第21話 いまさらの自己紹介
とりあえず特大の誤解を解くために俺はナイフを床に置くと、手に持ったゴブリンの核をソフィーに見せつける。
「俺はこの核を探していただけでゴブリンを食べるつもりなんてないからな。あっ、すまん。勝手にナイフ借りた」
「それは別にいいですけど……魔石を取っていたんですか。まあ確かにゴブリンから得られるものって魔石ぐらいですからね」
ほっと安堵したように胸をソフィーが胸をなでおろす。まだ完全に警戒は取れていないかもしれないが、少なくともゴブリンを食べようとしていたなんていう不名誉な誤解は解けたようでよかった。
しかしこの核は、この世界だと魔石って言うんだな。うん、ひとつ勉強になったわ。さすが現地人と話すと情報量が違うな。
「それで、ミアは?」
「ああ、いちおうそこで寝かせてるぞ」
「うんっと。はぁ、よかった」
少しふらつきながら立ち上がり、俺の指さした入口の方向に視線を向けたソフィーが深く息を吐いて顔をほころばせる。
その笑顔に思わずつられて笑いながら、そういえば、と俺は疑問をソフィーに投げかけた。
「そういえばなんでソフィーは……」
「私の名前はソフィアです。ソフィーはミアだけの特別な愛称です」
「オーケー。ソフィアな」
若干圧を感じるソフィアの言い方に即座に呼び名を変える。
個人的には相手を認識できるのであれば呼び方なんてなんでもいいと思うのだが、なにかしらこだわりがあるんだろう。
うん、こだわりは大事だからな。俺だって駆け込む角度とかにこだわりがあるし。
非常時に駆けこむんだからある程度のスピード感はありつつ、でも全力じゃない。その微妙なラインをいかに作り出せるか。
俺レベルになると、もうこだわりというより自然とそうなるんだけどな。まあ、それはいいや。
「で、ソフィアはなんで気を失っていたんだ? 一瞬いないのかと思ってびびったぞ」
「それは……あれ、なんなんですか!?」
指し示された方に目を向けると、そこには俺の代わりに扉に駆けこむポーズで倒れているクマと、その後ろについて歩く姿で倒れるイノシシがいた。
あー、死者を冒涜してはいけません系か? たしかに倒れている姿を暇つぶしがてらちょっと直してみたんだが、ふざけていると言われれば否定のしようがない。
処分する方法がなかったし、人が来るとは思わなかったんだよ。なんていう言い訳は通じないだろうし、ここは素直に謝っとくか。
「いや、悪いな。ちょっとした悪ふざけのつもりだったんだが」
「悪ふざけ? 悪ふざけでアサシンベアとキングボアを倒したっていうんですか?」
「いや、そいつらを倒すときはそれなりに命の危機だったんだが」
「こっちに来て目を開けた瞬間、アサシンベアとキングボアの姿を見た私の気持ちわかります? よく漏らさなかったなって自分を褒めてあげたいくらいですよ。もう死んでるから大丈夫って何とか気持ちを落ち着けて振り返ったら、いきなり目の前にキングボアが現れて……そりゃ気くらい失います!」
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら長台詞をソフィーが言い切る。
つまりあのクマとかイノシシ、あー、アサシンベアとキングボアだっけか。けっこうな名前がついてんなあいつら。
まあそれはいいとして、あいつらを見て驚いていたところに、いきなり目の前に新しいキングボアが現れて恐怖が限界値を突破して気を失ったと。
うん、特に死者の冒涜については気にしなくてよさそうだ。しかし尻尾を扉に突っ込んで消えたキングボアって、中から見るとそんな感じで現れるんだな。
ちょっと観察してみたいから、機会があれば誰かに協力をお願いしてみよう。
そんな風に俺が余計なことを考えていると、答えに窮していると勘違いしたのか目の前でソフィーが大きく息を吐き表情を和らげる。
「とはいえ、私とミアの命を助けてくださりありがとうございます。ええっと……」
感謝の言葉を途中で止め、ソフィアが俺の顔をちらちらと見つめる。
なんだ? と一瞬疑問に思ったが、すぐに気づいた。俺の名前がわからないんだな。
しかし俺の名前か。うーん、非常口のピクトグラムの中の人ではあるんだが、正式な名前ってないんだよな。まあ、難しく考える必要もないか。
「俺はピクトグラムだ」
「ピクトガーム?」
「いや、ガムじゃねえよ。ピ、ク、ト、グ、ラ、ム。ほら、言ってみ」
「ピ、ク、ト、ガー、ム」
訂正してみたものの、ソフィアの口から聞こえるのはガムだ。なんだその、新商品ガムみたいな名前は。
うーん、国によっては発音しにくい単語とかあるらしいし、グラムという単語がそうなのかも……いやいやいや、どう考えても日本語話してんのに言いにくいもないだろ。
自分でもなにかおかしいとわかっているのか、ソフィアはぶつぶつと「ピクトガーム」と呟いている。
もしかしてと、その口を注視してみると、オレの耳に聞こえている音とその口の形は明らかに合っていなかった。
最初の『ピ』は口の上下を狭めて横に開くはずなのに、口を大きく開けたその形は明らかに『ア』系統の口をしているし、なにより話している単語の数が向こうの方が多い。
なんだ、これ。どうなってるんだ?
「いや、もう俺の名前なんてピクトでいいんだ。それよりソフィアに聞きたいんだが、俺とソフィアは話が通じているよな?」
「はい。通じていますね」
「それにしては、言語が違うような気がするんだが、なんで俺はそれを聞き取れているんだ?」
「それを私に聞かれてもわかりません」
「いや、まあそりゃそうか」
俺自身にわからないことを、他人であるソフィアがわかる道理がない。
この世界に原理不明の自動翻訳機能みたいなもんがあったとしても、この世界に生きている人間にとってそれは当たり前のことであり、わざわざその原理を解明しようとするもの好きなんてごく一部だろうし。
ソフィアやミアはそんな研究者タイプには見えないしな。うーん、話せてラッキーととりあえず考えて、その原理の解明については保留するしかないか。
「それで、ピクト様」
「いや、ただのピクトでいいが、なんだ?」
「ではピクトさん。ここはどこなのでしょうか? 先ほどまでの森とは違う場所であるのはわかるのですが。もしかしてピクトさんは希少な空間系の能力を持っていらっしゃるのですか?」
「うーん、どうなんだろうな。というか空間系の能力ってなんなんだ?」
「私も話に聞いただけで詳しくはないのですが……」
そう前置きして始まったソフィアの説明によると、どうやらこの世界の魔法にはドラゴン戦で魔法使いの女が使っていたような氷などを生み出すものだけでなく、空間系と呼ばれる特殊な魔法があるらしい。
それを使うと旅の荷物などを異空間に収納することが出来るので非常に有用なのだが、適性を持つ者がとても少なく、それを使える者は引く手あまたなのだとか。
「おお、ということは俺の将来設計は安泰ということになるな」
「ええっと、ピクトさんが話せる方だというのはわかりますが、残念ながらモンスターが人の街に近づくと討伐されるかと」
「いや、誰がモンスターやねん!」
「でも明らかに人とは違いますし、きっと新種のモンスター認定されると思いますよ」
俺にとっては失礼千万なことだが、この世界の元々の住人であるソフィアの感性は十中八九当たっているはずだ。
見やすく、わかりやすい人のサインとして作られた俺としては思うところがあるが、これはどうしようもないことだろう。
となると今回みたいに地道に人助けとかして話せる人間を増やしていくとか? いや、こんな機会めったにないだろうし、どんな無理ゲーだよ、それ。
うーん、となると今回ソフィアたちに出会えたことはかなりの幸運だったかもしれない。少なくとも助けた恩はあるわけだし、多少なりとも俺のお願いも聞いてくれるだろう。
まあ本格的な交渉は、実質的な主導権を持っているっぽいミアが起きてからだな。
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