第3話 侵入者たち
なんだかんだで半年が経った。まあ日の光なんて入ってこないので、だいたいそのくらいかなーってぐらいなものだが。
はっきり言って状況は最初の頃から全く変わっていない。
俺のいる部屋をくまなく探したがなにもなく、何度かこっそりと抜け出せないかチャレンジしてみたが、一歩でも外に出ようものならあのクソドラゴンが即座に気づいて威嚇してきやがる。
攻撃してこないだけマシと言えばマシなんだが、俺がピクトグラムじゃなくて普通の人だったら餓死や衰弱死は免れなかっただろう。
「はぁー、本当にどうすっかな?」
そう呟いてみても当然のことながら返事などあるはずがない。たまにドラゴンが寝ぼけているのか「グガッ」とか聞こえてくることもあるが、基本的にここで聞こえるのは俺の呟きくらいなものだ。
正直に言って危機感とかそういったものは全く無い。動けないという状況には慣れているからこのままここに居ても気が狂うということはないと思う。
ただ、退屈な日々から抜け出すために扉をくぐったというのに、その先に待っていたのがさらなる退屈だったということには少し気が滅入るが。
「ドラゴンのいる部屋に出口があるとも限らないんだよなぁ」
ドラゴンの巨体が扉の前に鎮座しているせいで視界が塞がれ、その先は全く見えない。
俺のように突如ここに現れたとかでなければ、どこかしらからかドラゴンはやってきたはずなので外には繋がっているとは思う。
「ただなぁ、このドラゴン食事もしてないんだよな」
この半年、脱出経路探し以外にすることといえば、隣人であるドラゴンの観察ぐらいなものだったので暇なときはずっと見ていたのだが、このドラゴンは基本的に眠っているのだ。
食事のためにどこかに狩りに行ったりすることはなく、それどころか俺が扉を開けようとしない限り反応すらしなかった。
たしか地球にも食事は数年に1度とるだけという不可思議な生き物もいたはずだから、ドラゴンもそうなのかもしれない。
というかピクトグラムである俺自身食事をとる必要はないから、ドラゴンも同じような存在でも全く不思議ではない。
「まあ気長に待つか。なにができるわけでもないし」
ここ最近のいつもの結論にたどり着いたところで、ごろんと床に横になる。ゴツゴツした地面の寝心地はとても良いとはいえないものだったが、ここにはなにもないのだから仕方がない。
顔を扉のほうに向け、その隙間からいつもどおりの漆黒の体躯を眺める。
「まあ、1人じゃないだけマシか」
そう呟いて俺が苦笑いしたその時だった。そのドラゴンが突然首をもたげて、その身を起こしたのは。
「なんだ!?」
これまでなかった異常事態に俺は体を起こしてその扉の隙間から外をのぞきこむ。
ドラゴンはその4本の足ですっくと立ち上がり、俺とは反対方向を向きながら不機嫌そうな唸り声をあげている。
そのいらだちを示すかのようにビタン、ビタンと動く尻尾が扉にぶつかり、きしむような音を立てていた。
これ、扉が壊れたりしないよな。さすがにそれは勘弁願いたいんだが。
ドラゴンの口から溢れていた炎を勢いを増していき、その体が膨らんだかと思うと、勢いよく振るようにして首を下げる。
「GYAOOO!」
聞いたことのないような怒りのこもった雄叫びとともに、ドラゴンの口から赤黒い炎が前方に放たれる。そして立ち上がったドラゴンの足の下から見えていた奥の壁に開いた穴を埋め尽くすように炎が広がっていく。
とりあえず出口があることはわかったが、下手にでていこうとすればあんな感じになるわけか。うん、無理。
とはいえ半年間なんの手がかりもなかったことを考えるとこれは大きな進展だ。
ドラゴンの炎で犠牲になっただろう何かに手を合わせて冥福を祈り、さてこれでもう終わりかと俺が気を抜きそうになったその時だった。
「うおぉぉー」
そんな雄叫びをあげながら1人の男が飛び込んできたのは。
頑強そうな2メートルに近い筋骨隆々の体躯をもったその男は、全身を覆い隠すような巨大な盾を構えながら正面からドラゴンに立ち向かう。
はっきり言って無謀にしか思えない行動を取る男に、ドラゴンがその鋭い爪を容赦なく振るった。
「『フォートレス!!』」
その爪が大盾ごと男を切り裂くかと思われたそのとき、そんなことを叫んだ男の周囲が黄金に輝く。
そして幻想のように空中に現れた巨大な黄金の盾が、いとも簡単にその爪を受け止めてみせた。
それをまるで待っていたかのように、背後に隠れていた男女3人が展開し、ドラゴンに対して攻撃を始める。
「うわー、すげえな。物理法則を完全に無視かよ。それに、あれ魔法だよな」
地面に根でも張っていない限り、ドラゴンとの質量差のせいで少なくとも吹っ飛ばされるはずなのに、大盾の男は全く微動だにしなかった。
それに加えて男の背後から出てきたつばの広い中折れ帽を被った女は、なにもない空中に巨大な氷の刃を生み出し、それをドラゴンに向けて次々と放っているのだ。
剣1つでドラゴンに突貫している銀髪の男もいるが、それはまだ……
「うわっ、あいつ炎を斬りやがった」
空中に飛び上がった剣の男に向けて放たれたドラゴンの赤黒い炎のブレスを、その男は剣を一振りして切り裂いてみせたのだ。
しかもそれだけでなく、なにもない空中を蹴って加速するとそのまま俺からは姿が見えなくなる。
「GYAAA!」
ドラゴンが悲鳴とも怒りともつかない叫び声を上げ、その手を振るう。鈍い音が辺りに響き、その直後にドォンという壁にぶつかる音を響かせ、奥の壁に磔になっていた剣の男がずるずると地面に落ちていった。
その四肢はあらぬ方向に曲がっており、ピクピクと動くその体のいたるところから出血している。もう瀕死であることは明らかだ。
「ああ、さすがにそうなるよな」
もしかしてドラゴンって弱い? と思いそうになってしまいそうなほど常人離れした動きを見せつけてきた男たちだったが、さすがに無敵とかそんなことはないようだ。
むしろあの巨体からの攻撃を受けて手足が繋がったまま生きてるってだけでもすごいだろ。
剣の男に追撃しようとしたドラゴンを、雄叫びをあげながら盾の男が回り込んで受け止める。しかし、その表情は苦悶に歪んでいる。
あの黄金の盾もそんなに頻繁には使えないってことか。というかそれを使わなくてもドラゴンの一撃を耐えるってどんだけ頑丈なんだよ。
そんな大盾の男の背後で、瀕死の男に白い法衣をまとった金髪の女が駆け寄っていく。いや、さすがにその傷じゃあ応急処置したところで助からないと……
「オールヒール」
鈴のような女の声が響き、瀕死の男に天から差すような光のシャワーが浴びせられる。
すると信じられないことに、まるで逆再生でもしているかのように瀕死の男の傷が塞がっていき、バキバキに折れていたはずの手足でさえ元の形に戻っていった。
「うわっ、気持ち悪っ」
なんだろう。奇跡としか言いようのない結果なのだが、傷が戻っていく過程は結構グロテスクだった。
まるで血や皮膚が生きているかのようにグニョグニョと動いていくんだぞ。なんか寄生生物に体を乗っ取られているホラー映画のように見えたのは俺のせいじゃないはずだ。
立ち上がった剣の男はその金髪の女になにか一声かけ、体の調子を確かめる様子もなくドラゴンに向かって再び突貫を始めた。
そのスピードは怪我を負う以前と全く遜色ない。本当に完全に回復しているということなんだろう。
「はぁ、こんなのが普通の世界か。ドラゴンといい人間といい、ハードすぎだろ、この世界」
地球であれば真っ先に使われそうな重火器ではなく、剣や盾、そしておそらく魔法を使って戦っていることから考えて科学技術は劣っている。
しかし地球ではありえない生物、そして人間の能力がこの世界にはあるようだ。
「さすがに物理法則とかは変わって……あー、魔法がある時点でおかしいのか」
現実逃避気味にそんなことを考え始めた俺をよそに、人間4人とドラゴンの戦いは激しさを増していく。
お互いに傷つき、血を流しながら、それでも相手を倒さんと一心不乱に……
「あれっ、今なら逃げられるんじゃね?」
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