第6話 説明
先導するセシルについて入った冒険者ギルドは、俺の抱いた雑多なイメージとは違い、がらんとしたホールの先に受付がいくつか並んでいるシンプルな造りだった。
木の床に穴が開いていたり、きしんだりすることもなく、真っ白な壁面にはおそらく依頼書などが貼られる掲示板はあるものの、落書きが書いてあったり、なにかで汚れていたりといったようなこともない。
「『案外、まともだ』」
「ピクトがどんなものを想像していたのかわからなくもないけど、雇用先で暴れるバカなんて滅多にいないでしょ。まあ商人ギルドと違って椅子や机なんかがないところが信用のなさを示していて、冒険者ギルドらしいとも言えるけど」
「『ああ、そういうことか。ありがとう、ソフィア』」
俺の呟きに律儀に返してくれたソフィアに感謝しつつ、改めて冒険者ギルドの内部を見回す。
たしかに言われてみれば、これだけの空いたスペースが有るなら休憩用や待ち合わせ、打ち合わせなんかのための机や椅子があってもおかしくない。
商人のギルドにはそういったものがあるらしいことを考えれば、ギルドが冒険者たちをどういう評価をしているのかわかるってもんだ。
こんな場所でたむろしてないで、さっさと依頼をこなしに行けってことだな。
おそらく先ほどセシルが冒険者たちに向かって放った言葉がそのままギルドの意向なんだろう。
あんな変な奴らをとりまとめて仕事を受けさせるんだから、そのぐらいの対応じゃないとやっていけないんだろうな。
受付にいる職員も、男女混ざってはいるものの俺を見てもさほど驚いたり、騒ぎ立てる様子は見せていない。
そういう奴らを日頃から相手にしているから肝が座っているのか、セシルと身近に接することが多いからそうなのか、うーん、どっちもありそうだ。
階段を登っていく皆の後ろについて歩きながらそんなことを考えていると、いつの間にか自分が最後尾になっていることに気づく。
どうやら兵士たちは冒険者ギルドの中には入ってこないらしい。
うーん、慣習か決まりなのかわからないが、同じ街の中でもなんか色々とあるんだな。
2階に登ってすぐの部屋に入り、パタリと扉を閉める。
普段は会議室として使用しているのか、中央に大きな机が置かれており、その周囲にはいくつもの椅子が置かれている。
ミアとソフィアの隣の椅子がちょうど空いているので、そこに座れという意味だろう。
「ピクト、ここに出して」
「『んっ? ああ』」
ソフィアに言われた言葉の意味が一瞬わからなかったが、俺の背負っているイレギュラーたちのことだと気づいて机の上に袋をどんと置く。
そして中央までずりずりと押すと、その口を開いてイレギュラーたちの姿をあらわにした。
「首を一突き。倒したのはそのオートマタだよなぁ?」
確信めいたマルコの言葉に俺たちはそろってうなずく。
さすがに冒険者ギルドのギルド長をしているだけあって、そういった方面の考察は鋭いらしい。
まあ傷跡を見ればミアの剣によるものではないとわかるし、ソフィアについてはその外見からしてこんな傷跡をつけられるとは思えない。
となると残された選択肢は俺だけになるから、あながち難しいとも言えないのか。
「ギルド長、この鎧は……」
「だろうなぁ。なぁ、こいつを倒したときに使った槍があるだろぅ。それは今どこだ? そしてどこで手に入れた?」
「『森に置いてきた。イレギュラーが持っていたものを、俺が奪って使った。後で取りに行くつもりだったが』」
街に入るときに面倒なことになるかもしれないと考えて、本当は非常口の中に槍は置きっぱなしになっている。
ミアとソフィアに非常口のことは黙っておいたほうがいいと言われているので、まあこれが妥当な答えだろ。
俺の答えを聞いたマルコは、ふぅ、と深い溜息を吐く
「そうしろ、そうしろ。アレは総ミスリル製の業物だ。売れば遊んで暮らせるぜぇ」
「ギルド長は元の持ち主を知っているようだな」
「知ってるも何も、なぁ」
ギルド長がセシルに視線を送ると、彼女は神妙な顔でその言葉の続きを話し始めた。
「ミスリルの槍の持ち主はこの街の者であればほとんどが知っているはずです。新調した鎧を自慢しに帰ると連絡がありましたから、その途中でイレギュラーに遭ったのでしょう」
「おい、総ミスリルの槍って、まさかハイウェルのことか!?」
驚きのあまりバンっと机を叩いてダンが立ち上がる。
「そうだ。この街出身の冒険者の中で唯一のミスリル級冒険者。俺たち自慢のハイウェル君だよ。くそっ、あいつヘタ打ちやがってよぉ」
顔をしかめ、はぁー、と深い溜息を吐いたマルコが椅子の背もたれに首を預け天井を眺める。
セシルも物憂げな表情で鎧を見つめたまま黙っている。
重苦しい空気は、この鎧の持ち主が3人の知り合いであり、そしてこの街にとって重要な人物であったことをうかがわせた。
「マルコ、セシル。俺は捜索隊を組んで森に行く。まだゴブリンたちの痕跡を追えるはずだ」
「そんなにお金は出せませんよ」
「あいつに憧れてた若い奴は多いんだ。このままだと勝手に魔の森に入って二次被害が起きかねん。それなら俺が先導してやったほうがいい。金は若いのが飯を食える程度で考えてやってくれ。できる範囲でモンスターは狩ってくるけどな」
「気をつけろよ、ダン」
「ははっ、お前らしくもねぇ言葉をかけるんじゃねえよ。不吉だろうが。じゃあ、俺は行くからな」
ダンは立ち上がったまま座ることなく、そう言い残して部屋を出ていった。
残された俺たちが気まずい雰囲気に何も言えずにいると、小さく息を吐いたセシルがマルコに視線をやる。
「ギルド長はハイウェルの家族に事の次第を伝えてきてください。そして領主様にも一報を。その間に私が彼女たちから聞き取りをしておきます」
「家族、かぁ。あんま気が進まないねぇ」
「ギルド長にしかできない仕事です。教え子の最後をちゃんと家族に伝えてあげてください。それはギルド長ではなく、彼の師匠としてのケジメです」
「相変わらず、セシルは厳しいねぇ」
セシルの言葉に背を押されて立ち上がったマルコは、じっと見つめる俺達に苦笑を浮かべるとそのまま部屋を出ていった。
その背中には哀愁が漂っており、その重い足取りはマルコの背にのしかかった重責をあらわしているかのようだった。
パタリと扉が閉められ、部屋には俺を含めて4人が残された。
セシルは1度大きく息を吐き、改めて俺達へと視線を向ける。
「この度はイレギュラーを討伐していただき、エミレットの冒険者ギルド長補佐として心から感謝いたします。そして誤った認識で依頼を出し、貴方がたを危険にさらしてしまい大変申し訳ありません」
セシルがその大きな身体を折り曲げ、俺達に頭を下げる。
真摯なその態度は、これまで会ったのが特異な人々ばかりだったこともあってとても心に響くものがあった。
それはソフィアやミアも同じなんだろう。彼女に対して2人は優しい顔を向けている。
「謝罪には及ばない」
「そうですよ。イレギュラーがいるなんてわかるはずがないですし。それにどの依頼を受けるのかは冒険者次第。責任は私たちにもあります」
「そう言っていただけると助かります。それでは、改めて話を聞かせてください」
顔を上げたセシルと2人は会釈を交わし、そしてセシルによる聞き取りが始まった。
基本的にはミアが話し、それにソフィアが付け加える形で話が進んでいく。森の探索、俺との出会い、ゴブリンとの遭遇、そしてイレギュラーとの戦い。
その中にもちろん俺の非常口の話は入っていないし、ミアが瀕死の重傷を負ったことも伏せている。
半ば事実とは違う創作部分もあったが、帰るときにソフィアと俺が話しながら練り上げ、それを散々聞かされたミアが話すその戦いは、ミアの経験によるものもあってか現実にも勝るリアリティがあった。
ひととおり話した後、セシルからのいくつかの質問に淀みなく俺達は答えたところで、セシルが紙に話を書き留めていたペンを置く。
そして視線をミアたちからずらし、セシルが俺をまっすぐに見つめる。
「1つ気になることがあります。ハイウェルが不覚をとったイレギュラーを相手に、オートマタであるあなたは勝った。なぜそれほどの力があなたに備えられているでしょう?」
複数の意味を持ちそうなその問いに、俺はしばし頭を悩ませる。そんな俺をじっとセシルは見つめ続けていた。
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