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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ

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第34話 戦いの後で

「よしっ!」


 このマイホーム一面を覆いつくすように広がった黒い魔法陣の上を俺は駆け、ミアとソフィアの元へとたどり着く。

 生気を失っていくミアをなんとかとどめるかのように、ソフィアは泣きながらその体を抱きしめていた。


「ソフィア、ミアを病院に連れていくぞ」

「お姉ちゃん、お姉、ちゃん」

「くそっ」


 ミアを呼ぶソフィアの耳に俺の言葉は届いていない。聞こえているのかもしれないが、それに対応できるだけの心の余裕がないんだろう。

 普通なら落ち着くまで待ってやるのが正解なんだろうが、今は一秒でも早く動かなくては。

 奇跡が起きたんだ。そのわずかな希望をここで途切れさせるわけにはいかない。


「こ、っのー」


 痛む体に鞭をうって、ソフィアごとミアを抱き上げるとそのまま俺は振り返る。

 そして現れたであろう病院に向かうため後ろを振り返り、踏み出そうとした足が一瞬止まる。

 俺の目に入ってきたのは、俺のイメージの中にある白くて四角い、いくつもの窓が並んだ大病院ではなく、高さ10メートルほどの全面銀色の卵のような形をしたなにかだった。


「なんだ、あれ。いや、今は考えているときじゃないな」


 病院と言って出てきたのだから、少なくとも病院ではあるはずだ。そこには医療機器があるだろうし、なにかミアを助ける手段が見つかるかもしれない。

 俺は止まっていた足を動かし、その建物の入り口と思われる透明な扉に向かっていく。

 その扉のそばには盾のような形の五角形の中に十字が描かれ、そこが病院であることを示していた。


 近づいたことで透明な扉は自動で開き、俺は止まることなくその建物の中に駆け込む。

 中は広いホールのようになっており、いくつもの椅子や受付らしきカウンターが並んでいた。

 観葉植物と川のせせらぎのような音楽が心を落ち着かせ、って落ち着いている場合じゃねえんだよ。


「くっそ、どこだ? どこに行けばいい?」


 当然のことながら病院には案内の人などいない。奥へ続く通路が左右に2つあり、どちらに行けばいいのかすら……そう迷う俺の胸がつんつんと突かれる。


「あっちから声が……なにあれ?」


 俺にいきなり抱き上げられた驚きと、見たこともないような建物に正気を多少取り戻したのかソフィアがそう言いながら右のほうを指さす。

 そちらへと目を向けると、人が入れるほどの大きさの流線型のカプセルが2台こちらに向かって走ってきていた。

 それらは俺たちの前で止まると、その上部のドアがパカリと開く。


「ここに入れろってことだよな」


 当然ながらそのカプセルから返事などない。だが医者でもない俺に他に取るべき手段など思いつくはずがなく、ソフィアに先に降りてもらい、残ったミアの体をゆっくりとその中に寝かせる。

 ミアを収納したカプセルは扉を自動で閉めると、かなりの速度で廊下の奥へと進んでいく。

 俺とソフィアがその後を追っていくと、カプセルは1つの部屋の中に入っていった。


 部屋の中に続いて入ると、そこにはミアのものを含めて6つのカプセルがあった。当然のことながらミアの物以外は空で、中に人が入っていることはない。

 ミアのカプセルは、1つだけ空いていた台座に戻るように動き、そしてカチリというロックオンを響かせるとそのカプセルが青白く光る。

 そしてモーターの起動音のようなブウウンと音を響かせながら、そのカプセル内部を液体が満たしていった。


 カプセルの中が液体で満たされ、ミアの体がゆっくりとたゆたう。それを見たソフィアが心配そうに俺に視線を向けるが、俺だってこんな光景を見るのは初めてだ。

 唯一の手がかりは、真っ白な壁に映し出された5本の線。「HR」「NIPB」「SP02」「RR」「BT」と書かれたそれが何を現しているのか俺にはわからない。

 しかし、わずかにだが周期的に波打つ線たち、そしてここが病院であることを考えると、それはバイタルを指しているんだろうことが予想でき、ミアはまだ生きている証明だと理解できた。


「ソフィア、まだミアは生きている。望みはまだある」

「うん。……うん」


 カプセル内で目を閉じたまま動かないミアを、ソフィアがじっと眺める。

 この先どうなるかは俺にもわからない。だが、俺が知る病院よりもはるかに未来感あふれる設備からして、希望を持ってもいいんじゃないか。俺は自然とそう考えていた。


 そのままソフィアとともにミアを見守ろうかとも思ったんだが、ふと、外にゴブリンに連れられてやってきた女たちがいることを思い出す。

 そして2体のゴブリンソルジャーがまだ残されていたことも。


「やっべ。ソフィア、俺は後始末してくる。それが終わったらすぐに戻って来るから、それまでミアを頼んだ」

「わかった。ありがとう、ピクト」

「俺はソフィアと同じでミアに助けられただけだ。ミアが起きたら一緒にお礼を言おう」

「うん」


 そんな明るい未来の約束をし、少し顔色の良くなったソフィアを残して部屋を出る。

 そこにはなぜか1つのカプセルが待機しており、その仕組みにちょっと興味を惹かれたが今はその時じゃないと出口に向かって俺は走った。

 病院で走るなんて非常識なことだが、幸いにも誰にも注意はされなかった。


 透明な自動扉を抜け、外へ出た俺はまず最初に女たちの様子を確認する。女たちはうつろな瞳のまま俯くばかりで、特に変わった様子はない。

 それに一安心しつつ周辺を見回すと、俺が危惧していたゴブリンソルジャーが1体、イレギュラーの傍らにしゃがみこみなにかしていた。


「もう1体はどこに行ったんだ?」


 どこかに隠れていないか探しながらゴブリンソルジャーに近づいていくと、もう1体の行方も自ずとわかった。

 まあ粗末な剣に胸をぶっ刺されて地面に倒れていることを考えれば、仲間割れでもしたんだろう。


 そしてそれを成したと思われるゴブリンソルジャーがなにをしているかといえば、イレギュラーが着ていた装備などを無理やり剥ぎ取ろうとしているようだ。

 倒れているせいでなかなかうまくいかないのか、鎧を顔を赤くして引っ張っている。


 俺はそろりとその背後に近づくと、脱がされたブーツなどの隣に置かれていた槍を持ち、そのままその先端をゴブリンソルジャーの無防備な背中から突き入れた。

 ゴブリンソルジャーはびくりとその体を震わせると、イレギュラーの上に折り重なるようにして倒れて動かなくなった。

 それを見届けた俺は、やっとこれで区切りがついたと大きくため息をつく。


「ただまだ問題は残っているけどな」


 マイホームに残された5人の女たちは、その元凶であったゴブリンたちの姿がなくなっても反応すら見せない。

 ミアが言っていた人として死んでいるというのは、こういう状態を指しているのだろう。

 病院に連れていきたいところだが、2人の女のお腹はぽっこりと膨らんでおり、話どおりであればあの中にはゴブリンの胎児がいるはずだ。

 そんな状態で病院の中に入れるのか? いやそもそも


「なんでソフィアもミアも中に入れたんだ?」


 トイレやお風呂のときはゴブリンのカードを使わなければ中に入ることはできなかった。

 その理屈でいけば病院だって中には入れないはず。

 いや、そもそも考えてみれば病院を示す五角形の中に十字がある記号の中には、人のピクトグラムなど全く入っていない。

 なんで病院を呼び出すことが出来たんだ?


「あー、わからないことばっかりだ。まあいいや。色々考えるのは未来の俺に託そう。頑張れ、未来の俺」


 必殺先延ばしを発動させてよけいな思考をシャットアウトさせると、女たちのもとに向かい1人ずつ抱き上げて病院に運んでいく。

 もしかしたら今度は見えない壁に阻まれるかとも思ったんだがそんなことはなく、ロビーにやってきたカプセルに女を入れ、また新たな女を連れてくることを繰り返す。


「はぁ、やっと終わった。あぁ、そうだ扉を閉めておいたほうがいいか」


 なぜか毎回2台やってくるカプセルのうちの1つが最後の女を奥へと運んでいくのを見送りながら、ふと非常口の扉が開けっ放しになっていることに気づいた。

 さすがにイレギュラーみたいなやつがまだいるとは思いたくないが、変な奴らが入ってこないように閉めておいたほうがいいだろう。


 のそのそと歩きながら置いておいた槍を拾って扉の方へ向かうと、キングボアのそばにソルジャーやアーチャーの死骸がまとめて置いてあった。

 なんでこんなとこに、と思わなくもないが、転がっていたはずの死骸がなくなっている分歩きやすくていい。というか、今はそれでよし、だ。


 薄汚れた入口付近を眺めてため息を吐きながら、白い扉に触れて一旦外へと出る。

 中から扉が閉められないのは結構面倒だよな。そんなことを思いながら、俺は外の世界へと飛び出したんだが……


「くさっ!」


 鼻が曲がるよう、というのはこのことかと言わんばかりの強烈な腐敗臭が俺の体を包む。

 そこら中にゴブリンの死骸が散らばっており、その腐肉を漁るためか犬科の群れや、通常サイズのイノシシなどが周辺にたむろしていた。

 声を出した俺に、数多の視線が向けられる。さすがにこんなのを相手にするのは面倒だ。


「じゃあな。早めに食べ終えてくれよ」


 そう言い残し俺は中に入りながらパタリと扉を締める。

 はぁ、これで本当に終わりだ。あー、ゆっくり風呂にでも入るか。俺、結構頑張ったし、そのくらい許されるだろ。


「でも、まあ先にミアの様子を見てからだな」


 風呂に入るにしても、少なくともソフィアには伝えておかないとだめだしな。

 誘惑に負けそうになる心にムチを打って、俺は再び病院に向けて歩き出した。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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