第20話 ゴブリンのカード
床の上に落ちたトランプくらいの大きさのカードには粗末な衣装を身に着けた緑色の小人、ゴブリンの姿が描かれていた。
「おー、やっぱり倒した生き物がわかるようになっているんだな。本当にコレクションみたい……んっ?」
カードを拾いあげ、微妙にデフォルメされてイラストチックになっているゴブリンを笑って見ていた俺は、それをひっくり返して首を傾げる。
そこに描かれていたのは俺の姿である非常口のピクトグラムではなく、ただの人のピクトグラムが体を大の字にしてたたずんでいる姿だった。
「なんで扉がないんだ? もしかして俺が倒さないと扉は出てこないとかそんな仕様なのか? まあミアのピクトグラムとしてはちょっと単純化が過ぎるような気が……んっ?」
俺がそう呟いた瞬間、カードが光を発しながら弾ける。そしてそれが地面へと文様を描いていく様子を俺は混乱しながら眺めていた。
まもなく地面に描かれていた文様が完成し光を立ち上らせたが、なにが起きるでもなくそのまま消えていく。
ぽかーんとしながらその一連の流れを眺めていた俺は、もうなにも起こらないと判断して腕を組んで考え始める。
材料は多少なりともある。
まず俺が胃石だと思っていた物を潰したらカードが現れたことからして、たぶんあのゴブリンの胃石はスライムの核と同じようなものだったんだろう。
核を潰さなくてもゴブリンが死んだのは、脊椎動物だからか。いや、脊椎動物って分類が正しいのかはよくわからんが。
スライムはプラナリアみたいな存在で突かれても分離されても生きていると考えれば、いやそう考えるとなんで核を潰されると死ぬんだ?
「この世界にもそういう系の研究者とかいるのかな? いるなら話を聞いてみたいもんだが」
半ば観察することが趣味になっている俺にとって、新しい知識、推測を知ることはとても楽しいことだ。
今までは自分でつらつらと考えるだけだったが、せっかく一歩踏み出したんだから他の人の意見とかも聞いてみたいよな。
とはいえ現状ではソフィーもミアも意識がないから今まで通り推測するしかないわけだが。
「まあそれはおいおいに期待するとして、問題はカードの方か」
生態にも興味は尽きないが、近々に解決すべき問題は他にある。
それはもちろん現れたカードについてだ。
「カードの発動条件は言葉というのはまず間違いないはず。しかし今回はアノ言葉を言っていないのにそれが起こった」
あえて言葉に出し、うろうろと歩き回りながら頭を整理する。
『非常口』という言葉がカード発動のキーになっているのはほぼ間違いない。ただそれはあくまでスライムから落ちたカードについてという前提条件がある。
「違いとしては、ゴブリンは俺じゃなくてミアが倒した。カードに書かれていた絵がスライムではなくゴブリンだった。反対側が俺の姿じゃなくただの人のピクトグラムだった」
他にも場所の違いとかもあるが、崖の上と下で倒したスライムから出たカードが一緒だったことを考えるとそこはあんまり関係ないんじゃないかと思えるし、今回は無視でいいだろう。
まずスライムとゴブリンの絵の違いについては、カードが出てくる元になった生き物が描かれていると考えれば納得はできる。
なんでカードが現れるんだよ、とか色々と思うところはあるが、そういった共通した現象が起こる世界だと考えるしかない。
問題はその裏に書かれた絵が違ったことだ。
スライムを倒したときに出たカードに俺のピクトグラムが描かれていたから、てっきりこの人が倒しましたよという意味合いがあるのかと俺は思っていた。
しかし今回描かれていたのは単純化された人のピクトグラム。もちろんゴブリンを倒したのはミアなのだが、その特徴は反映されていなかった。
つまり倒した人の証明という俺の推測は間違っている可能性がある。
「カードの現れ方も形も似通っていることを考えれば、発動する条件は言葉。しかしキーワードなんだろうな」
これかな、と思う言葉はある。俺がさっき言った『ピクトグラム』という言葉だ。というかそれ以外に該当しそうなものがないしな。
しかしピクトグラムという言葉は、言語を使わずわかりやすく伝えるための図記号を指すものであって、人の図記号のみを指しているわけではない。そう考えるとちょっとおかしいんだが、うーん。
考えをまとめながら、ちらりと山になったゴブリンたちの死骸に目をやる。
これはあくまで俺の推測だが、スライムは非常口、ゴブリンは人のピクトグラムというように、核の持ち主の生き物の種類によってカードの種類が変わる可能性は高いとは思う。
しかし俺が倒したゴブリンの核を潰したら、非常口のカードが出る可能性が消えたわけではない。
倒した人それぞれに記号が振られていて、たまたまミアが人のピクトグラムだったって可能性も……うーん、どんな話だよ、それ。
「まあいいや。とりあえず検証してみればいいだろ」
幸いにもここにはミアが倒したゴブリンだけでなく、俺が倒したゴブリン、イノシシにひき殺されたゴブリンの3種の死に方をした奴らがいる。
そいつらを比較してみれば、たぶん答えは出るはずだ。
ゴブリンの死骸の山から、ミア、俺、イノシシと死亡原因が異なるだろうゴブリン3体を引き出し、手を合わせて冥福を祈る。
ちょっと死体をもて遊ぶみたいで嫌な気持ちもあるが、こっちの世界での今後の俺の生き方にも関わってくる重要な検証なんだ。恨まずに成仏してくれ。
「さて、と。じゃあまず胃石、じゃなくて……うーん、核でいいか。核を探すところからなんだが、とりあえず刃物がいるよな」
ミアに真っ二つにされているゴブリンは別として、ゴブリンの体の中にある核を探すには刃物が必須だ。
真っ先に思いつくのはミアが使っていた剣なんだが、あれ結構刃先が長くてこういう作業には向いていない気がするんだよな。
せめて取り回しのしやすい丈夫なナイフくらいあるといいんだが。そんな風に考えながら探していると、すぐそばで気を失っているソフィーの腰に巻かれたベルトのサイドにナイフの入った鞘を発見する。
「おっ、ラッキー。ちょっと借りるな」
本当に大切な物だったら腰になんて提げていないだろうし、このナイフは実用品で間違いないだろう。
違ったら、うーん、まあ誠心誠意誤ればなんとかなるだろ。なんだかんだで話せる奴っぽかったし。
ソフィーの腰からそれを手早く抜き取ると、いかにも実用品ですと言わんばかりのシンプルな直刃のナイフが姿を現した。
少し刃が欠けている部分があったり曇ったりしているが、ゴブリンを解体するために使うなら十分だろう。
「さてと、核はどのあたりにあるんだろうな」
とは言いつつもある程度の予想はついている。俺がマイホームに入る前に核を拾ったゴブリンは、胸の下あたりで真っ二つに斬られていた。
核が自らの意思で死後に動くのでもない限り、きっとその近辺に核があったはずなのだ。だから胸から腹にかけて探ってみれば見つかるだろう。
「うーん、見当たらないな」
胸から腹にかけて慎重にナイフを入れて探ってみるが、すぐには核が見つからない。もしかしてもっと中の方か?
一般人が見たら卒倒しそうな、テレビならモザイク必須だろうゴブリンの体内に俺は手を突っ込んで核を探していくが、そんな感触はない。
いや、待て。核って本当に動かないのか? スライムの核は動かなかったが、ここはどんな不可思議現象が起きてもおかしくない地球の常識の通じない世界だぞ。
なにを馬鹿なと笑い飛ばされそうな考えを否定できずに探ること数秒。俺は硬質な感触と丸い形のなにかを掴むことに成功する。
「よし!」
そのまま引き抜くと、それは緑の液体にまみれた核に違いなかった。
「オッケー。とりあえずこれで大体の場所がわかったから、後は……んっ?」
もう2体のゴブリンから核を探すだけ、そう言おうとした俺は視線を感じて言葉を止める。
その方向へ視線を向けると、目を覚ましたらしいソフィーが俺の方を向きながらわなわなと震え、顔面を蒼白にしていた。
どうしたんだ、と疑問に思いながら俺がソフィーの方に体の向けると、彼女は一層顔を青ざめさせながらぽつりと呟く。
「やっぱり私食べられちゃうんだ。ごめん、ミア。そっちにいったら謝るから」
「いや、食べねえよ。というか、やっぱりってなんだ、やっぱりって?」
「いや、だってそれ」
ソフィーの指に従い自分の姿を改めて確認する。
血が噴き出すようなことはなかったが、ゴブリンを解体したことで俺の体にはところどころ緑の血がついている。体内に突っ込んだ手は言わずもがなだ。
そして反対の手には血の付いたナイフが握られており、その先が向かっているのはソフィーの方向。
ああ、うん。これは俺が悪いわ。ゴブリンを食べるなんて思われたのは心外だけどな。
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