第5話 冒険者ギルド
石造りの防壁を抜け、幅10メートルほどの比較的広い通りを俺は背後に槍を持った兵士2人を引き連れながら歩いていた。まあ引き連れるというか、監視なわけだが。
とはいえ、そんなことも気にならないほど、眼の前に広がる街並みは面白い。
通りの両側にはレンガを思わせる茶色い石造りの家々が並んでおり、窓に洗濯物が干されていたり、小さい鉢植えに花を咲かせていたりと、そこの住人の個性が垣間見えていた。
いちおう掲げられた看板から察するに商店や宿屋みたいな建物もあるし、普段はこの通りも人々で賑わっているんだろう。
今はものものしい気配を察知しているのか、建物の中に引っ込んじまって外に出ているやつなんてほとんどいないけどな。
普段の姿が見えないのは残念だが、無機質な廊下ばっか見続けていた俺にとっては石造りの建物やその周辺を眺めているだけでも新鮮だ。
まるでどこか別の世界に……あっ、そういやここ別世界だったわ。
家の壁に使われている石材は、ほぼ同じ形をしていて色味のせいもあってレンガに見える。しかしそのつるつるとした表面などは少しレンガとは違う感じがする。
ほぼ全ての建物に使われているようだし、それが大量に手に入る場所があるんだと思うが崖の上から見た限り石切場のような場所は周辺になかった。
自然物ではないとは思うのでどこかに製造所でもあるんだろうか? そんなことを考えているだけでも楽しい気分になってくるな。
本当ならミアやソフィアにそのあたりの話を聞いてみたいのだが、大人しくしておけと言われてしまったので聞くのもはばかられる。
あんまりへたなことをしてオートマタじゃないと思われても困るしな。今は大人しく街の見学をして我慢しよう。
そう考えて俺はキョロキョロと周囲を見回していただけなんだが、こころなしか後ろについてくる兵士たちの顔が険しくなっているような気がするんだが。
「ピクト、あれが冒険者ギルドだ。私たちは単にギルドと呼んでいるな」
門から歩いてほんの数分。ミアの指の先、街の中心部にはまだまだほど遠い位置に建てられた冒険者ギルドは、周囲の建物のゆうに2倍以上広さを誇る無骨なものだった。
飾り気などまったくない外壁の中央には高さ2メートルを超える扉が設えられており、その周辺には大勢の人が集まっていた。
皆が一様に武器などを携えていることから考えても、おそらく冒険者の集団なんだろう。初めてまともに人を見たな。
なんかあるのか? と周囲を見回してみたが、特に何かがあるような様子はない。
俺が不思議に思っていると、先頭を歩いていたダンが大きくため息を吐き、集団に向けて駆けていった。
「おらっ、お前ら見せもんじゃねえぞ。こんなとこでダラダラせずに依頼をこなしてきやがれ」
「いや、だってこんな珍しいもの今後見られないかもしれないじゃないですか」
「こんなん見逃したら冒険者じゃないっすよ」
「大丈夫。依頼主にはちょっと長めの休憩をもらうって私は伝えてきたから」
「あっ、くそ。その手があったか」
ダンの厳しい言葉は、冒険者たちにあまり響いていないようだ。それどころかガヤガヤと楽しげに話しながら、俺へと視線を集中させている。
もしかして俺を見るためにわざわざ集まったのか? 受けた仕事とか放棄して?
冒険者って結構やばい奴らの集まりなんじゃないか。そんなことを思いながらじとりとした目をソフィアに向けると、それに気づいたソフィアはぶんぶんと首を横に振った。
「少なくとも私たちはちゃんと依頼をこなしているからね。まあ変な人が多いのは確かだけど」
ちょっと視線をそらしてそう付け加えた姿からは、俺の思いを否定できないなにかをソフィアが見てきたんだろうと察せられた。
まあそうだよな。どんな組織でも変なやつはいるだろうし、ここに来ずに真面目に依頼をこなしている者も多いはずだ。
一部だけを見て全体のイメージを下げちまうのはよくない。よくないんだが……
「おい、お前ら十分見ただろ。ちょっと頭をさげろよ」
「別にここで見ろって決まっているわけじゃねえし、そっちは空いてるぞ」
「ばーか。近くで見てて何かあったら逃げられねえだろうが。後ろから見りゃあお前が犠牲になって時間を稼いでくれるだろ」
「いたっ。誰よ、今押したの? というか尻を触ったわね!?」
「ははっ、お前の筋肉しかないケツなんて誰がすき好んで触るんだよ、げふぁ!」
余計なことを言って筋骨隆々の女に殴り飛ばされた男が、周囲を巻き込みながら倒れ、それがドミノのように連鎖して次々に人が倒れていく。
身動きのとれない冒険者たちがあげる悲鳴や怒声が周囲に響き渡る。
「『なにか言うことは?』」
「危険なモンスターと戦う依頼の多い冒険者という職業をわざわざ選ぶんだから、変な人が多くなるのは必然なんだよ。選ばざるえなかった人は比較的常識的な人が多いんだけど」
もはやフォローする気も起きないのか、そう言ってソフィアはため息をつく。
確かに防壁に囲まれた街があるのに、わざわざモンスターと戦う職業を選ぶんだから無鉄砲な奴が多くなるのは理解できる。
下手をすれば払うのは自分の命なんだからな。普通のやつなら躊躇するはずだ。
とはいえ命を賭してでも冒険者になるってことは、それなりのリターンもあるはずだ。
キングボアの魔石を売ればかなりの金額になるとか前に言っていたし、冒険者はハイリスクハイリターンの仕事という理解でいいんだろう。
しかし少し気になるのはソフィアが最後に言った、選ばざるを得なかったという言葉だ。
それが意味するのは……そんなふうに考えをまとめていると、俺の視線の先でギルドの入口のドアが大きく開かれた。
そこからツカツカと歩いてきたのは20代半ばと思われる女性だった。身長は2メートル近くあり、その全身はうっすらと黒い毛に覆われている。
その背後に見える細長い尻尾が、彼女が獣人だと示していたが、それ以外の特徴がないためなんの動物なのか推測が難しい。
彼女はこちらを見つめ、そしてその視線を怒声を飛び交わしている冒険者たちに向ける。
その額にはっきりとした怒りのマークを俺は幻視していた。
「みなさん、さっさと依頼に向かわないと、もぎますよ。冒険者のイメージをこれ以上悪くしないでください」
にこりと笑いながら、その両手をにぎにぎとさせる彼女の姿を見た冒険者たちが息を呑む。
そして先程までのやかましさが嘘のように次々に起き上がると、我先にとその場から逃げていった。
散っていった冒険者たちに呆れた目を向けていた彼女だったが、気を取り直して俺達のほうに向き直る。
「部屋を用意しておきました。2階の1番手前です」
「さっすがセシル君。完璧な仕事だよぉ。じゃあ俺はちょっと別件が……」
「今、これ以上の要件はありません。あまりふざけていると、ギルド長でももぎますよ」
「よし、じゃあ話を聞こうかぁ。ダン、とりまとめよろしくぅ」
「俺を巻き込むんじゃねえよ。いいかセシル、俺は真面目に仕事してるからな。ふざけてるのはこいつだけだ。もぐなよ、俺にはまだまだヤりたいことがたくさんあるんだ」
自らの股間に一瞬顔を向け、悲壮な顔でダンが懇願する。やっぱり、もぐってそこのことか。
それに対して言葉を返すでもなくため息を一つだけついたセシルは、俺達に背を向けると威風堂々とギルドの中に入っていく。
その姿はギルド長よりもはるかに偉そうだった。
うん、やっぱり冒険者ギルドは変なやつの巣窟だわ。
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