第25話 ゴブリンのカードの使い方
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ジト目で見つめてくるソフィアに悪い悪いと手を振って謝罪しながらトイレに歩み寄り、ソフィアがぶつかった不可視の壁の前に立つ。
なにかがあるようには全く見えないが、さきほどのソフィアの動きからしてここに何かがあるのは確実だ。
「これで何もなかったらソフィアのパントマイム技術はプロ顔負けだな」
なにせおでこまで赤くするんだからな。そんな冗談を呟きながら、慎重に俺はその壁へと手を進めたのだが、抵抗する様子すらなく俺の手はすいすいと前に進んでいく。
ついに俺の手は女子トイレの入り口の中に入ってしまい、さすがにこれ以上は必要ないだろと動きを止める。
「なぜか俺は入れるな」
「なんで? あっ、もしかして今なら……痛ぁー」
再びこちらに進もうとしたソフィアだったが、再び見えない壁に頭をぶつけて両手で頭を押さえながらうずくまった。
うん、ソフィアは意外と馬鹿かもしれない。普通俺みたいに手で確かめるとかするだろ。なんでいきなり頭から突っ込もうとするんだよ。
涙目になったソフィアが恨めし気に俺を見つめてくるが、知らんがな、としか言いようがない。
ミアによしよしと撫でられ表情を和らげていくソフィアを眺めながら、今の現象について仮説を立てていく。
この不可思議な現象の類似事項ですぐに思いつくのは、ソフィアが非常口に続く扉を開けられなかったという不可思議な現象だ。
それと同じだと考えれば……
「ソフィア。ちょっと俺の手をとってくれるか?」
「そ、それで入れるの?」
「わからん。けど試してみる価値はあると思う」
「待って、ソフィー。その手を握ればいいんだな。それなら私が代わる」
見えない壁があると思われる場所の外まで伸ばした俺の手をミアが握る。女性らしい柔らかさがありつつも、その硬いマメが彼女の努力を証しているように俺には感じられた。
「ミア、入っていいぞ」
そう言ってミアの手を俺はゆっくりと中に引き込もうとしたのだが……
「無理か」
「無理のようだな」
俺とミアの声が重なる。
まるで本当に壁でもあるかのように、ある一定の場所からミアの手は進まなくなってしまった。
ということは俺の許可によって入れる、入れないが決まっているわけではないということだ。
となると他の条件は何だ? いや、そもそも条件が同じだと考えていいのか。前提となる事象が全く異なっているんだぞ。
非常口とトイレ。共にピクトグラムが使われている場所ではあるが、その用途は全く違う。
その他にも非常口はスライム、トイレはおそらくゴブリンから出たカードによって現れている。あー、不確定要素が多すぎて絞り切れない。
「ピクトさん。そろそろ、まずい」
「ちょ、ちょっと待てよ! そこですんなよ。俺的にもソフィア的にもそれは終わるからな」
「は、早くね」
本格的にまずいのかだらだらと冷や汗を流し始めたソフィアの姿に、残り時間はかなり少ないと嫌でも認識させられる。
さすがにマイホームでお漏らしされるのは困るし、乙女の尊厳的にもまずいだろう。
最悪一度外に出てから戻るって方法もあるんだが、トイレのたびに外に出るとなると非常口のカードが早々に足らなくなるだろう。この辺りじゃあスライムは意外と希少だし。
勝手に襲い掛かってきて、在庫も豊富にあるゴブリンのカードでなんとかなるならその方がありがたいんだが。
そんなことを考えていたら、ふとこれまでカードを発動させていたのは俺だけだということに気づいた。
「カードを発動させた人に帰属するって可能性はあるな。いや、俺以外にそもそもカードが使えるのかって問題はあるが、試してみる価値はある」
持っていた人のピクトグラムが描かれたゴブリンのカードを、ソフィアとミアにそれぞれ1枚ずつ渡す。
受け取ったカードを不思議そうに2人が見つめる。
「そのカードを持って、ピクトグラムって言ってくれないか?」
「ピクトガーム」
「あっ、そういや言えね……んっ?」
ソフィアは完全にピクトグラムと言えてなかったはずなのに、持っていたゴブリンのカードは光の粒子となって弾け、地面に魔法陣を描き出す。
おおっ、結構判定ゆるゆるなんだな。しかしこれなら……
「続けてトイレって言ってみてくれ」
「ト、トイレ」
俺の言葉をトレースするようにソフィアがトイレと呟く。
よし、これでさっき俺がトイレを出したときの順序を踏んだはずだ。きっとソフィア用のトイレが現れ……ないな。
さっきのように地面から光の柱が立つことはなく、辺りは静まり返っている。なんだ、なにか見落としているのか?
「これで行けるんだよね?」
「いや、ちょっと……」
「ごめん、さすがにもう無理」
俺の静止を振り切り、ソフィアは目の前のトイレに向かって進んでしまった。また頭をぶつける姿を幻視した俺の予想に反し、ソフィアの体はそのまま不可視の壁があったはずの場所を通り抜けトイレの中へと進んでいった。
トイレの奥から扉をバタンと閉める音が響き、音をかき消す小鳥の鳴き声などの音楽が聞こえ始めた。
間に合ったようでよかったが、なんで入れたんだ?
「ふむ、まだ私には壁があるようだな」
ペタペタと不可視の壁を触りながら、不思議そうにミアが首を傾げる。
そして俺の方を見つめたミアの意図を察し、俺はゆっくりと「ピクトグラム」の発音を教える。
「ピクトガーム」
「ああ、やっぱりそうなるんだな」
手の中のカードが光の粒子になって驚くミアの姿を眺めながら、なんでピクトグラムがピクトガームになるんだろうな、なんてことを俺は考えていた。
地面に描かれた魔法陣が消え、ミアは再び不可視の壁に向けて手を伸ばし、それが消えていることを確認するとソフィアを追ってトイレの中に入っていった。
1人残された俺は、なんとなくそこに居づらくて少し離れた場所に移動したんだが、その途中でふと気づく。
あれっ? 今、ソフィアはトイレって言ってないよな。それなのになんで中に入れたんだ?
「ゴブリンのカードとピクトグラムという言葉がトイレの中に入る鍵になっているということか?」
ソフィアとミアの様子から考えれば当然その仮説に行きつく。
ただ、もし俺が先にトイレを出していなかったらどうなっていたんだろうか?
ソフィアとミアはトイレを呼び出すことはできるのか?
そしてもし呼び出せた場合、俺も不可視の壁に阻まれることになるのか?
「うーん、まだまだ検証することは多そうだ。とりあえずただ待っているのも暇だしゴブリンから魔石を取り出しておくか。いろいろ検証に使うだろうし」
まだ2人が出てこないトイレをちらりと一べつし、俺は積まれたゴブリンたちに向かって歩き出す。
ふふっ、さっき解体を教えてもらったときにミアの予備のナイフを借りられたから余裕だろう。
さて、ゴブリンのカードが手に入ったら、まずなにを検証しようか。そんなことを考えながら、俺は鼻歌交じりでナイフを手に持ち、ゴブリンの解体を始めたのだった。
「学校、空港、駅、ホテル……うーん、これもダメか。あっ、役所とか?」
「なにしてるんですか?」
「うおっ、トイレはもう終わったのか?」
考え事をしながら呟いているところに背後から突然声をかけられ、驚きながら振り返るとそこにはソフィアがいた。
どこかすっきりとした顔を赤らめる様子を眺めながら、デリカシーのない質問だったかと少し反省する。
しかし謝罪の言葉を俺が口にする前に、ソフィアが再び俺に問いかけた。
「えっと、はい。助かりました。すごく綺麗で、しかも見たこともないほどよく映る鏡まであって、水もいっぱい出て驚きました。使い方がわからなくてちょっと時間がかかりましたけど。それはそれとして今度は何をするつもりなんですか?」
いたくトイレに感動したらしく素晴らしさを熱弁してくれたソフィアに微笑み返しながら、続いた質問にどう答えようか少し悩む。
俺がしているのは、トイレ以外のなにかが出てこないかの検証だ。
ゴブリンのカードの動作的に、ピクトグラムの言葉が事前準備であり、その後に特定の場所名を告げることでそれが現れるんじゃないのかと推測したのだ。
「うーん、他にいい場所が出ないか試しているんだが……」
「そんなこと出来るんですか!?」
「うまくいってない現状を見て察してくれ」
「まあ、そうですよね」
トイレの利便性を知ったからか、ソフィアのテンションが一気に上がったが、俺の冷静な言葉を聞いてそれが苦笑に変わる。
スライムと同じであれば、最初から「トイレのピクトグラム」とでも言わなければカードが発動しなかったはずだし、トイレが現れた経過を考えればあながち間違った予想でもないと思うんだけどな。
「ソフィー、先に行かないで」
「いや、だって服を洗っていたから遅くなりそうだったし、感謝はすぐに伝えないとっていうのはミアが教えてくれたことでしょ」
「それはそうなんだが……。いや、すまない、そうだな。ピクトさん、助かった」
「んっ、別にいいぞ」
「別にいいって」
ソフィアに指摘されて少しバツの悪そうな顔をしたミアは、すぐに俺の方に向き直ると素直に感謝の言葉を口にする。それを聞いたソフィアはとても嬉しそうだった。
先ほどまで血で染まっていたミアの服はソフィアが言ったように少し濡れており、血の汚れも多少ではあるが落ちているようだ。
トイレで洗ったのかと思わなくもないが、確かに水がたくさん出るなら洗濯するには……突然現れたトイレに突っ込むのも今更だがどこから水が来てるんだ?
いや、今はその疑問は後回しにしておこう。しかし洗濯か。
「コインランドリー。洗濯場。うーん、ダメか。水がたくさんあって、ある程度の広さがあればいいと考えると、銭湯とか? ……これもダメか。風呂があれば便利だと思ったん……おっ?」
なにげなく呟いた瞬間、地面から光の柱が立ち上る。おおっ、これはもしかして。
2回目だからかさすがにソフィアたちも驚きは少なく、どちらかというと興味津々といった瞳で光を見つめる。
そして俺たち全員の目の前に現れたのは、先ほどのトイレそっくりの2つの出入り口のある四角い豆腐のような建物だった。
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