第19話 襲撃者
「へっ?」
思いもしなかった返事に、間抜けな声がもれる。
突然声をかけたことに怒ったのかとも一瞬考えたが、依頼した装備をわざわざ街の外にまで持ち出しているという事実がそれを否定している。
導き出される結論は、弟子の言葉は本当に言葉通りの意味をもっているということだ。
「師匠からの伝言だ。俺はそれ以外何も知らない。むしろ知ろうとするなと言われている」
「そうか、わかった。ホルストさんに感謝していると伝えてくれ。そして面倒をかけた、とも」
「ありがとうございました」
「わかった。じゃあ俺は行く」
丁寧に頭を下げたミアたちに、弟子は軽く応じて立ち上がると、自分用の小さなリュックを背負って街へ歩き始めた。
俺たちがしばらくそれを見送っていると、弟子がくるりと身をひるがえしてこちらを向く。
「あんたたちには感謝している。いつかまた会うことがあれば、もう一度装備を作らせてほしい。次こそは満足のいく仕事ができるよう腕を磨いておくから」
そう宣言するだけし、弟子は俺たちの返事を聞く様子もなく去っていった。
なんというか不器用という言葉をそのまま人にしたような奴だな。
さて、弟子のことはひとまずいいとして、問題はこっちのほうか。
「で、さすがに事情説明がそろそろ必要かと思うんだが……」
「そうだな。街に帰ったらピクトに話そうとソフィーとも相談していたんだが……ピクト、伏せろ!」
「んっ、なにが……ぐえっ」
いきなり目つきを鋭くしたミアが、隣にいたソフィアを引き倒しながら俺に警告する。
意味がわからずミアが見ていた方向に振り返った俺の視線に飛び込んできたのは、俺めがけて拳以上の大きさがありそうな石が複数、高速で飛んでくる姿だった。
側頭部に1発、背中に2発、左腕に1発食らった俺はなすすべもなく吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がり装備の入ったリュックに当たってやっと動きが止まる。
「ピクト、生きてるか!?」
「なんとかな。ずきずきするけど動けないほどじゃない」
「……ふぅ、ピクトって本当に丈夫だよね」
少し茶化すようなソフィアの口調だったが、わずかに震えを残したその声から心配してくれていたんだろうことを察し、俺は苦笑する。なんでこう素直に言えないんだろうな。
地面に俺たちが伏せているせいか今のところ追撃はない。だが時間はずっと残されていわけでもないだろう。
「で、どうするミア。心当たりとか打開策とかないか?」
「心当たりはあるが、打開策はないな。できてやり過ごすくらいだ」
「じゃあ手短かに両方頼む。この状況、俺たちにとって時間は敵だろ」
今この瞬間にも敵がこちらに近づいてきている可能性だってある。
さっき俺がいた位置と吹き飛ばされた現状の位置から攻撃してきた奴がいるおおよその方向は推測できるが、相手がいつまでもその場所にいるとは限らないしな。
「まず心当たりだが2つある。1つはソフィアを消したい誰かが刺客を放った。もう1つはオートマタを手に入れたい誰かが攻撃してきた」
「ソフィア? ミアは関係ないのか?」
「関係はしている。私はサルヴィアン聖王国で聖騎士として勤めており、ソフィアは以前その国で聖女として扱われていた」
「まあ都合のいい道具として軟禁されていた、のほうが個人的にしっくりくるけどね。で、あげくに失敗を押し付けられて、捨てられたし」
どこかさばさばとした口調でソフィアが追加説明をしてくれるが……うん、思ったより2人の過去がヤバい。
いや、俺もあまり身分制度なんかには詳しくないが、騎士と言えば貴族とまではいかないがちょっとした身分のはずだ。
それに聖女。聖王国っていうくらいだから、同じ聖がつく身分である聖女がとんでもない立場であることは想像に難くない。
「つまり2人の……立場はかなり高かった。ソフィアは特にって理解でいいか?」
「そうだな。すまないな、ピクト。突然の話のうえに新しい単語が多くて話しづらいだろう」
「お気遣いどーも。まあ俺もわからない単語は適当に話すから、ミアも適当に解釈してくれ」
「わかった」
話す途中のわずかな間で俺が言葉を選んだのを察したのだろう、ミアが申し訳なさそうに謝罪する。
まあ別に新しい単語が出てくるのは仕方がない。新しいことを話そうとするのだから出てしかるべきなのだ。
こんなトラブルに巻き込まれる前に話してくれと思わなくもないが、2人も街に帰ったら話してくれるつもりだったらしいし……うーん、タイミングが悪かったってことか。
んっ、いやちょっと待てよ。
「そういえばなんでホルストはこんな情報を知ってたんだ? ドワーフとは言え、ただの鍛冶師だろ?」
「さあな。どこかに伝手があったのかもしれないし、もしかして別の何かが街で私たちを待っている可能性もある」
「これ以上は勘弁してくれ。で、2人が偉い立場にいたときに知りえたことを都合悪いと考えた奴がいたってことか。その相手の心当たりは?」
「相手にとって何が都合が悪いのかなんてわからないよ。こんなことするほど、女性用の下着を履いていることを知られたくないって男もいるかもしれないでしょ」
「いるんだな、そんな変態。まあだいたい理由はわかった」
姿は見えないが、なんとなくその当時の苦労をしのばせるソフィアの口調に少し同情しながら話を区切る。
つまるところ心当たりはあってもどこの誰の差し金かも、その原因も2人にはわからないということだ。
最初のころのミアが全方位に警戒心をあらわにしていたのはこんな状況だったからか。まあ落ち着いたらもう少し詳しく話を聞けるんだろうが、それは後だ。
「で、やり過ごす方法ってやつは?」
「おそらく私たちを狙っているのは魔法使いだ。私が気配を感じられないほどの遠方から正確に石を飛ばしてきたことを考えるとかなりの使い手だ。現状で私たちにこいつを倒す手段はない」
「俺もミアも近接専門だしな。ソフィアは……まあ回復要員だし」
「なんか引っかかるなぁ」
「気にすんな、で?」
どこか不服そうな声をあげるソフィアに気のせいだと告げ、ミアに続きを促す。
「こういった遮蔽物のない平原は、私たちにとって不利でしかない。森へ逃げ込み非常口の中に入ってしまうのが一番確実だとは思う」
「問題は森までどうやって行くのかってことだよな。それまでの間に確実に狙い撃ちされるだろうし」
「ピクトにその魔法使いを見つけてもらうっていうのは? 怪我も……してないんだよね」
「まあな。でもそれなりに痛いんだぞ」
距離のせいもあるかもしれないが、イレギュラーの打撃に比べれば飛んできた石のほうがましだ。
さっきみたいにいきなりのことで動けなかったならともかく、飛んでくることがわかっているなら手で防御するなりなんなりとやりようはある。
ミアやソフィアがあの大きさの石をあの速度でぶつけられれば、下手をすれば致命傷になりかねないことを考えればそれも1つの手か。
そう考え、俺が了承の返事をしようかと思ったそのとき、ミアが待ったをかけた。
「無策でよく知らない魔法使いに近づくのは危険だ。こんな仕事を請け負う奴が先ほどの魔法だけしか使えないとは思えないし、なにか切り札を持っていると思ったほうがいい」
「じゃあどうしろってんだよ」
「地味にじりじりと森に進むしかないだろうな。我慢比べだ」
「マジかぁ」
ミアの方向から聞こえてきた深いため息に、若干心を癒されながら本当にそれしかないのかと考えを巡らせる。
たしかにミアの言うこともわかる。相手にこちらの情報を与えず、この局面を乗り切ろうとミアは考えているのであろうことも。
命を第一優先として考えるのであれば、この場で非常口を呼び出して即座に逃げ込んでしまうのが最も確実だ。それはミアにもわかっているはず。
「まだ、そこまでの局面じゃないって判断かね?」
いや、もしかしたら俺の家を守ろうとミアは考えているのかもしれない。責任感の強い彼女のことだ。その可能性は十分にありえるだろう。
確かに俺にとって非常口は特別な場所だが、人の命より大事なんてことはないんだけどな。
それにミアの言うとおりにしても、危険が増す可能性は捨てきれない。最悪の事態になってからでは遅いんだし。
「うーん、とりあえず非常口を見られないように中に入れればいいんだよな。ドアが横に倒れた状態で現れてくれれば解決なんだが……」
何か方法はないかと考えながら、俺は少しの間沈黙を続けたのだった。
すみません。内容がまとまらず日をまたいでしまいました。




