第27話 応急処置
本日分の投稿です。
あー、風呂って本当に最高だな。
立ち上る湯気を見上げながら、はふーと大きく息を吐く。
なんか色々どうでもよくなってきて、このまま風呂につかる人生も悪くないんじゃないかと俺が思い始めていた時、バタバタと走る音が近づいてきたかと思ったらピシャンと曇りガラスが盛大に開け放たれた。
「おまっ、なんで裸で!?」
「ピクト、ソフィーの様子が変なんだ」
腕に抱かれたソフィアと、その体にかけられた布のおかげで局部は隠れているものの、圧倒的な肌色の多さはミアが裸であることを示していた。
風呂によって鈍っていた頭では処理しきれない困惑の感情のせいで動きを止めた俺に、ミアは焦りをにじませた表情でソフィアの顔を俺が見やすいように膝を曲げて座り込んだ。
その顔は真っ赤になっており、目の焦点が定まっていない。
「湯あたりか? もしかして結構長くソフィアは湯船に浸かっていたか?」
「すまない。私にはお前の言葉がわからないんだ」
「そういやそうだったな」
あー、やっぱり言葉が通じないのは不便だな。
優先順位を上げることを決意しつつ、立ち上がってソフィアの様子を眺めるがたぶん湯あたりだと思う。
本当なら医者に見せるべきなんだろうが、ここに医者なんているはずがないしな。
「湯あたりの原因は体温の上昇と水分不足だったはず。となると涼しい場所で寝かせて、できれば体温を冷やしてやりたいな。もうちょっと意識がはっきりしてれば水でも飲ませるんだが」
素人なりに最善と思われる道を整理しながら、俺はミアからソフィアを受け取ると浴場から外に出る。
そして入り口付近の短い廊下にソフィアを寝そべらせると、ついてきたミアに問いかけた。
「なんでもいいから布とかないか? なるべくいっぱいあると嬉しい」
言葉が通じないのはわかっているので、話しながらジェスチャーで体を拭いたり、四角い形を作ったりして、なんとか内容を伝えようとする。
しばらく首をひねっていたミアだったが、手を洗ってから拭く仕草で見当がついたのか、大きく1つうなずくと外へ駆けていった。
あっ、尻尾って腰のあたりから生えているんだな。ちょっと面白い発見だ。
「っとと。そんなことより体を冷やすために、とりあえず何かであおいでおくか?」
ミアが戻ってくる前にできる限りのことはしておくかと思ったんだが、あいにく近くに団扇のようなものはない。
ソフィアの体にかけられた布を使ってあおげばそれなりの風が起こせそうな気がするが、そんなことをしたらきっとミアに殺されるよな。
ソフィアの顔は赤く、その呼吸も荒く苦しそうだ。一刻も早く体温を下げてやらないと後遺症が心配だ。
なにかしらないかと探しに脱衣所に向かった俺の目に、壁にかかった鏡がとまる。
なんの変哲もない長方形の鏡は上下4か所がL字の部品でとまっているだけで、横にスライドさせればスポッと抜けそうな感じだ。
「よし」
鏡に向かった俺は、その左右の端を持って横にずらしていく。
ちょっと手間取ったが外れた鏡を持って俺がソフィアの元に駆けつけるのと、ミアがリュックを持って戻ってくるのはほぼ同時だった。
俺の持っている鏡を見てなぜかミアが固まる。よくわからんが、とりあえず言葉が通じない現状態度で示すしかないんだよな。
「こうやってこれで扇いでいてくれ」
縦60、横40センチほどの長方形の鏡を団扇のようにあおいで風を起こしてみせ、それをミアに手渡す。
おっかなびっくり鏡を受け取ったミアに後を任せて、俺はリュックを持って再び洗面台に向かった。
そして洗面台の前で口を開けたままリュックをひっくり返すと、上下に振って豪快に中身を取り出す。
「とりあえず全部持ってきた感じか」
リュックには俺が求めたタオルだけじゃなくて、ソフィアやミアの服なども詰め込まれていた。
まあ布には変わりないし使えないことはないだろ、とカランをひねって洗面台に水を貯め、それらを濡らしていく。
そして水が垂れない程度に絞るとそれらを抱えて急いでソフィアの元に戻った。
「たしか大きな血管の通っている場所を冷やせばいいんだよな。あれっ、この世界の人間の人体構造も同じでいいのか? いや、どちらにせよやらないよりマシか」
人体の構造が違う可能性を考えるのなら、そもそも本当に湯あたりなのかって問題になるしな。とりあえず同じと考えて行動すればいい。
ダメージを受けたら大変そうな頭、大きい血管が通っているはずの首、脇下に濡らした衣類を挟んでいき、そういえば太ももにも大きい血管が通っていたよなとソフィアの体にかけられた布へと伸ばした手ががしっと掴まれる。
「私がやろう」
「お、おう」
有無を言わせぬ圧力を放つミアに気おされて持っていた濡れた服を渡すと、ミアは俺の視界を自らの体でふさぎながら太ももの間にそれを挟んだようだ。
うーん、配慮が足らなかったか。ミアはまだ裸のままだし、そういうのにあまり頓着がないのかと思っていたがよくわからんな。
床に置かれた鏡を持ち、ゆっくりと左右に振ってソフィアに風をあてる。顔の赤みはまだまだ残っているが、少し表情は落ち着いたような気がする。
まあ医者でもない俺が判断できるもんでもないが。
しかし、ミアはある程度ソフィアの症状の見当がついていたんじゃないか?
なんとなく俺がしようとしていることを察しているような感じがしたし、今も挟んだタオルなどをこまめに交換している。それは明らかに体内の熱を外に放出しようとする動きだ。
そんな風にぼーっと考えながら扇いでいたところ、ミアが俺に向けて頭を下げた。
「ピクトさん、これまでの私の態度を謝罪したい。命の恩人に向けるべき態度ではなかった。本当にすまない」
「いや、別にいいが」
「私とソフィアは少し面倒なことになっていてな。それで気が立っていたというのも、いや、それは言い訳だな。とにかく受けた恩は必ず返す。どうせ一度は失いかけた命だ。ピクトさんが私が欲しいというならすべてを差し出そう。ソフィーを守り続けられるのなら、という条件付きだがな」
真っすぐに俺を見つめる琥珀色の瞳はとても澄んでおり、まるで宝石のような輝きを放っていた。
その言葉にきっと嘘はないだろう。そう思わせるなにかがミアの姿にはあった。
「ピクトでいい。さん、はいらない」
「んっ、なんだ?」
「あぁ、そうじゃん。言葉が通じなかったんだ」
なんとなく人のために頑張るミアの姿に、同族意識が芽生えてそう言ってみたのだが、ミアは申し訳なさそうに眉根を寄せるだけだった。
やばっ、ちょっと格好つけて言ったのが滅茶苦茶恥ずかしくなってきたんだが。いや、ミアは聞き取れなかったからセーフと考えても……
「ピクトでいいって。さん、はつけなくていいって言ってる」
「ソフィー!」
そう言いながらソフィアがむっくりと体を起こす。そしてニヤリと俺を見つめて笑った。
こいつ、絶対に少し前から気づいてやがっただろ。そうじゃなきゃこんなタイミングで起きるはずがない。
冷静を装いながらも、顔に熱が集まっていくのが自分でもわかる。くそっ、今度は俺が湯あたりしてぶっ倒れてやろうか!
「ミアとピクトが仲良くなれたようでよかった」
「もう体調はいいのか?」
「うん、まだちょっとふわつくけど、冷やしてくれたおかげでだいぶ楽に……」
そう言いながらソフィアが自らのおでこに張り付けられていた布を手で取る。
そして不思議そうにそれを両手で持って確認すると、その顔がみるみるうちに再び赤くなっていった。
「ああ、まだやっぱ冷やしたほうがいいんじゃ……」
「なんで私のパンツで頭を冷やしてるのよ。ピクトのエッチ!」
「いや、知らんがな。だって冷やすのに使っていい布を持ってきたのはミアだぞ」
「へぇ、ミアが私のパンツを使ってもいいって言ったんだ」
ジトりとした目がミアに向けられる。
それに対してピンっと尻尾を逆立てたミアは、フルフルとその首を横に振った。
「私はそんなことは言ってない。確かにリュックは持ってきたがパンツは底に入っていたし、それを濡らして使ったのはピクトさんだ」
「いや、そりゃずるいだろ! リュックごと持ってきたんだから全部使ってもいいって普通思うだろ」
ミアの言い訳に対抗して俺も反論するが、戦況としては俺が不利か。
なにせ付き合いは圧倒的に向こうのほうが長い。信頼度が段違いだからな。
なんとなく不名誉な裁定が下されるんじゃないかとはらはらする俺の前で、ソフィアがほほ笑む。
「ミア。ピクトさん、じゃなくてピクトね」
「あっ、ああ」
「ピクトも次からは気を付けてね。緊急事態だったから仕方ないけど。それとまた助けてくれてありがとう」
「お、おう」
なんとなく許されたような感じになったが、んっ? 考えてみれば倒れて迷惑をかけたソフィアに、それを助けた俺たちがなんで許してもらっているんだ?
まあいいか。これから助けてもらうのは圧倒的に俺のほうが多いだろうしな。
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