第14話 森への避難
翌日、俺たちは朝一で街を出ると森へ向かった。いちおうは槍を探しに行くという建前だが、はっきり言ってしまえば面倒ごとを避けるために避難しただけだ。
今朝なんかどこでうわさが広まったのか、宿の外で待機している奴がいたし、このまま街に留まったらどんなことになるかわからなかったしな。
槍はマイホームに置いてあるので馬鹿正直に探す必要はない。だから適当に森を探索しつつ新しいカードを試してみようということになっていた。
新しいカードは4種類。弱いイノシシから出た無地の一方通行のカードと、鹿から出た動物が飛び出すおそれありのカード、鳥から出た手紙やメールのようなカード、そして最後にモグラから出た工事現場のカードだ。
半日ほど森を奥へ進み、日が傾いてきたかなと思うくらいのところで俺たちは足を止める。
普通なら夜を過ごすための薪なんかを探さないとダメなんだが、現状スライムのカードには余裕があるので、検証をしたら中に入ってしばらくこもる予定だ。
いちおうセシルには追加で魔石を買いたいと昨日伝えておいたので、たぶん大丈夫だろう。
「よし、合図したら俺を殴ってくれ」
「うわぁ、なんかその発言だけ聞くとピクトヤバい人みたいだよ」
「それもそうだな」
ちょっと嫌そうな顔をするソフィアの顔に笑いを誘われる。
一方通行のカードは効果自体はたぶん同じだと思うので、その継続時間や強度などが検証対象だ。
当然そんなものを2人に試してもらうわけにはいかないので、俺が受けることになるんだが、発言的にちょっとアレな言い方だったかもしれない。
「まあいいや、じゃあいくぞ、『一方通行』」
俺の合図とともに、ミアとソフィアが俺の両側から俺の腕に向けてパンチを始める。
うん、まだ衝撃があるな。というかソフィアは本当に殴っているのか? なんかぺちぺちするだけで全く痛くないんだが。
ミアのほうはそれなりに衝撃がある。手加減してくれているのか、比較対象があのイレギュラーだからかそこまで痛くは感じないが。
カードが弾け、魔法陣が完成するまでおよそ1秒。そしてその次の瞬間、俺は全く衝撃を覚えないあの状態に移行した。
そのまま静かに秒を数え、そして感覚が戻ってきたのはおよそ3秒後だった。
「おっけー。だいたいの効果はわかった。魔法陣が完成後、3秒攻撃は効かないって感じだな」
「あのイレギュラーの攻撃を防いだ状態が3秒続くの。それはすごいね」
「問題は発動までに少し時間がかかるところか。使うタイミングが難しいな」
純粋に驚くソフィアと、冷静に分析を行うミアの声を聞きながら俺も少し考える。
たしかにあの状態が3秒とはいえ続くのはありがたい。だが魔法陣が出るから相手には俺がなにかしていることは丸わかりだし、1度見てしまえば対応のしようはあるだろう。
効果が切れた瞬間を狙って攻撃してくるとかな。
「とりあえずこの3秒を有効に、生かせるだけの力をつけるのがいいな。2人も試してみるか?」
俺からカードを受け取った2人は、カードを手に持ち同時に口を開く。
「『いっぽうつうこう』」
俺が教えた発音を、少したどたどしく2人が放つ。だが、手の中のカードは発動することなく残ったままだった。
2人は不思議そうに何度か『一方通行』と言葉を繰り返すが、何かが起こる様子は全くなかった。
「もしかしてカードはピクトしか使えない?」
「いや、ゴブリンのカードは使えただろ。ほれっ、試してみるか?」
「いちおう。『ピクト』」
ソフィアが受け取ったゴブリンのカードが、その言葉に従って弾けて魔法陣を描き出す。それを見ながらソフィアは難しそうに顔をしかめた。
少なくともカードが全く使えないという話ではない。
可能性としては誰でも使えるカードと俺しか使えないカードがある。発音がおかしいと発動しないとかも考えられるが、あと他には……
そんな風に可能性について考察する俺の前で、イノシシのカードを眺めながら首を傾げていたソフィアが口を開く。
「『いっぽうつうこう』、えっ!?」
「なにっ!?」
いきなりソフィアの手の中のカードが弾ける。それは俺の時と同じように地面に魔法陣を描き、そして消える。
「ミア、叩いて!」
「あ、ああ」
ソフィアの言葉に驚きに呆けていたミアが正気に戻され、少し遠慮気味にソフィアの肩を平手で叩く。
ソフィアの体はわずかにもぶれることなく、その効果が正しく発生していることを示していた。
そしてその効果時間3秒が経過する。
「なんで、いきなり効果が……いや、考えるまでもないか」
そう言って俺はミアにバッグから取り出したゴブリンのカードを差し出す。
ミアも俺が何を意図したか理解していたようで、静かに『ピクト』と呟くとゴブリンのカードを発動させた。
ソフィアの発音はたいして変わっていなかった。それなのに何度やっても発動しなかったイノシシのカードがいきなり発動した。
その間に変わったことといえば1つだけ。
「『いっぽうつうこう』」
ミアの言葉に反応し、カードが発動する。
それを見た俺たちは確信した。カードを発動させるためには前提としてゴブリンのカードを発動させる必要があるということを。
「これはまた難しいな。事前にゴブリンのカードを発動させておくという方法もあるが、それがどこまで効果を持続できるかもわからないし」
「さすがに2秒のロスは厳しいよな。とりあえずカードに余裕はあるし、検証してみようぜ」
「ああ」
ソフィアにぺちぺちと叩かれながら具合を確かめていたミアに、新しいゴブリンのカードを手渡す。
ミアは若干戸惑いながら3秒の無敵時間を終えると、再び『ピクト』と呟いてゴブリンのカードを発動させた。
とりあえず最初は1日くらい経過でいいか。まあマイホームの中に入ったら時間がわかんねえし、おおよそになるだろうが。
「よし、じゃあ次はこれだ。まあ起こることはもうわかっているし確認程度だが」
「ああ、あれか」
俺が見せた鹿のピクトグラムが描かれたカードに、ミアが腰から剣を引き抜く。うん、前回はいきなり襲ってきやがったから正しい反応だ。
正しい反応なんだが……
「最初は様子見してくれよ」
「ああ、わかっている。ソフィーは私の後ろに」
「うん」
2人が戦闘体勢にに入ったのを確認し、俺はキーワードを発する。
「『鹿』」
相変わらずどうかと思うキーワードだが、カードは問題なく発動する。
地面に魔法陣が描かれ、完成したその中央から光の柱が立つと、その後に残されたのはやっぱり前回と同じ……いや、色が違うな。
前回は黒に近い毛皮だったのが、今回は深紅に様変わりしていた。赤い鹿は、前回の鹿と同様に真っ黒な瞳で俺を見つめる。
「ピクト、そいつはファイヤーディアだ。この前のダークディアより攻撃性が高い。まれに口から火を噴くから注意しろ」
「えー、鹿が火を噴くのか? いや、モンスターか。もはやなんでもありだな、モンスター」
体内に可燃性の体液があり、前歯かなんかが火打ち石代わりになっていて燃えるとか? いや、そんな感じだったら口の中がえらいことになるよな。
そんなことを考えることができるほど、今の俺には余裕がある。鹿は首を傾げながらぐるりと周囲を見回している。これは前回と同じ動きだ。
そして再びこちらを向くと、鹿の瞳が黒から赤へ変わった。
「来るぞ、ミア」
ミアに警戒の声を飛ばすと同時に、ファイヤーディアが大きく息を吸い込みながら身をくるりと翻す。
その顔の先にいたのはミアとソフィアだった。
ファイヤーディアがその息を止め、そして吸った空気が吐き出される直前、一瞬で近づいたミアがファイヤーディアの首をはねる。
「肉の在庫が増えたな」
地面に倒れ伏し、その切断された首から血を流すファイヤーディアを眺めながら、ミアは少し嬉しそうに笑った。
お読みいただきありがとうございます。




