第29話 ゴブリン退治の賢いやり方
突然現れた俺たちに驚いたんだろう。ゴブリンたちは一様に驚きの表情で固まっている。
まだ目が慣れていないらしく、状況を把握しようとまばたきを繰り返しているソフィアとミアを俺は抱き寄せ、片腕で1人ずつ抱き上げた。
「『つかま、れ!』」
俺の声に緊急事態だと察した2人が、俺の首筋に手を回し、体を密着させる。
それと同時に、俺はゴブリンたちが最も少ない方向に向けて走り出した。
「どけ!」
ぼーっと俺を眺めていた進行方向のゴブリンを蹴り飛ばし無理やり道を作りながら進んでいくと、ようやく事態に気づいたのか怒号のような雄たけびが背後から聞こえる。
その重なった音は圧力を感じるほどだった。もしかしたら見えない場所にもゴブリンはいたのかもしれない。となると数は100を超えていそうだな。
選んだ方向が良かったのか、数匹のゴブリンを蹴飛ばして以降はゴブリンの姿は見えない。
2人を抱えて走っているが、スリムな女性だからかあまり重さは感じなくて普通に走れているし、この速度なら問題なく……
「ピクト、右に行け!」
ミアの切羽詰まった声に、理由など考えず向きを変えて走る。その瞬間、先ほどまで俺の体があった場所をなにか細長いものがヒュンと音を立てて通り過ぎていった。
ゴスッと音を立てて木に突き刺さったそれにちらりと目を向けると、造りは荒いが棒に羽を取り付けた矢に違いなかった。
「まずい、上位種がいる。かなり大きな集落になっていそう」
「まさか、スタンピード?」
「可能性が高い。フォレストディアの数が異様に少ない時点で疑ってはいたんだがけど、キングボアのせいで逃げたのかと思って油断してた」
2人の会話から推測するに、ゴブリンが大繁殖してヤバい。それと弓とかを使う強いゴブリンがいるって感じか。
「『扉で、逃げるか?』」
このまま走っても逃げ切れると思うが、安全性をとるならマイホームに行ったほうがいい。そう考えての提案だったんだが、2人はそろって首を横に振った。
「スタンピードが起こっているとわかった以上、すぐに動かないとまずいんだ。対処を間違えれば多くの人死にが出る」
「森のすぐそばに村があるんです。柵で囲んでいますから多少は耐えられますが、スタンピードとなるととても耐えられません。避難させないと」
「そうは言ってもな」
2人を抱き上げているため背後をうかがうことはできないが、俺の走りについてきている奴の足音が聞こえている。
もちろん抱き上げている2人のこともあるので全力で走っているわけじゃない。でも前と比べればかなりの速さで走っているのにも関わらず、彼我の距離はなかなか離れていかない。
たぶんこれが上位種ってやつなんだろう。村に知らせるはいいが、そんな奴らを引き連れて言ったら意味がないだろ。
「ミアはゴブリンの上位種を倒せるのか?」
「ゴブリンの上位種をミアは倒せるのか? だって」
「一度に襲い掛かられなければソルジャーは問題ない。さすがに5体を超えると厳しいが。あとはアーチャーの弓が怖いくらいだ」
「なるほどね」
俺の後をピタリと追ってきているのがソルジャー、弓を使うのがアーチャーってことだろう。
「今ソルジャーは何体見える?」
「3体。でも後ろの方でゴブリンを率いているのもいるから何体いるのかはわからない」
「ミア、降ろすから追ってくる3体を任せた」
「降ろすから3体のソルジャーを倒してくれ、だって」
「わかった」
俺が腕の力を緩めた瞬間、ミアはするりと俺の腕から抜け出して着地し、そのまま剣を抜き放つとゴブリンソルジャーと対峙する。
それを横目に見ながら俺も立ち止まると腰につけたお手製バッグからスライムのカードを取り出した。
「非常口」
その言葉に反応したカードが光へと姿を変え、地面に描かれた魔法陣が非常口の扉を作り出す。
「ピクト、なんで!?」
非常口に逃げ込むとでも思ったのか、ソフィアが驚きをあらわにする。
半分正解だが、本当の目的はそっちじゃないんだ。
「中に入って迎え撃つ。それなら容易に囲まれることはないはずだからな。ソルジャーをミアが倒したら逃げ込め」
「ピクトは?」
「俺はちょっと先に準備してくる」
見た限りミアの言葉は過信などではなく、3体のゴブリンソルジャー相手に対等以上に戦えている。
連携する相手に多少苦戦はしているが、傷一つないミアに比べてゴブリンソルジャーは全身に傷を負っている。動きも遅くなっているようだし、そのうち倒せるだろう。
後のことをソフィアに任せ、非常口を通ってマイホームに戻った俺は、目的のものに向かって走り出す。
それは俺をしつこく追い回し、俺が初めてこの手で命を奪った因縁の相手であるキングボアだ。
「すまんな。ちょっと助けてくれ」
そう声をかけ、キングボアの巨体の下に体を入れこむと、その両足を手で掴んで立ち上がろうとする。
俺の身長などはるかに超える巨体の持ち主であるキングボアは、言うまでもないが重い。数トンはあるんじゃないかと思うくらいなんだが……
「ピクトグラムをなめんじゃねえぞ!」
ぐぎぎぎと声を漏らし、キングボアを持ち上げながら立ち上がった俺は、体を斜めに倒しながらずりずりとその巨体をを引きずっていく。
その歩みはあまりに遅く、ほんのわずかな距離であるはずなのに全然たどり着かない。
じりじりとした焦りを感じながらも俺は歩みを止めず、なんとか俺はキングボアの巨体を非常口のドアまで引っ張ることに成功した。
キングボアの巨体はドアと1メートルもないほどの距離に置かれており、ドアを入って右側にはキングボアの頭でふさがれているので容易に進むことはできない。
よし、こんなもんだろ。あとはなんか盾にできるもんが……あー、まあないよりマシか?
解体されたキングボアの皮を体にかぶり、はめるのをあきらめて放置した鏡を手に取る。
鏡についてはすぐ割れるだろうが、まあ割れたら破片を刃物みたいに使って戦えるかもしれないし試してみるのもいいだろう。地面に落ちればやってくるゴブリンの足を多少は止められるかもしれないし。
「ピク、ぶっ!」
マイホームに飛び込んできたソフィアが、真正面に壁のようにそそりたつキングボアの巨体にぶつかり頭をのけぞらせる。
なんだろう。ソフィアは頭をぶつける癖でもあるのか?
続いて入ってきたミアはしっかりとぶつかる前に足を止めているし、できないわけじゃないと思うんだが。
「いったたー。なんでキングボアがこんなところに。うわぁ、ピクト。なんかすごい格好しているね」
「意外と余裕だな、お前」
「勢いを止め、囲まれないようにしたわけか。よく動かせたな、ピクト」
「『はい』」
俺の珍妙な格好を見て笑いそうになっているソフィアを引き連れ、ミアが俺の背後に回る。
おぉ、言わなくてもやりたいことをわかってくれるのはありがたいな。
ただやはり言葉が通じないのはかなりのデメリットだ。なるべく早く話せるようにならないと。
「まあそれも、このピンチを乗り越えてからだけどな」
「あと10秒ほどだ」
「了解」
必要な情報をしっかりと教えてくれるミアに感謝しつつ、俺は鏡を前面に出して構える。
やることは単純。細い通路をあえて作り、入ってくるゴブリンの数を制限しながら俺が止め、ミアが斬り倒す。ソフィアはいざというときのサポートだ。
ゴブリンたちの強さを考えればこれでなんとかなるとは思うんだが……万が一はいつでも起こりえるから万が一なんだよな。
「ソフィア、ミア。いざという時は……」
俺の話を聞いたソフィアがミアに伝え、同時にうなずいて返してきた。よし、これでいざというときに迷うこともないだろ。
残り1秒。そして、まるで予言であるかのように0秒になった瞬間、中にゴブリンたちが飛び込み、先ほどのソフィアと同じようにキングボアの壁に激突した。
さて、賢い戦い方ってのをゴブリンたちに教えてやるとするか。
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