第20話 奥の手
結局いいアイディアがすぐに浮かんでくるはずもなく、ミアの合図で俺たちはずりずりと草をかきわけて進んでいく。
せっかく持ってきてもらった装備を置いていくのは業腹だが、今は命が優先だ。状況が落ち着いたら取りに行きたいが……そこまで残っているといいなぁ。
吹き飛ばされたせいで2人と少し距離は開いていたがすぐに追いつき、草をかき分ける役をかってでたのだが、これ思ったよりきついぞ。
頭を上げてそこを狙われたら意味がないので匍匐前進で進むのだが、思った以上に速度が出ない。
「なあミア。これ無理じゃね?」
「私もそう思う」
「……とりあえず把握された場所からは離れたい。悪いがもう少し頼む」
「了解」
実際にやってみてミアにも考えが無理筋だとわかったのだろう。少しの沈黙がそれを示していた。
ミアの指示に従いながら数分進み続ける。そして振り返って見えた装備の入ったリュックの大きさに俺はため息を吐いた。
はっきり言って全然進んでいない。だが今でもきつそうな2人のことを考えるとこれ以上速度を上げるわけにもいかない。
ミアはまだまだ大丈夫そうだが、ソフィアは額から汗をにじませ顔を歪めている。
その服は草と土にまみれ、せっかくマイホームで綺麗になったそれらはあった時よりもひどい状態になっていた。
「そういえばミアは騎士だったんだよな。こういう風に遠距離から狙われたときはどうしてたんだ?」
「状況により様々だが、こういった遮蔽物のない平原だと魔法が得意な者に壁を作ってもらったり、逆に地面を掘ってもらうことが多かったな。そして安全を確保してからこちらも遠距離攻撃で応戦する」
「その魔法って2人は使えないのか?」
「使えたらこんな作戦をミアが提案するとピクトは思うの?」
「そういうことね」
普通に調理に使う火とかは2人とも魔法で出していたんだけどな。普段使いのものと戦いに使えるような魔法は違うってことか。
俺が魔法を教えてくれと言ったときに、言葉を濁されたのにはこういった背景があったんだな。
そう納得はしたものの、状況は全く変わっていない。魔法が使える奴がいたら地面を掘って、そこに扉を出現させれば万事解決なんだが。
「地面を掘る? ああ、そっか。出来るかも」
「どうした?」
ミアの問いに答えず、俺は腰のポーチから1枚のカードを取り出す。
そこに描かれているのは土の山にシャベルを突き立てる人が描かれたカード。ムーシュモールの魔石から得られたものだった。
「『工事中』」
おそらくこれだろうと考えて発したキーワードは正解だったようで、光の粒子となって消えたカードがいつもどおり地面に魔法陣を描く。
そして完成した魔法陣が消えるとそこに残されていたのは……
「? 掘るのは人力かよ」
がしっとその真っ黒なシャベルを手に取った瞬間、俺の緑のスリムボディが黒色に変わる。
そして建築に関する膨大な知識が俺の脳内に流れ込むとともに、このシャベルの使い方を理解した。
これは、すげえわ。大当たりのカードだ。でも今はそれを喜んでる時間じゃない。
「ちょっと待ってろよ」
「ピクト、その体!?」
「ああ、うん。ちょっと道具の影響でな。すぐに戻ると思うから安心してくれ。じゃあ、やるか」
俺の色が変わったことに驚くソフィアに軽く返しながら、俺はシャベルを持って立ち上がる。
それを待っていたかのように再び石が飛んできたが、それを踏ん張って背中で受け止めながら俺はシャベルを地面に突き立てた。
シャベルはまるで地面が豆腐であるかのようにさっくりと中に入っていき、そして明らかにシャベルの範囲よりも広い地面を掘り返す。
「ほいっ、ほいっ、ほいっ、ほいっ」
そんな掛け声を出しながら俺は次々にシャベルを地面に突き立てていく。瞬く間に地面にはぽっかりとした穴が開いていき、代わりに壁となる土の山がこんもりとつもっていく。
その間わずか2分足らず。我ながら信じられない光景に、ミアもソフィアも驚きに目を見開いて固まっている。
そりゃあこんな短時間で、直径5メートル、深さ2メートル近い円形の穴を人力で作り上げれば驚かない方がおかしいだろう。
「とりあえず2人は先に避難しておいてくれ。ここなら安全だろ」
「ああ」
「うん。すごいカードだね。ムーシュモールのカード?」
「そうそう。まっ、説明は後でな」
非常口を穴の中で呼び出し、近寄ってきた2人を穴の中に下ろすと俺は代わりに地上に上がる。
掘った土はかなりの高さになっており、射線が防がれたせいか攻撃は飛んでこない。
どうしようか考えていると、手の中のシャベルが光を放ちながら消えていった。
うーん、だいたい3分くらいか。モンスターの強さが上がったら時間が延びたりするのかもな。
自分の体が黒から緑に戻ったことに少し安堵しつつ、俺は土の山の隅からひょこっと顔を出す。するとそこを狙って石が再び飛んできた。
まあ距離があるので普通に避けられるわけだが、肝心の撃っている奴の姿は立った状態でも確認できない。相手も地面に伏せているってことだろう。
「だが、方向はわかった」
だいたいの方向に予想をつけてみていたおかげで、その距離もおおよそわかっている。
俺は掘り返した土の中から拳大の石をいくつか見つくろうと体を壁の外にさらして見せた。
草むらの中から石が浮かび上がり、そして俺に向かって射出される。それを見た俺は笑ってしまった。
「そりゃ悪手だろ」
俺にその攻撃があまり効かないってのはわかっているはずだ。それにこれまでこそこそと隠れていた奴がいきなり姿を現したのに、なにかあるかもって警戒しないのか?
「さて石合戦の始まりだ」
飛んできた石を避けながら、それが飛んできた方向に向けて思いっきり拾った石を投げつける。
ビュン、と音を立てながら一直線に飛んでいった石はちょっと力が強すぎたのか狙った場所を超えてしまった。
「もうちょい下ね」
投げる方向を微調整しながら、第2投、第3投と続けて石を投げていく。
距離的には100メートルちょいだと思うのだが、思ったより狙った場所に投げるのは難しい。投げる石も天然ものだから形も様々だし仕方ないんだろう。
決して俺に物を投げる才能がないってわけじゃないはずだ。
石は掘り返した土の山の中にごろごろあるし、相手が打ち込んできた石が土の山に突き刺さって残っていたりするから投げる物に関しては十分にある。
そうして10分ほど石合戦をしていただろうか、いつの間にか相手からの攻撃がピタリとやんだ。
倒したか、逃げたか、確かめに行きたいという誘惑に駆られるが、ミアの忠告を思い出しそれを止める。
その代わりに……
「こっちは回収させてもらうぜ」
数十メートル離れたところにある装備の入ったリュックに駆け寄り、それを掴んで相手がいた方向をちらりと見る。
うん、攻撃が飛んでくる様子は……様子は……
「まじかよ」
俺の視線が自然と上へと上がっていく。そこに浮かんでいるのは直径10メートルは超えているであろう巨大な岩石だった。
その岩石は俺が気づくのを待っていたかのように動き始め、その狙いの先は……
「やっぱ俺だよなぁ!」
脱兎のごとく駆けだした俺の後を空中から放たれた巨石がごろごろと転がりながら追ってくる。
その迫力は、これに潰されたらぺちゃんこになるだろうと思わせるには十分すぎるほどであり、まるで迫りくるボールを待つボウリングのピンってこんな感じなのかなどと余計な思考が頭をちらつく。
そんな余計な思考に頭を巡らせられるのは、俺が掘った穴がそこにあり、この速度であれば余裕で逃げ込めるとわかっているからだ。
「じゃあな」
迫りくる巨石を最後に振り返り、穴に飛び降りた俺は装備の入ったリュックを非常口のドアに突っ込むとそのまま中に入って扉を閉めたのだった。
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