第12話 装備の作り手
うーん、ウインドウショッピングみたいなものか? いや、それにしては「ここでは」と言っているし、何か買う予定はあるんだよな。
それならなんでそっちに先に行かないんだ。開店が遅いから時間つぶし、とか?
そんな風に俺が不思議に思っていると、ミアの隣にいたソフィアが仕方がないなぁ、といった雰囲気で近づいてくる。
「なんでここで買わないのか不思議?」
「正解。で、ソフィアが、解説してくれるのか?」
「そうだね。ミアは見定めに忙しいし」
俺の元についたソフィアを確認したミアは、きょろきょろと店に並んだ装備を見ながら歩き始める。
その背中を2人で追いながら、ソフィアは俺に説明を始めた。
「基本的にこういう市場にある装備は、失敗作とまでは言わないけどあまり出来の良くないものが多いんだよ」
「それにしては結構な値段がしているが?」
ちらりと店先に並ぶミアが持っているのと同じくらいの剣には12万エルの値札が付けられている。
20日以上もあの宿に泊まることのできる金額と考えれば、かなりの金額のように感じられるんだが。
それを聞いたソフィアは少し難しい顔をしながら首を横に振る。
「自分の命を預ける物だから高くはないよ。あの鎧だって本来は1千万エルで売れたでしょ。元の値段を考えればその倍くらいはしたんじゃない?」
「そう言われてみればそうか」
中古でしかもイレギュラーが使った状態のものでも1千万エルの価値があるって判断されたんだ。
もしかしたら元は倍どころか数倍の値段だったのかもしれない。
たしかに命のやり取りをする冒険者にとって、装備の性能は生き死にを分けるかもしれない重要なファクターか。
「つまりここは、出来の良くない装備の処分市ってことか。で、それを装備を安く買いたい冒険者たちが見て回ってると」
「うん、そうだね。駆け出し冒険者はお金がない人が多いから。今の私の装備もこういう場所で買ったんだ」
「ふーん、私のってことは、ミアは違うのか?」
「ミアは前に所属していたところで使っていたお古をもらったんだ。ミア、可愛がられてたから、餞別代わりに」
「そうか」
ミアの背中を眺め、なぜか申し訳なさそうな顔をするソフィアの姿を見て、それ以上の追及を止める。
その表情だけで、ソフィアになんらかのことがあったためにミアが前の職場を離れることになったのだろうと推測できた。
気になりはするが俺が聞いていいことなのか判断ができない。そして聞いたとしても気の利いた言葉をかけることが俺にできるとは思えなかった。
しばしの沈黙の後、ソフィアはパッと表情を明るくし、わずかにぎこちなく感じる笑顔を俺に向ける。
「で、どこまで話したっけ?」
「ここが処分市ってとこまでだな」
「そうそう処分市っていうピクトの推測は正しいんだけど、半分は間違いなんだよね。出来損ないの基準ってその工房ごとで違うでしょ。ここに並ぶ装備を見れば……」
「その職人の腕がある程度わかる。あぁ、店に客を誘導する見本としての意味合いもあるのか」
「ご名答」
俺の答えを聞いて、ソフィアがにこりとほほ笑む。
ほーん、よくできたシステムだな。不用品の処分もできるし、もっといい装備が欲しいが、店の心当たりがない者を自分の店に誘導することもできる。
もしかしたら誘導するためにわざわざ出来の良い装備を出しているところもあるのかもしれない。そういう店を見抜く目が必要になるんだろう。
「ソフィー」
振り返ったミアに呼ばれたソフィアが、俺に手を振ってミアのもとに小走りで駆けていく。
「あの店とそこの店だ。どちらがいいと思う?」
「うーん、ちょっと待ってね」
ミアが指さしたのは2軒ほど先にある多くの装備を並べた店と、通路のつきあたりにある床に薄い毛布を敷いただけで屋根すらない店だった。
2人につられて俺も見に行ってみるが、どっちが良い店なのか俺には全く見当がつかなかった。
まあそもそも他の店とその2つの店のどこが違うのかも俺にはわからないしな。
ソフィアがじっくりと2つの店を眺める。てっきり俺と同じで装備の見定めなんてできないかと思っていたんだが、最終決定はソフィアにさせるんだな。
ああ、もしかして今日買う装備はソフィアのものなのか。ミアの装備の方は良いやつらしいから、買い替える必要はないと。
そう考えれば、実際に装備するソフィアに選ばせるのもわかる。自分の気に入った装備のほうが気分よく過ごせるだろうし。
「こっち、かな」
しばらく2つの店を行き来していたソフィアが、つきあたりにある粗末な店を選んだ。
そこにいる店員は装備を見る俺たちに一べつすらくれることなく。そもそも物を売るつもりがあるのかと疑問に思ってしまうほど不愛想だ。
3人店前に並んだ今でさえ、砥石でナイフをとぐことに集中し視線を上げる様子は全くない。
本当にここでいいのか、と聞きたいところだが、俺の物を買うわけでもないのに口を挟むのもよくないだろう。
「すみません。ここにはない装備を見てみたいんですが」
ソフィアがそう声をかけたことでやっと男が顔を上げる。全体的にごつごつとした巌のような体をしているが、その顔は案外幼い。
まだ二十代前半、いやもしかしたら十代かもしれないな。
「金はあるのか。うちの工房は高いぞ」
「それなりに」
「そうか」
まるで店に来てほしくないのではないかと思うような言葉だったが、本当に言葉どおりの意味しか含んでいなかったのか、ソフィアの言葉を聞いた男はあっさりと立ち上がる。
そして隣の店の店員に自らの店の番を任せると、俺たちを先導して歩き始めた。
しばらくその後について歩き、数度曲がって少し路地裏に入ったところで男が足を止める。
「あんたたち、運がいいな。今は休憩中みたいだ」
屋根から立ち上る細い煙を見た男はそう俺たちに告げると、ノックもせずにその家の中へと入っていく。
あまりにも案内に向いていない、こちらのことを考えない動きに、俺たちは苦笑しながら後に続く。
「親方、親方ー。客を連れてきたぞ」
「はぁ、てめえが客なんて連れてこれるわけが、いやマジでいるのかよ。どんな物好きだよ、ったく」
奥の部屋から悪態をつきながら出てきたのは、背の高さ1メートルほどの髭を生やした小男だった。
小人症か? と一瞬思ったんだが、そういえばここは普通に猫耳が生えている種族がいる世界だった。ってことはまさかドワーフ、か?
こっちの言葉でどういうのかわからんが。
「まさかこんな場所にドワーフがいるとは思わなかった。訳ありか?」
「そういうあんたも訳ありっぽいけどな。獣人の騎士様?」
ドワーフの指摘に、ミアの耳がピンと伸びる。
「悪かった。お互いに詮索はなしだ」
「そうだな。俺は物が作れればいい。ガラクタばっか生み出しやがる不肖の弟子に技術を教える楽しみもあるしな。ほらっ、とっとと戻って装備の1つでも売ってきやがれ」
「親方、あれもうやめないか。時間の無駄だ」
「そう思っているうちはお前はまだまだ半人前ってことだ。ほらっ、さっさと行け」
「へーい」
あからさまにだるそうにしながら、店番をしていた男は素直に家から出ていく。
なんというか師弟の関係性が垣間見えて微笑ましいな。
家の中に残されたのはドワーフの男と俺たち3人だけ。兵士たちは家の外で待機しているが、買い物に関係するわけでもないしいなくてもいいだろう。
「で、俺になんの装備を作ってほしいんだ?」
「ソフィーの防具を作ってほしい。なるべく軽くて動きやすく、それでいて丈夫なものを」
「予算は?」
「200万エルだ」
「そいつはまた奮発するな。そんなに使えるのか? そうは見えないが」
買おうとする客の目の前でぶっちゃけるなぁ、と呆れていたが、ここまであけすけに言われると腹も立たないのか、ソフィアは少し困ったような顔をしているだけだった。
ドワーフはしばらくソフィアを見つめ、そして顔をミアに戻す。
「結論から言うと、無理だ」
「金が足らないか? もう少しなら……」
「ちげえよ。その値段に見合う防具を作ろうにも素材がねえんだよ。ここらで手に入るのは低級の素材ばっかだしな。俺の腕込みで高く見積もっても50ってとこだ。まっ、よそならその金額で作ってくれるんじゃねえか?」
「値段と性能が見合わない物を、か?」
ミアの問いに、ドワーフは肩をすくめて返す。言わずもがなってことだろう。
うーん、そういった事情を教えてくれることも含めて、このドワーフはいい奴だと思う。
腕も確かそうだし、ぼったくりもしないこのドワーフに作ってもらえれば一番いいんだが、素材がないってのがなぁ。
あれっ? 素材ってないこともないよな。
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