第18話 思わぬ出会い
その後、俺たちは1日中ウインドディアを追いかけまわし、行く先々で見つかるムーシュモールを解体、回収し続けた。
とは言っても回収したのは魔石と薬の原料になるという内臓、おそらく肝臓にあたる部分だけで、その他のほとんどの部分は森に放置していた。
もったいない気もするが、肉も食用には適していないらしいし、その他の皮や爪も需要はそこまでないそうだ。
日が落ちる直前になるまで続けた結果、倒したムーシュモールの数はなんと25体。
ミアたち曰く、1日に2体倒せれば御の字ということなので、信じられないほどの数を倒したということになる。
それもこれも、今目の前でステーキとなってくれているウインドディアのおかげだ。
「おお、鹿は種類によって味もちょっと違うんだな。ウインドディアはあっさりした感じだ」
「言われてみればそうかもね」
マイホームの中で火を起こし、ハーブっぽい葉っぱと塩をふって焼いたウインドディアの肉は、脂身が少なくどこか淡白な味わいだ。
俺としてはこの前食べたファイヤーディアのほうが好みではあるが、これは人それぞれだろう。
骨付き肉にむしゃむしゃとかぶりつきながら同意するソフィアも満面の笑みを浮かべているし。
「ふむ、やはりウインドディアの肉のようだが……」
なにやら神妙な顔で肉を食べるミアの様子を気にしながらも、その思考がまとまるのを待つ。
昼間にウインドディアを追いかけまわしている最中も色々と考えていたみたいだし、話すにしてもそれがまとまってからでいいだろ。
何を考えているかは、なんとなく予想がつくしな。
どこにそんな量の肉が入るんだ、と思うほどの量を胃に詰め込み、丸くなったお腹を少し押さえながらソフィアが床に転がる。
食っちゃ寝すると豚になるぞ、と小言を言いそうになり、いやこれだけ森を走れば問題ないか。いやソフィアはほとんど俺に担がれていたんだし、やっぱり豚か?
などと関係ないところで自問自答している俺に、ミアが声をかけてくる。
「ピクト、少し相談したいことがある」
「いいぞ」
「鹿のカードについて他にいくつか試してみたいことがあるんだ。1つはカードを発動したときに視界外にいる存在を追うことができるのか。もう1つは発動させた本人が知らない存在を追うことができるのか。そしてどの程度抽象的な指示が通るのか。この3点だ」
ミアの提案を聞き、その理由について考えてみる。
「1つ目が成功すれば、はぐれた場合とかにも使えるから用途が広がるよな。2つ目は探し人の依頼とかで有効って感じか。でも抽象的って……そもそもどうやって試すんだ?」
「そうだな。私たちをつけているものがいないか、とかか? 私たちは女2人だからなのか、街道などで盗賊に狙われることも少なくない。これで判別できるならかなり旅が安全になるはずだ」
「ふーん、大変なんだな。というか盗賊っているのかよ」
普段聞きなれない盗賊という言葉に反応してしまったが、床に転がるソフィアも特に驚いた様子はない。
そうか盗賊が普通にいる世界なんだな、ここって。
いや、でも考えてみれば地球でも海外で海賊がどうのこうのって話を耳にしたことがあるから、そこまで驚くことでもないのか。
「まあいいんじゃないか。カードについて残数を気にする必要はあまりなくなったし」
「こうやってマイホームにも気軽に来られるしね」
「それはそれでダメになりそうな気がするがな」
床に寝ころび油断しきっているソフィアの姿に、ミアが思わず苦笑する。
今日1日検証してわかったとおり、鹿のカードを使うと出現した鹿は指定された標的を追い続ける。
しかもモンスターの場合、それは個体ではなく種族単位で追い続けるのだ。つまりこれまで大変だと思っていたスライムを見つける作業が大幅に短縮できるということになる。
「じゃあ明日は街に帰りながら検証するって感じでいいか? 内臓は早めに売った方がいいんだろ」
「そうだな。これだけ売ればそれなりの金額にはなるはずだ」
「いやー、ピクトが来てから本当についてるよ。ありがとうね、ピクト」
「おう。俺も言葉を教えてもらったし、2人のおかげでかなり助かったから少しは恩返しできたようでよかったよ」
ちゃかすような口調だが、ソフィアの穏やかにほほ笑む目を見れば、その言葉が心からのものであることがよくわかった。
俺としても面と向かって感謝を伝えられるのはこそばゆいものがあるのでソフィアの対応は助かっているところもあるのだが……
「ソフィア、豚になるぞ」
「ブー」
だらけきったその姿はまさしく食事後の豚そのもの。
そしてそれをソフィアもわかっているのであろう、半笑いを浮かべながらふざけた返事をしてきた。
「なあ、ミア。こいつ、ちょっと鍛えなおさないか。明日、森の中を走らせ続けるとか」
「そうだな。私も少々ソフィーを甘えさせすぎてきたのではないかと思い始めていたところだ」
「ブーブー。……あれっ、これってマジのやつ?」
「「ああ」」
俺たちに同時にうなずかれ、即座にしっかりと座りなおしてソフィアが人に戻る。
その変わり身の早さに俺とミアは顔を見合わせ苦笑しあったのだった。
翌日、鹿のカードを検証した結果わかったのは、視界外にいたとしても鹿は指定された敵を追って走り始めるということ、そして俺が認識していない人や物に対して鹿は反応しないということだった。
抽象的な指示についても反応はしなかったんだが、これはそれに該当する者がいなかったかどうかわからないからな。
いちおうゴブリンをイメージして、薄汚れた緑の小人みたいなモンスターとも言ってみたがこれにも反応しなかったし、多分無理なんだろうとは思う。
そんなこんなで鹿の実験を終えた俺たちは森を出ると、街へ向かって歩き始めた。
前みたいに速足で歩いているわけではないが、夕方前には街に着けるだろう。
「あっ、そういえばモグラとトリのカードを試すのを忘れてたな。枚数が少ないからって後回しにしていたが、考えてみればもう躊躇する必要はないんだよな」
「鳥に関しては見つけても倒す手段があまりないから難しいかもな。腕の良い魔法使いか、狩人でもいれば別だが」
「ああ、そっか。見つけるだけだもんな」
「昨日出たウインドディアなら倒せる可能性はありそうけど、他のディア系だと相性が悪そうだよね」
「カードは万能じゃないってことだな。まあ当たり前なんだが」
そんなやり取りやくだらない話をしながら歩くこと数時間、もうすぐ街が見えるかなというところまでやってきた俺たちは、道端に座り込む1人の男らしき姿を見つける。
先ほどまで冗談を交わしていたミアの目がすっと細まり、その耳がピンと立ち上がる。
「カード、試してみるか? もう少し下がればあいつからは見えないと思うぞ」
「いや、あそこまで堂々としている奴が盗賊だとは思えない。陽動かとも思ったが周囲にも気配がないし。とりあえずこのまま進もう」
抽象的な条件について試してみるか、と聞いてみたが、ミアも今朝の実験の結果でそれが望み薄だと考えたのか首を横に振った。
ミアの指示に俺とソフィアはうなずき、注意しながら道を進んでいく。そして男の姿がしだいにはっきり見えるようになっていき……
「あれっ、あいつってドワーフのホルストの弟子じゃね?」
「よく見えるね、ピクト。どう、ミア?」
「たしかに似ているように見えるが……」
見覚えのある不愛想な顔。道端に座り込みながらナイフを研ぐその姿は間違いなくあの弟子だ。
名前は……あれっ、そういえば名前を聞いてないな。たぶんホルストも弟子としか言ってないはずだし。
しばらく歩いてミアもそれが確認できたのか、ソフィアと俺に弟子であることを伝えわずかに緊張感を緩める。
でもなんであいつ、こんな場所にいるんだ? もしかしてホルストと喧嘩したとか?
それにしたって街の外でナイフを研ぐなんて結論にはならないよな。
ナイフを研ぐ音が聞こえる距離になっても弟子は俺たちのほうを見ることもしない。
大きな荷物が入りそうなリュックをそばにおいたまま、真剣な表情でナイフを研ぎ、その刃を確認している。
うーん、喧嘩説が濃厚か?
「よお、ホルストと喧嘩でもしたか?」
さすがに知り合いに声をかけずに通り過ぎるのはまずいだろうと、声をかけた俺を弟子が見上げる。
そしてソフィア、ミアを確認すると自らの背後にあるリュックを指差す。
「依頼された装備はそこに入っている。街には戻るな」
そう弟子はぶっきらぼうに言い放ったのだった。
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