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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第2章 異世界の街へ

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第1話 森からの脱出

「『忘れ物は、ないな』」


 一面の緑の、昔は何もなくがらんとした空間だったマイホームは、今や卵型の特殊な形をした病院やお風呂などの建物や倒したキングボアなどが並んで賑やかになっている。

 そんな中で、俺の言葉にうなずいて返してきたのは、黒髪をツインテールにした十代半ばほどの少女と、少しボロボロになった鎧を身に着けた青髪の女だ。


 青髪の女は少しの間その両手足をぷらぷらと動かし、そして腰に提げた愛剣を軽く撫でる。

 視線をあげた彼女は、頭から生えた2つの猫耳をぴくぴくと動かし満足げにほほ笑むと少女を見つめた。


「ソフィー、準備はいいな」

「ミアは心配性だなー。もちろんだよ。忘れても戻ってくればいいだけなんだし」

「いや、まあその通りなんだが、少しは気にしてくれよ。ここに戻るのもただじゃないんだから」


 あっけらかんと言い放った黒髪の少女、ソフィアをたしなめつつ、苦笑している猫耳の女、ミアに俺はうなずいて返した。


「では行こう。出てすぐはなにが起こるかわからないから気を抜かないように。特にソフィーはな」

「はーい。頼りにしてるよ、ミア、ピクト」

「おう」


 先ほどまでの冗談めいたものではなく、ほほ笑みながら伝えられた信頼の言葉に短く答え、俺は真っ白な非常口の扉に向けて足を踏み出した。


 ミアがゴブリンのイレギュラーにやられてひん死の重傷を負い、そして病院で回復して目を覚ました2日後。

 リハビリが必要かと思っていた俺の予想に反して、ミアは普通に剣を振って訓練できるほどに体調を戻していた。

 本人曰く、以前より調子がいいくらい。とのことだったが、いちおう大事を取って1日様子を見させてもらった。今出発していることを考えればその結果は言うまでもない。


 先頭で白い扉へと足を踏み入れた俺は、これでもう数度目ということもあって慣れたもんで、真っ白からいきなり切り変わった森の風景に驚くことなく、すぐ手に持った槍を構えて周囲を警戒する。

 前にちょっと出たときは、強烈な腐敗臭に引き寄せられたのか、ゴブリンの腐肉を漁りに来た奴らがたむろしていたからだ。


「とりあえずは大丈夫そうだな」


 周辺を見回した俺は、とりあえず襲ってきそうな奴がいないことを確認し、はぁ、と大きく息を吐く。

 周辺にはまだ鼻をつく独特の臭いが残っているし、そこかしこにゴブリンの骨や棍棒、腰みのなんかが散らばっている。

 しかし以前はあったはず肉部分は、骨にわずかにこびりついたようなものしかなく、それをかじっていた小さなイノシシは、俺を見るなり逃げ出していった。


「おっと、ぼーっとしている場合じゃなかった」


 やるべきことを思い出した俺は、その場から10メートル程度離れて様子をうかがう。

 そして俺が森に戻ってきてきっかり10秒後、俺が最初に現れた場所ではなく、俺のすぐそばにソフィアとミアが突然現れた。


「ピクト、敵は?」

「『いない』」

「ピクトのそばに出たってことは、そういうこと?」

「『たぶんな』」


 2人にそう答えながら、少し考えをまとめる。

 せっかく外に出るんだからと、俺は2人にお願いして少し検証をしてみることにしていたんだ。

 その検証とは、外に出るときはどの場所に出るのかという問題の追加検証だ。


 これまでの経験から基本的には非常口の扉に入った場所に出る、というのはわかっていた。

 しかし、俺以外にも人が中におり、俺とは別のタイミングで外に出ようとした場合どこに出るのか。それを検証してみる必要があったのだ。


 結果としては元の場所ではなく俺のそばに2人は現れた。おそらく入った非常口を呼び出した人のそばに現れるという理解でいいんだろう。

 まだ検証は必要だろうが、この結果には一安心だ。


 俺が他の場所に移動しても中の人が入ったときの扉の場所に現れるんだったら、今病院で治療されている女たちをどうしようかと気がかりだったんだ。

 なんとか回復して外の世界へ戻そうとしたとき、森の中に戻ってしまうというのは死地に放り込むようなものだ。

 広大な森の中で、この場所を見つけるのは至難の業だし、そのときのためにも何か目印を用意しないといけないかと考えていたからな。


「あれっ、となるとピクトが歩いてくれれば、私って中にいても大丈夫?」

「そういうのは思ってても口に出さないようにな」

「ソフィー……」

「冗談、冗談だって」


 じろりと俺とミアににらまれ、ソフィアが慌てたようにとりつくろう。

 いや、完全にマジなトーンだったじゃねえか。いや、まあ気持ちはわからんでもないがそれを苦労するであろう本人の前で言うなよ。

 それだけ気を許している証拠かもしれないが、人として進ませてはダメな方向な気がする。


「では、私が先導する。ソフィーは真ん中。ピクトはいちおう後方を気にしておいてくれ」

「うん」

「『わかった』」


 俺たちの返事にミアはうなずくと、一度左右に視線を振って迷いなく歩き始めた。

 普通に歩いているように見えてほとんど足音を立てないミアの技術に感心しながら、普通に音を立てて歩くソフィアの後ろに俺は続いていく。


「『よく、森の中で、方向がわかるな』」

「太陽の位置とか木の生え方、苔の生えている場所なんかからだいたいの方向がわかるんだって」

「『すごいな、学習の成果、か。ソフィアは?』」

「私にできると思う?」

「『ノーコメント』」


 ミアの技術を台無しにするように俺とソフィアは会話し続けているが、これはなにも無駄口ってわけじゃない。

 この前のゴブリンの集団、そしてイレギュラーとの戦いの中で、嫌ってほど言語による意思疎通の重要性を認識させられたからな。

 1日でも早く言語を習得するためにも、練習をし続けているってわけだ。


「『実際、この森って、どんな、どん』ソフィア、広大ってどんな発音だ?」

「シュ、レー、ルカ。続けると広大になるね」

「シュレールカ。シュレールカ。『広大、ね。よし覚えた。でどのくらい広大なんだ?』」

「うーん、森の定義にもよるかな。今私たちがいるのは魔の森の外縁部。いわゆる浅層と呼ばれているんだけどね……」

「その話に興味はあるが、先に定義、魔の森、外縁部、浅層の読み方を教えてくれ」


 雑談しながら新しい単語が出てくるたびに、ソフィアに発音を教えてもらい覚えながら話を聞いていく。

 ソフィアの話によると、俺たちがいるのは魔の森と呼ばれるモンスターがはびこる不可侵領域の一番外側らしい。

 その領域はとても広大で、複数の国を合わせたよりも広いらしい。こっちの国の基準はよくわからないが、イメージ的にはアマゾンのジャングルとかでいいだろう。


「『でも、なんでそんな、危険な森の近くに、村があるんだ?』」

「森は危険だけれど資源でもあるから。薪はいつでも需要があるし、フォレストラビットやボアのように食べられるモンスターもいる。魔石も売ればお金になるしね。あっ、ちなみに需要は、オ、ワ、ズ、だよ」

「オワズ。『需要か。ふーん、村にいる人は、危険と需要を満たすことで得られる利益を、比べたわけだな』」

「そうだね。というかピクトって何気に頭がいいよね。言葉を覚えるのも早いし」

「『まあな』」


 ソフィアにどう思われているのかちょっと気になるところではあるが、こちとらずっと同じ場所で動かないまま思考だけ巡らせ続けていたんだ。

 まあそのくらいしかすることがなかっただけなんだが。

 だから頭がいいのかどうかはわからないが、考えたり覚えたりするのは割と得意分野だったりする。それがこんなときに生きるなんて、人生よくわからないもんだ。


 まだまだ知らない単語が多いために十分とは言えないが、普通の会話を続けることに支障がない程度には話せているしな。

 このまま学習を続けていけば、遠くないうちに意思疎通については問題なく行えるようになるだろう。

 ただ正確な発音がわからないせいで、ソフィアたちに言わせればカタコトで話しているように聞こえるらしいが、それはささいな問題だしな。


 言語習得をしつつ森の中を歩くこと2日。その行程は思いのほか過酷だ。

 休憩や食事を定期的にとりながら進み続け、今はテントを張るでもなく薄い毛布をかぶり身を寄せ合って2人は眠っている。

 睡眠の必要のない俺が見張りをしてくれるので楽だ、との言だが……


「やっぱりワケあり、だよなぁ」


 ミアはともかく、ソフィアは明らかにこういったことに向いていない。

 出会うモンスターはミアがすべて倒しているので、ただ俺と話しながら歩いているだけなんだが、その表情は疲れが見え隠れしていた。

 おそらくだが、ミアはソフィアの歩くペースに合わせている。もし俺とミアだけだったらもっと早く森を進めたはずだ。

 まあソフィアのほうが一般的であり、よく頑張っているとも言えるんだが。


「とりあえず話してくれるまで待つか。明日にはこの森を抜けるって話だし」


 人と直接話す機会など初めての俺は、どの程度まで踏み込んでよいのかわからない。

 下手に踏み込んで地雷を踏んじまうのは勘弁だしな。

 なあに、待つことには慣れてるんだ。その時が来るまで気長に待つさ。





 この時の俺はそんな風に考えていた。それを後で死ぬほど後悔することになるとは全く思わずに。

お読みいただきありがとうございます。

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