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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ

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第33話 決着

 粉々に砕かれたキングボアの魔石は、これまでとは比較にならないほどの光の奔流となって空に放たれる。

 目がくらんでしまいそうなほどのまぶしさを残し消え去った後に残されたのは、周りを金で縁取られた1枚のカード。その中央には角の生えたイノシシが描かれている。


 何が起きたのかわからずに皆が動きを止める中、俺はそのカードを拾う。

 硬質なその手触りは今までの物と変わりはない。金で縁取られているところは少し気になるが使い方は変わらないと考えていいだろう。

 拾ったカードを裏返し、そこに描かれていた物を見て自然と笑みが浮かぶ。確かにイノシシにはこの言葉がよく似合うだろう。


 カードに描かれていたのは紺地の中央に白い矢印の描かれた道路標識。

 それを発動させたら何が起こるのかはわからないが、イレギュラーに完全に持っていかれている流れをその意味通りに変えてくれることを期待するしかない。

 俺は左手で槍を杖のようにして体を支えながら、そのカードを右手に持ちイレギュラーに示した。


「悪いな。お前の時間はもう終わりだ。ここからは俺の『一方通行』の時間だ」


 俺のキーワードの言葉に従い、カードがはじける。

 その光は半径10メートルあろうかという巨大な魔法陣を描き、立ち上った光がイレギュラーを含めてその場にいる全員を包み込んだ。


 俺が起こした不可思議な現象に戸惑いを見せていたイレギュラーだが、それを敵対行動と判断したのか俺に向けて地を蹴り走り出す。

 俺はミアとソフィアを見えない壁の中に押し込み、立ち位置を変えながら槍を構える。


 建物が現れるようなこともないし、なにか自分の体に変化が起きているようには感じられない。

 相変わらず全身痛いままだし、近づいてくるイレギュラーの動きがゆっくりに見えるようなこともない。このままいけば数秒後にはまた殴り飛ばされていることだろう。

 俺はその標識の意味から考えられる1つの可能性を考え、それに賭ける。


 イレギュラーの拳が俺に届くまであと1秒足らず。

 いつもなら俺はここで槍を突き出していた。だがあえて今は半身に構えたまま槍を引き、その進路を譲ってやる。

 俺のこれまでにない行動にイレギュラーはピクリと右目を動かしたが、このまま殴ってしまえば関係ないと俺の顔面にその右拳を突き入れた。


「グガ? ガアアアアー!」


 確実にその拳は俺へと届いているのにもかかわらず、全く微動だにしない俺の姿にイレギュラーが疑問の声をあげる。

 そしてその声はすぐに、怒りの混じった叫びへと変わった。

 拳を受けたと同時に放たれた俺の槍は、深々とイレギュラーの胸の中心を貫いており、引き抜かれた傷口からは大量の緑の血があふれ出している。


「まだだ!」


 続けて槍で突く俺を、イレギュラーは反射的にその鍛え抜かれた右足で蹴りつける。

 しかしその蹴りは俺には全く衝撃を与えず、そのまま突き進んだ槍はイレギュラーの右肩付け根を貫いた。

 くそっ、首を狙ったのにずらされたか。


 致命傷となるであろう首、頭を狙って次々と俺は槍を振っていくが、2回の攻撃を受けたことでなにが起きているのか察したのか、イレギュラーはなかなか隙を見せない。

 なりふり構わず接近していることで槍は当たってはいるんだが、その多くは擦り傷や打撲を残す程度で致命傷には程遠かった。


「くそっ、そんなに早く対処するんじゃねえよ」

「グガァ!」


 俺の文句にイレギュラーはびりびりと響く雄たけびを返しながら殴ってきたが、まだ衝撃は感じない。

 すかさず俺は槍を突き入れるが、それは浅い傷を残すだけで避けられてしまう。

 俺に攻撃される前提で殴ってきている、いわばジャブのようなものだから仕方がないのかもしれないが、じりじりとした焦りが有利なはずの俺の身を焼いていく。


 その焦りの原因は、この状態がいつまで続くのかわからないという不安だ。

 ずっとイレギュラーの攻撃が意味をなさない今の状態が続くのであればなにも問題はない。

 イレギュラーの胸に開いた傷口からは血が流れ続けているし、このまま攻撃を加え続けて先ほどのように味方を食らって回復する間を与えなければ、いずれ倒すことはできるだろう。


 だが、もしこれが一時的な効果であったら、たちまち形勢は逆転してしまう。

 イレギュラーは手負いではあるが、まだその動きは俺をはるかに上回っている。そして俺に打撃が当たるようになれば、俺を吹き飛ばして距離を取り、残ったソルジャー2体を使って回復してくるに違いない。

 そうなったらもう終わりだ。


「うおおおー!」


 声を荒げ、がむしゃらに振り回す俺の槍をイレギュラーが避ける。

 あいつだって無敵ってわけでも、消耗しないというわけでもない。現にだんだんと俺の槍はイレギュラーの体を深く切り裂きはじめている。

 あと1つ、あと1つ何かがあれば……


「っ!」


 鋭く放たれた拳に頭を揺らされ、思考が中断させられる。

 イレギュラーの顔にはおぞましいほどの笑みが浮かんでおり、それはカードの効果が切れていると理解されたことを示していた。

 くそっ、あと少しだったのに。


 一転して攻撃を開始したイレギュラーの打撃を、槍を使いながらなんとかさばいていく。

 ここで直撃を受けて吹き飛ばされ、距離を離されたら本当に終わりだ。まだ奴の怪我が回復できていない、今この時こそが最後の勝機なんだ。


「グガガ」

「くっそがー!!」


 楽し気な声をあげながらサンドバッグのようにイレギュラーは俺をいたぶり続ける。

 そう、わかっているんだ。俺が防御に専念したからといって、こいつが本気になればその上から吹き飛ばすことなど簡単なんだって。

 だから今の時間はただの遊び。意味不明な方法を使って自らに傷をつけた俺に対してうさを晴らしているだけ。


 もうしばらくすれば、俺は再びイレギュラーの拳で吹き飛ばされるだろう。

 そんな未来がありありと予想でき、それに対してどうしようもできない自分に腹が立った。

 もう少し、あとほんのもう少しで勝てたんだ。その思いが既に後悔になっていることを認識してしまい、それがとても悔しかった。


 イレギュラーが連撃を止め、2メートルほど距離を取って不敵な笑みを浮かべる。

 対する俺は全身をいたぶられ、槍を取り落とさないようにするのがやっとの状態だ。


 イレギュラーがこれ見よがしに大きく振りかぶる。次で決めるという示威行為だろう。


「くそっ、なめやがって」


 何とか槍を構え、対抗する意思を示すが、それはイレギュラーの笑みを増すだけの意味しかなさなかった。

 トントン、と軽くステップを踏んだイレギュラーが、キリキリと限界まで引かれた矢が放たれたかのように爆発的なスピードで俺に迫る。

 最後を告げる一撃だとわかりながらも、俺はせめて一矢報いるために握った槍に精一杯の力をこめた。


「なっ!?」


 俺が槍を突き出そうとした瞬間、力強く地面を蹴りつけたイレギュラーのスピードがさらに速くなる。

 これでは一矢報いるどころかなにもできずに……


「させるか! やれ、ピクト」


 そんな掛け声とともに、俺の視界にいきなりミアの姿が映りこむ。

 俺たちの側面からしなやかに飛び上がったミアは、その上段に構えた剣を思いっきり振り下ろす。その先にあるのはイレギュラーの側頭部。当たれば致命傷になる場所だ。


 それに気づいたイレギュラーは左腕でその刃を受け止め、そして俺にぶつけるはずだった右拳をミアの腹部に突き入れた。

 体を2つに畳んだように曲げながら吹き飛ばされていくミアをイレギュラーが目で追い、そしてその目が大きく開かれる。

 その首には俺が突きだした槍が貫通しており、気管を傷つけたのか槍付近の血だまりから泡が噴き出ていた。


 信じられないものを見るかのようにイレギュラーは自らの首に突き刺さる槍を、そしてその持ち主を俺に目をやる。

 そして俺に向かってその太い右腕を伸ばし、そのまま膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れ伏した。


 イレギュラーとともに倒れた槍が高い金属音を鳴らしながら転がる。

 倒れ伏したイレギュラーは目を開けたままそれ以上動くことなくその命の火を消し、その瞳を空虚なものへと変えた。


 危機を乗り越えた。その事実は安心感を俺に与えたが、喜びなど全くない。

 俺は全身をさいなむ痛みを無視し、地面を転がっていったミアの元へと駆ける。


「「ミア!」」


 俺と駆け寄ってきたソフィアの声が重なる。イレギュラーの全力の拳をまともに受けたミアはその口から大量の血を吐き、浅い息を繰り返している。

 いつその命が尽きてもおかしくないひん死の状態なのは誰の目にも明らかだった。


「ミアっ、ミア! 治って、治ってよ。お願い、お願いだから!」


 必死にソフィアがミアを治療しようとしているが、その効果は全く現れていない。

 ミアの息はだんだんと細く、弱くなっていく。


「ピ、クト、ソフィー、をたの、……やく、そく、まもれ、なくって、ご、め……」

「いやだ、いかないで! ミアお姉ちゃん。お願い、私を一人にしないで!」


 最後の力を振り絞るようにしてとぎれとぎれの言葉を紡ぎ、ミアの呼吸が止まる。

 その体に覆いかぶさり、泣きじゃくるソフィアを見つめながら、俺は無力感にとらわれていた。


 俺がこの中で戦うなんて言い出さなければこんなことにはならなかった。

 あの見えない壁さえあれば大抵はどうにかなるだろうなんて楽観的に考えなければミアが死ぬようなことはなかったはずだ。

 もっと他に戦うのに有利な建物があれば違ったのかもしれないが、そんなもの……そんな後悔をする俺の頭に、ズキリとした痛みと共に1つの光景が浮かぶ。


 それは金に縁取られたキングボアのカード。


 スライムやゴブリンのカードはどちらも何の装飾もないただのカードだった。キングボアのみが違う。それは果たして種族による違いに過ぎないのか?

 もしかして系統ごとにカードの種類は決まっているのではないか。そしてその魔石の持ち主の強さで装飾が変化するのではないか。

 そしてそのカードの装飾により、その効果も強くなったりするのではないか。


 それは何の根拠もない、ただの都合のいい妄想に過ぎないかもしれない。

 それでもこのままなにもせず、ミアを死なせるわけにはいかない。


 俺は急いでイレギュラーの元へと戻ると、突き刺さった槍を引き抜き、胸部を切り裂く。

 そしてその胸部へと手を突っ込んで魔石を引き抜くと、それを思いっきり地面に叩きつけた。


「頼む!」


 粉々に砕けた魔石が、これまでにない黒い光を放ちながら消失していく。

 これまでにない異様な光景を目にしながら、俺が抱いたのはただ早くカードが現れろ。それだけだった。


「きた!」


 黒い光が消え失せ、残されたのはこれまでと違う漆黒のカード。

 ゴブリンの姿だけが白く浮かび上がっているそれを反転させると、そこには予想通り人のピクトグラムが描かれていた。


「頼む、人の『ピクト』グラム。ミアを助けられる病院を出してくれ!」


 祈りとともに放った俺の言葉に、手の中のカードは弾けることで答えてみせた。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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