第7話 セシルとの交渉
いちおうこんな感じの質問が来ることは想定していた。
なにせ俺はイレギュラーに対して手も足も出なかったのだ。俺が勝てたのはたまたま運が良かっただけ。それにしたって、ミアの命を失いかねない危険の対価に手に入れたものだ。
イレギュラーという存在が、皆あいつのように理不尽の塊のような強さをしているのなら、それを倒してしまった俺はどう扱われる?
俺の答え次第で未来が変わってしまうような気がして、俺は用意していた答えをすぐに言うことはできなかった。
しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。俺はしっかりとセシルを見返す。
「『ニコラス・フラメルがなぜ、私を作り出したのか、それは私にも、わからない。だが私には、武術に関する知識は、植え付けられていなかった。それは私の、動きを見ればわかるはずだ』」
セシルがその言葉にうなずく。
あぁ、やっぱり俺の動きである程度のことは察していたか。セシルは多くの冒険者を見てきただろうし、先程の冒険者たちとのやり取りを見ても、自身もある程度武術の心得があるはずだ。
俺の素人丸出しな動きを見て気づかないはずがない。だからこそなんてそんな存在が、イレギュラーなんて理不尽を倒せたのかが気になるのだろう。
なら少しは安心できる。ちゃんと理由なら用意してあるからな。
「『私がイレギュラーを、倒せたのは、私に睡眠が、必要ないからだ。奴はなぜか、昼夜を問わず、私たちをしつこく、追ってきた。私たちは逃げ続け、奴が眠りについた隙に、私が奇襲で、倒した』」
「イレギュラーも生き物だった、ということですか」
「『たぶん』」
「たぶん?」
あれ本当に生き物だったのか? という疑問が先に立ち、思わず出てしまった言葉にセシルがいぶかしむ。
「それだけ規格外だったんだ。私では全く歯が立たなかった」
「ああ、そういうことですか」
すかさずフォローに入ってくれたミアのおかげで、セシルは納得してくれたようだ。
ソフィアがにこやかに笑いながら、その目の奥で余計なことは言うなと念を押してくる。いや、ソフィアやミアが俺のために頑張ってくれてるのはわかってるんだぞ。
でもなぁ、イレギュラーって本当に生き物だったのか。そんな疑念がどうしても消えないんだよな。
食事はしていたんだが、数日に渡ってほぼ眠っていなかったはずなのに調子が悪くなるどころか、その動きが鈍くなることさえなかった。
いや、魔石を取り出すときに切り開いた胸部に手を入れたから、その内部に臓器があることはわかってる。構造としては生き物であることに疑いはない。
疑いはないんだが……
まあいいか。今後こんなことがそうそう起こるとは思えないし、イレギュラーが死んじまったことが生き物であった証拠ってことでいいだろ。
とりあえず心のなかでそう結論づけている間に、セシルはなにか書類を書き上げていた。
そしてその書類をミアとソフィアの方へ向けると、その口を開く。
「まずあなたがたの今後についてです。イレギュラーの討伐ともなれば、歴史に名を残すほどの偉業となります。ただそれをこの支部で判断することはできません。本部から人員を派遣してもらい判断する必要があります。ですので、しばらくはこの街にとどまっていただきたいと思います。よろしいですか?」
「はい」
「街から全く出るな、というわけではありません。この近隣で活動していただければ問題ないでしょう」
「わかりました」
セシルの要請に2人は素直に応じる。
俺としてもどちらかといえば街の中の方に興味があるからその提案に異論はない。
森に置いてきた設定の槍を取りに行く必要はあるだろうが、正直なことを言えば森の風景は見飽きたんだよな。
ああ、でも他のモンスターの魔石をカード化してみるのも面白そうだ。いや、それなら別に自分で倒さなくても魔石を買えばいいのか。どこで買えるのかは知らないが。
「次にそのオートマタの扱いです。こちらも上の判断を仰ぐ必要がありますが、ひとまず従魔と同じように首輪をつけていただきたいと思います。これは街の人々に不安を抱かせないための処置です」
「従魔? 従魔ってなんだ、ソフィア?」
「従魔は人に従うモンスターのこと。人に飼われて半ば家畜化しているものもいるし、原因は不明だけど特定の人にモンスターが懐くことがあったりするんだ。でも他の人から見たら見分けがつかないでしょ。だから首輪をして無害だって示しているんだ」
「『へー』」
こっそりとソフィアに耳打ちして従魔について聞いてみたら、返ってきたのはモンスターが人になつくという、あまり想像できない答えだった。
俺が森でさまよっていたときに出会った生物、たぶんほとんどがモンスターは、すべからく俺を襲おうとしてきたしな。
でも従魔という言葉が一般的であり、その首輪の意味が人々に知られていることを考えるとそこまで珍しいことでもないんだろう。
もしかしたら俺がここまで来るまでにあった建物の中にもそういう奴がいたのかもしれないな。
「ピクト、首輪をしてもらってもいいか?」
「『んっ? 問題ない』」
申し訳なさそうに聞いてくるミアの姿に、なんでそんな顔をするんだと思いつつも俺は即座にそれに同意する。
あっさりと答えたことにミアは少し驚いたようだが、あー、確かに考えて見れば首輪をするのはペットとかのイメージがあって嫌がる奴もいるかもしれないな。
でも俺にとってはそんなことよりも安全だと思ってもらえることのほうが重要だ。
やっぱりピクトグラムは人の役に立ってなんぼのもんだし、人に恐怖を与えているというのはどうしても俺の心にグサッとくるしな。
それに安全だと思ってもらえたら普段の街の様子を観察することもできるかもしれない。そう考えたらメリットのほうがはるかに大きい。
「では、首輪はギルドで用意させていただきます」
「『感謝する』」
おおー、ギルドで首輪まで用意してくれるのは助かるな。どんなデザインなのかも気になるし、ピッタリのサイズはあるんだろうか。
そんな風にちょっとわくわくし始めた俺の思考を察したのか、ソフィアがジトッとした目で見つめてきたため俺はそれ以上考えるのをやめた。
うん、お楽しみは後でとっておけばいいしな。
「そして最後にお金の話です」
その言葉に、ミアとソフィアが表情を真剣なものにする。
「まず今回お二人が受けた依頼については失敗にはなりません。今回の場合、ギルド側に重大な過失があったと判断されるためです。今回は事態も解決しているため、報酬も支払われます。ただ、お二人の捜索のために参集された冒険者達への支払いは1日分請求されますので、赤字になるかと思います」
「そこはおまけになったりとかは……」
「規定を曲げることはできません」
「ですよねぇ」
セシルの迷いない言葉に、ソフィアがしおしおと萎れていく。ミアはそこまでではないが、苦々しい表情を隠せていない。
なんで2人がこんな表情をしているかというと、単純にお金がないらしい。
今日のご飯も食べられないというほど困窮しているわけではないそうだが、マイホームの病院2階にあるシンプルなベッドに感動するくらいの清貧のようだ。
うーん、俺としては街で色々買ってみたかったんだが赤字だとさすがにきついか?
「ただ貴方がたが持ってきたイレギュラーからも素材が取れるでしょうし、ハイウェルの装備の所有権はあなたがたにあります。冒険者ギルドとしてはこの街の英雄であり、数々の貢献をしたハイウェルを弔うためにも買い取りを希望しますが、正直に言ってしまえば商人ギルドに売却したほうがお金は得られるでしょう。また装備品として使用することもできます」
いくつかの案を提示し、セシルは俺たちの返事を待つ。
冒険者ギルドが望む方法のみを示さなかったのはセシルの誠実さを表している。
知り合いの冒険者の遺品なんだ。家族もいるようだし、冒険者ギルドに売ってほしいというのが本音だろう。
まず鎧を装備として使用するというのはない。ミアやソフィアには大きすぎるし、俺の凹凸のないスリムボディにはフィットしないからな。
だからこれは売る方向でいいんだが、問題はどちらをとるかだよな。
心情的には冒険者ギルドに売ってやりたい。知り合いを弔いたいという気持ちはよくわかる。
だが単純にミアやソフィアのことだけを考えるなら、多くお金が入るにこしたことはないんだよな。
というか、なんで買取額に違いが出るんだ?
「『なぜ、冒険者ギルドは、安い?』」
「冒険者ギルドは、いわば一次産業ですから。資金力という面では商人ギルドにかないませんし、販売網を広く持つあちらであれば高く買おうとする顧客を見つけるのも容易です」
苦笑しながら俺の疑問にセシルは答えてくれた。
うん、冒険者が一次産業というのは面白い視点だ。先程からの説明といい、セシルは頭がいいな。
うーん、広く商品を取扱い、その販売網があるおかげで商人ギルドは鎧を高く買い取ることができる。
冒険者ギルドは、モンスター討伐などが主であり、仕入れられるのはモンスターの素材がほとんど。その販売網はあったとしても顧客は限られている。もしかしたら大部分はそのまま商人ギルドに流している可能性もあるな。
そんなことを考えながらミアとソフィアに目をやると、2人は小さく笑って俺に返してきた。
どうやら俺の判断に任せるようだ。
まあ正直なところ、鎧が俺達の所有物だとわかった今、どちらに売ったとしても赤字補えるので問題はないのだ。
それが確定したからこそ2人は笑っていられるんだろうしな。
うーん、どっちにするべきか迷う。迷うんだが……あれ、待てよ。確かに冒険者ギルドにはお金はないかもしれない。だが冒険者ギルドにしか用意できないものもあるじゃないか。
俺は決断を下すとセシルに向き直る。
「『鎧を冒険者ギルドに、売る。ただし、1つ条件がある』」
俺の提案にセシルは少し驚きながらも快諾し、それを受けてミアがサインした紙を大切にしまう。
そして彼女はイレギュラーから鎧を外すと、それを丁寧に並べて頭を垂れた。
背を向けた彼女は身動ぎ1つしなかった。しかし床の上に落ち、次々とシミを作っていく液体は彼女の悲しみを示しているように俺には感じられた。
「ありがとう」
その言葉は、俺の胸をじんと熱くするのに十分すぎるものだった。
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