第23話 ミアとの交渉
俺の提案にソフィアが驚き慌ててそれをミアに伝えると、2人は顔を見合わせて無言のうちに相談をし始めた。
それくらいならいいんじゃないとでも言わんばかりにミアの顔をソフィアはうかがっていたが、ミアはしばらく思案した後、悩みながらも横に振る。それに対してソフィアが少し眉を下げながらもうなずいて返した。
うーん、やっぱり主導権はミアが握っているみたいだな。ソフィアは俺に対して多少好意的なようだし、説得すべきはミアだな。
そんな分析をしていると、ミアがこちらに対してまっすぐに視線を向ける。
「なにが目的かを教えてもらえなければ返答のしようがない。具体的に何を習得し、何を集めることを目的にしているんだ? そしてその先にあるものはなんだ?」
どこか硬質なその声と緩みの一切ないその表情は、ミアの心の中を現しているようだ。
なんでこんなに警戒心が高いんだ? 猫耳だからか? とは思うものの、付き合いなんてあってないようなミアの心情が俺にわかるわけがない。
だが俺もピクトグラムの端くれ。人になにかを伝えるのは得意分野のはずだ。きっと警戒しているミアにも俺の心は通じるはず。
「目標は、簡単に言えば安全確保だな。俺の住処はここなんだが、最近まで知らなかったんだがこの扉の先がどうもミアたちの世界に繋がっているらしくて、いつこいつらのような奴が入ってくるのかわからねえんだ。だから俺は自分の場所を守る力が欲しい。あっ、あと今は掃除道具もな」
俺の言葉をソフィアが同時通訳でミアに伝えていく。うーん、どうしても会話が間延びしちまう。
言語問題の解決は近々の課題だな。ソフィアがいないとどうにもならないという事態は避けたいし。
ソフィアの通訳を聞いたミアは、その眉根を下げて困ったように考え込んでいる。たぶん俺の状況を真剣に考えてくれているんだろう。
こういうところから見ても、ミアは決して悪い奴じゃないんだよな。
ただ警戒心が異様なほどに高い。それはきっと……
「理由はわかった。おま……ピクトさんには命を助けてもらった恩がある。他のモンスターと同じようにただ私たちを殺そうとする存在であれば、こんなことはしない。危険はないとは言えないが低いとは私にもわかっている。だが1つ条件がある」
「条件?」
「ソフィアを傷つけるな。私が望むのはそれだけだ。本当ならピクトさんの方が条件をつけるような状況であるのは理解しているのだが、これだけは譲れないんだ。すまない」
雰囲気で俺が問い返したことを察したらしいミアは、ただそれだけを俺に告げて頭を下げた。頬が自然と緩むのを感じながら、俺はそれにうなずいて返す。
うん、やっぱりミアはソフィアの母親とか姉とかに近い存在なんだろう。種族自体が違うように見えるから血縁関係はないんだろうが、その絆は家族に近しいものだ。
傷つけるな、の対象にミア自身が入っていないことから考えても、どれだけソフィアのことを大事に思っているかがわかるしな。
ミアの手前なにも言わないが、ソフィアが懇願するような瞳で見つめてきているのも、きっとミアのことも傷つけないでくださいって意味だろう。
それに対してわかってるとうなずいて返しながら、未だに頭を上げないミアに俺は優しく言葉をかけた。
「俺は人を傷つけるつもりはない。例外があるとすれば犯罪者くらいだから、ソフィアやミアが悪いことをしなければ大丈夫だ。もし悪いことをすればその条件は破棄される。それでいいか?」
ソフィアから伝えられた俺の言葉に、顔を上げたミアは強い意志をたずさえた瞳で俺を見つめ返す。
「我らが神……いや、私自身の誇りにかけて誓おう。清廉に見えて中は腐敗した教会に、神などいなかったから、それよりはマシだろう」
「ミア……」
どこか自嘲めいた表情をするミアを気遣うようにソフィアが見つめている。
うん、なんだろうな。この、喜びたいのに手放しで喜べない微妙な感じ。
ミアの発言が気にならないかと言われればとても気になるとしか言いようがないのだが、宗教問題は非常にデリケートな問題だ。
地球なんてそのせいで何千年と戦争しているくらいだし、やっぱここはアレだな。日本人の得意戦法、触らぬ神にたたりなし、だ。
あっ、ここにも神が出てくるか。うん、無視。とりあえず今は一緒に行動できそうなことを喜んでおこう。
「そうと決まれば俺たちは仲間だ。まあ何もないところだが、ゆっくり休んでくれ」
少し冗談めかしてそう言いながら腕を広げて緑一面のマイホームを指し示す。
ミアは当面の危険はないと判断してくれたのか、まるで俺の言葉がわかっているかのように腰を下ろすと深い息を吐いた。
よく見るとその表情はまだまだ辛そうで、先ほどまでは精一杯虚勢を張っていたんだろうことがうかがえる。まあそうだよな。あれだけの怪我を負ってすぐ普通に動けたら、それこそ人間やめてるようなもんだし。
少なくともミアが回復するまではしばらくこのままだろう。そのうちに俺はゴブリン関係の実験でもしておくか。
しかしこの部屋もずいぶん賑やかになったもんだ。その大部分はゴブリンとかキングボアだとかの死骸なんだが、うーん、改めて考えるとこいつらの処分ってどうすればいいんだ?
ゴブリンに関しては、ソフィアが魔石以外は使い道がないとか言っていたような気がするが。考えるより現地の人に聞くのが一番か。
「そういえばちょっと聞きたいんだが、こいつらってどう処分するのがいいんだ?」
「処分? ああ、ゴブリンですか。ゴブリンは魔石を取り出したら基本的に森に放置ですね。ゴブリンは共食いするので、ゾンビになることも稀ですし」
「ゾンビ、いるのかよ。じゃあこっちのキングボアは?」
死んだゴブリンがゾンビになることがあるという驚愕の事実を、ソフィアはさも当たり前のように伝えてきた。
こういうところが改めて異世界なんだなと感じさせるな。そうか、ゾンビがいるのか。どういう原理なのか問い詰めたいところだが、きっと知らないんだろうな。この世界ではそれが当たり前なんだろうし。
まあいつかそんな研究をしているもの好きに出会ったら聞いてみようと、心のメモにそれを留め置き、俺は空間を占領する巨体、キングボアを指して同じことを聞いてみた。
ソフィアはしばらく言われた意味がわからないと首を傾げていたが、何かに気づいたように口を小さく開けると、首を何度か縦に振って理解できたと示しながら話し始める。
「私もギルドの資料で見ただけでキングボアの実物を見るのは初めてなんですが、おそらく普通のボア系のモンスターと同じように毛皮と牙、肉、魔石などは売れると思います。しかもキングボアならかなりの金額で。ただ早めに解体しないと魔力の抜けて肉が腐ってしまうので……」
「んっ? キングボアの肉って腐るのか?」
「もちろんです。いや、私も初めて実物を見るので確証はないんですが、腐らないなんて話は聞いたことがないですし、普通そうですよね?」
「いや、まあ普通そうだよな」
なんでそんなことを聞くのか、とソフィアが見つめ返してくるが、それには答えずしばらく考え込む。
俺の視線の先には、ずっと放置されているのにも関わらずまったく腐った様子を見せないキングボアとアサシンベアの姿があった。
てっきり異世界の不思議現象のせいで腐らないものだとばかり思っていたが、そうか、やっぱり腐るのか。じゃあなんでこいつらは腐らないんだ?
見た目が腐って見えないだけ……いや、匂いとかは絶対に出るだろうしなぁ。
そんなことを悶々と俺が考え込んでいると、おずおずとした仕草でソフィアが手を上げる。
「あの、そこで相談なんですが。キングボアを解体しますので、そのお肉をわけてもらえないかな、と。ミアにも体力をつけてもらいたいですし」
「ソフィア、それはあまりにも……」
「んっ? いいぞ。あっ、じゃあ俺にも解体の方法を教えてくれよ。あと作った食事をわけてくれるとありがたい」
「ミア、ピクトさんが別にいいって」
「いい、のか? キングボアなんて売れば一財産になるようなモンスターだぞ。ちゃんとその辺りはピクトさんもわかっているんだろうな」
「それくらいわかっているよ。ねえ?」
「まあな」
ソフィアの同意を促す仕草に、小さく笑いながらうなずいて返す。
売れば一財産になるという話は聞いていないが、現状俺にとって重要なのは金よりも情報、そしてソフィアたちに対する貸しをつくることだ。
解体の知識は異世界では役立ちそうだし、そもそも売ることなどできず処分に困っていたキングボアをなんとかしてくれるというなら俺にとってもメリットしかない。
それにミアに食べさせたいって言うくらいだから、少なくともさっきの携帯食料よりも美味しいんだろうしな。それがもしかしたら一番の楽しみかもな。
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