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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ

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第31話 存在意義

 誰かの装備を奪ったのだろうか、少しサイズの小さな赤い革の鎧を身にまとい、その背中には身の丈ほどありそうな槍が背負われている。

 そいつはギラリと鋭い視線を俺に投げかけながら、怪我をして地面でぴくぴくとうごめくゴブリンたちを踏みつぶしながらこちらに近づいてきた。


 そんな傍若無人な行動をしながら、ゴブリンどころかアーチャーもソルジャーも反抗する意思すら見せず、ただ視線を伏せている。

 まるで嵐が通り過ぎるのをじっと待つように。


「あれが親玉か。いくらなんでも成長しすぎだろ」


 もはや別生物と言っても過言ではないほどに姿かたちを変えてはいるが、緑の体躯やその頭から生えた角はゴブリンの面影を残している。

 ただその体にまとう気配は、どこか寒気を感じさせるほどに重いものだった。

 ゆっくりと俺に近づいてきながら、そいつの手が後ろに回る。あっ、やべっ。つい観察しすぎた。


「三十六計!」


 最後までいうことなく、俺は一目散に走り始める。

 俺が動いたことでそいつも駆け出したが、その手には背中にあった槍が携えられている。総金属製で欠けなどないしっかりとした武器だ。あんなんに刺されたら、怪我どころ話じゃない。

 風を切り、全力で走るがそいつも結構な速さでついてきている。ちらちら後ろを確認しているが距離は詰まっていないのでこのまま逃げ切れる……


「うえっ!」


 このままでは追いつけないと判断したのか、そいつは手に持った槍を大きく振りかぶった。まさか投げる気か?

 目的地まであと数メートル。あそこまでたどり着ければ……


「南無三!」


 俺が地面を蹴り、低い体勢にした体を投げ出すようにして飛び込むのとそいつが槍を投げたのはほぼ同時だった。

 走る速度と腕力の重なった槍は、ヘッドスライディングのように飛び込む俺の背中に向けまっすぐに進んでいく。

 俺はそれをよけようと体をひねるが、俺の動きよりも槍の速度のほうが速かった。


「「ピクト!」」


 先に逃げていたソフィアとミアの声が重なる。地面に倒れ伏した俺は急いで顔を上げ、足元に転がる槍をすかさす回収する。


「あっぶなー。あともう少しで当たるところだった……わっ」


 出てもいない額の汗をなんとなくぬぐう仕草をしていた俺の眼前に、握りしめられた緑の拳が勢いよく迫り、そして急に止まる。

 一瞬死んだ、と思うくらいの勢いがあったが、追ってきたゴブリンの親玉の拳は見えない壁に阻まれて俺に届くことはない。

 そいつは不可思議そうにしながら何度も拳を突き立てるが、見えない壁はそのすべてを防いでみせた。


「どうやら突破はできないみたいだな。ひとまず安心といったところだが、あいつなんなんだ?」

「私は知らない。ミア、このゴブリンのことわかる?」

「ギルドの資料室にあった本には該当しそうなものはなかった。ジェネラルやキングともおそらく違う。まさか、イレギュラーか?」


 ハッと気づいたようにミアが顔を上げる。その顔には恐れに近いなにかが浮かんでいた。

 ミアの言ったイレギュラーの意味がわからず無言で俺が続きをうながすと、ミアは「私もあまり詳しくはないんだが」と前置きしたうえで話し始めた。


「人間に勇者と呼ばれるような規格外の強さを持つ者がときおり現れるように、モンスターの中にもまれにその種族の常識にとらわれない強さを持つ個体が現れることがあるんだ。それがイレギュラーと呼ばれている」

「たしかに規格外だな。あれは」


 イレギュラーの拳は一撃一撃が死を感じさせるほどの圧を放っている。こいつとまともに戦おうなんて思う方がどうかしているだろう。

 しばらくの間、拳をふるい続けていたイレギュラーだったがさすがにこの壁が破れないと判断したのか、少し離れた場所に腰をどっかりと下ろしてしまった。


「俺たちを逃がしてくれる気はなさそうだな」

「いちおう打ち合わせ通りに食糧は持ってきたし、水も出るからしばらくは耐えられると思うけど、諦めてくれるかな?」

「どうだろうな」


 俺たちが避難した女風呂には水が出る蛇口があるし、解体したキングボアの肉なんかもソフィアとミアがある程度運んでくれている。

 数週間程度なら生き延びることができると思うが、それで諦めてくれるかは不透明だ。

 いちおうピクトグラムの俺ならではの特性を生かせば、長期戦は不利というわけでもないんだが、うーん。


「まっ、しばらくは様子見だな。とりあえず俺が監視しておくから2人は休んできていいぞ。特にミアは疲れただろ」

「ちょっと言い方に引っかかるものがあるけど。ありがとう、ピクト」

「お言葉に甘えさせてもらう。ついでにその槍の手入れもしておこう」

「おっ、頼んだ」


 恐ろしい力で投げられ、見えない壁にぶつかったのにもかかわらず、くすんだ銀色の槍は刃こぼれどころか曲がっている様子もなかった。

 武器の良し悪しなど俺にはわからないが、それなりの物なんだろうとは予想がつく。使える武器は多いほうがいいしな。


 奥に引っ込んでいく2人には目もくれず、イレギュラーはじっと俺を見つめたままだ。

 やめろよ。そんなにじっと見つめられたら妊娠するだろ、と馬鹿なことを内心考えながら、俺はあいつをおちょくるためにわざと隙だらけの姿で寝転がるのだった。





 イレギュラーと俺のお見合いはすでに2日を経過している。トイレなのか、たまにイレギュラーは短時間どこかにいなくなることはあるものの、その大半の時間を俺とお見合いして過ごしていた。

 暇なのかな、こいつ。

 いや、まさか本気で俺のことを好きとか。槍を投げてきたり、殴ってきたり、殺意ワクワクだもんな。


 いちおうゴブリンたちが運んできた食事は食べているし、姿は変わっても俺と違って生態的には普通の生き物なんだと思う。

 だったら他のゴブリンたちがそうしているように当然寝る必要はあるはずで、無防備になるその隙を俺はずっと待っているんだがこいつは全く寝ている様子がないのだ。

 俺の目の前からいなくなるのは10分足らず。そんな短期間の睡眠で足りるとは思えないんだが。


「異様にタフ。これがイレギュラーってことかね」


 そんなことを呟きながら、お見合いを続ける。今日も今日とて変化はなしだ。

 俺たちが持ち切れずに残したキングボアの肉の残りをイレギュラーや一部のアーチャーやソルジャーが食べているが、その他多くのゴブリンたちがなにを食べているかは不明だ。

 というより中にいるのはイレギュラーやソルジャーなどの上位種だけで、その他のゴブリンの姿は見えないしな。


 俺たちが倒したせいか、マイホームにたむろしている上位種は10に満たない数だ。

 そいつらはしっかりと睡眠をとっているので、イレギュラーの目さえなければ倒すのも簡単だろう。


 もしイレギュラーが寝たらどうするか。そんな計画を頭の中で想像していたそのとき、幾多の足音とゴブリンの声が耳に届く。

 キングボアの壁で入口が見えないが、どうやら外に出ていたゴブリンたちが戻ってきたようだな。

 獲物でも狩ってきた……おい!


 木の槍を持ったゴブリンの先導についてきたのは、明らかにゴブリンとは異なる姿をした人間の女たちだった。

 年のころは10代から30代くらいだろうか。まるでゴミ箱から這い出てきたのかと思うほどぼろぼろの姿で、よたよたと歩くその目からは完全にハイライトが消えている。

 そしてその中の数人のお腹はポッコリと膨らんでおり、彼女たちが妊娠していることを示していた。


「やっぱりいたんだね」

「おい、なんで人間の女なんかをゴブリンが……」


 連れられて行く女たちにソフィアが憐みの視線を向ける。

 俺は理由を尋ねようとそこまで言葉に出し、この状況とソフィアの表情から浮かんだ予想に思わず言葉を止めてしまう。


 交雑という異なる生物種同士で子を成すことはありえる。

 だがその結果生まれた子は生殖能力がなかったり、遺伝子的に弱かったりと種の繁栄につながらないことが多く、交雑が起こるのは特異な事例であることが多いはずだ。


 同種族同士で子を成した方が、安定的に種の保存をはかれる。だからわざわざ他種族を狙って子を産ませる生物がいるなど、俺の常識では考えられない。

 考えられないんだが、目の前の光景がそれを明確に否定しやがる。

 ふつふつと湧き上がる怒りに、俺の足が一歩前に出かける。しかし俺の肩に手を置き、ミアは静かに首を横に振った。


「ピクト、あれはもう無理だ」

「なんでだ。まだ生きているんだぞ」

「たしかに心臓はまだ動いている。だが、彼女たちの心はもう……」


 ぎゅっと握りこまれたミアの拳に、俺はそれ以上何も言えなかった。ソフィアも唇をぎゅっと結んで表情を歪めている。

 2人の様子からして、おそらく以前にもこうなった人を見たことがあるんだろうということはわかった。そしてそのときの女たちの結末も。


 1か所にまとめられた女たちに視線を向けたイレギュラーがゆったりと立ち上がり、そしてその足を女たちの元へ向ける。

 その後、見せつけられるであろう光景を想像したのであろうか顔をそむけるソフィアと歯を食いしばるミアを見つめ、俺は再び視線を女たちに向けた。


 近づくイレギュラーを見ても女たちは全く反応しない。どこを見つめているのかわからないうつろな瞳でただ座り込んでいるだけだ。

 ゾンビのようなその姿は、たしかに人間として死んでいるように見えなくもない。でも、だからといってそれを俺が見捨てる理由にはならない。


 俺はピクトグラム。

 人の役に立ち、人を助けるために、非常時に逃げ込む場所を示すために生まれた存在。

 彼女たちにとって、今が非常時じゃないならいつがその時だってんだ。


「ミア、ソフィアを頼む」

「待て!」


 ミアにそう告げ、肩にのせられた手をふりほどき一歩前に出る。そこは透明な壁のない危険な場所。

 だが、それがどうした。


「おい、イレギュラー。出てきてやったぞ。俺と勝負しやがれ」


 まるでそれがわかっていたかのように、立ち止まり振り返ったイレギュラーは俺を見つめながら醜悪な笑みを浮かべたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

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