第4話 逃走成功?
ドラゴンは襲ってきた人間にかかりきりでこっちを見ている余裕はない。戦っている人間たちも同様で、彼らは入口からはすでにだいぶ離れているので大回りすればかち合う心配もない。
戦いは一進一退の状況だ。どっちが勝ってもおかしくはない。
もしドラゴンが勝てば今までどおり俺はこの小さな部屋に閉じ込められたままだろう。ドラゴンが傷を癒やすためにどこかに行く可能性もあるが、そんな希望的な観測はすべきじゃない。
逆に人間が勝ったらドラゴンの脅威はなくなるが、この部屋が見つけられればあの4人と相対しなければならなくなる。なぜか言葉が聞き取れているから会話は可能だと思うが……
「この体じゃあな」
形は人間を模しているとはいっても、グリーン1色のスレンダーボディをした俺をあいつらが受け入れてくれるかがわからない。
この戦いっぷりを見て敵対する意思などさらさらないが、相手も同じだと考えるのは早計だ。袋小路に追い詰められているから逃げることもできないというのがさらにまずい。
捕まってどっかの研究機関でモルモットになるのはごめんだ。
「よし、逃げるか」
とりあえず外に出て、一般人と接触を図ってみよう。さすがにドラゴンに挑むような奴らが普通なんてことはないはずだ。
それなら最悪の場合逃げることもできるしな。
一度深呼吸をして覚悟を決め、見納めということで小さな部屋を振り返る。土を掘って作ったような円形の部屋は、俺が現れた中央がポコっと盛り上がって舞台のようになっている以外これといった特徴はない。
しかしそれでもそれなりに生活してきたのだから愛着は……うん、わいてないな。だって本当に何もないし。
扉のボタンを押して俺が通れるくらいの隙間を開けてそこで止める。案の定ドラゴンは戦いに集中しており、こちらを振り返る余裕はなさそうだ。
外から見た扉にも同じようにボタンがあったので押すと、その扉はゆっくり閉まっていった。
よし、偽装工作は完璧だ!
戦いは佳境を迎えている。
いつの間にかドラゴンは赤黒い炎を全身にまとわせているし、人間たちもなんか背中に天使みたいな羽が生えていたり、全身が赤黒く変わっていたり、巨大な魔法陣を背負っていたり、なぜか踊りながら歌っていたりしている。
なんか一人だけしょぼい気がするんだが、いいのか?
「いやいや、そんなこと考えている場合じゃなかった。んじゃ、まあ失礼しまーす」
いちおう隣人であったドラゴンにヒソヒソ声で別れの挨拶をし、壁際をそろそろと小走りで駆け抜けていく。
ドラゴンのいる周辺はかなり明るいが、端はそこまで明るくないので俺の緑のボディが暗闇にまぎれる保護色になっているようだ。
戦闘に少しでも巻き込まれたら死ぬ自信しかないのでかなりドキドキしていたのだが、なんとか無事に出口までたどり着く。
流れ弾、というか流れ魔法が俺の近くの壁に直撃したときは死んだ、と思ったものだが案外なんとかなるもんだな。
ちらりと振り返ると、ドラゴンは片目を切り裂かれたのかその顔からだらだらと血を流していた。
襲ってきた人間たちも無事ではなく、大盾の男の盾はへし折れ、それを持っていた右腕は途中でちぎれている。魔法を使っていた女の背後に浮かんでいた魔法陣も消え、気を失ったのか地面に倒れ伏していた。
汗を飛ばしながら歌い踊る女の先で、翼を生やした剣の男がドラゴンの頭上に向けて飛び上がる。そしてそれを睨みつけるドラゴンの片目が、わずかに視線をずらし、その虹彩がキュッと変化した。
あっ、やべっ。目があった。
「じゃあな!」
片手を上げて一目散に逃げ出す俺の背後で、ドラゴンの咆哮が響き渡る。
大丈夫、今なら俺にかまっている暇はないはずだ。その隙にあいつに見つからない場所まで逃げればいい。
石を削ってつくったようなかなり広い通路を全力で駆け抜けていく。こんな風に走るのは初めてだが、風切音を響かせるその速度は、自分で言うのもなんだがなかなかの速さだ。
確実に世界記録は超えてるな。まあ人間じゃないからオリンピックの出場権なんてないが。
しばらく走ると視界の先に出口を示す光が見え始め、そこに向けて俺はその速度をさらに上げる。
やっと望んでいた新しい世界がそこにあるのだ。解放感と期待に満ち溢れた心のままにそちらに足を踏み出そうとし……
「あっ」
出口付近でまっ黒焦げになったなにかに気づいて足を止める。
1メートルから2メートルほどの大小さまざまな細長い物体が、プスプスと嫌な音と臭いをたてながらいくつも転がっていた。
「そりゃそうだよな」
いちおう礼儀として手を合わせて目の前の誰かの冥福を祈る。
こいつらが来てくれなければ、俺はあのままずっとドラゴンの奥の小部屋に閉じ込められたままだったかもしれないのだ。
「あんたらの犠牲は無駄じゃなかった。実際俺は助けられたしな。でも俺に化けて出るなよ。出るならドラゴンを相手にしろよ、頼むから。じゃあな」
少なくとも地球の常識が通用しなさそうな現状、幽霊なんかも普通に存在している可能性はあるのだ。
さすがにそんなのを相手にするのはノーセンキューなので、これで可能性が少しでも下がってくれればいいんだが。それがどっちに作用するかは神のみぞ知るというやつだろう。
とりあえず出来ることはなにもないのでそのまま外に出る。ドラゴンが勝つにしろ、人間が勝つにしろ俺に時間の余裕はそこまでないのだ。
ぐるりと周囲を見回してみたが、俺がでてきたのは岩山の麓にくり抜かれたように穴のあいた洞窟であり、それ以外は鬱蒼とした森が視界を埋め尽くしている。
洞窟の前にいくつかのテントが張られていることから考えて、休憩して体調を万全にして挑んだというところか。
しかし……
「道すらないのかよ」
見渡す限り森、森、森という感じで、どっちに進めばいいのか全くわからない。色々な経験をしてきた俺だが、さすがに山道をさまよったことはないから判断のしようがなかった。迷わないように警告したことはあったんだけどな。
とはいえあんまりのんびりもしていられない。下手したらあのドラゴンが出てきてしまう可能性だってあるんだし。
「うーん、とりあえずこっちか?」
なんとなく人が通ったような跡を見つけた俺は、それだけを頼りに足を踏み出す。この世界に来て約半年。やっとのことで俺は新しい世界へと足を踏み出したのだ。
道はないけどな。
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