第21話 暗殺者は中二病?
さて、よくわからん魔法使いの襲撃から逃れ、帰ってきましたマイホーム。
心配そうな顔で入口近くで待機していたミアとソフィアに軽く手を上げて無事をアピールしながら、ふぅ、と小さく息を吐く。
「戻ってくるのが遅いから心配したぞ」
「やられっぱなしってのも悔しいから、装備の回収がてら石を投げ返してきたんだ。せっかく作ってもらったのにもったいないしな」
「それはありがたいけど、大丈夫だったの? 駆け込んできたように見えたけど」
「ああ、うん。なんか10メートルはありそうな巨石に押しつぶされそうになったんで逃げ帰ってきた。あれがミアの言っていた切り札なんだろうな。たしかに気づかずに近づいていたらヤバかったわ」
うんうん、と頷きながらそんなことを話す俺に、ソフィアが苦笑いを浮かべる。俺の態度があまりに緊張感に欠けているからだろう。
とは言っても巨石の転がる速度はソフィアの全速力よりちょっと速いかなくらいだったし、距離にもまだまだ余裕はあった。
おまけに避難場所まで近くにあるんだし、緊迫の場面ではとてもなかったのだ。
まあミアのアドバイスをすっかり忘れて近づいていたら、あの巨石にぺしゃんこにされていたかもしれないんだし、危ないところではあったんだろう。
そう考えると、やはりこちらの常識を知るというのは大切なことなんだな。かなり狭い世界の常識のような気もするが。
「10メートルを超えるような巨石か。やはり『岩星の射手』か」
「岩星の……なんだって? なんか滅茶苦茶中二病っぽい言葉が聞こえた気がしたんだが」
「チュウニ、ビョウ? 先のほうの言葉は『岩星の射手』のことを言っているんだと思うけど、どういう意味なの、ソフィー?」
「うーん、表現がちょっと難しいんだけど、恥ずかしい二つ名とかそういうものを分類する言葉みたい。抽象的な概念なのかな」
ミアに聞かれたソフィアがどこか自信なさげにそう答える。
あれっ? これまで言葉が通じなくてもソフィアとは問題なく意思疎通できていたんだが、通訳も万能って訳じゃないんだな。
考えられるのはこの世界に中二病という概念がないからうまく翻訳されなかった、もしくはソフィアの知識の中にそれを的確に表す言葉がなかったくらいか?
まあソフィアの力自体が俺のカードと同じようなとんでも能力なんだし、解明するのはかなり難しそうだが研究テーマとしては面白そうだよな。
今度、この世界にはなさそうな言葉や概念について話してみて、どう翻訳されているのか聞いてみよう。
ソフィアの説明に、首をひねっていたミアだが、しばらくしてポンと手を打つ。
「ああ、暗殺者なのに名が知られているのが恥ずかしいとかそういう意味か」
「ちょっと違うが、言われてみれば確かにそうだな」
俺たちを狙っていたのが暗殺者だったということ自体も驚きではあるんだが、なんでそんな後ろ暗い仕事をしている奴の名が知られているのか、という疑問のほうが先に立つ。
そういうのって普通は表に出てこないだろ。それを追う警察とか……あっ、そういえばミアは騎士だったわ。
騎士についてあまり知識はないが、官憲のような役割も果たしていたはず。そう考えると関係者に知られているのはおかしくないのか。
有名なスリとかには、二つ名がついていたと聞いたことがあるし『岩星の射手』というのもそういった類なんだろう。
「奴の殺しは現場に証拠が多く残るから判別がしやすいんだ。それにピクトが追われたという巨石を出したときは、ご丁寧に自分の名を刻んでいくしな」
「承認欲求の塊みたいな奴だな。絶対にこの仕事向いてないだろ」
「それはそうなんだが、その姿を確認した者はいないくらいの凄腕だぞ」
「めんどくせえ奴だな、おい」
だめだ、聞いている情報だけでツッコミが止まらなくなる。
ミアが凄腕と言うくらいだし、実際にその攻撃を受けた身としては実力に疑いはない。おおよその位置は把握できたが最後までその姿は確認できなかったしな。
だが聞いた限り性格が全く暗殺者に向いていない。目立ちたがり屋の暗殺者ってどんな奴だよ。いや目撃者がいないから目立ってはいないんだけどよ。
「んっ? ということは今まさに巨石に名を刻んでいるってことか?」
「おそらくな。巨石は奴の最終手段だ。余裕がない状態で放つのに、最初から名を刻んだ巨石を出すなんて無駄な工程は省くだろう」
「ふーん」
魔法のことはよくわからないが、その説明からして複雑な工程になるほど放つまでの時間が長くなったりするのかもしれない。
ただこれも推察なんだよな。ミアやソフィアに聞いても専門じゃないから一般的な話ならともかく、専門的な部分になると説明できないし。
一度魔法に詳しい奴にちゃんと話を……あっ、いるじゃん。
「よし、ちょっと捕まえてくる」
「いやいやいや、なんでそうなる」
「確かに懸賞金がかかっていたはずだけど、私たちは今街に戻れないんだよ」
「あー、違う違う。ただちょっと魔法について知りたいだけ。俺ならそこまで危険はなさそうだし。そういえば魔法の発動を防ぐには、口を閉じさせればいいんだったよな」
「そうだが……本気か?」
「まっ、無理そうなら諦めてそのまま森に逃げるわ。どっちにしろ出口は移動させたかったしな。そのついでだ」
「ピクトがそこまで言うなら反対はしないけど、くれぐれも注意してね」
「おう」
ミアとソフィアは不安そうな顔はしているものの、俺の決断を止めようとはしない。
まあこれまで戦ってきた相手が、キングボアにゴブリンのイレギュラーなんていう、今回の相手とは格の違う奴らだったしな。
我ながら基準がバグってる気もするが、今回の相手ならなんとかなる気がするんだよな。それよりも魔法について知りたい欲のほうが大きい。
「じゃあ行ってくる。2人は新しい装備の確認でもしておいてくれ。せっかく取ってきたんだし」
リュックを指差し、そして白い扉に向かう俺を、2人は困ったような顔をしながら見送ってくれた。
そしていつもどおり元の場所に戻ってきたのだが……
「暗っ。ああ、あの岩が蓋になってるのか」
一瞬真っ暗すぎて、あのドラゴンのところに戻ってしまったのかと思いかけたが、すぐにその原因に気づく。
そういや今回はたまたま蓋になって空間が空いていたからいいものの、もし入った場所が埋められたりしていたらどうなるんだろう。
「うーん、一度検証したほうがいい気もするが、危険かもしれないし迷うな」
検証方法としては俺が外に出て扉の場所を埋めておくから、しばらくしたら出てみてくれと誰かにお願いしておけばできなくはない。
しかし出るときっていきなりその場に現れるから、その場に何かあったらそもそも出ることができないんじゃないか?
いや、もし出ることができてしまうと生き埋めになってしまうから危険なんだが。
「だけど考えてみれば今までだって空気があったわけだしな。マイホームから出るときはその場にある物質はどこに行くんだ? うーん……いや、そんなこと考えているときじゃないか」
思わぬところに思考が飛んでいってしまったが、今は中二病の暗殺者を捕まえようとしていたんだった。
俺は手探りでバッグからカードを取り出そうとし、そういえば真っ暗で見えないんだったとそれを諦める。
いや、別に取り出す必要は全くないんだが、なんとなく手に持った方がしっくりくるんだよな。
「『工事中』」
おれがキーワードを発動するとバッグに入っていたムーシュモールのカードが光の粒子に変わり、地面に出来上がっていく魔法陣が辺りを照らす。
視界が確保されているうちに俺は魔法陣の中央に移動し、そしてそれが消えた瞬間に地面に手を伸ばして現れたシャベルを手に取る。
「とりあえず斜め上に掘ればいいか」
壁際まで進んだ俺は、シャベルを壁に突き立てて掘り進めていく。
このシャベル、本当に簡単に掘れるんだよな。まあ実際はこれ以外にも使い道があるんだが、それはまたいつかでいいだろう。
俺はせっせと掘っては土を捨てるを繰り返し、徐々に斜め上に進んでいく。
巨石の大きさから大体の傾斜を考えて掘り進めていた俺が突き刺したシャベルが、ついに暗闇に光をもたらす。
「おお、やっと地上に……んっ?」
「ひっ!?」
いきなり聞こえた短い悲鳴に顔を上げると、そこにいたのは全身緑色の毛むくじゃらの何かだった。
そいつは俺のほうをじっと見たまま固まっている。
俺はよくわからないながらも、地上に出るために手を伸ばしたんだが、そいつはいきなり後ろに体を傾かせていき、そのまま地面にどさりと倒れこんだ。
「なんなんだよ」
いきなり人の姿を見て倒れるなんて、失礼な奴だな。
そんなことを考えながら地上に這い出た俺は、巨石に文字が刻まれているのを確認し、半眼になりながらため息を吐いたのだった。
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