
「やっぱギリースーツは脱がすべきだよな。隙間ができそうだし。でもこれ、どこから脱がせばいいんだ?」
ギリースーツの目と口の部分には穴が開いていて、肌色が見えているのでこの毛むくじゃらが本来の姿でないことはわかっている。
だが一見したところチャックとかそういうものは見当たらないんだよな。
せっかく出来のいいものなんだから破くのはちょっとアレだし、着こんでいるんだから脱がすこともできるはずなんだが。
そんなことを考えながらじっくりと観察していると、ぱちくりと開いたオレンジの瞳と目が合った。
「『迅き……』」
「おおっと!」
いきなり呪文っぽいものを唱えようとしやがった暗殺者の口を右手でふさいで止める。
暗殺者はもごもごと何かを言っているようだが、魔法が発動する様子はない。とりあえず呪文を妨害すれば魔法は発動しないっぽいな。
「痛っ。いや、噛むなよ」
「むぐー!!」
暗殺者に手を噛まれ、思わず痛いと言ってしまったが、実際それほど痛いわけじゃない。
暗殺者の体は、俺が左手で胸のあたりを押さえているだけなのだが、手足をばたばたさせるもののそれ以上の抵抗はできていない。
体力的にはソフィアとどっこいどっこいなんじゃないか、こいつ。
「ピクト!」
「おっ、ミア。悪いな、風呂の途中で」
「いやいい。それより、無駄な抵抗はするな。これ以上何かするようならこのままお前を殺す」
髪を濡らしたまま走ってきたミアが、すらりと抜いた剣を暗殺者の眼前に突きつける。
抵抗していた暗殺者は、それで観念したのかピタリとその動きを止めた。
オレンジの瞳がうるんでいき、ついには涙が溢れ始める。
「なんか俺たちがいじめてるみたいになってるんだが」
「知らん。ピクトが言うから止めているが、本来暗殺者など殺されてしかるべきなのだ。罪人だしな」
「そりゃ、そうかもしれんが」
「違うもん。悪い人を倒すのが私の使命だってお父様が言ってたもん! そうやって世界を綺麗にする崇高な役目に私は選ばれたって言ってたもん!」
涙を流し続ける暗殺者の姿に思わず俺は手を放してしまった。その口から精一杯の声を張り上げた暗殺者の声は、あまりに幼かった。
思わず俺とミアが顔を見合わせる中、遅れてやってきたソフィアが迷うことなく暗殺者のギリースーツに手を伸ばす。
俺には見つけられなかった切れ目をあっさりと見つけたソフィアが、ギリースーツを開けていき、その中から姿を現したのは……
「子ども?」
涙を流しながらこちらを睨みつける、俺の目には小学校低学年にしか思えない姿だった。
中性的な顔立ちをしており、体も子どもらしい体型なので男か女かもよくわからない。睨んで目つきがきつくなっているせいか、なんとなく男の子かなぁって感じだ。
「いや、小人族だな。私も1人しか知らないが、少しとがった耳と大きな足。特徴が一致する。この大きさなら成人はしているはずだ」
「マジで? いや、それにしては言動が幼すぎないか?」
「幼くないもん! お父様は僕のことを1人前の男だって言ってくれてる。お父様だけが僕を大事にしてくれるんだもん!」
「この人が言っていることは本心だよ。でも……」
「ソフィア?」
顔色を真っ青にしたソフィアが、吐き気を抑えるかのように手を口に当てうずくまる。
ミアにこっちは俺に任せろと目で合図をすると、少し迷った後にミアはソフィアの介抱に向かった。
嫌な予感を覚えながら、俺は全く怖くない睨みを向けてくる暗殺者に問いかける。
「ちなみに俺たちのことはなんて言われたんだ?」
「君のことは知らないけど、あの女2人は、大勢の人を騙してきた詐欺師だって。そのせいで大勢の人が不幸になったり、死んだりしたって。これ以上そんな被害者を出さないためにも殺さなきゃいけないって、そうお父様が言ってた」
「お父様、ね」
やっていることは最悪なんだが、こいつの目には一切の迷いがなく、そしてその言葉にも嘘がないんだろうとなんとなく思った。
ミアの見立てでは成人しているという話だが、その話し方だったり考え方からあまりに幼く感じられてしまう。
親の言うことを妄信する子ども。別の言い方をすれば親の名乗るだれかにとって都合の良い操り人形に思えた。
「とりあえず俺を殺す理由はないってことだな」
「そう、だね。でもさっきは滅茶苦茶怖かったんだからね。なんでいきなり土の中から出てくるのさ! 怨霊が僕を地中に引きずりこもうとしたのかと思っちゃったよ」
「いや、だってあのでかい岩に埋められたしな。あれがお前の……あっ、そういえばお前の名前は?」
「僕は7だよ。兄弟の中で一番優秀だって、お父様が褒めてくれるんだ。もう僕と3しか残ってないんだけどね」
「お、おう。そうか」
誇らしげに自分を数字の7だという暗殺者に、俺は思わず顔をそむける。
これ、だめだろ。洗脳とかそういうレベルじゃなくて、もう常識の段階から狂ってる感じだ。
「どうすりゃいいんだよ、これ」
俺は特大のため息を吐きながら、想定外の地雷を拾ってしまったことに頭を抱えたのだった。
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