第4話 オートマタ(偽)
「その発言は正確ではない。彼はモンスターではなく、オートマタだ」
「なんだと?」
すかさず訂正に入ったミアの言葉に、ざわめきが広がっていく。
その口々から「あれが?」とか「オートマタって、あの昔ばなしのか?」などと聞こえてくることから考えて、以前聞いていたとおりオートマタの認知度は高いんだろう。
元となる話が、日本で言えば桃太郎とかくらいのメジャーなものなのかもな。
「根拠はなんだい。まさか、その、『彼』から聞いたとでも?」
「そうだな。ピクト、説明してくれ」
薄ら笑いするギルド長の問いに、ミアが俺の方を向く。
オーケー。2人が寝ている間に考えた、オートマタとしての俺の設定、聞きやがれ。
「『私の名はピクト。製造番号ラー002。人を助けるために、ニコラス・フラメルにより生み出された、オートマタだ』」
「人の言葉を話した……」
俺の言葉に一様に驚きを見せる。うんうん、モンスターだったら人の言葉なんて話さないだろ。いや、もしかしているのか? まあ今はそれはどうでもいいが。
それっぽい製造番号、そしてニコラス・フラメルという製造者の名前。まあ昔の錬金術師の名前を拝借しただけだが、なんとなくオートマタっぽいだろ。
だがまだまだ終わりじゃないぞ。この話をするために、けっこうソフィアに苦労かけたんだからな。
「『私は製造後、亜空間にある倉庫で、ずっと眠りについていた。しかし、なぜか目を覚まし、魔の森と呼ばれる、場所に出たのだ。そこでさまよっていたところ、彼女たちと出会い、彼女たちは我が主となった。そして彼女たちとともに、凶悪な、モンスターを倒すことに成功したのだ。それがこいつらだ』」
長台詞を言い終えたことに少しほっとしながら、ゆっくりとギルド長たちのほうへ近づいていき、中間ぐらいのところで背負っていた袋を地面に下ろす。
そしてその口を開けて、イレギュラーとゴブリンソルジャー、ゴブリンアーチャーの死骸をあらわにした。
「なんだこいつは? ソルジャーやアーチャーといたことを考えればゴブリンなのか。俺は見たことがねえぞ」
ひときわ異彩を放つイレギュラーに近づき、まじまじと見ていたダンが、ギルド長へと視線を向ける。
ギルド長はしげしげとイレギュラーを観察していたが、その表情からはいつの間にか笑みが消えていた。
「たまにオーガなんかがゴブリンを統率することもあるけど、これは違うねぇ。特徴的にはゴブリンの面影が見えるし、そう考えると残された可能性は多くないよ」
「いや、可能性って……まさか、こいつイレギュラーか!?」
「どうかなぁ。そもそもイレギュラーの情報自体がほとんどないからね。まあ出会ったらだいたいイレギュラーに殺されるからってのもあるんだろうけど」
はぁ、とため息を吐いたギルド長が、イレギュラーから俺達へと視線を変える。
「オートマタと出会い、イレギュラーを討伐する。どちらかでさえ奇跡的な偉業と言っても過言じゃない。果たしてそれが重なる確率はどのくらいだろうねぇ」
ギルド長は疑いの目を向けてくるが、起こったものはしょうがないだろ。
まあ俺はオートマタじゃなくてピクトグラムなわけだが、むしろこの世界に昔存在していたオートマタに出会う確率より、こことは違う世界にいた俺に出会うほうが確率は低いだろうし。
「ギルド長のおっしゃることは理解できます。しかし考えてみてください。それによって私たちが得られる利益があるのかを。仮にピクトがオートマタではなくモンスターであったとしましょう。考えられる可能性としては、私たちが国に敵対する存在であり、モンスターを引き入れて惨劇を起こそうとしているくらいでしょうか?」
すらすらと流れるようにソフィアの口から理路整然とした言葉が放たれる。
最近、どこか抜けた姿ばかりを見ていかせいか、ものすごく違和感を覚えるんだが、たしかに出会った当時はこんな感じの話し方だったような気もする。
うーん、心を許してくれたんだと喜ぶべき、なのか? マジで違和感しかないんだが。
そんなことを考えていたせいだろうか、ちらりとこちらに顔を向けたソフィアが冷たい瞳を一瞬向けてきた。いや、悪かったって。
俺の謝意が通じたのか、すぐに顔を戻したソフィアは、まるで教えを説く先達のような達観した顔つきで言葉を続ける。
「でもそのためにわざわざゴブリンのイレギュラーの死骸を用意したうえで? しかもこんな正面から隠すことなく? さらに言えば……」
「あー、もうわかったっての。俺に関しては別にそんなに疑っちゃあいない。マルコム」
「街に入る許可はだそう。ただ監視はつけさせてもらう」
「本当に固いねぇ、お前は」
「冒険者をまとめるだけのお前と、街の治安を預かる私ではその背に背負うものが違うのだ」
そう言い残してマルコムと呼ばれた鎧の男は去っていった。しばらくマルコムの後ろ姿を眺めていたギルド長は、肩をすくめるとこちらに向き直る。
「まあ、というわけで街に入る許可が得られたわけだが……お前ら、こんなに1度に問題をもちこんでくるなよ。俺が疲れるから」
「それをこの嬢ちゃんたちに言っても仕方ないだろ。まあ先に引退しやがった罰だ。黙って受け入れろよ、マルコ、ギルド長様」
「ダン、お前のランク木級にまでさげてやろうかぁ?」
「そいつぁ勘弁。だがある意味で、この嬢ちゃんたちは俺にとってもお前にとっても命の恩人だ。それに報いなきゃあエミレットの冒険者のメンツが潰れちまうだろ」
そう言ってダンが俺たちに向けて、ぎこちないウインクを飛ばしてくる。いや、俺たちというよりソフィアとミアに向けてか。
女好きなのかもしれないが、面白い奴だな。俺たちの味方をしてくれるし。
ことの成り行きを見守っていると、ギルド長はしばらく考え込んだあと大きなため息を吐く。
そして……
「とりあえずそのオートマタも含めてギルドに行くとするかぁ。手続きやらなにやらが……あぁ、やりたくねぇ。セシルに投げるか」
「おいおい、あんまこき使うとまたキレるぞ」
「ギルド長補佐のお仕事の内さぁ」
「あーあ、俺は知らねえからな。で、俺たちの仕事はもうないってことでいいんだよな」
「そうだねぇ、ダン以外は帰っていいよぉ。こいつから報告を受けるから、これにて依頼は完了」
ギルド長の鶴の一声に、周りを取り囲んでいた若い男女が「ダンさん、ありがとうございまーす」「お疲れ様でーす」などとからかうような言葉をかけながら街へ戻っていく。
一部からは哀れみの目で見られながらも助けに来るものはおらず、1人残されたダンは顔を苦々しくしかめていた。
「じゃあ、いこっかぁ」
「お前らいくぞ。言っておくが絶対に揉め事は起こすなよ。そっちのオートマタも頼むぞ。セシルがキレたら俺は逃げるからな」
必死に訴えてくるダンの様子に、俺たちは3人そろってコクコクと首を縦に振って返す。
こんだけ恐れられているセシルってどんな奴なんだ、と若干の不安を残しながらも、俺たちは監視付きではあるがエミレットの街に入ることに成功したのだった。
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