第3話 歓迎
ソフィアたちは早足でエミレットに向けて歩いている。その表情には焦りと共にどこか諦めに似たものが浮かんでいた。
「『なにかまずい状況か?』」
「いや、状況としては想定していたよりもいい。ただあまり時間の猶予はないな」
「簡単に言うと、このままだと私達の依頼の後始末と捜索のための人員がギルドから派遣されちゃうんだ。しかも費用は私たち持ちで」
「ふーん、捜索隊が結成されるってことか」
若干捜索隊という新たな言葉はどう言うのだろうと気になったが、さすがに急いでいる状況で聞き直すことはしなかった。
2人の話をもとに推測すると、おそらく山で遭難したときの状況に近いんだと思う。捜索隊が結成されるが、警察など公費で賄う分以外の費用は後で遭難者に請求されるってやつだな。
まああの森を探すとなれば多くの人員を必要とするだろうし、それにかかる費用も結構なものになるだろう。
現在2人が在籍しているという冒険者ギルドは民営の組織らしいし、どの程度の規模で捜索するつもりなのかとかはさっぱりわからないが、その費用全額を請求される可能性があるって考えると、そりゃ急ぐわな。
もしソフィアたちが不運にも死んでしまっていたら、とか依頼を放棄して逃げ出していたらどうするのかなど気になることはまだまだたくさんある。
ただ俺の知識欲を満足させることよりも、今は損を最小限に抑えることが優先だ。
俺はそれ以上2人に問いただすことなく、黙って2人の後を歩き続けた。なるべく最小限の損害に抑えられるといいな、とどこかいるかもしれない俺をこの世界に導いた神に祈りながら。
村を出て休憩することなく早足で歩くこと3時間。
遠くにぽつんと見えていた街の形がだんだんと大きくなっていくにつれ、その細かい造りがよくわかるようになっていく。
「『立派な、壁があるんだな』」
道の両側に続く金色の穂を垂らした小麦畑の先には、高さ3メートルはあろうかという石造りの防壁が築かれている。
その所々にあるトゲトゲとした塔は、見張りのためか弓や魔法で攻撃するためか、もしくはその両方か。現代社会ではなかなかお目にかかれない建造物だ。
モンスターが普通に存在する世界ならではの光景と言えるかもしれない。
そんな風にちょっとよそ事を考えて現実逃避してみたんだが、そろそろ限界だな。
街に近づくにつれて、当然と言えば当然なのだが人の姿が多くなってきた。
この道はたぶん村に行く人くらいしか使わないせいか、全くと言っていいほど人の姿を見なかった。だから気づかなかったんだが、やはり俺はモンスター扱いらしい。
畑仕事のため腰を曲げていた農夫が顔を上げ、俺の姿を認めた瞬間、悲鳴をあげながら腰を抜かす。
それに誘われるように周囲で働いていた人たちも、俺の姿を見ては悲鳴をあげるのだ。
「うう、さすがにこれは心にくるものがあるぞ」
わかりやすく親しみやすいデザインとして生まれた俺の尊厳を否定するかのようなその反応は、事前に覚悟していたとしてもきついものがある。
それは、この世界にとって俺が異物であることを示しているようで……んっ、いや。現実世界でもいきなり俺が現れたら悲鳴をあげる人もいるか?
場所によってはコスプレだと思われてスルーされそうだが。
なんて余計なことを考えて心の平穏を保とうとしていると、いきなりミアの足が止まった。
少し反応が遅れてぶつかりそうになった俺は、どうしたんだ、と問いかけようとしてすぐに状況を理解する。
俺達と10メートルほどの距離を開けて十数名の男女が対峙している。どこか粗野な印象を受ける彼らの手には武器が携えられており、とても友好的な雰囲気には見えなかった。
「ピクト、しばらく動くな」
「『了解』」
こちらを見ずに短く告げられたミアの警告に、俺もミアにしか聞こえないような小声で返す。
彼らの警戒に染まった視線が俺に向けられているのは誰の目にも明らかだ。俺が不用意な動きをすれば、その刃はたちどころに俺に向かうだろう。
俺を置き去りにし、ソフィアとミアが数歩前に出る。
「冒険者ギルド所属、ミア、そしてソフィアだ。アニラ村の依頼について緊急で報告したいことがある」
「冒険者証、そして依頼書を見せろ」
「ああ、わかった。ソフィー」
「うん」
ソフィアが背負っていたリュックを地面におろし、その中から銅色の2枚のカードと丸めた紙を取り出しミアに渡す。
ミアはそれを持ったまま対峙する人々へと向かうと、その2メートルほど手前にそれらを置いてこちらに戻ってきた。
ミアが十分に離れたところで、集団の1人がミアが置いた物を確認し、仲間たちに向けて大きくうなずく。
「ミッテ、それを持ってギルド長に状況を報告してここに来てもらってくれ」
「わかった」
その集団の中で最も年長と思われる壮年の男の指示に従い、ミアが置いたものを確認した細い男が街の中に向けて駆け出していく。
ミアが出したなにか、冒険者証と依頼書だったか、が本物であると確認できたからか、先程までのピリピリとした空気は多少和らいだものの、いまだ彼らの手が武器から離されることはなかった。
「悪いが俺が判断できるラインを超えているんでな、しばらく我慢してくれ」
「流れ者を警戒するのは当然だ。しかもこの状況ならな」
「それをあんたが理解できる奴で良かったよ。お前ら、勝手に手を出すなよ。俺はこんな場所で死ぬのはごめんだからな。死ぬなら女の胸の中って俺は生まれたときから決めてるんだ」
「奥さんに逃げられた奴が何抜かしてんだよ、ベン」
「うるせぇ、ほっとけ!」
もう1人の年長者の茶々入れに、代表して話していた男、ベン? がそう言いながら口からつばを飛ばす。
2人のやりとりにどこか余裕のなさそうにしていた若い男女も笑みを浮かべ、いつの間にか緊張はしていても緊迫した状況ではなくなっていた。
「助かったな。あのベンという男、なかなか信頼されているようだ。それに頭もキレる」
ほっと息を吐いたミアが、自らの剣の鞘に当てていた手を弛緩させる。とりあえずいきなり攻撃されることはないだろうと、ミアも判断したんだろう。
周りの奴らがベンの言うことを聞いているから信頼されているというのはわかるんだが、どこに頭がキレると判断できる部分があったんだろう。
冗談を飛ばして雰囲気を変えて一触即発の危機を回避したってのは、キレるとはちょっと違う気もするし。
しばらく動くなと言われているのでミアに聞くこともできず、悶々としながら待つこと三十分弱。
先程街に向かって走っていったミッテに引き連れられ、ボサボサの頭を後ろで1つ縛りにした長身の男と、かっちりと鎧を着こなしたオールバックの壮年の男がやってきた。
どちらかはミッテが呼びに行った冒険者ギルドのギルド長なんだろうが、となるともう1人は誰だ?
どことなく抜けた雰囲気を感じさせるボサボサ頭の男は、俺の姿をまるで面白いものでも見たかのようにその顔に笑みを浮かべ、一方でオールバックの男は鋭い目つきで俺を睨む。
「あの頭が爆発しているのがエミレットの冒険者ギルド長だよ」
「さすがに爆発はしてないなぁ。ははっ、面白い表現をするお嬢さんだ」
「ソフィー、獣人は耳が良い種族も多い。不用意な発言はだめだぞ」
「爆発については訂正しないんだ。同じ獣人なのに、猫人族は薄情だなぁ」
「そもそもそんなことを気にしていないだろう」
「ははっ、確かに」
ソフィアの小声を的確に拾ったことに驚く俺の前で、ギルド長だったぼさぼさ頭の男とミアが軽くやりあう。
たしかにミアの言うように頭のことなど気にしてなさそうな感じだが、常時笑顔であるせいか感情が読みづらい。これはわざとそうしているんだろうな。
しかしミアはギルド長のことを獣人といったが、ミアのようにわかりやすい特徴は表に出ていない。
よく探せばなにか見つかるんだろうかと、間違い探しをするような心持ちでギルド長の体に視線を向けていると、もう1人のオールバックの男が鋭く言葉を飛ばした。
「そんなことはどうでもいい。今はそのモンスターの対処が優先だろう。なぜ街に連れてきた。事と次第によっては……」
オールバックの男が自らの腰の剣の柄に手をかける。せっかく溶けかけていた緊張感が再び高まっていくのを感じながら、俺はいざというときにすぐ動けるように重心の位置をわずかに変えた。
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