第30話 終わらない戦い
キングボアにぶつかり一度は勢いを殺されたゴブリンたちだったが、俺たちの姿を認めるとこちらに牙をむき出しにして向かってくる。
その動きは明らかに殺気立っており、ミアやソフィアをさらおうとした時のような嗜虐の笑みはどこにもなかった。
まるでなにかに追い立てられているような……いや、今はそんなことはどうでもいい。
「来い!」
そう叫んだ俺にゴブリンたちの視線が集まり、そしてびくりと体を硬直させる。その隙をのがさずミアがゴブリンたちを切り裂いていった。
一番近くにいた3体のゴブリンはその首筋から盛大に血を噴き出しながら倒れたが、その屍を超えて次々とゴブリンがやってくる。やってくるのだが、そいつらも再び体を硬直させ、ミアの刃の餌食になった。
「んっ、なんだ?」
俺の気合に恐れをなした、なんてことはない。今ミアに切り殺された奴なんて俺が声をあげてからここに入ってきたんだから、聞こえているかも怪しいしな。
だとしたらなにが、と考えるまでもない。ゴブリンたちはなにかを見て体を硬直させたのだ。もちろんそれは俺の姿じゃない。俺は普通にゴブリンに襲われたし。
だとすればここにあるものでそんな効果があるかもしれないものは1つだけ。それは俺が持っている鏡だ。
予想でしかないが、ゴブリンたちは鏡を見たのが初めてなんだろう。自分たちと同じ姿の奴が迫ってくるように見え、それが混乱を引き起こしている。
あくまで俺の予想でしかないが、見当違いってこともないだろう。なら……
「ソフィア、この鏡を持っていてくれ。ゴブリンが近づいたら下がっていいから」
「う、うん」
やってきたソフィアに鏡を手渡し、俺はミアが斬り倒したゴブリンの元に向かう。
持っている人が代わってもゴブリンたちは硬直し、俺が止めなくてもミアは次々とやってくるゴブリンたちを楽に倒せている。
だが倒されたゴブリンたちがこのまま積み重なっていけば、だんだんと高い位置のゴブリンと戦わなくてはならず位置関係で不利になるのは明白だ。
さらに言えば視界がふさがれるため不意打ちを受けかねない。階段状になったせいでキングボアの巨体の上にのったゴブリンに回り込まれる可能性もあるしな。
だから勢いを止める必要がないなら、俺がすることは1つ。
俺はミアに切り殺されたゴブリンをむんずと掴むと、それを思いっきりゴブリンたちが入ってくる入口に向かって投げた。
「非常時でない方はお帰りくださーい」
俺が投げたゴブリンの死骸は、これから入ろうとしていたゴブリンを巻き込みながら白い扉の奥に消えていく。
よし、これは一石二鳥だな。
ぱんぱんと手を払い、次のゴブリンの死骸を持ち上げた俺に向け、ヒューとミアが口笛を吹いた。
「すごい力だな。ゴブリンとはいえあの速度で投げられるとは。騎士団でもそんな奴はいなかったぞ」
「力にはちょっと自信があってな。んっ、騎士団?」
ミアのセリフに出てきた騎士団という言葉に違和感を覚えつつも、今は話している場合じゃないとゴブリンの投げ捨てを再開する。
若干まだ息のある奴もいるが、まあ邪魔なのは変わりがないので次々と入口に向けて投げて処分していくんだが、入ってくるゴブリンたちの数は一向に減らない。
うーん、扉の向こうでは中に入っていった仲間の姿がいきなり死体となって現れるというホラー映画ばりの恐怖映像が広がっているはずなんだが、ゴブリンはそういうの気にしないのか?
「『これ、いつまで続く?』」
「スタンピードの規模によるからわからない。今襲い掛かってきているのが本体なのかどうかもわからないし、そもそも私もスタンピードの対処など初めてだ」
「うへぇ。きついなそれは」
そうは言いつつもいつ終わるとも知れない時を過ごすことに慣れた俺にとって、それは大した問題じゃない。
心配なのはミアとソフィアの方だ。
すでに俺が入口に投げたゴブリンの数は50を超えている。それはミアがそれだけのゴブリンを倒しているということに他ならない。
今のところミアの呼吸が乱れているような様子はないし、その動きも鈍っていない。しかし最初は剣で切り裂くことが多かった戦い方だったのに、今は突きを主体に戦っている。
ゴブリンの血のせいで剣の切れ味が鈍ってきているということだろう。
ソフィアも鏡を持った手が若干プルプルと震えている。うん、お前は体力なさすぎなんじゃないか?
戦いの中の役割はしっかりと果たしているが、動いているわけじゃなくてただ鏡を持って立っているだけだぞ。
いや、長時間そうしているならわからんでもないんだが、まだ30分も経っていないと思うぞ。
そんなことを考えながらゴブリンを投げ捨て続け、その数が100を超えようとしたとき、今まで入ってきたゴブリンより一回り大きいゴブリンが悠然と姿を現し、そして俺が投げたゴブリンに巻き込まれて姿を消した。
「あれがソルジャーか?」
「そうだよ。それより、ごめんピクト。もう限界かも」
「うーん、たしかに長丁場になりそうだしな。あっこれ使えよ」
投げるつもりだったゴブリン数体をソフィアの方に滑らせる。意味が分からず首を傾げるソフィアに、俺は使い道を説明した。
「下にゴブリンを積んで、その上に鏡を置いてバランスをとる感じにすれば疲れないだろ?」
「でも、もったいなくない? あっ、ピクト危ない!」
「んっ、なにが……っておおっ!」
急に発せられた警告の声に振り返ると、そこには今まさに弓を放とうとしているゴブリンがいた。アーチャーか!?
慌てて地面からゴブリンの死骸を持ち上げると、トスっという音とともにその体に矢が突き刺さる。
「あっぶね。戦っている最中によそ見はだめだな、っと!」
まさか防がれるとは思っていなかったのか慌てて矢をつがえているゴブリンアーチャーに、防御に使ったゴブリンの死骸を思いっきり投げつける。
これまでにない速さで飛んでいったゴブリンは、他のゴブリンを多少巻き込みながらゴブリンアーチャーにぶちあたった。
「ストラーイクってな」
ボウリングのピンのように吹き飛ばされたゴブリンアーチャーは、背後のキングボアの腕にぶつかってずりずりと地面に崩れ落ちていった。
ピクピク動いているから多分死んではいないだろうが、弓はどこかにいったみたいだし無効化できたと考えていいだろう。
「アーチャーは俺がやるから、ミアは他を頼む」
「アーチャーはピクトが倒すって!」
「わかった。頼む!」
ミアの返事にはあまり余裕がない。かれこれもう1時間くらい戦い続けているし、入ってくるゴブリンの中にソルジャーやアーチャーが混ざり始めている。
現に今ミアが相手している3体の中の1体は、明らかに周りのゴブリンと比べて体が大きく、武器も粗悪だが金属製の剣を持つソルジャーだった。
剣を十全に使えていたころであればもっと早く倒せたんだろうが、ミアの攻撃がほぼ突きしかないとわかっているのかソルジャーをなかなか倒し切れない。
くそっ、読み違えたか。
刻一刻と戦況は悪くなっていく。
数の見積もりが甘かったか。
人の体力というものを俺がよくわかっていなかったことが悪いのか。
武器は使い続ければ損耗するという考えに至れなかった無知ゆえの結果か。
入口に向かって投げるよりも、ゴブリンたちを近づけさせないように死骸を投げるようにシフトしながら、ぐるぐるとそんな答えの出ない思考がめぐっていく。
ただ1つ言えるのは、もし俺たちがそのまま村に帰っていたら、こいつらを連れていくことになっていたかもしれず、その場合の被害はかなりのものになっただろうということだ。
俺たちに有利な場所に引き込んで限定的に戦っているからこそ数の不利を最小限に抑え込めている。
2人の言う村がどの程度の大きさで、どの程度の柵で囲まれているのかわからないが、崖の上から見た俺が気づかない程度の大きさの村ならばそこは推してしかるべきだろう。
そんな場所に血気盛んがゴブリンの大群が現れたら、想像したくない光景になるんだろうな。
「いいかげんにしろ!」
とびかかってきたゴブリンソルジャーの頭をむんずと掴み、暴れるその体をそのままに群れに向けてぶん投げる。
襲い掛かる波が一瞬止まるが、次々と入ってくるゴブリンたちの数は一向に減っていなかった。
いや、だめだな。ちょっと思考が悲観的な方向にいっている気がする。
逆に考えるんだ。今、入ってくるゴブリンたちの半分くらいはソルジャーやアーチャーになっている。つまり純粋なゴブリンの数はもうあまりいない可能性が高い。
そして弱いゴブリンばかりを先に突入させたことから考えても、ゴブリンがある程度階級的な社会性を持っている推測できる
「つまり、ソルジャーやアーチャーの数はゴブリンよりもはるかに少ないはず」
下っ端のゴブリンと支配者階級のアーチャーやソルジャー。奉仕する者の数が多くなければ成り立たないピラミッド型の社会であれば、この戦いの終わりも遠くない。
だが、待てよ。
「こいつらは本当に支配者階級なのか?」
弓を放とうとするアーチャーにゴブリンの死骸を投げつけながら、そんな疑問が口からもれる。
ただのゴブリンより、アーチャーやソルジャーの立場が上であろうことはその一回り大きな体つきや身に着けている武器を見ればわかる。だがそれは、その上の支配者がいないということの証明にはならない。
なんか嫌な予感がするな。そして俺の嫌な予感ってのは残念なことによく当たるんだ。
ちらりとミアに視線をやると、ゴブリンソルジャー2体と剣を交えながら、近寄ってきたゴブリンを蹴り飛ばしている。その動きのキレは鈍くなってきており、さすがに限界が近づいていることを俺に感じさせた。
このままだと事故が起こりかねない。仕方ない。
「『ミア、ソフィア、逃げろ!』」
ミアと戦っているソルジャー2体の背後に近づき、その足をそれぞれ掴んで宙づりにする。
ミアとの戦いに集中しすぎて俺の接近に気づかなかったソルジャーたちは、急な視界の反転に混乱したように左右に首を振っていたが正気に戻るのを待ってやる義理はない。
そのまま俺はソルジャーたちを武器代わりに大振りし、近づこうとするゴブリンたちの勢いを止めた。
2人が奥に走っていく姿を視界の端におさめながら、俺もここから抜け出すタイミングを計る。
今は驚いて固まってくれているが、一斉に襲い掛かられたらちょっと俺1人じゃ厳しいしな。
「じゃあ、な!」
声に合わせて、2体のソルジャーを次々と入口に向けて投げると、ミアたちの後を追って走り出す。
俺の投げたソルジャーは立ち並ぶ奴らにぶつかりながら入口へと向かい、そこから伸びてきた太い手にその頭をむんず、と掴まれた。
「なんだ、あれ」
思わず足を止めてしまったおれの視線の先で、捕まれていたソルジャーの頭がぐしゃりと潰れる。
そしてその手から同胞の血を垂らしながら悠然と入ってきたのは、普通のゴブリンの2倍、おそらく俺と同じくらいの大きさで筋肉質の体を持った眼光鋭い生物だった。
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